カテゴリ:自然( 92 )

万葉集その七(初夏の風と香り)

初夏のこの季節は「五風十雨 (ごふう じゅうう)」といわれ、
「 五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降ること 」転じて
「 気候が極めて順調で豊年満作の兆し、天下泰平のこと」を表す由です。

まずは爽やかな初夏到来の歌。

 「 春過ぎて 夏来(きた)るらし 白栲(しろたへ)の 
衣干したり 天(あめ)の香具山 」    巻1-28 持統天皇 


 ( あぁ 春も過ぎ、夏がやってきたらしいのぅ。
   あの香具山に真っ白い衣が干してあるのを見ると- )

「白栲の衣」とは香具山で春の神事に奉仕した人々の身につける白い衣 (伊藤博)。

衣の清浄な白さと、瑞々しい新緑、そしてハタハタと衣を靡かせる風。
夏の到来を明るく爽やかに詠い、調べは朗々。堂々たる風格の名歌です。

作者は夫、天武天皇亡き後の複雑な時代を、精魂を込めて支えた気丈な女性でも
ありました。
 尚、この歌は
 「 春過ぎて 夏来にけらし 白栲(しろたへ)の 
      衣干すてふ 天(あめ)の香具山 」
と一部を変更されて、新古今和歌集、百人一首にも選定されています。

 中西 進氏は
「天の香具山は聖山なのだから、はたしてそこに洗濯物など干すであろうか、
おまけに藤原宮跡から天の香具山を見ても洗濯物まで見えないはずである。
そこでこの歌は、実は雪の降る冬に詠んだのではないか、
天の香具山がうっすらと雪化粧をしている。
その雪を干した衣と見立て“冬どころか春も過ぎて夏が来たらしい、
香具山の神様は衣を干していらっしゃる”と持統天皇は歌ったのではないだろうか。
雪を衣に見立てたとなると、冬に“春も終わって夏が来た”と詠んでいるのだから
なかなかユーモアを感じさせてくれる」
とユニークな新解釈をなされています。  ( 万葉の大和路より )

「 采女(うねめ)の 袖吹きかへす 明日香風(あすかかぜ) 
都を遠み いたづらに吹く  」    巻1-51 志貴皇子


( 都が浄御原(きよみがはら)から藤原宮に遷(うつ)り、明日香の風景もすっかり
  変わってしまった。
  ここを采女達が着飾って歩いていた頃が懐かしいなぁ、
  心地よく吹く風まで 今では虚しく感じられることよ。 )

 遠み:遠のき  いたづらに: むなしく、むやみに

采女とは、諸国の高官の姉妹および子女のうち容姿端麗のものが選ばれて
後宮に出仕し、  天皇の食膳や身の回りなどに奉仕する女性で、
他の男性との縁を持つことは固く禁じられていました。

作者の 志貴皇子(しきのみこ)は 天智天皇の第七皇子。
天武系の人々の栄える持統期では余り恵まれず、
撰善言司(せんぜんげんし)という文化面での長官にすぎませんでしたが、
残した歌6首はすべて秀歌の誉れが高く、万葉集に清新な風を送り込んでいます。

「 松浦川(まつらがは) 川の瀬 光り 鮎釣ると
立たせる妹(いも)が 裳(も)の裾(すそ)濡れぬ」  巻5-855 大伴旅人


( 松浦川がキラキラ輝いてきれいだねぇ。
  それにしても鮎を釣ろうと川に立っているあなたの美しいこと、
  ほらほら裾が濡れて・・・
  濡らすまいと裾をからげるから素足が見えていますよ。 )

 大伴旅人が佐賀県東松浦郡の玉島川で川遊びした時の歌。

女性の裳の裾が濡れ、白い素足がチラチラと見えている様子は
官能的な美感をそそったらしく、川面に輝く女性美を讃えています。

なお、この歌は旅人が頭に描いた幻想の世界、
つまり創作文学ともいわれています。

鮎の香りや味は万葉人にも大いに珍重されたようです。
さぁ我々も仕事を早く片付け、香魚の塩焼きでビールをぐい-といきましよう。




               万葉集7 (初夏の風と香り) 完
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:46 | 自然

万葉集その一(日本の美しさを詠うー国見)

「国見」とは春の初めに天皇が聖なる山に登り、
国土を俯瞰(ふかん)しながら、そのにぎわいを褒めることにより
豊かな秋の実りを予祝する農耕儀礼で、
元々は民間の気楽な行事であったものが次第に儀礼化され、
国の儀式になったものとされています。

今から約千三百年前のことです。
早春の晴れた日、天皇は山の頂に立ち、厳かに、力強く、朗々と
詠い出されました。

「 大和には 群山(むらやま)あれど 
  とりよろふ 天(あめ)の香具山

  登り立ち 国見をすれば 
  国原は けぶり立ち立つ 
  海原(うなはら)は かまめ立ち立つ

  うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづ しま) 大和の国は 」 

          巻1-2 舒明天皇

「意訳」

( 大和には多くの山々があるけれども、その中でも
  木々も豊かに生い茂り、美しく装っている香具山。
  また、神話の時代に天から舞い降りたと伝えられる天の香具山。

 その頂に登り立って国見をすると、
 国土には盛んに炊煙の煙が立っている。
 民の竈(かまど)は豊かなようだ。

 海原(広い池)には、かもめ(ゆりかもめ)が盛んに飛んでいる。
 海の幸も豊かなのであろう。

 この上もなく美しい国よ。
 豊穣をもたらすという蜻蛉が盛んに飛び交う
 わが日本の国よ  ) 

『 「国原はけぶり立ち立つ 海原はかまめ立ちたつ」の対句は
その土と水とがとも生気に満ちて躍っていることを述べた表現で、
このように、国土の原核であり農耕に必須の媒材である「土」と「水」とが
充実しているということは、国土の繁栄、一年(ひととせ)の
五穀豊穣が確約されたことを意味する。

だから一首はただちに「うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は」と
高らかな賛美のもとに結ばれる。

この歌の冒頭の大和は天皇が立つ大和(奈良)であるが、
後の大和は映像を大きく広げて国全体を意味する
ヤマト(日本)に変貌している。 』     (伊藤 博)

さらに「国原」「海原」の対句は、自然の情景をそのままに詠っており、
叙景歌の萌芽が既に芽生えてることをも示しています。

かくして、この歌は国土の美しさを褒め称えたものであると同時に、
我国文学の幕開けの歌でもあったのです。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:40 | 自然