カテゴリ:植物( 200 )

万葉集その六百二十九 (八重桜)

( 知足院山門  ナラヤエザクラの発祥地   奈良 正倉院東側 )
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(  同上  本堂 )
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( ナラヤエザクラ  知足院 )
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(  新宿御苑  東京 )
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 鬱金桜:うこんざくら  新宿御苑 )
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( 高千穂神社    佐倉市)
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 京都御所 御苑 )
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( 同上 )
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万葉集その六百二十九 (八重桜)

「 いにしへの奈良の都の八重桜
    けふ九重(ここのへ)に にほひぬるかな 」  
                       伊勢大輔(いせのたいふ) 詞花集 百人一首

一条天皇の御代、奈良の八重桜が献上された際、作者が受取人となり、
藤原道長から「その花を題にして歌を詠め」と命じられ即座に詠んだもの。
上の句で古き都の栄光を背負っているような見事な八重桜を強調し、
下の句でそれが平安京の宮廷(九重)で絢爛と輝く有様を述べて詠嘆した。

「いにしへ」と「けふ」、「八重」と「九重」を対比し、古都の桜を称え
平安宮廷の繁栄を明るく高らかに詠いあげた名作。
この一首により八重桜と云えば奈良、不変のものとなりました。

八重桜は桜の一品種ではなく、八重咲きに花をつける桜の総称で、
我国では「関山(カンザン)、「一葉(イチヨウ)」、「普賢象(フゲンゾウ)」、
「八重紅枝垂れ」、そして淡い黄色の「鬱金(ウコン)」などが知られています。

多くはヤマザクラやソメイヨシノに比べて開花期が遅く、見頃は4月中旬~下旬。
散り始めまでの期間が長くゆっくり楽しめ、風に舞う花びらや花絨毯も美しい。

万葉集には八重桜という言葉は見えませんが、聖武天皇がご覧になって
いたく感心されたという記述もあるので、平城京の周囲には多く咲き誇って
いたことでしょう。

「 あをによし 奈良の都は 咲く花の
   にほふがごとく 今盛りなり 」 
                        巻3-328 小野 老(おゆ)

( 奈良の都は咲き誇る花の色香が匂ひ映えるごとく、今真っ盛り。)

大宰府で勤務している作者が公用で都に上り、桜満開の素晴らしさを
宴席で語ったもの。
豪華絢爛な八重桜が咲き誇る奈良の春を世にも美しく詠い、
長く愛唱されている一首です。

「 見渡せば 春日の野辺(のへ)に 霞立ち
    咲きにほへるは 桜花かも  」  
                        巻10-1872  作者未詳

( 遠く見渡すと、春日の野辺一帯に霞がたちこめ、花が美しく咲き誇っている。
 あれは、桜の花だろうか。)

「 遠く霞の中に咲きにほふ桜花の眺め。
今も美しい日本の春の典型的な景色である 」( 佐佐木信綱 万葉集評釈)

と評される平安朝和歌の先駆をなすもの。
今日の飛火野から奈良公園一帯にその面影が残ります。

「 千歳すむ 池のみぎはの 八重桜
           かげさへ底に 重ねてぞ見る 」    藤原俊忠 千載和歌集

八重桜はオクヤマザクラが重弁化して生まれたものと考えられています。

以下は小清水 卓司奈良女子大名誉教授の記述からの要約です。

『 その昔、聖武天皇が弥生の頃三笠山の奥に行幸された時、
谷間にいとも麗しい八重桜の咲いているのをご覧になり、
宮廷に帰って光明皇后に伝えたところ、皇后は非常にお喜びになり
その桜の一枝なりとも見たいと御所望になり、臣下が気を利かせて
宮廷に移植して御覧に入れ、以来春ごとにこの桜花を愛でられていた。

ところが女帝孝謙天皇のころになって、当時飛ぶ鳥も落とす勢力を
誇示していた興福寺の僧達はこの名桜を宮廷に置くことを喜ばず
権力をもってこの桜を興福寺の東円堂前(旧奈良学芸大学正門内)に
移植して興福寺の名桜として誇っていた。
との言い伝えがある。

しかし、多数の古歌、古図、史実に掲載されている桜が
いかなる種類に属する桜であるか検討したものがなかった。

大正11年(1922) 植物学の権威である三好学博士が
一般の桜がほぼ散った4月の末の頃、奈良の正倉院東隣の丘の上にある
世人から隔離され、訪ねる人も少ない知足院の裏山の藪の中に
赤い芽ざしの葉と花とを調和よく同時につけ、いとも優雅な気品のある
他に類例を見ない八重桜が咲き盛っているのを見て、調査の結果
これこそ古来から古記録、古歌、史実などに現れている貴重な八重桜と
よく符合することを確認して、その結果を植物学雑誌に独文で報告、
記述し、桜の新種「ナラノヤエザクラ」と発表した。

さらに大正12年(1923)には、文学上、歴史、植物学上貴重であり、
稀珍な存在であるとして、知足院奈良八重桜を天然記念物に指定して
今日に及んでいる。
なお、この桜の増殖は非常に困難であり、保存に意を用いないと
絶滅する運命にあり、この種の老樹は、ほとんど枯れてしまっているのは
残念である。 』                 ( 万葉の草、木、花 朝日新聞社 )

「 『 いにしへの 寧楽(なら)のみやこの やえざくら 』―
                ふとくちずさみ 涙うかべり  」    土岐善麿

ナラヤエザクラは増殖力が弱く、現在は東大寺知足院で小ぶりのものしか
見ることが出来ませんが、他の種の八重桜はいたるところで豪華絢爛な花を
咲かせており、中でも、新宿御苑、大阪の造幣局の「桜の通り抜け」が
よく知られています。

    「 奈良七重 七堂伽藍 八重ざくら 」   芭蕉




                  万葉集629 ( 八重桜 )完



                  次回の更新は4月28日の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-20 19:57 | 植物

万葉集その六百二十八 (あだ桜)

( 吉高大桜  千葉県印旛村 )
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( 三春滝桜   福島県 )
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( 上田城   長野県 )
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( 又兵衛桜  奈良県 )
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( 千鳥ヶ淵   東京 )
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( 六義園枝垂れ桜     東京 )
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( 醍醐寺   京都 )
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(  玄賓庵   山辺の道  奈良 )
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(  高千穂神社   佐倉市 )
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(  新宿御苑   東京 )
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(  同上 )
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万葉集その六百二十八 (あだ桜)

「 明日ありと 思ふ心の あだ桜
         夜半に嵐の 吹かぬものかは 」 親鸞聖人絵詞伝

親鸞聖人9歳の時に詠んだと伝えられる一首。(ほんとかしら?)

