カテゴリ:植物( 206 )

万葉集その六百二十 (月夜の梅)

( 月ヶ瀬梅林  奈良 )
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( 同上 )
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( 雪の梅  高千穂神社  佐倉市 )
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( 同上 )
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( 梅燈籠   春日大社  奈良 )
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(  月明り  福王寺 法林   奈良万葉文化館収蔵 )
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(  我が宿の梅   郷倉 和子  同上 )
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昔々、通い婚の時代、男は女の家族が寝静まった頃合いに訪れ、
夜明け前に帰るというのが習いでした。
しかも、月夜が原則。( 中には型破りな男もいましたが-。)
何故なら、漆黒の闇夜は魑魅魍魎の異界で妖怪が出現し危害を加える。
それを月の神様が守ってくれると信じられていたからです。

しかも山道は狭い上、熊や猪が出没し危険がいっぱい。
いくら恋しくてもひと月に僅かしか会うことができません。

女は待ちに待った日が来ると、まず天気を確かめ、今日は月夜だと確信したら
恋人の好きな料理や酒を用意して、今か今かと胸をわくわくさせながら
男の来訪を待っていたのです。

ましてや梅が満開、馥郁と香りを漂わせている季節は、ロマンティックなこと
この上もなし。
煌々と輝く月の光を浴びながら、心ゆくまで睦みあっていたことでしょう。

「 ひさかたの 月夜(つくよ)を清み 梅の花
     心開けて 我が思へる君 」 
                          巻8-1661 紀郎女(小鹿)

( 月夜が清らかなので 梅の花が開くように晴々とした気持ちで
  お慕いしているあなた様を、今か今かとお待ちしております。)
 
梅の初花開く月明かりの夜。
男は必ず来るとわくわくさせながら待つ作者。
待つことに喜びを感じている珍しい歌です。

「 闇ならば うべも来まさじ 梅の花
    咲ける月夜(つくよ)に 出(い)でまさじとや」 
                        巻8-1452 紀郎女(小鹿)

( 闇夜ならばお出でにならないのはごもっともですが、
 月が煌々と輝き、梅の花が満開だというのに お出ましにならないと
 おっしゃるのですか )

作者は大伴家持と親しかった かなり年上の人妻(夫は安貴王)です。

特別な関係ではなく歌のやり取りをして楽しむ知友?で、
戯れて遊びにいらっしゃいと誘っていますが、前の歌と共に
ひよっとしたら本気?と思わせるような詠いぶりです。

「 我がやどに 咲きたる梅を 月夜(つくよ)よみ
    宵々(よひよひ)見せむ  君をこそ待て 」 
                            巻10-2349 作者未詳

( 我が家の庭先に咲いている梅、この梅を月のよいこのごろなので
 夜毎にお見せしたいと思い、あなたをひたすらお待ちいたしておりますのに、
一向にお見えになりませんね。)

梅も良し、月も良し、酒も用意してお持ちしているのに。
待っても待ってもまだ来ない。
「一体どうしたの、あなた」 と気をもむ乙女。

「優しい情緒にあふれた温雅な作、歌品も低くない(佐佐木信綱)」一首。

月夜に梅、眼(まなこ)を閉じると幻想的な光景が浮かんでまいります。

「 誰(た)が園の 梅の花ぞも ひさかたの
        清き月夜(つくよ)に ここだ散りくる 」 
                          巻10-2325 作者未詳

( どこのどなたの園の梅の花だろうか。
清らかに澄みきった月夜に、こんなにもひらひらと散ってくるのは )

月に誘われて外へ出かけた。
煌々と輝く満月。
折から一陣の風が吹き、梅の花びらが、芳しい香りとともに舞い降りてくる。
暗闇の中の雪かと見まがうほどに美しい。
このような見事な花を散らせているのは、一体どなたのお宅なのだろうか?
ひよっとしたら麗人が住んでいるかもしれないなぁ。

次は、我国文藝史上画期的な一首、「雪月花」を詠ったものです。

「 雪の上に 照れる月夜(つくよ)に 梅の花
     折りて贈らむ はしき子もがも 」 
                            巻18-4134 大伴家持

( 雪の上に照り映えている月の美しいこんな夜に梅の花を手折って贈ってやれる
  可愛い娘でもいればなぁ ) 
 
はしき:「愛し」き

雪の白、これを照らす月光、さらに白梅とすべて白一色の美につつまれた
庭を眺めながら美しい女性を心に思い描いており、まさに夢の世界。
家持の美的感覚には驚くべきものがあります。

「 琴詩酒(きししゅ)の友 皆 我を抛(なげう)ち
  雪月花の時 最も君を憶(おも)ふ 」   
                             白居易( 白楽天)
                             (殷協律(いんきょうりつ)に寄す)より

( 琴や詩や酒を楽しんだ友はみな分散して消息も聞かなくなってしまった。
 雪の朝、月の夜、花の時になると君達のことが思い出されてならない)

「雪月花」という言葉は上記の中国の白楽天の詩に見えますが、家持は
 白楽天が生まれる前から「雪月花」に美を見出していたのです。

「 春の夜の 闇はあやなし 梅の花
                 色こそ見えね  香やは隠るる」 
                            詠み人知らず  (古今和歌集)

( 春の夜の闇はわけがわからないことをしているよ。
たしかに真っ暗闇で梅の花の色こそ見えなくなってしまうが、
その素晴らしい香りだけは隠れようもないじゃないか。 )

「夜の闇が意地悪して梅の花を見せまいとしているが、無駄なことだ。
だって香りまで隠しようがないではないか。」
と茶化しています。

因みに 有名な「とらや」の羊羹「夜の梅」はこの歌に由来するそうな。
店の説明書きによると
「 切り口の小豆を夜の闇に咲く梅に見立てて、この菓銘がつけられました。
とらやを代表する小倉羊羹です」とのこと。

       「 しらうめの 枯木に戻る 月夜哉(かな) 」   蕪村

以下は長谷川櫂氏の解説です。

「 花盛りの白梅が月の光を浴びている。
  その白い花がことごとく月光に消えうせ、花が咲く前の枯木に
  戻ってしまったかのように見えるというのだ。
  目の前にあるのは満開の白梅であるのに、月光の作用によって枯木に見える。
  その妖(あや)しさ、鋭利にして濃厚な凄味がある」

                                  (花の歳時記 ちくま新書)


                万葉集620 月夜の梅 完



                次回の更新は2月24日の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-02-16 17:46 | 植物

万葉集その六百十六 (梅.椿.寒桜)

