万葉集その六百四十五 (秋立つ)

( 夏と秋が行き交ふ空 )
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( 蟋蟀:コオロギ 向島百花園 )
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( かわづ=カジカ 吉野川 )
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(  残暑お見舞い  朝顔の氷漬け   上野 )
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( 沖縄ビードロ  川崎大師 風鈴市 )
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( 福島 喜多方  同上 )
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( 京都  同上 )
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(  佐賀 伊万里 同上 )
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万葉集その六百四十五 (秋立つ)
 
立秋(8月7日)を過ぎたとはいえ、まだまだ衰えを見せない うだるような暑さ。
寝苦しい夜が続き、「早く秋が来ないかなぁ」と溜息をつく。

そんな時、早朝、起きがけに窓を開けると涼しい風がさっと吹き入り
頬を撫でてくれた。
「あぁ、今までの風とは違う」
やはり、秋は近くまで来ているのです。

古今和歌集では、このような気持ちを次のように詠っています。

「 夏と秋と 行きかふ空の かよひぢは
           かたへすずしき  風や吹くらむ 」 
                   凡河内躬恒 ( おおし こうちの みつね) 古今和歌集

( 夏と秋が入れ違って往来する空の通路は
 片側だけが涼しい秋風が吹いているのであろうか )

「 片側の道から夏が過ぎ去り、その反対側から涼しい秋風が吹きはじめて
  すれ違ってゆくのだろうかと想像(大岡信) 」 し、

「 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 
        風の音にぞ 驚かれぬる 」     藤原敏行  古今和歌集

               「驚かれぬる」:「はっと気がつく」

と続きます。

あまりにも有名なこの歌は1100年前の立秋の日に作られ、
今や多くの日本人がこの歌を心の中で口ずさみながら秋を感じ、
立秋といえば「風の音」と云われるまでになりました。

このように風をめぐる歌を文芸の世界にまで高めた萌芽は
既に万葉時代も多く見られます。

「 初秋風 涼しき夕(ゆうへ) 解かむとぞ
      紐は結びし 妹に逢はむため 」   
                     巻20-4306 大伴家持

( 涼しい初秋風が吹く来年の七夕に再び逢い、着物の紐を解こうと
誓いながらお互いに結びあったのだったなぁ。
 ようやく一年が経ちその日がやってきたよ )

難波に単身赴任中の作者が天の川を仰いで詠んだ一首です。
当時の人々は別れの際にお互いの衣服の紐をしっかり結び合っておけば
再び思う人に逢えると信じていました。
牽牛の待ちに待った喜びを詠ったものですが、
作者自身も妻にまもなく逢えるという気持も込めているのでしょう。

「初秋風」は大伴家持の造語、万葉集中この一例のみ。
古代の七夕は8月7日、「初」という言葉に立秋の意を含ませています。
こちらは「音」ではなく肌で感じた気配です。


「 萩の花 咲きたる野辺(のへ)に ひぐらしの
    鳴くなるなへに  秋の風吹く 」  
                         巻10-2231  作者未詳

( 萩の花が一面に咲いている野辺に ひぐらしの声が聞こえてきた。
 おぉ、秋風が吹いてきたなぁ。
 なんとも清々しいことよ。)

萩、蜩、秋風。
爽やかな秋到来の一首です。

「 庭草に 村雨降りて こほろぎの
       鳴く声聞けば 秋づきにけり 」 
                     巻10-2160 作者未詳

( 庭草に村雨が降り注いでいる折り、こおろぎが鳴いている。
 あぁ、秋らしくなったなぁ。)

「村雨」は「ひとしきり降ってさっと通り過ぎるにわか雨」

なんというセンスある万葉人の美しい造語。
白露の草陰ですだく蟋蟀の涼しげな音(ね)が聞こえてきそうです。

「 神(かむ)なびの 山下響(とよ)み 行(ゆ)く水に
    かわづ鳴くなり 秋と言はむとや 」 
                          巻10-2162 作者未詳

( 神なびの山下も鳴り響くほどに流れゆく川の中で、河鹿がしきりに
    鳴いている。 
    河鹿はもう秋だと云おうとしているのか。)

    神なび:  神のこもるところ。
           ここでは明日香のミハ山(橘寺南東)
    川は飛鳥川。

かわづは蛙の一種です。
清流で雄のみ「フィフィフィフィフィフィ、フィーフィー」と
鈴を転がすように鳴き、雌を求めます。
河鹿と書き、当時「かわづ」といえばすべて河鹿蛙のことでしたが、
平安初期から他の種類の蛙と混同し始めいつの間にか蛙全般を
指すようになりました。

風の音、虫の音、河鹿、秋の花々を愛でながら、
ゆったりと時の移り変わりを楽しむ。
まさに日本的感性の萌芽をここに見る万葉人の歌の数々です。

「 横雲の ちぎれて飛ぶや 今朝の秋 」  立花北枝(江戸前期)

                  今朝の秋=立秋


          万葉集645 (秋立つ)完

        次回の更新は8月18日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-08-10 15:38 | 自然

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