2017年 09月 19日
万葉集その六百五十一 (露草、月草)
( アカバナツユクサ 小石川植物園 )
( オオボウシバナ 露草の変種 同上 )
( 同上 )
万葉集その六百五十一 ( 露草、月草)
「 露草の 群生が わが目を奪う 」 高濱年尾
秋の早朝、野山を歩くと朝日を浴びた草木に置く露が
ダイヤモンドのようにキラキラ光っている。
その陰にひっそりと隠れるように咲いている一群の青い花。
近づいてよく見ると、帽子のような形をした露草です。
徳富蘇峰は「色に出た露の精」、新井白石は「月の光を浴びて咲く花」と讃え
俳人は
「 露草の 瑠璃の露落ち 瑠璃残り 」 吉岡 秋帆影
と詠いました。
露草の上に置く露は、瑠璃色の影を映して輝く。
やがて、露は滴り落ちるが花は依然として青い妖精。
美しい小宇宙の世界です。
然しながら花の命は短く、早朝に咲き夕方には萎(しぼ)む一日花。
その儚さが好まれたのか、古来多くの恋歌に詠われており、
万葉集にも9首登場します。
「 朝(あした)咲き 夕べは消(け)ぬる 月草の
消ぬべき恋も 我(あ)れはするかも 」
巻10-2291 作者未詳
( 朝に咲いては夕方に萎んでしまう露草。
私の恋も切なくて、切なくて。
身も心も消え果ててしまいそうな気持ちです。)
万葉集での露草は「つきくさ」とよばれています。
染料に用いるため臼で搗(つ)いて染めた、あるいは色が付き易いので
その名があるとされていますが、原文表示が「月草」となっているものが多く、
万葉人は、やはり夜の暗いうちに月の光をあびて咲くと感じていたのでしょうか。
「 うちひさす 宮にはあれど 月草の
うつろふ心 我が思はなくに 」
巻12-3058 作者未詳
( はなやかな宮廷に仕えている我が身。
でも色の褪(さ)めやすい露草のような移り気な心、
そんな気持ちであなた様を想っているのではありませんよ。)
露草は色が褪せやすいので、移ろいやすい恋に譬えて詠われています。
作者は宮廷に仕え、美しくも華やかな存在。
云い寄る男が多かったのでしょう。
「お前さん、他の男に気持ちが傾いているのか」と詰問する男。
「決してそんなことはありません。好きなのは あなただけ」と応える女。
「うちひさす」: 宮に掛かる枕詞 掛かり方、語義未詳なるも、
日=太陽=天皇の連想から宮に掛かるようになったとも。
「 月草の 仮(か)れる命に ある人を
いかに知りてか 後に逢はむと言ふ 」
巻11-2756 作者未詳
( 月草のように儚い仮の命しか持ち合わせていないのに、
それを、一体どういう身だとと思って、後にでも逢おうというのですか。)
この世の人間は仮の身しか持ち合わせていない儚い存在。
それをあなたは後々に逢いましょうとおっしゃる。
何故今すぐに逢おう、一緒になりましょうと云ってくれないのですか。
作者は女性に「またね」と婉曲に断られたのでしょう。
必死になって口説くが、脈なしか。
月草という名は江戸時代になると露草に変わります。
露を置いた姿が美しい、あるいは露が多く発生する時期に咲くことに
由来すると云われ、現在は秋の季語です。
友禅染めの下絵描きに用いられている露草の変種オオボウシバナは
その褪せやすい性質を利用したもので、上絵を描き終わった後、水で流すと
きれいに融け落ちる貴重な染料です。
夏の土用の頃の早朝に花を集め、手で絞って濃い藍色の汁を採り、
強い日ざしのもとで、和紙に刷毛で何回も塗り重ねて乾燥させ青花紙を作る。
下絵を描く時は短冊状に切って小皿にのせ、絵具のように水を含ませた
筆で溶く。
今日これに変わる染料は他にないと言われていますが、絶滅危機種です。
「 露草を 面影にして 恋ふるかな」 高濱虚子
ご参考
京都新聞(2017,8,29)の記事から
「 友禅下絵「青花紙」、存亡の危機
滋賀、高齢化で生産者減 」
友禅染の下絵描きに使われる滋賀県草津市特産の「青花紙」が、
高齢化による生産者の減少に直面している。
今年は2軒だけが紙を作っていたが、うち1人は今年限りでの引退を検討。
「紙を作る技術を伝えていきたい」と後継者を求めている。
アオバナから取れる染料は色が鮮やかで水に溶けやすいことから
友禅染に活用されてきた。
青花紙は、搾った汁を和紙に塗って天日で乾かす工程を約80回繰り返して作る。
使うときには小さく切って水に浸し、染料を溶かし出す。
かつて青花紙は地域の名産として知られ、最盛期の大正時代には
500軒以上が生産していたとされる。
しかし、アオバナの花が咲く7~8月の炎天下で花びらを
一つずつ手作業で摘み取るため、地元では「地獄花」と呼ばれた過酷な作業や、
化学染料が普及したことで、近年は数軒だけが手掛けていた。
生産者の1人、中村繁男さん(88)=同市上笠1丁目=は10歳のころから親の手伝いで花摘みを始め、70年近く作っていた。
最近は体調がすぐれず、重労働をこなすことが難しくなったため、
今夏、関係者に引退の意思を伝えた。
関係者は慰留しており、中村さんは後継者がいれば技術を伝えたいとしている。
中村さんは「アオバナは全国でも草津にしかない大事な花。
紙を作りたいという人がいれば、技を引き継ぎたい」と話している。
アオバナを使った特産品づくりなどを進める草津あおばな会
(事務局・草津市農林水産課)も今春、青花紙保存部会を立ち上げており、
「継承の方法を検討していきたい」としている。
万葉集651(露草 月草) 完
次回の更新は9月29日(金)の予定です。
by uqrx74fd | 2017-09-19 20:02 | 植物