( 寒桜  小石川植物園  2017.1.13日撮影:以下同じ)
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( 同  青空に映えて美しい )
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(  ヤブツバキ        同上 )
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(  白ヤブツバキ      同上 )
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(  赤ヤブツバキ     同上 )
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(  フラグラントピンク  珍しい椿の名前です  同上 )
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(  白梅は満開    同上 )
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(  紅梅はちらほら    同上 )
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(  雪月花   梅の名前です )
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(  扇流し    これも梅の名前です )
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 「 地下鉄も 初日浴びゆく 小石川 」      福島 胖(はん)

本年3回目の植物園ブラ歩き、今回は小石川植物園(東京大学付属)です。
お目当ては寒櫻の大木と梅、椿。
地下鉄丸ノ内線、茗荷谷駅下車、桜並木で有名な播磨坂を下り、
徒歩20分ばかりで植物園の入口。
抜けるような青空、気温も16℃でそう寒くない。
にもかかわらず、人一人見当らず閑散としています。

約49000坪もある大庭園を独歩するなど、初めての経験。
こりや、のんびりと歩けるわい。
いつもは絶滅の恐れがある薬園保存のコーナーをゆっくり見て回りますが、
まだ冬眠中なので寒桜のある場所へ直行。

蕾ばかりの桜並木が途切れたところで1本の寒桜がでんと構え、
今が盛りと華やかに咲き誇っています。
数ある植物園でもこれだけの大木は珍しく、大きく広がった花枝は
青空に映えて美しい。
よく見ると蕾がまだまだ一杯。
あと1週間位は咲き続けていそうだが、誰も見に来ないのは勿体ないなぁ。

「 妹が手を 取りて引き攀(よ)じ ふさ手折り
     我がかざすべく 花咲けるかも 」 
                        巻9-1683 柿本人麻呂歌集

( あの子の手を取って引き寄せるというではないが、
  握って引き寄せ手折って私が翳(かざし)にするのに
 おあつらえ向きの桜が咲き誇っていますよ。)

作者が舎人皇子に宴席で奉った歌。

「 まるで美しい女性を自分のものにしたくなるような見事な桜が
  咲いていますね。」

と男の立場で女に誘いかける。
対する女は

「 春山は 散り過ぎぬとも 三輪山は
   いまだふふめり 君待ちかてに 」 
                         巻9-1684 柿本人麻呂歌集

( 春山の花はどこもかしこも散り果ててしまっていますが、
 三輪山の花だけはいまだ蕾のまま。
 あなたさまを待ちあぐねて。 )

一途にあなたをお待ちしていましたと応えた寸劇のような戯れ歌。
舎人皇子は天武天皇の皇子、人麻呂は歌の先生だったのでしょうか。

「簪(かざし)にする」とは花や柳などの木の枝を手折って髪飾りにしたり、
着物に挿して、その生命力を身に付けるという古代のお呪いです。

     「 寒桜 一本とても 大樹なり 」  筆者

寒桜を堪能したところで、裸の百日紅の大木群を経て針葉樹林へ。
木陰に紅白のヤブツバキが所狭しと咲いている。

「 あしひきの 山椿咲く 八つ峰(を)越え
      鹿(しし)待つ君が  斎(いは)ひ妻かも 」 
                               巻7-1262 作者未詳

( 山椿の咲く峰々を越えて鹿狩りしているあの方。
 わたしは、その帰りをただただ待っている巫女のような女か。)

斎(いは)ひ妻とは精進潔斎して男の無事を祈っている女。
鹿を他の女に譬え、他の女を追い掛けてばかりいる男を
恨めしいと感じているのかもしれません。

   「 仰向きに 椿の下を 通りけり 」 池内たけし

右に左にヤブツバキを愛でながら、日本庭園へ。

徳川5代将軍綱吉の幼時の居邸、白山御殿と蜷川能登守の屋敷跡とに
残された庭園が往時の姿をとどめていると伝えられている遠州派の名園。
その一角に100株ばかりの梅園があります。
そのうち5本の早咲き種が満開。

梅の木のもとでようやく可愛い子供連れの母親に出会いました。
花の下で楽しく笑い転げている親子。
お互いに「こんにちは」と声をかける。

「 ふふめりと 言ひし梅が枝 今朝降りし
    淡雪にあひて  咲きぬらむかも 」 
                         巻8-1436 大伴村上

( 蕾がふくらんでいるとあの人が云ってきた梅、
 その梅は 今朝降った淡雪に出会って 
 きっともう咲いていることだろう )

雪は梅の開花を促すものと信じられていました。
「ふふめり」とはふっくら膨らみ始めるの意。
乙女を連想させる美しい日本語です。

  「 紅梅の 咲きて幼児 頬赤し 」  筆者

日本庭園を通り過ぎると鷺が棲んでいる小さな池。
今日は池端で気持ちよさそうに日向ぼっこをしています。
飛んだところでシャッターを切ろうと待ち構えていましたが、
余程居心地がいいのか全く動きません。
諦めて雑木林の方に向かって歩く。
メタセコイアの巨木群、そして榛(はん)の木。
榛はハリの木ともいい前年の秋に生じた蕾がそのまま冬を越す生命力が強い木です。

これで広大な植物園巡りは終わり。
近くのお茶屋の甘酒で乾いた喉を潤す。
あぁ、美味い。
約2時間半の気持ちよい散策でした。

  「 園の茶屋 甘酒美味し 冬木立 」  筆者

 ( 甘酒は暑い最中にフウフウ云いながら飲むと美味しいので
   夏の季語とされていますが冬も美味いのだから、まぁいいか。)


     万葉集616( 梅.椿.寒桜 )  完



     次回の更新は1月27日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-01-19 18:14 | 植物

万葉集その六百十五 ( 梅よ春よ )

( 初梅 六義園 東京  2017,1,4 )
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( 皇居東御苑  2017,1,7 )
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( 白梅、紅梅  皇居東御苑 )
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(  紅梅   同上 )
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(  メジロも飛んできました  同上 )
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(  椿も花開く  同上 )
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(  月ヶ瀬梅林  奈良 )
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(  山の辺の道  奈良 )
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( 梅と菜の花      浜離宮庭園 )
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(  曽我梅林 )
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今年の1月4日のことです。
暖かい日ざしを浴びて東京は駒込、六義園へ探梅に行きました。
「 花はなくてもよいが、せめて1輪なりとも」という心馳せ。
正月三ケ日明けの今日は人出も少なく、のんびりとした雰囲気です。

和歌の浦(和歌山)を模したといわれる回遊庭園を半分ばかり廻ったところが
お目当ての白梅。
「 おぉ! 咲いていました! 」  

 「 梅一輪 一輪ほどの あたたかさ 」 服部嵐雪

の句のとおり、ぽかぽか陽気に誘われて数輪の花が
芳しい香りを漂わせていたのです。

「 まぁ きれい!」 お隣にいた上品な奥様の嘆声。

一生懸命スマホで写真を撮っておられるが、距離が少し遠いせいか
なかなかうまく写らないようだ。
「 だめだわ 」と呟きながら
「よい香りですね 」と話しかけられる。