得度(僧侶になること)するために青蓮院の慈円和尚を訪れたが、生憎夜中。
慈円は「今日は遅いから明日に」と云った時に答えた歌とされています。

「この世は無常であり、今を盛りと咲く桜が夜中の嵐で
 散ってしまうかもしれません。
 私の命も同じように何時果てるかもわからない。
 どうか、今ここで得度の儀式を執り行って下さい」 と
お願いして了解を得たそうな。

この歌を人生で最初に覚えたとされる向田邦子さんは
「あだ桜」という随筆で

「 人生の折り返し地点をはるかに過ぎ、残された明日は日一日と
  少なくなっているのに、まだ明日をたのむ気持ちは直っていない。
  さしあたって一番大切な、しなくてはならないことを先に延ばし、
  しなくてもいいこと、してはならないことをしたくなる性分は
  かえって年ごとに強くなってゆくような気がする。」

と述べておられます。( 父の詫び状 所収 文芸春秋社)

「思い立つた日が吉日」という言葉もあり、花見も散らぬうちに
 楽しみたいものです。

さて、こちら万葉人は風流な恋歌であだ桜を楽しんでいます。

「 やどにある 桜の花は 今もかも
      松風早み 土に散るらむ 」  
                      巻8-1458 厚見 王

( 庭に植えてある桜の花は 今ごろ松風がひどく吹いて
  ひらひらと地面に散っていることだろうか。)

作者は官人(少納言) 。
749年奉幣使として伊勢神宮に遣わされたの記録がありますが
詳しいことは未詳。

「やどにある桜」: 女の家の庭の桜を我家のもののように
            馴れ馴れしく云っており相手の女性は
            我がものという意識が底にある

女の家の落花の美しさを思いやった風流を装いながら、
他の男に心を移しているのではないかと疑っているのです。

それに対して女性は

「 世間(よのなか)も 常にしあらねば やどにある
    桜の花の 散れるころかも 」 
                     巻8-1459 久米女郎

( 人の世は 定まりないものです。
  我家の庭の桜も、空しく散ってしまいましたよ。 )

あなたこそ、一向に訪れがないものですから、待ちくたびれて
他の男に魅かれてしまいましたと応えたもの。

色よい返事を期待していた男はあっけにとられたことでしょう。
久米女郎の経歴は未詳、万葉集でこの1首のみです。

  世間(よのなか): 無常の人の世の意で男女の仲を譬えている

「 あしひきの 山の際(ま)照らす 桜花(さくらばな)
     この春雨に 散りゆかむかも 」 
                            巻10-1864 作者未詳

( 山あいを明るく照らして咲いている桜の花。
  この春雨に散ってゆくことだろうか。)

作者は前の日に満開に咲く桜を見てきたのでしょうか。
今降る春雨に打たれて散っているだろうかと、惜しんでいます。

万葉人にとっての桜は、明るく生きる生命の象徴、
散る桜は命の再生の肥やし。そして稲の神様の化身。
桜咲く時期になると山の神様がそろそろ田植えだよと教え、
花が多ければ多いほど、散る時期が遅ければ遅いほどその年は
豊年と信じられていたのです。

万葉人の詠んだ散る桜。
そこには親鸞聖人が詠った仏教的無常観は微塵も見られません。
「世間(よのなか)も常にしあれば」と詠っても、彼らにとっては
男と女の間の話。

あだ桜は万葉人にとって恋のあだ花だったのでしょう。


        「 桜花 何が不足で 散りいそぐ 」  一茶




    万葉集628(あだ桜)完

次回の更新は4月21日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-13 22:02 | 植物

万葉集その六百二十七 ( 桜の歌 )

( 長谷寺 奈良 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 山辺の道 桃と桜  奈良 )
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( 美和の杜  山辺の道  奈良 )
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(  同上 後方は三輪山  奈良 )
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( 浮御堂  奈良 )
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( 薬師寺遠望  奈良 )
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(  同上  前方は大池 )
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( 甘橿の丘  奈良 )
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( 吉野山  奈良 )
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万葉集その六百二十七 (櫻の歌)

「 さくら さくら
  野山も里も  見渡すかぎり
  かすみか雲か  朝日に匂う
  さくら さくら   花ざかり 」  (日本古謡)

桜前線の北上が始まり、琴の調べとともに流れてくるこの曲を耳にすると、
たちまち浮き浮きするような気分になります。
南の小さな島々から、北海道の隅々まで順次桜で埋め尽くされてゆく。
このような国は世界広しと云えども、我国だけでありましょう。
あぁ!日本人に生れてよかった!としみじみ感じる季節です。

万葉人もこのような光景を「国のはたてに」( 国の隅々まで)と詠い
桜の到来を寿ぎました。

「 娘子(をとめ)らが かざしのために 
  風流士(みやびを)が かづらのためと
  敷きませる
  国のはたてに 咲きにける
  桜の花の  にほひはも あなに 」 

         巻8-1429 若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)口誦

 ( 乙女たちの 挿頭(かざし)のために
   風流士(みやびを)の蘰(かずら)のためにと
   大君がお治めになる
   国の隅々まで 咲き満ちている
   桜の花の まぁ何と輝くばかりの美しさよ )

「 かざし」: 花や小枝を髪に挿して飾りとしたもの

「 風流士(みやびを)」 : 都会風の風流を解する教養ある男子

「 かづら 」: 柳や蔓草などを頭に巻く髪飾り

「 敷きませる 」: 天皇が国を統治し領有しておられる

「 国のはたてに 」: 端手、涯 :隅から隅までも 国の果てまで

「 にほひはも あなに 」: にほひ:明るく照り映える
               はも: 感動の助詞
               あなに: あぁ、ほんとうに の意の詠嘆

「 去年(こぞ)の春  逢へりし君に 恋ひにてし
     桜の花は 迎へけらしも 」 
                           巻8-1430  同上

( 去年の春 お逢いしたあなたに恋焦がれて 桜の花は
 この春もこんなにも美しく咲いて あなたをお迎えしたのですよ )

作者は宴会の席で,古歌として伝えられているものを口誦したようです。
桜を擬人法的に詠っています。

国の隅々まで桜が咲き誇り、美しい花の化身である輝くばかりの乙女が
私を迎えてくれた。
それは桜と同時に生命に対する賛歌でもあります。

 「 あしひきの 山桜花 一目だに
      君とし見てば  我(あ)れ恋ひめやも 」
                 巻17-3970   大伴家持

( 山々に咲き匂う桜の花。
 その花を、あなたと一緒に一目だけでも見ることができたら
 こんなに想い焦がれることもないことでしょうに 。 )

家持が大病を患い床に臥せていた時、歌友、大伴池主と歌のやり取りを
していた中の一首。
恋文仕立てで詠うことにより、親愛の情を示したもので、古代ではよく
用いられた手法です。

万葉時代の桜はすべて山桜か遅咲きのカスミザクラ。
カスミザクラの突然変種がナラヤエザクラになったともいわれ、
現在、東大寺近くにある智足院で栽培されたものが残っています。

