カテゴリ:自然( 94 )

万葉集その十八(秋の風吹く)


暦では8月の初めはもはや秋。今年の立秋は8月7日です。
この日以降の暑さが残暑となります。
今回は風の音にちなむお話です。まずは古今和歌集の歌より。


「 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 

   風の音にぞ 驚かれぬる 」 藤原敏行
 

あまりにも有名なこの歌は1100年前の立秋の日に作られました。
多くの日本人がこの歌を心の中で口ずさみながら秋を感じ、
立秋といえば「風の音」と云われるまでになったのです。

結句「驚かれぬる」は「はっと気がつく」という意味で
秋の季節感をまず最初に人々に告げ、知らせたのは風だったと
いうわけです。

時の移り変わりを目ではなく「風という気配」によって知るという発見は
後世の歌人に多大な影響を与えました。

この感覚はまさに日本人独特のものといってよく、
外国の人々には極めて難解なセンスでありましょう。

このように風をめぐる歌を文芸の世界にまで高めた萌芽は既に
万葉時代にありました。


 「 君待つと 我が恋おれば わが屋戸(やど)の

     簾(すだれ)動かし 秋の風吹く 」 

        額田王 巻4の448


 「 風をだに 恋ふるは羨(とも)し 風をだに

     来(こ)むとし待たば 何か嘆かむ 」

      鏡王女(かがみのおおきみ) 巻4の489


 額田王と鏡王女の秋の風をめぐっての恋の歌です。

 最初の歌は額田王が大津宮で天智天皇を思って詠んだ歌

 ( 天皇を恋しく思って恋焦がれて待っている。
  少しの音でもはっとするくらい緊張しています。
  すると簾がカサッと動いて風がスゥーと吹き渡っていく。
  待ち人いまだ来たらず。あとはただ静寂あるのみ。)


 人を待つという微妙な女心のゆらぎを素直に詠んだ名歌であります。


 さて2つ目の歌は鏡王女の歌です。

 ( あぁ秋の風、その風の音にさえ恋心をゆさぶられるとは羨ましいこと。
   風にさえ胸をときめかして、もしやお出でになるかと待つことが
   出来るなら何を嘆くことがありましょうか)

 どうにもならない自分のわびしい気持ちを詠っています。


 鏡王女は天智天皇に愛されていましたが後に藤原鎌足の正室になりました。
 この歌は藤原鎌足が亡くなった後の気持ちを詠んだ歌と推測されています。


 額田王の歌は初期万葉のものとしては優美、繊細、可憐な女心を詠っており
 研究者の間では中国の漢詩にも同様の趣旨の歌があり、後世の別人の作では
 ないかと疑問に感じている人もいます。

 いずれはともあれこの歌は後世に多大な影響を与え、以降、秋風の歌が盛んに
 詠まれるようになったのです。



 注: 額田王 鏡王のむすめ。天武天皇との間に十市皇女を生む

    鏡王女  鏡王のむすめ。額田王の姉ともされるが定かではない。
          一説には舒明天皇の皇女とも。
          夫、藤原鎌足が病のとき奈良、興福寺の建立を発願し、
          以降興福寺は藤原家の氏寺となる。


 
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:57 | 自然

万葉集その八(月の船)

 「 天(あめ)の海に 雲の波立ち 月の船

       星の林に  漕ぎ隠る見ゆ 」  

         巻 7-1068  柿本人麻呂歌集
 

この歌は天を海に、雲をその海に立つ波にたとえ、
月の船がそこを滑るように進み、
やがて輝く星の中に隠れて行くさまを詠んだ歌です。

純然たる天体の光景に想像力の翼を広げた叙景歌ですが、
万葉人はなんとファンタジックな想像をするのでしょうか。

初めてこの歌に出会った時「月の船」とはどんな船かな?と疑問に思いました。
その後、「奈良県立万葉文化館」を訪れ、この歌にちなんだ素晴らしい絵に
出会いました。

上田勝也画伯 (1944生 東京芸大大学院終了 日展会員) の作品です。
 
そこには 星が輝く天空の中、雲の間に三日月が浮かび、その下端に
眼のさめるような貴公子が手に勺を持ち、ゆったりと月にもたれて座っていました。
「ああ、これが万葉人のフアンタジ-だったのだなぁ」と納得したことでありました。

上田画伯は

「この歌に最初に出会った時、すぐ情景が目に浮かび、イメージがどんどん
 膨らんでいきました。
 当時の天空へのロマンが1200年余も後の私を現代の感覚と少しも変わらぬ
 時代を超えた新鮮さで幻想の世界へ誘ってくれました。」 

と述べておられています。

月に因む乗り物といえば、映画「 E.T 」。
少年が大きな月を背景にして自転車で天空を翔る名場面が思い出されますが、
それをはるかに超えた万葉人の雄大な想像力にはただただ驚くばかりです。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:47 | 自然

万葉集その七(初夏の風と香り)

初夏のこの季節は「五風十雨 (ごふう じゅうう)」といわれ、
「 五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降ること 」転じて
「 気候が極めて順調で豊年満作の兆し、天下泰平のこと」を表す由です。

まずは爽やかな初夏到来の歌。

 「 春過ぎて 夏来(きた)るらし 白栲(しろたへ)の 
衣干したり 天(あめ)の香具山 」    巻1-28 持統天皇 


 ( あぁ 春も過ぎ、夏がやってきたらしいのぅ。
   あの香具山に真っ白い衣が干してあるのを見ると- )