お話を聞くと暖かいので「もしやと思って出かけてきた」とのこと。
はやる気持ちはいずこも同じ。
「 数輪咲いていたのですから、これでよしとしないとね 」
とお互いに云い合いながら右と左へ。

さて、こちらは万葉人。

「 雪寒み 咲きには咲かぬ 梅の花
   よしこのころは かくてもあるがね 」 
                     巻10-2329 作者未詳

( 雪を寒がって いっこうに咲き揃おうとしない梅の花よ。
     それならまぁ、いましばらくこのままそっとしておくのもよかろう )

開花を今か今かと待ちわびる作者。
梅が寒くてすねているように感じ、まるで聞き分けのない幼児、
あるいは若い乙女に呼びかけているような感じが面白い。

「 白梅のあと 紅梅の 深空(みそら)あり 」 飯田龍太

時は1月7日、快晴、場所は皇居東御苑です。
日記を見ると昨年は2月1日に満開。
暖かい日が続くので、もしやと思いながら訪れる。

やはりというか、白梅3本、紅梅1本が八分咲き。
枯木が多い中ここだけ明るく照り輝いています。

周囲の人たちも歓声を上げ、海外からの客人も大喜びです。
今年は春の訪れが早いかもしれません。

さてまた万葉人です。

「 梅の花 咲けるがなかに ふふめるは
     恋か隠(こも)れる 雪を待つとか 」 
                    巻19-4283 茨田 王(まむたの おほきみ)

( 梅の花、この花が咲いている中に、まだ蕾のままのものがあるのは、
 恋する人が訪れてから咲こうと思っているのでしょうか。
 それとも、雪を待っているのでしょうか。)

753年 治部少輔 石上宅嗣宅で行われた正月の賀宴での歌。
当時、雪は梅の開花を促し、また落花をも誘うと認識されていました。

作者は、主人がまだ満開でないのは雪が降らないからだろうかと
気遣っているので、

「 花が咲いている中で蕾もありすばらしい。
  きっと雪を待っているのでしょうね 」 と応えたもの。

「 梅の花 咲ける岡辺(おかへ)に 家居れば
      乏(とも)しくもあらず  うぐいすの声 」 
                         巻10-1820 作者未詳

( 梅の花が咲いている岡のほとりに家を構えて住んでいると、
 鶯の声がふんだんに聞こえてくるよ。)

乏(とも)しくもあらず: 「乏し」は「求む」の形容詞形 
「あとをつけて行きたい」が原義。
ここでは「少ない」の意だが「あらず」と
否定が続くので「ふんだんに」

満開の梅を眺めながら、一献また一献。
ときおり 「ホーホケキョ 」と鳴く鶯の声。
麗(うらら)かな春の一日です。

  「 梅つばき 早咲きほめむ 保美(ほび)の里 」 芭蕉

 ( 昔、ある上皇が褒めたのでこの地を「保美(愛知県)」というらしい。
  私も梅、椿が早く咲く温暖な当地を称えましょう )

「保美の里」を「御所の里」に入れ替えると、
まさに筆者の心境でありました。


           万葉集615 (梅よ春よ )   完


           次回の更新は1月20日の予定です。

  
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by uqrx74fd | 2017-01-12 10:50 | 植物

万葉集その六百十二 ( 梓:あずさ )

( 梓 現代名 水芽:ミズメ  赤塚植物園  東京 )
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( 同上 )
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( 梓の紅葉  同上 )
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( 梓弓複製  東京国立博物館 )
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(  古代の弓猟   橿原考古学研究所  奈良)
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(  埴輪 弓を持つ男   同上 )
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(  縄文晩期の弓  同上 )
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(  縄文晩期の矢のひじり  同上 )
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( 弥生前期の弓  同上 )
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(  同 復元された矢   同上 )
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梓(あずさ)はカバノキ科の落葉高木で本州岩手県以南、鹿児島県以北に
分布する我国固有の植物です。
山地に自生し高さ15~20m、幹の直径は30~70㎝、桜に似た横長の
皮目があります。
秋の葉の彩りが美しいため庭木でも栽培され、現代名は「水芽(ミズメ)」。
樹皮に傷を付けると樹液が水のように流れるのでその名があり、
枝を折るとサロメチールのような匂いがツンと鼻を刺激します。

古くは弓材、器具,家具などに用いられ、奈良時代の梓弓が正倉院に、
複製が東京国立博物館に収蔵されており素朴な面影を伝えてくれています。

万葉集での梓は50首。
植物そのものを詠ったものはなく、ほとんどが枕詞としての梓弓、
しかも恋歌です。

「 梓弓 末(すゑ)の はら野に 鳥狩(とがり)する
    君が弓弦の 絶えむと思へや 」 
                          巻11-2638 作者未詳

( 末の原野で鷹狩をする我が君の弓弦が切れることがないように
 わたしたち二人の仲が切れるなど、とても思えません )

末の原野の「末」は大阪府南部の和泉の陶邑(すえむら)とする説が
ありますが、詳細は不明。
鷹狩をする男は地方の豪族の若君でしょうか?
相思相愛と信じていても内心不安な女性です。

「 梓弓 引きてゆるさず あらませば
   かかる恋には あはざらましを 」 
                      巻11-2505 作者未詳

( 梓弓を引きしぼって緩めないように、心を許しさえしなかったら
 こんなに切ない恋に出くわさずにすんだのに )

相手は身分が違う、あるいは他に恋人がいる男か。
決して愛すまいと心に固く誓ったのに。
ついつい誘惑され体を許してしまい好きになってしまった。
どうしょう、私。

「 引きてゆるさず 」:「相手に気をゆるさない」(隙をみせない)

「 梓弓 引きて緩へぬ ますらをや
    恋といふものを 忍びかねてむ  」 
                       12-2987 作者未詳

( 梓弓を引き絞って緩めることがない、張りつめた心の堂々たる大丈夫。
 そんな男たるものでも恋と云うやつにかかっては
こらえきれないものなのか )

こちらは自ら「ますらを」と自負する男。

「恋など決してするものか」と広言したが、突如目の前に現れた美女にメロメロ。
 人様が何といおうがもう知るか! と見栄も外聞もかなぐり捨てた。

「 いまさらに 何をか思はむ 梓弓
    引きみ緩へみ 寄りにしものを 」 
                         巻12-2989 作者未詳

( 今さら何を思い悩もうか。
  梓弓を引いたり緩めたりするように、あれこれ思案した挙句に
  あの方に心を寄せてしまったの。)