自然の中で咲く山桜について 小清水 卓司氏が次のように述べておられます。

『 桜の中で日本の精を包含した花として謳歌されるものは、山桜系である。
  この桜の類は何れも、花と葉が同時に開くいかにも清浄な清々しいもので、
  多種多様な変種があるが、みなその背景を必要とし、しかもその背景は
  人工的な物体ではなく、どこまでも大自然そのもの、例えば常緑樹や、
  山川渓谷等の背景が配されてこそ、真のよさや、真の表情が
  表れるものである。』
                              (万葉の草・木・花 朝日新聞社)

今やソメイヨシノ全盛の時代。
それでもよく気を付けて見ると山桜が逞しく生き残っています。

古びた山里を歩いている時、一本の大木が満開の花を咲かせている。
それこそ絵になる風景、感動もひとしおなのです。

 「 やどりして 春の山辺に ねたる夜は
           夢のうちにも 花ぞちりける 」 
                        紀貫之 (古今和歌集)


        万葉集627(桜の歌)完

     次回の更新は4月14日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-06 11:04 | 植物

万葉集その六百二十四 ( 柳の道)

( 柳と梅  東京国立博物館内の庭園 )
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( 東大寺三月堂前の柳の新芽 )
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( 東大寺大仏殿前 )
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( 荒池前の柳  奈良ホテルの対岸 )
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( 平城宮跡 朱雀門 )
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( 朱雀大路復元工事完成予想図 柳の街路樹 )
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( 二条大路復元工事 完成予想図 同上 後方若草山 )
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( 氷室神社  桜のころ  奈良国立博物館前 )
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( 興福寺五重塔  柳の蕾はまだ固い )
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(  猿沢池 後方の建物は老舗のうどん屋 )
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「平安京へ続く 柳の並木道」
2017年2月22日付、読売新聞朝刊の見出しです。

記事によると、
『 古代の幹線道路「山陰道」が通った鳥取市の青谷横木遺跡で、
平安時代(9世紀後半~10世紀頃) に植えられた街路樹とみられる柳の根が見つかり
鳥取県埋蔵文化財センターが21日発表した。

「続日本紀」など古代の街路樹に関する記述があるが、存在を裏付ける遺構が
 確認されたのは初めて。

 根は2015年8~9月の発掘調査で、古代山陰道の遺構(幅7m)に沿った
長さ20mの区画2か所の盛り土から出土。
3~5㎝大の黒ずんだ根が密集した直径約10㎝の株が計18本あり
0.5~2m間隔で1列に植えられていた。

成分分析の結果、樹木は柳で、植えられたのは盛り土が造成された時期と
一致すると判明。
往来する人の日よけとして活用された可能性が高いという。』

「 浅緑 染め懸(か)けたりと 見るまでに
   春の柳は 萌えにけるかも 」 
                      巻10-1846 作者未詳

( 浅緑色に糸を染めて木に懸けたと見まごうほどに
 春の柳は青々と芽を吹き出しましたよ。)

柳の種類は多く世界で約400種といわれていますが、我国で多いのは
シダレヤナギです。
早春、梅が芳しい香りを漂わせ、やがて散りはじめる頃になると、
今まで固く閉じていた芽が一斉に開き、瑞々しい浅緑色の枝を風に靡かせます。

中國原産の柳を我国にもたらしたのは遣唐使。
成長が早く、生命力が強いので悪霊を追い払う守護神として寺社や屋敷の外側に、
また、根が長く伸びるので池の周りや田の近くに植えて堤防を強化したりなど、
奈良時代には都をはじめ東国に至るまで盛んに植えられました。

万葉集には36首登場。

次の歌は平城京朱雀門に通じる街路樹の柳を詠ったものです。

「 ももしきの 大宮人の かづらける
     しだり柳は 見れど飽かぬかも 」
                  巻10-1852 作者未詳

( 大宮びとが蘰(かずら)にしているしだれ柳。
      見ても見ても飽かないことよ )

平城京の大通りで風に靡く柳並木の下を颯爽と闊歩するきらびやかな大宮人。
古代の人達は柳の若々しい生気を身に受けるため、細い枝を丸く輪にして
頭に巻いたり、載せたりして長寿と幸いを祈りました。

平城京は東西約4,2㎞、南北約4,8㎞の本格的な計画都市。
大路、小路とも碁盤目に整然と区画され、メインストリートの朱雀大路は3,8㎞、
道幅は75mという巨大なもので、路の両端に柳の街路樹を植えて国家的な儀式、
パレード、海外使節一行を迎える場としての美観を整えていただけに
さぞ壮観だったことでしょう。

柳が芽吹くと恋の季節。
次の歌は柳に寄せたものです。

「 春されば しだり柳の とををにも
     心は妹に 乗りにけるかも 」 
                       巻10-1896 柿本人麻呂歌集

( 春になると しだれ柳がしなってくるように
 心がしなうほどどかっとあの子は俺の心に乗りかかってしまったよ。)

とををにも: 細長いものが撓(たわ)みしなうさま
心に乗る: 相手が自分の心に乗りかかって消えやらぬ

心に焼き付いて離れないのは柳腰の佳人なのでしょうか。

街道にも延々と柳道が続いていました。

「 うらもなく 我が行く道に 青柳の
      萌(は)りて立てれば   物思ひ出(で)づも 」 
                              巻14-3443 作者未詳

( 無心に我らが辿って行く、その道に傍らに青柳が芽吹いて立っているので
 ふと物思いにふけってしまった。)

うらもなく : 故郷を振り切って旅人に徹しながら前向きに歩いてゆく気持ち

作者は商用で旅をしているのか、防人として都をめざしているのか。
妻子がいる故郷を断腸の思いで振り切って旅立ったが途中で柳が芽吹いているのを見て
望郷の念にかられたようです。

都から離れた東国にも柳が。

「 わが門(かづ)の 五本柳(いつもとやなぎ) いつもいつも
    母(おも)が恋すす  業(な)りましつしも 」
                    巻20-4386  矢作部 真長(やはぎべの まなが)
                                         結城国(茨城県)の防人

( 我が家の門口に立つ五本柳(いつもとやなぎ) 
その名のようにいつもいつも 母さんはこの俺のことを想いながら
働いていることだろうなぁ )

五本柳(いつもとやなぎ): 家の前に何本も植えてある柳。
生命力が強い柳は繁栄を予祝して家の前に植えられ、風よけにもされていたのでしょう。

栗田勇氏によると
「柳は生命力が強すぎるので家の中に植えるのはいささか恐ろしい。
よって家中はご遠慮願って外に植え、悪霊を追い払って戴くようになった」
( 花のある暮らし 岩波新書)
という面白い解説をされていますが、言われてみれば屋敷の中の柳は
ほとんど見ませんね。