「白栲の衣」とは香具山で春の神事に奉仕した人々の身につける白い衣 (伊藤博)。

衣の清浄な白さと、瑞々しい新緑、そしてハタハタと衣を靡かせる風。
夏の到来を明るく爽やかに詠い、調べは朗々。堂々たる風格の名歌です。

作者は夫、天武天皇亡き後の複雑な時代を、精魂を込めて支えた気丈な女性でも
ありました。
 尚、この歌は
 「 春過ぎて 夏来にけらし 白栲(しろたへ)の 
      衣干すてふ 天(あめ)の香具山 」
と一部を変更されて、新古今和歌集、百人一首にも選定されています。

 中西 進氏は
「天の香具山は聖山なのだから、はたしてそこに洗濯物など干すであろうか、
おまけに藤原宮跡から天の香具山を見ても洗濯物まで見えないはずである。
そこでこの歌は、実は雪の降る冬に詠んだのではないか、
天の香具山がうっすらと雪化粧をしている。
その雪を干した衣と見立て“冬どころか春も過ぎて夏が来たらしい、
香具山の神様は衣を干していらっしゃる”と持統天皇は歌ったのではないだろうか。
雪を衣に見立てたとなると、冬に“春も終わって夏が来た”と詠んでいるのだから
なかなかユーモアを感じさせてくれる」
とユニークな新解釈をなされています。  ( 万葉の大和路より )

「 采女(うねめ)の 袖吹きかへす 明日香風(あすかかぜ) 
都を遠み いたづらに吹く  」    巻1-51 志貴皇子


( 都が浄御原(きよみがはら)から藤原宮に遷(うつ)り、明日香の風景もすっかり
  変わってしまった。
  ここを采女達が着飾って歩いていた頃が懐かしいなぁ、
  心地よく吹く風まで 今では虚しく感じられることよ。 )

 遠み:遠のき  いたづらに: むなしく、むやみに

采女とは、諸国の高官の姉妹および子女のうち容姿端麗のものが選ばれて
後宮に出仕し、  天皇の食膳や身の回りなどに奉仕する女性で、
他の男性との縁を持つことは固く禁じられていました。

作者の 志貴皇子(しきのみこ)は 天智天皇の第七皇子。
天武系の人々の栄える持統期では余り恵まれず、
撰善言司(せんぜんげんし)という文化面での長官にすぎませんでしたが、
残した歌6首はすべて秀歌の誉れが高く、万葉集に清新な風を送り込んでいます。

「 松浦川(まつらがは) 川の瀬 光り 鮎釣ると
立たせる妹(いも)が 裳(も)の裾(すそ)濡れぬ」  巻5-855 大伴旅人


( 松浦川がキラキラ輝いてきれいだねぇ。
  それにしても鮎を釣ろうと川に立っているあなたの美しいこと、
  ほらほら裾が濡れて・・・
  濡らすまいと裾をからげるから素足が見えていますよ。 )

 大伴旅人が佐賀県東松浦郡の玉島川で川遊びした時の歌。

女性の裳の裾が濡れ、白い素足がチラチラと見えている様子は
官能的な美感をそそったらしく、川面に輝く女性美を讃えています。

なお、この歌は旅人が頭に描いた幻想の世界、
つまり創作文学ともいわれています。

鮎の香りや味は万葉人にも大いに珍重されたようです。
さぁ我々も仕事を早く片付け、香魚の塩焼きでビールをぐい-といきましよう。




               万葉集7 (初夏の風と香り) 完
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:46 | 自然

万葉集その一(日本の美しさを詠うー国見)

「国見」とは春の初めに天皇が聖なる山に登り、
国土を俯瞰(ふかん)しながら、そのにぎわいを褒めることにより
豊かな秋の実りを予祝する農耕儀礼で、
元々は民間の気楽な行事であったものが次第に儀礼化され、
国の儀式になったものとされています。

今から約千三百年前のことです。
早春の晴れた日、天皇は山の頂に立ち、厳かに、力強く、朗々と
詠い出されました。

「 大和には 群山(むらやま)あれど 
  とりよろふ 天(あめ)の香具山

  登り立ち 国見をすれば 
  国原は けぶり立ち立つ 
  海原(うなはら)は かまめ立ち立つ

  うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづ しま) 大和の国は 」 

          巻1-2 舒明天皇

「意訳」

( 大和には多くの山々があるけれども、その中でも
  木々も豊かに生い茂り、美しく装っている香具山。
  また、神話の時代に天から舞い降りたと伝えられる天の香具山。

 その頂に登り立って国見をすると、
 国土には盛んに炊煙の煙が立っている。
 民の竈(かまど)は豊かなようだ。

 海原(広い池)には、かもめ(ゆりかもめ)が盛んに飛んでいる。
 海の幸も豊かなのであろう。

 この上もなく美しい国よ。
 豊穣をもたらすという蜻蛉が盛んに飛び交う
 わが日本の国よ  ) 

『 「国原はけぶり立ち立つ 海原はかまめ立ちたつ」の対句は
その土と水とがとも生気に満ちて躍っていることを述べた表現で、
このように、国土の原核であり農耕に必須の媒材である「土」と「水」とが
充実しているということは、国土の繁栄、一年(ひととせ)の
五穀豊穣が確約されたことを意味する。

だから一首はただちに「うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は」と
高らかな賛美のもとに結ばれる。

この歌の冒頭の大和は天皇が立つ大和(奈良)であるが、
後の大和は映像を大きく広げて国全体を意味する
ヤマト(日本)に変貌している。 』     (伊藤 博)

さらに「国原」「海原」の対句は、自然の情景をそのままに詠っており、
叙景歌の萌芽が既に芽生えてることをも示しています。

かくして、この歌は国土の美しさを褒め称えたものであると同時に、
我国文学の幕開けの歌でもあったのです。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:40 | 自然