こちらは女。
覚悟を決めた。
もう迷わない、あの人一筋に愛そう。

「 かくだにも 我(あ)れは恋ひなむ 玉梓(たまづさ)の
    君が使(つかひ)を 待ちやかねてむ 」 
                         巻11-2548 作者未詳

(これほどまでに切ない気持ち。
これからもずっと私はあの方を恋い慕っていくことでありましょう。
しかし、それにしても、あの方の言伝ての使いすら待ちかねて
我慢できないのです。 )

玉梓は美称の玉+梓。 
古代、男女の逢い引きの連絡は使い人が受け持っていました。
正式な使いの目印として梓の枝を折り、そこに文や歌を付けたのです。
そのようなことから玉梓(たまづさ)という言葉が生まれ、使いに掛かる
枕詞になっています。

玉梓は万葉で7例見え、平安時代になると消息、手紙の意味に変わります。

梓は古来、霊力や呪力がある木とされていました。
弓材に使われたのも、木の質が固いという事だけではなく、呪力があると
信じられていたためです。
信濃国が産地として知られ、続日本紀によると、文武天皇大宝2年、1020張が
大宰府の用に、さらに甲斐の国からも500張献上されたそうです。

梓はその後、版木としても用いられ、このことから、
書物の出版を「上梓(じょうし)」と云うようになったそうな。

「 おく山に 未だ残れる 一むらの
              梓の紅葉 雲に匂へり 」     伊藤左千夫


        万葉集612 (梓:あずさ) 完



       次回の更新は1月1日(日)の予定です
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by uqrx74fd | 2016-12-22 17:38 | 植物

万葉集その六百九 (欅:けやき)

( 欅の新緑  日比谷公園  東京 )
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( 同    上野公園   同  )
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( 同    六義園   同  )
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( 同    赤塚植物園   同 )
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(  同   自然教育園   同 )
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(  同    鬼子母神参道欅並木  同 )
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(  秋    鬼子母神前の駄菓子屋  1781年創業 )
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(  中秋   赤塚植物園 )
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(  晩秋    日比谷公園  )
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(    同上   )
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「けやき」の語源は「ケヤケキ」即ち「秀でた木」の意とされています。
その風格、品格は松とならぶ樹木界の双璧とされ、古くから有用の木と
されてきました。
落葉高木(ニレ科)にもかかわらず、神木とされているのも立居姿の美しさ、
旺盛な生命力が崇められたのでしょう。

春、芽吹きのころ、一部の枝がおずおずと葉を開き、霜害がないことを
確かめたのち、一斉に美しい若緑の葉を開く用心深さ。
夏にかけ美しい青葉と茂らせ、木陰で休む人の憩いの場を提供し、
秋には紅葉で目を楽しませてくれる。
冬、風に吹かれて、はらはらと落葉するさまにも趣があり、
四季を通じて見る人の心を和ませてくれる樹木です。

万葉集では槻(つき)という名で9首、その多くは斎槻(ゆつき、いつき、いはひつき)、
百枝槻(ももえつき)、などと詠われ、古代から尊い木として崇められていたことを
窺わせています。

まずは長歌(巻13-3223)の訳文から

「雷が光って 曇り空がうち続く9月
 その晩秋、時雨が降るようになると
 雁が まだ来て鳴きもしないのに

 神なびの 清らかな御田屋の
 垣内の田んぼの池の堤
 その堤に生い立つ 神々しい槻の木には
 勢いよくさし延べた 枝いっぱいに
 秋の紅葉が輝く

 その色鮮やかな紅葉を
 手に巻きつけている ちっぽけな鈴もゆらゆらに
 鳴り響くほどに
 か弱い女の身の私ではあるけれど
 引きつかんで 槻の木の
 天辺(てっぺん)も 撓むばかりに
 どっさり折りとって私は持って行く

 わが君の髪飾りのために  」     

長歌全文  

「 かむとけの 日香る空の
  九月(ながつき)の しぐれの降れば
  雁がねも いまだ来鳴かね

  神(かむ)なびの  御田屋(みたや)の
  垣つ田の 池の堤の 
  百(もも)足らず 斎槻(いつき)の枝に 
  瑞枝さす  秋の黄葉(もみぢば) 

  まき持てる  小鈴もゆらに 
  たわや女に  我(わ)れはあれども 
  引き攀(よ)ぢて 峯も とををに 
  ふさ手折り   我(わ)は持ちて行く 

  君がかざしに 」 
                     巻13-3223 作者未詳

  一行ごとに訓み解いてまいりましょう。

「 かむとけの 日香る空の 」

      「かむとけの」: 日香る空の枕詞 かむとけは落雷 
      ヒカ(ピカ)の意で「ひ」を起こす
           
      「日香る」  :   ある気配が立ちこめるさま

        ( 雷が光って 曇り空が続く )

  「 九月(ながつき)の しぐれの降れば 

     (  長月の 時雨が降るようになると )

    「 雁がねも いまだ来鳴かね 」

     (  雁がまだ来鳴きもしないのに )

 
 「  神(かむ)なびの  御田屋(みたや)の 」

       「神なびの」:  神がこもる
       「御田屋(みたや)」 : 斎き浄めた田を守る小屋

            ( 神様に守られた 神聖な小屋 )

  「 垣つ田の 池の堤の 」

           「垣つ田」: 垣根に囲まれた田

          ( 垣根に囲まれた田の 池の堤 )
      

  「 百(もも)足らず 斎槻(いつき)の枝に 」

            「百(もも)足らず」: 斎槻(いつき)の枕詞 百に足りない五十(いつ)の意

         ( 神聖な槻の枝に )

  「 瑞枝さす  秋の黄葉(もみぢば) 」
   
             ( 瑞々しい枝をさしのべた 秋の黄葉 ) 
  
     「 まき持てる 小鈴もゆらに 」

            ( 手に巻いている 小さい鈴をゆらゆらと鳴り響かせて) 
   
    「 たわや女に  我(わ)れはあれども 」

             ( 私は かよわい女 ではありますが )

    「 引き攀(よ)ぢて  峯も とををに 」

            「引き攀(よ)じて」 引き掴んで
            「峯も とををに」  槻の木のてっぺんが撓むほどに

        ( 槻に木のてっぺんが撓むほど力いっぱい引き掴んで)

     「 ふさ手折り  我(わ)は持ちて行く 」

              「 ふさ手折り 」 いっぱい手折って

               ( いっぱい折りとって 持ってゆきます )

     「 君がかざしに 」

             (あなた様の髪飾りに )
 
             かざし :神を迎え幸福、繁栄を祈る呪的行為

反歌

「ひとりのみ 見れば恋しみ  神なびの
   山の黄葉(もみちば) 手折り来つ君 」 
                        巻13-3224 作者未詳