    恋すす: 継続を表す: 恋しながら、ここでは「俺のことを想いながら」
    業(な)り: 農作業をする

「 昼の夢 ひとりたのしむ 柳かな 」 千代女

都に街路樹が植えられたのは759年から。
東大寺の僧普照(ふしょう)の献策により、朝廷は畿内七道諸国の駅路に
果樹並木を植え始めました。
当時、防人や諸国からの税 (調、庸) を都に運搬する人々がその往還に
大変な苦労を重ねており、それらの人々の辛苦を救うためといわれています。
普照は遣唐使に従って渡唐し、20年間かの地で学び754年に帰国するときに
鑑真を日本に招いたといわれる人物です。

 「 君ゆくや 柳みどりに 道長し 」 蕪村

平安京の柳の道は
「木陰を作る実用性とともに、都につながる道という格式高い空間を
意識したもの」( 近江俊秀 文化財調査官) だそうですが、
 柳は旅立ちや別れを象徴する木でもありました。



万葉集624(柳の道) 完

次回の更新は3月24日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-03-18 18:26 | 植物

万葉集その六百二十 (月夜の梅)

( 月ヶ瀬梅林  奈良 )
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( 同上 )
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( 雪の梅  高千穂神社  佐倉市 )
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( 同上 )
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( 梅燈籠   春日大社  奈良 )
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(  月明り  福王寺 法林   奈良万葉文化館収蔵 )
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(  我が宿の梅   郷倉 和子  同上 )
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昔々、通い婚の時代、男は女の家族が寝静まった頃合いに訪れ、
夜明け前に帰るというのが習いでした。
しかも、月夜が原則。( 中には型破りな男もいましたが-。)
何故なら、漆黒の闇夜は魑魅魍魎の異界で妖怪が出現し危害を加える。
それを月の神様が守ってくれると信じられていたからです。

しかも山道は狭い上、熊や猪が出没し危険がいっぱい。
いくら恋しくてもひと月に僅かしか会うことができません。

女は待ちに待った日が来ると、まず天気を確かめ、今日は月夜だと確信したら
恋人の好きな料理や酒を用意して、今か今かと胸をわくわくさせながら
男の来訪を待っていたのです。

ましてや梅が満開、馥郁と香りを漂わせている季節は、ロマンティックなこと
この上もなし。
煌々と輝く月の光を浴びながら、心ゆくまで睦みあっていたことでしょう。

「 ひさかたの 月夜(つくよ)を清み 梅の花
     心開けて 我が思へる君 」 
                          巻8-1661 紀郎女(小鹿)

( 月夜が清らかなので 梅の花が開くように晴々とした気持ちで
  お慕いしているあなた様を、今か今かとお待ちしております。)
 
梅の初花開く月明かりの夜。
男は必ず来るとわくわくさせながら待つ作者。
待つことに喜びを感じている珍しい歌です。

「 闇ならば うべも来まさじ 梅の花
    咲ける月夜(つくよ)に 出(い)でまさじとや」 
                        巻8-1452 紀郎女(小鹿)

( 闇夜ならばお出でにならないのはごもっともですが、
 月が煌々と輝き、梅の花が満開だというのに お出ましにならないと
 おっしゃるのですか )

作者は大伴家持と親しかった かなり年上の人妻(夫は安貴王)です。

特別な関係ではなく歌のやり取りをして楽しむ知友?で、
戯れて遊びにいらっしゃいと誘っていますが、前の歌と共に
ひよっとしたら本気?と思わせるような詠いぶりです。

「 我がやどに 咲きたる梅を 月夜(つくよ)よみ
    宵々(よひよひ)見せむ  君をこそ待て 」 
                            巻10-2349 作者未詳

( 我が家の庭先に咲いている梅、この梅を月のよいこのごろなので
 夜毎にお見せしたいと思い、あなたをひたすらお待ちいたしておりますのに、
一向にお見えになりませんね。)

梅も良し、月も良し、酒も用意してお持ちしているのに。
待っても待ってもまだ来ない。
「一体どうしたの、あなた」 と気をもむ乙女。

「優しい情緒にあふれた温雅な作、歌品も低くない(佐佐木信綱)」一首。

月夜に梅、眼(まなこ)を閉じると幻想的な光景が浮かんでまいります。

「 誰(た)が園の 梅の花ぞも ひさかたの
        清き月夜(つくよ)に ここだ散りくる 」 
                          巻10-2325 作者未詳

( どこのどなたの園の梅の花だろうか。
清らかに澄みきった月夜に、こんなにもひらひらと散ってくるのは )

月に誘われて外へ出かけた。
煌々と輝く満月。
折から一陣の風が吹き、梅の花びらが、芳しい香りとともに舞い降りてくる。
暗闇の中の雪かと見まがうほどに美しい。
このような見事な花を散らせているのは、一体どなたのお宅なのだろうか?
ひよっとしたら麗人が住んでいるかもしれないなぁ。

次は、我国文藝史上画期的な一首、「雪月花」を詠ったものです。

「 雪の上に 照れる月夜(つくよ)に 梅の花
     折りて贈らむ はしき子もがも 」 
                            巻18-4134 大伴家持

( 雪の上に照り映えている月の美しいこんな夜に梅の花を手折って贈ってやれる
  可愛い娘でもいればなぁ ) 
 
はしき:「愛し」き

雪の白、これを照らす月光、さらに白梅とすべて白一色の美につつまれた
庭を眺めながら美しい女性を心に思い描いており、まさに夢の世界。
家持の美的感覚には驚くべきものがあります。

「 琴詩酒(きししゅ)の友 皆 我を抛(なげう)ち
  雪月花の時 最も君を憶(おも)ふ 」   
                             白居易( 白楽天)
                             (殷協律(いんきょうりつ)に寄す)より

( 琴や詩や酒を楽しんだ友はみな分散して消息も聞かなくなってしまった。
 雪の朝、月の夜、花の時になると君達のことが思い出されてならない)

「雪月花」という言葉は上記の中国の白楽天の詩に見えますが、家持は
 白楽天が生まれる前から「雪月花」に美を見出していたのです。

「 春の夜の 闇はあやなし 梅の花
                 色こそ見えね  香やは隠るる」 
                            詠み人知らず  (古今和歌集)

( 春の夜の闇はわけがわからないことをしているよ。
たしかに真っ暗闇で梅の花の色こそ見えなくなってしまうが、
その素晴らしい香りだけは隠れようもないじゃないか。 )

「夜の闇が意地悪して梅の花を見せまいとしているが、無駄なことだ。
だって香りまで隠しようがないではないか。」
と茶化しています。

因みに 有名な「とらや」の羊羹「夜の梅」はこの歌に由来するそうな。
店の説明書きによると
「 切り口の小豆を夜の闇に咲く梅に見立てて、この菓銘がつけられました。
とらやを代表する小倉羊羹です」とのこと。

       「 しらうめの 枯木に戻る 月夜哉(かな) 」   蕪村

以下は長谷川櫂氏の解説です。

「 花盛りの白梅が月の光を浴びている。
  その白い花がことごとく月光に消えうせ、花が咲く前の枯木に
  戻ってしまったかのように見えるというのだ。
  目の前にあるのは満開の白梅であるのに、月光の作用によって枯木に見える。
  その妖(あや)しさ、鋭利にして濃厚な凄味がある」