     ( ひとりきりで見ていると 見せたくてならないので
       二人一緒に見ようと
       神なびの この紅葉を折り取って持ってきましたよ、
       あなたさま。 )

 紅葉狩りに集った男女間での宴で歌われた寿ぎ歌です。
 瑞々しく紅葉した槻の枝を持って、小鈴を振るたわやめ。
 受け取る男。
 周囲を取りまく男女。
 それは豊穣の予祝の宴であったことでしょう。

 「欅並木 ここにはじまる 蝉時雨 」 富安風生

江戸時代、欅は橋桁や船材に使われ、その枝を海苔栽培の粗朶として
活用されたため幕府は大掛かりな植栽を奨励しました。
その結果、武蔵野には欅が多く残り、いたるところで並木が見られたそうです。

高濱虚子はエッセイ「欅並木」で

『 東京近郷に出ると必ず並木に出くわす。
  欅や楢や榛(はり)などが大空高く延びていて、その下に
  昔風の人家がなお残っているものを散見するのである。
  この欅並木もまた京洛地方に見ることが出来ぬ武蔵野特有のものである。
  中略 
  この並木は武蔵野の古い街道を象徴しているもので、この欅が大きければ
  大きいほど街道の古さを現わしている 』 

と述べています。

     「 落葉せる 大き欅の 幹のまへを
                 二人通りぬ 物云ひながら  」    島木赤彦


ご参考 : 欅の用途

 神社仏閣、大邸宅の門柱、門扉、土台、大黒柱,鴨居、床廻り、格子戸など。
 椅子、食卓、仏壇、戸棚、盆、車箪笥、盆、皿などの生活用具。
 太鼓の胴、バイオリンの外囲い,三弦などの楽器。
 鉄道枕木、杭、橋梁、電柱、の土木用材。
 船首、船尾、船室の内装など船舶用材。
 客車、汽車や電車の室内装飾用。
 荷馬車、人力車、馬車。
 寺や神社の柱や彫刻 (清水寺の舞台を支えている欅の柱、唐招提寺、
                 東西本願寺、 皇居桜田門は有名)。

 弓材としては真弓(マユミ)とならぶ材料、槻弓とよばれた。



 万葉集609 (欅:けやき) 完


         次回の更新は12月8日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-12-01 15:28 | 植物

万葉集その六百六 (アケビ)

( ミツバアケビの花  向島百花園  )
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(    同上:拡大  )
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( ミツバアケビの実    同上 )
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(  枯れた実  東京都薬用植物園 )
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(  アケビの花   同上 )
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(  アケビの実   同上 )
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( 通信販売カタログ  産地は山形が圧倒的なシエァを占める )
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 アケビは本州、四国、九州に分布するアケビ科つる性の落葉樹で4~5月、
薄紫色の花を咲かせ、秋には10㎝位の楕円形の実を付けます。
完熟すると紫色の果皮がパクッと割れて白く柔らかい美味な果肉が現れるので
「開け実」とよばれていたものが「アケビ」に転訛したそうな。

古くは「狭野方(さのかた)」とよばれていた(土居文明 万葉集私注)ようですが、
植物名ではあるが未詳、あるいは地名とする説(少数)もあります。

「さのかた」が「アケビ」とされる根拠は万葉集で「葛葉(くずは)がた」と
詠われている例があり、「かた」は「蔓(つる)」の意と推測されること(伊藤博)と
「さの」は「さね」つまり「実」と解釈されたと思われるので
本稿は土居説に従います。

万葉集の「さのかた」(アケビ)は二首のみ、共に恋の歌です。

「 さのかたは 実にならずとも 花のみに
         咲きて見えこそ 恋のなぐさに 」 
                    巻10-1928  作者未詳

( さのかたは、実にならなくてもせめて花だけ咲いて見せておくれ
 この苦しい思いのせめてもの慰めに )

  「咲きて見えこそ」:「こそ」は「~してほしい」で「咲いて見せてほしい」
  「恋のなぐさに」: 「恋心を慰めるよすがとして」

男が「さのかた」を女に譬えて、結婚する気はなくとも
せめて交際だけでもして欲しいと口説いています。

本心は体の関係も持ちたいと思っている?
ところが口説かれた女性は人妻。
不倫は厳禁の時代。
女は次のような歌を返します。


「 さのかたは 実になりにしを 今さらに
         春雨降りて  花咲かめやも 」 
                    巻10-1929  作者未詳

( さのかたは とっくに実になっておりますのに 今さら春雨が降って
  花が咲くなどということがありましょうか )

「 春雨降りで」: 当時、春雨は花の開花を促すものと考えられており、
           ここでは男から誘いを受けている状態を譬えています。

「 花咲かめやも」: 「めやも」は反語。
             「あなた様と関係をもつということなどありましょうか」の意

自らを「さのかた」に譬えて、すでに人妻である(実になりし)ことを匂わせながら
相手の求めをはぐらかしています。
取りようによっては靡いてもよいとも思われそうな返事です。
相手をからかっている?
あるいは内心、一時の浮気ならと思っているのか。


「 心ぐく なりて見て居り 藪のなか
        通草(あけび)の花を 掌(て)の上におきて 」  島木赤彦

アケビは漢字で「通草」「木通」と書かれます。
蔓を煎じて飲むと利尿に効ありとされるので「小水が通じる草、木」の意とか。

この歌の作者、島木赤彦は「万葉集の鑑賞及び其の批評」という歌論書を書き、
斎藤茂吉の「万葉秀歌」と常に比較されているアララギ派の巨匠です。

「心ぐく」は「気分が晴れない」の意で万葉集に精通していた作者は
大伴家持が多用していたのを知っていて用いたのでしょうか。

「 心ぐく 思ほゆるかも 春霞
    たなびくときに 言(こと)の通えば 」 
                     巻4-789 大伴家持

( 申し訳けなさに心が晴れずもやもやした気持ちです。
      春霞がたなびくこの季節に、しきりにお便りいただくものですから )

藤原久須麻呂という人物から、まだ3才になるかならないかの家持の娘と
婚約したいとの申し出があり、困惑し、婉曲に断ったにもかかわらず
再三催促してきたのに応えたもの。
昔とはいえ、えらい気の早い男がいたものです。

「 通草(あけび)の実 ふたつに割れて そのなかの
            乳色なすを われは惜しめり 」        斎藤茂吉

山の中で実もたわわに垂れ下がっている通草。
野趣があり美味。
季節になると店頭にも出回ります。
春の若菜はおひたしや、乾燥させてお茶にしてもよし。
また、蔓は椅子や寝台、鞄やバスケット,菓子器などに加工されています。

「 瀧風に 吹きあらわれし 通草(あけび)かな 」     増田手古奈


           万葉集606 (アケビ) 完


        次回の更新は11月20(日)の予定です
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by uqrx74fd | 2016-11-10 19:16 | 植物

万葉集その六百四 (真弓)

( マユミの花 初夏  奈良万葉植物園 )
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( マユミの実  夏   同 )
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( 色づいてきました  初秋  市川万葉植物園 )
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(  完熟   学友N.F さん提供 )
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(  同上 )  
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(  オレンジ色の実  千葉 鋸南 )
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(   同上  )
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今年の5月中旬のことです。
春日大社神苑、万葉植物園を散策していると、薄緑色の真弓の花が
咲いているのを見つけました。
花びら1弁が米粒位の大きさで、よくよく気を付けて見ないと葉に紛れて、
見過ごしてしまいそう。
初めて見る可愛い花、小躍りしながらシャッタ-を切りました。

 「 若緑 まゆみの小花 愛らしき 」   筆者

真弓は日本全土の山地に自生しているニシキギ科の落葉低木で、
通常高さ3m位ですが、中には10m以上の大木に成長するものもあります。
初夏に薄白緑色の4弁の小花を咲かせた後、方形の実を結び秋には熟して
美しい深紅色になります。
葉も鮮やかに紅葉するのでヤマニシキギとも。

「まゆみ」を真弓と書くのは「真(まこと)の弓の木」の意で、
昔、この材で弓を作ったことに由来しますが、実が繭に似ているからとの
説もあります。
現在は「檀」(まゆみ)という字が当てられていますが、檀は紫檀、黒檀、白檀のように
すぐれた特性を持つ木に与えられている呼称だそうです。

真弓が古くから重要視されたのは、弓という武器の材料になるほか、
この樹皮から貴重な和紙が作られ、奉書紙や写経などに用いられたことにも
よります。
ただ、紙としてミツマタ、ガンピに比べて樹皮の繊維が短く、かつ弱いため
次第に衰退し、代わりに堅牢緻密な材質を利用して各種器具、版木、将棋駒、
こけし、櫛などに加工されるようになりました。

真弓の紅葉は「下葉より染めはじめ、次第に上に及び」しかも
長期にわたって美しさを持続するので、笑み割れた美しい実とともに
多くの人達に好まれ庭木や盆栽で愛でられています。

万葉集では14首詠われ、すべて恋の歌です。

「 白真弓(しらまゆみ) 斐太(ひだ)の細江の 菅鳥(すがとり)の
     妹に恋ふれか  寐(い)を寝(ね)かねつる 」
                               巻12-3092  作者未詳

( 斐太の細江に棲む菅鳥が、妻を求めて鳴くように、
  あの子に恋い焦がれているせいか、なかなか寝付かれないなぁ。 )

  斐太は所在不明。
  「寐(い)を寝(ね)かねつる」: 寝ることもできかねている

 一人悶々と過ごす夜、鳥の声を妻を求めて鳴くものと聞いています。

 白真弓は白木の真弓、 斐太に掛かる枕詞として用いられていますが、
 掛かり方は未詳。

 菅鳥はいかなる鳥か不明ですが、鴛鴦(おしどり)がこの歌に最も当てはまる
 ようです。( 飛騨鳥類研究家 川口孫次郎) 

「 陸奥(みちのく)の 安達太良真弓(あだたらまゆみ) はじき置きて
      反(せ)らしめきなば 弦(つら)はかめかも 」
                             巻14-3437   陸奥国の歌

( 陸奥の安達太良真弓、この真弓は弓弦(ゆづる)を弾(はじ)いたままにして
  反(そ)っくり返らせるようなことをしたら、もう二度と弦を張ることなど
  できませんよ、お前さん 。)

「はじきおきて」 弓の使用を終えてそのままにしておくこと
「反らしめ きなば」 弓身が曲がったままになり普通の形に戻らない状態

夫に浮気の気配を感じた妻は「安達太良真弓」を自分に、
「弦はく」に夫と元との関係に戻ることを譬えたようです。
「このまま他の女との関係を続けるなら、私にも覚悟がありますよ」
 と開き直る女。
 さてさて、男はどう答えたのでしょうか。
 残念ながら、返歌はありませんが、男は「 降参、降参 」と
 頭を下げたような気がします。

安達太良山(福島県)近辺は当時、弓の生産地として名高く、
都に貢物として送られていました。

「 陸奥(みちのく)の安達太良真弓 弦(つら)着(は)けて
       引かばか人の 我を言(こと)なさむ 」 
                            巻7-1329 作者未詳

( 真弓で作った弓に弦をつけて引張るように、あの女の気を引いたら
  世間の人はあれこれと噂を立てるだろうなぁ )

ここでの「弦をつけて引く」(弦を張って引く)は「女性の気を引いて誘う」
喩えとして用いられています。

何でもかんでも恋の材料にして詠う万葉人。
東北の訛りもあり、微笑ましい一首です。

「 村人の 明るさこそは 檀の実 」  高澤良一

檀の実は遠くから見ると赤い花のように見えますが、近づくと
パクッと割れた殻から赤い実(種)が頭を出しています。
その可愛げな様子が好まれ、紅葉の枝と共に生花の好材料とも
されているようです。

「 檀の実 持てば 嶺越しの 風の音 」 加藤楸邨



              万葉集604(真弓)完

              次回の更新は11月4日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-10-27 19:44 | 植物

万葉集その六百三 (さねかずら)

( サネカズラの花  国立科学館付属自然教育園 東京目黒区)
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(  同 拡大  )
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( 実がつきました   奈良万葉植物園 )
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( 徐々に大きくなり   同 )
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( 秋に色づきはじめます  同 )
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( 完熟    同 )
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( そろそろ終わりです   同 )
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サネカズラは関東以西に自生するモクレン科の常緑つる性植物で、
実(さね)が美しいので漢字で「実葛」「核葛」と書かれます。
夏から初秋にかけ黄白色の小さな花を下向きに咲かせ、秋深まる頃
円形に固まって垂れ下がる大きな実を熟成、それはそれは鮮やかな赤紫色。
まるで京菓子の鹿の子のようです。

葉や茎から粘り気がある粘液が出、昔、男の整髪料に用いられたので、
美男葛(ビナンカズラ)ともよばれ、実を乾燥させて煎じて飲むと、
胃腸、滋養強壮,咳き止めに効ある有用の木です。

   「 実となりて 美男かづらの 現れぬ 」  島田みつ子

万葉集では9首、サナカズラとも詠まれ、すべて恋の歌です。

「 あしひきの 山さな葛(かづら) もみつまで
     妹に逢はずや 我(あ)が恋ひ居らむ 」 
                        巻10-2296 作者未詳

( この山のさな葛が、色づくようになるまで
 いとしいあの子に逢えないまま、私はずっと恋い焦がれていなければ
 ならないのだろうか。 )