                                  (花の歳時記 ちくま新書)


                万葉集620 月夜の梅 完



                次回の更新は2月24日の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-02-16 17:46 | 植物

万葉集その六百十六 (梅.椿.寒桜)

( 寒桜  小石川植物園  2017.1.13日撮影:以下同じ)
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( 同  青空に映えて美しい )
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(  ヤブツバキ        同上 )
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(  白ヤブツバキ      同上 )
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(  赤ヤブツバキ     同上 )
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(  フラグラントピンク  珍しい椿の名前です  同上 )
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(  白梅は満開    同上 )
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(  紅梅はちらほら    同上 )
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(  雪月花   梅の名前です )
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(  扇流し    これも梅の名前です )
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 「 地下鉄も 初日浴びゆく 小石川 」      福島 胖(はん)

本年3回目の植物園ブラ歩き、今回は小石川植物園(東京大学付属)です。
お目当ては寒櫻の大木と梅、椿。
地下鉄丸ノ内線、茗荷谷駅下車、桜並木で有名な播磨坂を下り、
徒歩20分ばかりで植物園の入口。
抜けるような青空、気温も16℃でそう寒くない。
にもかかわらず、人一人見当らず閑散としています。

約49000坪もある大庭園を独歩するなど、初めての経験。
こりや、のんびりと歩けるわい。
いつもは絶滅の恐れがある薬園保存のコーナーをゆっくり見て回りますが、
まだ冬眠中なので寒桜のある場所へ直行。

蕾ばかりの桜並木が途切れたところで1本の寒桜がでんと構え、
今が盛りと華やかに咲き誇っています。
数ある植物園でもこれだけの大木は珍しく、大きく広がった花枝は
青空に映えて美しい。
よく見ると蕾がまだまだ一杯。
あと1週間位は咲き続けていそうだが、誰も見に来ないのは勿体ないなぁ。

「 妹が手を 取りて引き攀(よ)じ ふさ手折り
     我がかざすべく 花咲けるかも 」 
                        巻9-1683 柿本人麻呂歌集

( あの子の手を取って引き寄せるというではないが、
  握って引き寄せ手折って私が翳(かざし)にするのに
 おあつらえ向きの桜が咲き誇っていますよ。)

作者が舎人皇子に宴席で奉った歌。

「 まるで美しい女性を自分のものにしたくなるような見事な桜が
  咲いていますね。」

と男の立場で女に誘いかける。
対する女は

「 春山は 散り過ぎぬとも 三輪山は
   いまだふふめり 君待ちかてに 」 
                         巻9-1684 柿本人麻呂歌集

( 春山の花はどこもかしこも散り果ててしまっていますが、
 三輪山の花だけはいまだ蕾のまま。
 あなたさまを待ちあぐねて。 )

一途にあなたをお待ちしていましたと応えた寸劇のような戯れ歌。
舎人皇子は天武天皇の皇子、人麻呂は歌の先生だったのでしょうか。

「簪(かざし)にする」とは花や柳などの木の枝を手折って髪飾りにしたり、
着物に挿して、その生命力を身に付けるという古代のお呪いです。

     「 寒桜 一本とても 大樹なり 」  筆者

寒桜を堪能したところで、裸の百日紅の大木群を経て針葉樹林へ。
木陰に紅白のヤブツバキが所狭しと咲いている。

「 あしひきの 山椿咲く 八つ峰(を)越え
      鹿(しし)待つ君が  斎(いは)ひ妻かも 」 
                               巻7-1262 作者未詳

( 山椿の咲く峰々を越えて鹿狩りしているあの方。
 わたしは、その帰りをただただ待っている巫女のような女か。)

斎(いは)ひ妻とは精進潔斎して男の無事を祈っている女。
鹿を他の女に譬え、他の女を追い掛けてばかりいる男を
恨めしいと感じているのかもしれません。

   「 仰向きに 椿の下を 通りけり 」 池内たけし

右に左にヤブツバキを愛でながら、日本庭園へ。

徳川5代将軍綱吉の幼時の居邸、白山御殿と蜷川能登守の屋敷跡とに
残された庭園が往時の姿をとどめていると伝えられている遠州派の名園。
その一角に100株ばかりの梅園があります。
そのうち5本の早咲き種が満開。

梅の木のもとでようやく可愛い子供連れの母親に出会いました。
花の下で楽しく笑い転げている親子。
お互いに「こんにちは」と声をかける。

「 ふふめりと 言ひし梅が枝 今朝降りし
    淡雪にあひて  咲きぬらむかも 」 
                         巻8-1436 大伴村上

( 蕾がふくらんでいるとあの人が云ってきた梅、
 その梅は 今朝降った淡雪に出会って 
 きっともう咲いていることだろう )

雪は梅の開花を促すものと信じられていました。
「ふふめり」とはふっくら膨らみ始めるの意。
乙女を連想させる美しい日本語です。

  「 紅梅の 咲きて幼児 頬赤し 」  筆者

日本庭園を通り過ぎると鷺が棲んでいる小さな池。
今日は池端で気持ちよさそうに日向ぼっこをしています。
飛んだところでシャッターを切ろうと待ち構えていましたが、
余程居心地がいいのか全く動きません。
諦めて雑木林の方に向かって歩く。
メタセコイアの巨木群、そして榛(はん)の木。
榛はハリの木ともいい前年の秋に生じた蕾がそのまま冬を越す生命力が強い木です。

これで広大な植物園巡りは終わり。
近くのお茶屋の甘酒で乾いた喉を潤す。
あぁ、美味い。
約2時間半の気持ちよい散策でした。

  「 園の茶屋 甘酒美味し 冬木立 」  筆者

 ( 甘酒は暑い最中にフウフウ云いながら飲むと美味しいので
   夏の季語とされていますが冬も美味いのだから、まぁいいか。)


     万葉集616( 梅.椿.寒桜 )  完



     次回の更新は1月27日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-01-19 18:14 | 植物

万葉集その六百十五 ( 梅よ春よ )

( 初梅 六義園 東京  2017,1,4 )
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( 皇居東御苑  2017,1,7 )
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( 白梅、紅梅  皇居東御苑 )
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(  紅梅   同上 )
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(  メジロも飛んできました  同上 )
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(  椿も花開く  同上 )
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(  月ヶ瀬梅林  奈良 )
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(  山の辺の道  奈良 )
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( 梅と菜の花      浜離宮庭園 )
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(  曽我梅林 )
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今年の1月4日のことです。
暖かい日ざしを浴びて東京は駒込、六義園へ探梅に行きました。
「 花はなくてもよいが、せめて1輪なりとも」という心馳せ。
正月三ケ日明けの今日は人出も少なく、のんびりとした雰囲気です。