「もみつ」は通常、紅葉することをいいますが、常緑の葉が紅葉するはずがないので
「永久に逢えないのだという心がこもる」という意の説と、
熟して真っ赤に色づいた実-「燃えるような恋心」と解する説があり、
後者の方がこの歌にはふさわしいように思われます。

長い間逢えないと嘆く男は旅の途中なのか、あるいは相手の女性が
親から交際を禁じられているのか。

なお、9首あるサナカズラの中で植物を題材としているのはこの1首のみ。
残りは「後で逢おう」「必ず逢おう」の意をもつ枕詞として用いられています。
その理由は、サナカズラの蔓(つる)が長く延び、先端がどこかで絡み合うので、
「さ寝(ね)」つまり、男女の共寝を暗示しているそうな。

「 さね葛(かづら) 後(のち)も逢はむと 夢(いめ)のみに
     うけひわたりて 年は経(へ)につつ 」 
                      巻11-2479   柿本人麻呂歌集

( さね葛が伸び、あとで絡まり合うように、後にでも逢おうと
     夢の中ばかりで祈り続けているうちに、年はいたずらに過ぎて行きます。)

         「夢のみに うけひわたりて」
  
           「うけふ」 あることを心に誓って神に祈り神意をうかがうこと。
           寝る前にしかじかの夢をみたら後に逢えると誓い、
           その夢で一心不乱に祈っての意 

「 木綿畳(ゆふたたみ) 田上山(たなかみやま)の さな葛
     ありさりてしも 今にあらずとも 」 
                          巻12-3070  作者未詳

( 田上山のさね葛 その葛が伸び続けるように
      このままずっと生きながらえて あの子にいつか逢いたい。
      今でなくてもよいから。)

とはいうものの、今すぐにでも逢いたいと思い続ける男。
相手は高貴な高嶺の花の女性なのでしょうか。

       木綿畳: 木綿を折りたたんだ神祭りの幣帛(へいはく) 田上山の枕詞
             長い蔓にあやかり生命の長久や永遠を寿ぐものとされた。

       田上山: 滋賀県大津市南部の山 藤原京造営の丸太を伐り出した産地

       ありさりてしも: 「ありしありても」の約 「あり」は動作の継続を表す
                  「し」強意の助詞 ずっと生きながらえての意

サネカズラは花、実共に鑑賞価値が高いので蔓を垣根に這わせたり、
盆栽仕立てや生花の材料とされ、また、樹液は和紙を漉く時の
糊料(こりょう)に用いられているので「布海苔葛(ふのりかずら)」
「ところ葛」ともよばれています。
  
      「 葉がくれに 現れし実の さねかずら 」 高濱虚子



         万葉集603 (さねかずら)完

         次回の更新は10月28日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-10-20 17:29 | 植物

万葉集その五百九十六( 姫押:をみなへし)

( 秋空に咲き誇るオミナエシ  市川万葉植物園 )
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( 万葉人はこの花を美女も圧倒する美しさと称えた  山辺の道 奈良 )
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(  オミナエシとオニユリ  同上 )
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(  オミナエシとススキ   同上 )
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(  オミナエシと蝶   同上 )
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(   同上  )
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「女郎花」という字がまだ使われていなかった万葉時代、
「姫押」「姫部志」「美人部志」「佳人部為」「娘子部四」などという字を当て、
すべて「をみなへし」と訓みなしていました。
いずれも美しい女性を思い起こさせ、万葉人のこの花にかける憧れや想いが
伝わってくるものばかりです。

「姫押」は「美人(姫)」を「圧倒する(押))ばかりに美しい花の意で、
この字を「をみな(姫)へし(押)」の語源とする説もあります。

「 をみなへし(姫押) 佐紀沢の辺(へ)の 真葛原(まくずはら)
     いつかも繰(く)りて  我が衣(きぬ)に着む 」
                           巻7-1346 作者未詳

( おみなえしが咲き、葛が生い茂る野原。
 あの葛は何時になったら糸に繰って私の着物として
 着ることができるのであろうか。 )

古代、葛の根は食用、茎は衣料に用いられていました。
作者は葛を少女に譬え、その少女の早い成長を待って結婚したいと
願っています。

「繰りて我が衣に着る」は妻にしたいの意で、余程美しい少女だったのでしょう。
佐紀沢は現在の奈良市佐紀町、平城京に近いところです。

「 をみなへし 秋萩しのぎ さを鹿の
     露別け鳴かむ 高円(たかまと)の野ぞ 」
                    巻20-4297  大伴家持(既出)

( ここ高円の野は一面のおみなえしや秋萩。
     そのような中を、雄鹿が白露をいっぱい置いた花々を踏み分け、
     やがて鳴きたてることであろう )

753年作者は2~3人の官人と連れだって高円山麓の小高い丘に登り
酒宴を催しました。
野辺一面におみなえしと萩が咲き乱れ、秋真っ盛り。
そのような中を雄鹿が萩の白露を散らしながら悠然と通ってゆきました。
なんと優雅な光景でしょうか。
眼を閉じるとそのさまが思い浮かんでまいります。

高円山麓は聖武天皇の離宮や志貴皇子(天智天皇の子)の宮があった
ところで、萩の寺で知られる白毫寺周辺。

「秋萩しのぎ」 「しのぐ」は押し伏せる
「露別け」 おみなえしや萩に置く露を胸で押しのけての意

「 高円の 宮の裾(すそ)みの 野づかさに
    今咲けるらむ をみなへしはも 」 
                         巻20-4316  大伴家持

( 高円の宮の裾野のあちらこちらの高みで、今ごろ盛んに咲いているだろうな。
 おみなえしの花は )

作者は難波で防人を九州へ送りだす仕事に携わっており、多忙を極めていました。
高円での楽しかった酒宴を懐かしみ、その光景を思い浮かべながら、
今は亡き聖武天皇を追悼していたものと思われます。

「野づかさ」 小高いところ

「おみなえし」は全国いたるところに原生するオミナエシ科の多年草で
秋の七草の一つとされていますが、気の早いものは夏の盛りから黄色い小花を
密集させて咲かせます。
そのさまは「蒸した粟飯(あわめし)」(今のものでいえばブロッコリ-) のようです。

古代の女性は粟(あわ)を主食にしていたため粟飯を「をんなめし」とよんでおり、
その「をんなめし」が花の名前に転訛したとの説もあります。
つまり「をんな」→「をみな」「めし」→「へし」。

      「 面影の 幾日変らで 女郎花 」 几董(きとう:江戸中期)

「女郎花」という字が見えるのは平安時代からで万葉の「姫」「美人」「佳人」
「娘子」などを一括したものと考えられています。
「女郎」は元々「いらつめ」と訓み、主として「上流階級の女性」の名前として
使われ、次第に「若い女」あるいは「広く女性をいう」言葉になりました。
「遊女(傾城:けいせい)」をさすようになったのは後々のことです。