和歌の浦(和歌山)を模したといわれる回遊庭園を半分ばかり廻ったところが
お目当ての白梅。
「 おぉ! 咲いていました! 」  

 「 梅一輪 一輪ほどの あたたかさ 」 服部嵐雪

の句のとおり、ぽかぽか陽気に誘われて数輪の花が
芳しい香りを漂わせていたのです。

「 まぁ きれい!」 お隣にいた上品な奥様の嘆声。

一生懸命スマホで写真を撮っておられるが、距離が少し遠いせいか
なかなかうまく写らないようだ。
「 だめだわ 」と呟きながら
「よい香りですね 」と話しかけられる。

お話を聞くと暖かいので「もしやと思って出かけてきた」とのこと。
はやる気持ちはいずこも同じ。
「 数輪咲いていたのですから、これでよしとしないとね 」
とお互いに云い合いながら右と左へ。

さて、こちらは万葉人。

「 雪寒み 咲きには咲かぬ 梅の花
   よしこのころは かくてもあるがね 」 
                     巻10-2329 作者未詳

( 雪を寒がって いっこうに咲き揃おうとしない梅の花よ。
     それならまぁ、いましばらくこのままそっとしておくのもよかろう )

開花を今か今かと待ちわびる作者。
梅が寒くてすねているように感じ、まるで聞き分けのない幼児、
あるいは若い乙女に呼びかけているような感じが面白い。

「 白梅のあと 紅梅の 深空(みそら)あり 」 飯田龍太

時は1月7日、快晴、場所は皇居東御苑です。
日記を見ると昨年は2月1日に満開。
暖かい日が続くので、もしやと思いながら訪れる。

やはりというか、白梅3本、紅梅1本が八分咲き。
枯木が多い中ここだけ明るく照り輝いています。

周囲の人たちも歓声を上げ、海外からの客人も大喜びです。
今年は春の訪れが早いかもしれません。

さてまた万葉人です。

「 梅の花 咲けるがなかに ふふめるは
     恋か隠(こも)れる 雪を待つとか 」 
                    巻19-4283 茨田 王(まむたの おほきみ)

( 梅の花、この花が咲いている中に、まだ蕾のままのものがあるのは、
 恋する人が訪れてから咲こうと思っているのでしょうか。
 それとも、雪を待っているのでしょうか。)

753年 治部少輔 石上宅嗣宅で行われた正月の賀宴での歌。
当時、雪は梅の開花を促し、また落花をも誘うと認識されていました。

作者は、主人がまだ満開でないのは雪が降らないからだろうかと
気遣っているので、

「 花が咲いている中で蕾もありすばらしい。
  きっと雪を待っているのでしょうね 」 と応えたもの。

「 梅の花 咲ける岡辺(おかへ)に 家居れば
      乏(とも)しくもあらず  うぐいすの声 」 
                         巻10-1820 作者未詳

( 梅の花が咲いている岡のほとりに家を構えて住んでいると、
 鶯の声がふんだんに聞こえてくるよ。)

乏(とも)しくもあらず: 「乏し」は「求む」の形容詞形 
「あとをつけて行きたい」が原義。
ここでは「少ない」の意だが「あらず」と
否定が続くので「ふんだんに」

満開の梅を眺めながら、一献また一献。
ときおり 「ホーホケキョ 」と鳴く鶯の声。
麗(うらら)かな春の一日です。

  「 梅つばき 早咲きほめむ 保美(ほび)の里 」 芭蕉

 ( 昔、ある上皇が褒めたのでこの地を「保美(愛知県)」というらしい。
  私も梅、椿が早く咲く温暖な当地を称えましょう )

「保美の里」を「御所の里」に入れ替えると、
まさに筆者の心境でありました。


           万葉集615 (梅よ春よ )   完


           次回の更新は1月20日の予定です。

  
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by uqrx74fd | 2017-01-12 10:50 | 植物

万葉集その六百十二 ( 梓:あずさ )

( 梓 現代名 水芽:ミズメ  赤塚植物園  東京 )
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( 同上 )
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( 梓の紅葉  同上 )
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( 梓弓複製  東京国立博物館 )
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(  古代の弓猟   橿原考古学研究所  奈良)
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(  埴輪 弓を持つ男   同上 )
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(  縄文晩期の弓  同上 )
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(  縄文晩期の矢のひじり  同上 )
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( 弥生前期の弓  同上 )
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(  同 復元された矢   同上 )
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梓(あずさ)はカバノキ科の落葉高木で本州岩手県以南、鹿児島県以北に
分布する我国固有の植物です。
山地に自生し高さ15~20m、幹の直径は30~70㎝、桜に似た横長の
皮目があります。
秋の葉の彩りが美しいため庭木でも栽培され、現代名は「水芽(ミズメ)」。
樹皮に傷を付けると樹液が水のように流れるのでその名があり、
枝を折るとサロメチールのような匂いがツンと鼻を刺激します。

古くは弓材、器具,家具などに用いられ、奈良時代の梓弓が正倉院に、
複製が東京国立博物館に収蔵されており素朴な面影を伝えてくれています。

万葉集での梓は50首。
植物そのものを詠ったものはなく、ほとんどが枕詞としての梓弓、
しかも恋歌です。

「 梓弓 末(すゑ)の はら野に 鳥狩(とがり)する
    君が弓弦の 絶えむと思へや 」 
                          巻11-2638 作者未詳

( 末の原野で鷹狩をする我が君の弓弦が切れることがないように
 わたしたち二人の仲が切れるなど、とても思えません )

末の原野の「末」は大阪府南部の和泉の陶邑(すえむら)とする説が
ありますが、詳細は不明。
鷹狩をする男は地方の豪族の若君でしょうか?
相思相愛と信じていても内心不安な女性です。

「 梓弓 引きてゆるさず あらませば
   かかる恋には あはざらましを 」 
                      巻11-2505 作者未詳

( 梓弓を引きしぼって緩めないように、心を許しさえしなかったら
 こんなに切ない恋に出くわさずにすんだのに )

相手は身分が違う、あるいは他に恋人がいる男か。
決して愛すまいと心に固く誓ったのに。
ついつい誘惑され体を許してしまい好きになってしまった。
どうしょう、私。

「 引きてゆるさず 」:「相手に気をゆるさない」(隙をみせない)

「 梓弓 引きて緩へぬ ますらをや
    恋といふものを 忍びかねてむ  」 
                       12-2987 作者未詳

( 梓弓を引き絞って緩めることがない、張りつめた心の堂々たる大丈夫。
 そんな男たるものでも恋と云うやつにかかっては
こらえきれないものなのか )

こちらは自ら「ますらを」と自負する男。

「恋など決してするものか」と広言したが、突如目の前に現れた美女にメロメロ。
 人様が何といおうがもう知るか! と見栄も外聞もかなぐり捨てた。

「 いまさらに 何をか思はむ 梓弓
    引きみ緩へみ 寄りにしものを 」 
                         巻12-2989 作者未詳

( 今さら何を思い悩もうか。
  梓弓を引いたり緩めたりするように、あれこれ思案した挙句に
  あの方に心を寄せてしまったの。)

こちらは女。
覚悟を決めた。
もう迷わない、あの人一筋に愛そう。

「 かくだにも 我(あ)れは恋ひなむ 玉梓(たまづさ)の
    君が使(つかひ)を 待ちやかねてむ 」 
                         巻11-2548 作者未詳

(これほどまでに切ない気持ち。
これからもずっと私はあの方を恋い慕っていくことでありましょう。
しかし、それにしても、あの方の言伝ての使いすら待ちかねて
我慢できないのです。 )

玉梓は美称の玉+梓。 
古代、男女の逢い引きの連絡は使い人が受け持っていました。
正式な使いの目印として梓の枝を折り、そこに文や歌を付けたのです。
そのようなことから玉梓(たまづさ)という言葉が生まれ、使いに掛かる
枕詞になっています。

玉梓は万葉で7例見え、平安時代になると消息、手紙の意味に変わります。

梓は古来、霊力や呪力がある木とされていました。
弓材に使われたのも、木の質が固いという事だけではなく、呪力があると
信じられていたためです。
信濃国が産地として知られ、続日本紀によると、文武天皇大宝2年、1020張が
大宰府の用に、さらに甲斐の国からも500張献上されたそうです。

梓はその後、版木としても用いられ、このことから、
書物の出版を「上梓(じょうし)」と云うようになったそうな。

「 おく山に 未だ残れる 一むらの
              梓の紅葉 雲に匂へり 」     伊藤左千夫


        万葉集612 (梓:あずさ) 完



       次回の更新は1月1日(日)の予定です
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by uqrx74fd | 2016-12-22 17:38 | 植物

万葉集その六百九 (欅:けやき)

( 欅の新緑  日比谷公園  東京 )
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( 同    上野公園   同  )
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( 同    六義園   同  )
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( 同    赤塚植物園   同 )
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(  同   自然教育園   同 )
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(  同    鬼子母神参道欅並木  同 )
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(  秋    鬼子母神前の駄菓子屋  1781年創業 )
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(  中秋   赤塚植物園 )
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(  晩秋    日比谷公園  )
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(    同上   )
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「けやき」の語源は「ケヤケキ」即ち「秀でた木」の意とされています。
その風格、品格は松とならぶ樹木界の双璧とされ、古くから有用の木と
されてきました。
落葉高木(ニレ科)にもかかわらず、神木とされているのも立居姿の美しさ、
旺盛な生命力が崇められたのでしょう。

春、芽吹きのころ、一部の枝がおずおずと葉を開き、霜害がないことを
確かめたのち、一斉に美しい若緑の葉を開く用心深さ。
夏にかけ美しい青葉と茂らせ、木陰で休む人の憩いの場を提供し、
秋には紅葉で目を楽しませてくれる。
冬、風に吹かれて、はらはらと落葉するさまにも趣があり、
四季を通じて見る人の心を和ませてくれる樹木です。

万葉集では槻(つき)という名で9首、その多くは斎槻(ゆつき、いつき、いはひつき)、
百枝槻(ももえつき)、などと詠われ、古代から尊い木として崇められていたことを
窺わせています。

まずは長歌(巻13-3223)の訳文から

「雷が光って 曇り空がうち続く9月
 その晩秋、時雨が降るようになると
 雁が まだ来て鳴きもしないのに

 神なびの 清らかな御田屋の
 垣内の田んぼの池の堤
 その堤に生い立つ 神々しい槻の木には
 勢いよくさし延べた 枝いっぱいに
 秋の紅葉が輝く

 その色鮮やかな紅葉を
 手に巻きつけている ちっぽけな鈴もゆらゆらに
 鳴り響くほどに
 か弱い女の身の私ではあるけれど
 引きつかんで 槻の木の
 天辺(てっぺん)も 撓むばかりに
 どっさり折りとって私は持って行く

 わが君の髪飾りのために  」     

長歌全文  

「 かむとけの 日香る空の
  九月(ながつき)の しぐれの降れば
  雁がねも いまだ来鳴かね

  神(かむ)なびの  御田屋(みたや)の
  垣つ田の 池の堤の 
  百(もも)足らず 斎槻(いつき)の枝に 
  瑞枝さす  秋の黄葉(もみぢば) 

  まき持てる  小鈴もゆらに 
  たわや女に  我(わ)れはあれども 
  引き攀(よ)ぢて 峯も とををに 
  ふさ手折り   我(わ)は持ちて行く 

  君がかざしに 」 
                     巻13-3223 作者未詳

  一行ごとに訓み解いてまいりましょう。

「 かむとけの 日香る空の 」

      「かむとけの」: 日香る空の枕詞 かむとけは落雷 
      ヒカ(ピカ)の意で「ひ」を起こす
           
      「日香る」  :   ある気配が立ちこめるさま

        ( 雷が光って 曇り空が続く )

  「 九月(ながつき)の しぐれの降れば 

     (  長月の 時雨が降るようになると )

    「 雁がねも いまだ来鳴かね 」

     (  雁がまだ来鳴きもしないのに )

 
 「  神(かむ)なびの  御田屋(みたや)の 」

       「神なびの」:  神がこもる
       「御田屋(みたや)」 : 斎き浄めた田を守る小屋

            ( 神様に守られた 神聖な小屋 )

  「 垣つ田の 池の堤の 」

           「垣つ田」: 垣根に囲まれた田

          ( 垣根に囲まれた田の 池の堤 )
      

  「 百(もも)足らず 斎槻(いつき)の枝に 」

            「百(もも)足らず」: 斎槻(いつき)の枕詞 百に足りない五十(いつ)の意

         ( 神聖な槻の枝に )

  「 瑞枝さす  秋の黄葉(もみぢば) 」
   
             ( 瑞々しい枝をさしのべた 秋の黄葉 ) 
  
     「 まき持てる 小鈴もゆらに 」

            ( 手に巻いている 小さい鈴をゆらゆらと鳴り響かせて) 
   
    「 たわや女に  我(わ)れはあれども 」

             ( 私は かよわい女 ではありますが )

    「 引き攀(よ)ぢて  峯も とををに 」

            「引き攀(よ)じて」 引き掴んで
            「峯も とををに」  槻の木のてっぺんが撓むほどに

        ( 槻に木のてっぺんが撓むほど力いっぱい引き掴んで)

     「 ふさ手折り  我(わ)は持ちて行く 」

              「 ふさ手折り 」 いっぱい手折って

               ( いっぱい折りとって 持ってゆきます )

     「 君がかざしに 」

             (あなた様の髪飾りに )
 
             かざし :神を迎え幸福、繁栄を祈る呪的行為

反歌

「ひとりのみ 見れば恋しみ  神なびの
   山の黄葉(もみちば) 手折り来つ君 」 
                        巻13-3224 作者未詳