          「女郎花には こまやかな 黄を賜ひ 」 田畑美穂女



            万葉集596(姫押:をみなへし ) 完



            次回の更新は9月9日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-09-01 17:27 | 植物

万葉集その五百九十三(麻いろいろ2)

( 亜麻の花   学友M.I さん提供 )
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( 亜麻の原種   小石川植物園 )
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(  奈良の麻専門店 おかい: 以下の写真は同店のご厚意で撮影させていただきました)
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(  麻の繊維   おかい提供 )
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(  近世の織機   同 )
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(  麻布    同  )
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(  古代の手拭   同  )
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(   麻のスカーフ   同 )
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(   着物地     同  )
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(   同     奈良町センター )
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古代、麻にかかわる仕事はすべて女性の役割とされていました。
種蒔き、刈取りまたは抜き取り、皮むき、蒸し、晒し、糸にして布を織る。
根気がいる重労働です。
しかも、軽くて美しい上物は生活の糧として売り、自分たちは分厚な重い衣を着る。
そのような苦しい生活にもかかわらず、万葉の女性は恋をしながら、楽しく
作業の様子を詠うのです。

「 千(ちぢ)の名に 人は云ふとも 織り継がむ
     わが機物(はたもの)の 白き麻衣(あさごろも) 」 
                           巻7-1298 作者未詳

( あれこれと世間の人が噂を立てようとも、私は機にかけた白い衣を
 織り続けましょう。)

「白い麻衣」に「初々しい若者」を「織り継がむ」に「思い続けよう」の
意がこもり、世間が色々噂を立てようとも、私はあの人を一途に愛し続けようと
決心する乙女。

「千(ちぢ)の名」:「千にもおよぶ浮名が立てられようとも」
「白き麻衣」: 麻を晒して白くしたもの

「 娘子(をとめ)らが 績(う)み麻(を)の たたり 打ち麻(そ)懸け
    うむ時なしに 恋ひわたるかも 」 
                          巻12-2990 作者未詳

( 娘たちの麻紡ぎのたたり、そのたたりで打った麻を掛けて
  糸を績(う)み続ける私。
  それと同じようにあの方を倦(う)むことなく、焦がれ続けております。)

「たたり」: 糸紡ぎの緒を掛ける道具で、台付の柱を3本立て、その柱の
頭が三角形になるように置いて糸を巻きつける。

「績み麻」: 麻の繊維を紡いで作った糸。 績(うみ)と「倦み」を掛けている
「打ち麻(そ)」:木づちで打って柔らかくした麻の繊維

「 麻の葉の きりこみ深く 涼徹す 」  大野林火(りんか)

人々は麻で衣類のみならず掛布団や寝間着などの寝具も作りました。

「 庭に立つ 麻手小衾(あさでこむすま) 今夜(こよひ)だに
         夫(つま)寄(よ)しこそね 麻手小衾(あさでこぶすま) 」
                           巻14-3454 作者未詳

( 庭畑に茂り立つ麻 その麻で作った夜着よ、
 せめて今夜だけでも愛する夫をここに呼び寄せておくれ。
 麻の夜着よ )

当時、寝具に男の来訪を呼び寄せる力があったと信じられていました。
男は遠方を旅しているのでしょうか。
壁に掛かった男の夜着には夫の霊魂が宿っている。
その方に向かって熱心に祈る健気な女です。

「麻手小衾」(あさでこぶすま) 麻で作った寝具。
言葉を二度繰り返すことによって霊力を得たいとの心がこもります。 

「 今年行(ゆ)く 新島守(にひしまもり)が 麻衣(あさごろも)
    肩のまよひは 誰(たれ)か取り見む 」
                             巻7-1265  作者未詳

(  今年出かけてゆく新しい島守の 麻の衣
  その衣の肩のほつれは いったい誰が繕ってやるのであろうか)

島守は諸国の軍団の兵士から選ばれ、筑紫、壱岐、対馬の辺境の
守備にあたった防人。
愛しい人、または子供を防人に送りだす妻か母が気づかって詠んだもの。

「衣の肩のほつれを繕う人もいないのに、さぞ不便なことだろう。
 私が傍に居てあげられたらいいのに 」

「まよひ」生地が薄くなってほつれること

「 白露に 紫映える 亜麻の花 」  筆者

麻の歴史を画期的に変えたのは亜麻。
中東原産のアマ科の一年草で、我国には江戸時代、元禄の頃に渡来したと
いわれています。
当初、小石川御薬園で薬種として種子を採るために栽培されましたが、
中国から容易に輸入出来たので定着せず、本格的な栽培は明治の北海道開拓時代、
榎本武揚によってなされ、繊維用として第2次大戦頃にピークに達しました。

戦後、化学繊維の台頭で没落しましたが、近年、栽培適地の北海道で
多年草の園芸種の亜麻の花の美しさに人気が高まり、札幌市の麻生町、
苗穂、当別町では亜麻を生かした街づくりが行われ、
多彩な行事が開催されています。

なお、亜麻の茎の繊維は大麻、苧麻より上質かつ強靭で柔らかく、
リンネル(リネン:薄地織物)の製品ほか、高級衣料や女性の高級下着
(ランジェリ-)にも使われています。
また、成熟した種子から亜麻仁油が得られ、食用に供されるほか、
油絵具の材料としても用いられている有用の植物です。

因みに亜麻色とは「黄みを帯びた茶色」。
金髪とは少しイメージが違い、栗毛に近いそうな。

「 亜麻の花 ふるればもろく 散りにけり 」  角川照子

ご参考
 「本麻奈良晒 」
   近世奈良を中心として生産された麻織物。
  室町時代寺院の注文により生産されていたが、慶長16年(1611)徳川家康の
  上意により、大久保長安が奈良の具足師、岩井与左衛門に書状を与えて
  保護し、幕府の御用品と認めたので全国的に知られた。
  以後、享保年間まで30~40万疋の生産を続け、奈良隋一の産業となった。
  宝暦4年(1754)刊行の「日本山海名物図会 」には
  「 麻の最上は南都なり。 
    近国よりその品数々出れども、染めて色よく、着て身にまとわらず、
    汗をはじく故に世に奈良晒として重宝するなり 」
 と評価された。
現在、奈良晒を営む者は僅かになったが、旧来の伝統を守り伝えている。

  ( 本麻奈良晒織元 株式会社 岡井麻布商店
               麻布 おかい )  提供の説明書要約

     
           万葉集593 (麻いろいろ2 ) 完


           次回の更新は8月19日です。
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by uqrx74fd | 2016-08-12 07:12 | 植物