     ( ひとりきりで見ていると 見せたくてならないので
       二人一緒に見ようと
       神なびの この紅葉を折り取って持ってきましたよ、
       あなたさま。 )

 紅葉狩りに集った男女間での宴で歌われた寿ぎ歌です。
 瑞々しく紅葉した槻の枝を持って、小鈴を振るたわやめ。
 受け取る男。
 周囲を取りまく男女。
 それは豊穣の予祝の宴であったことでしょう。

 「欅並木 ここにはじまる 蝉時雨 」 富安風生

江戸時代、欅は橋桁や船材に使われ、その枝を海苔栽培の粗朶として
活用されたため幕府は大掛かりな植栽を奨励しました。
その結果、武蔵野には欅が多く残り、いたるところで並木が見られたそうです。

高濱虚子はエッセイ「欅並木」で

『 東京近郷に出ると必ず並木に出くわす。
  欅や楢や榛(はり)などが大空高く延びていて、その下に
  昔風の人家がなお残っているものを散見するのである。
  この欅並木もまた京洛地方に見ることが出来ぬ武蔵野特有のものである。
  中略 
  この並木は武蔵野の古い街道を象徴しているもので、この欅が大きければ
  大きいほど街道の古さを現わしている 』 

と述べています。

     「 落葉せる 大き欅の 幹のまへを
                 二人通りぬ 物云ひながら  」    島木赤彦


ご参考 : 欅の用途

 神社仏閣、大邸宅の門柱、門扉、土台、大黒柱,鴨居、床廻り、格子戸など。
 椅子、食卓、仏壇、戸棚、盆、車箪笥、盆、皿などの生活用具。
 太鼓の胴、バイオリンの外囲い,三弦などの楽器。
 鉄道枕木、杭、橋梁、電柱、の土木用材。
 船首、船尾、船室の内装など船舶用材。
 客車、汽車や電車の室内装飾用。
 荷馬車、人力車、馬車。
 寺や神社の柱や彫刻 (清水寺の舞台を支えている欅の柱、唐招提寺、
                 東西本願寺、 皇居桜田門は有名)。

 弓材としては真弓(マユミ)とならぶ材料、槻弓とよばれた。



 万葉集609 (欅:けやき) 完


         次回の更新は12月8日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-12-01 15:28 | 植物

万葉集その六百六 (アケビ)

( ミツバアケビの花  向島百花園  )
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(    同上:拡大  )
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( ミツバアケビの実    同上 )
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(  枯れた実  東京都薬用植物園 )
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(  アケビの花   同上 )
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(  アケビの実   同上 )
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( 通信販売カタログ  産地は山形が圧倒的なシエァを占める )
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 アケビは本州、四国、九州に分布するアケビ科つる性の落葉樹で4~5月、
薄紫色の花を咲かせ、秋には10㎝位の楕円形の実を付けます。
完熟すると紫色の果皮がパクッと割れて白く柔らかい美味な果肉が現れるので
「開け実」とよばれていたものが「アケビ」に転訛したそうな。

古くは「狭野方(さのかた)」とよばれていた(土居文明 万葉集私注)ようですが、
植物名ではあるが未詳、あるいは地名とする説(少数)もあります。

「さのかた」が「アケビ」とされる根拠は万葉集で「葛葉(くずは)がた」と
詠われている例があり、「かた」は「蔓(つる)」の意と推測されること(伊藤博)と
「さの」は「さね」つまり「実」と解釈されたと思われるので
本稿は土居説に従います。

万葉集の「さのかた」(アケビ)は二首のみ、共に恋の歌です。

「 さのかたは 実にならずとも 花のみに
         咲きて見えこそ 恋のなぐさに 」 
                    巻10-1928  作者未詳

( さのかたは、実にならなくてもせめて花だけ咲いて見せておくれ
 この苦しい思いのせめてもの慰めに )

  「咲きて見えこそ」:「こそ」は「~してほしい」で「咲いて見せてほしい」
  「恋のなぐさに」: 「恋心を慰めるよすがとして」

男が「さのかた」を女に譬えて、結婚する気はなくとも
せめて交際だけでもして欲しいと口説いています。

本心は体の関係も持ちたいと思っている?
ところが口説かれた女性は人妻。
不倫は厳禁の時代。
女は次のような歌を返します。


「 さのかたは 実になりにしを 今さらに
         春雨降りて  花咲かめやも 」 
                    巻10-1929  作者未詳

( さのかたは とっくに実になっておりますのに 今さら春雨が降って
  花が咲くなどということがありましょうか )

「 春雨降りで」: 当時、春雨は花の開花を促すものと考えられており、
           ここでは男から誘いを受けている状態を譬えています。

「 花咲かめやも」: 「めやも」は反語。
             「あなた様と関係をもつということなどありましょうか」の意

自らを「さのかた」に譬えて、すでに人妻である(実になりし)ことを匂わせながら
相手の求めをはぐらかしています。
取りようによっては靡いてもよいとも思われそうな返事です。
相手をからかっている?
あるいは内心、一時の浮気ならと思っているのか。


「 心ぐく なりて見て居り 藪のなか
        通草(あけび)の花を 掌(て)の上におきて 」  島木赤彦

アケビは漢字で「通草」「木通」と書かれます。
蔓を煎じて飲むと利尿に効ありとされるので「小水が通じる草、木」の意とか。

この歌の作者、島木赤彦は「万葉集の鑑賞及び其の批評」という歌論書を書き、
斎藤茂吉の「万葉秀歌」と常に比較されているアララギ派の巨匠です。

「心ぐく」は「気分が晴れない」の意で万葉集に精通していた作者は
大伴家持が多用していたのを知っていて用いたのでしょうか。

「 心ぐく 思ほゆるかも 春霞
    たなびくときに 言(こと)の通えば 」 
                     巻4-789 大伴家持

( 申し訳けなさに心が晴れずもやもやした気持ちです。
      春霞がたなびくこの季節に、しきりにお便りいただくものですから )

藤原久須麻呂という人物から、まだ3才になるかならないかの家持の娘と
婚約したいとの申し出があり、困惑し、婉曲に断ったにもかかわらず
再三催促してきたのに応えたもの。
昔とはいえ、えらい気の早い男がいたものです。

「 通草(あけび)の実 ふたつに割れて そのなかの
            乳色なすを われは惜しめり 」        斎藤茂吉

山の中で実もたわわに垂れ下がっている通草。
野趣があり美味。
季節になると店頭にも出回ります。
春の若菜はおひたしや、乾燥させてお茶にしてもよし。
また、蔓は椅子や寝台、鞄やバスケット,菓子器などに加工されています。

「 瀧風に 吹きあらわれし 通草(あけび)かな 」     増田手古奈


           万葉集606 (アケビ) 完


        次回の更新は11月20(日)の予定です
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by uqrx74fd | 2016-11-10 19:16 | 植物