カテゴリ:植物( 206 )

万葉集その五百三十九 (川原撫子)

( カワラナデシコ  皇居東御苑 2015,6,20 )
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( カワラナデシコ  春日大社神苑 万葉植物園 2015,7,21 )
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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(  桔梗も満開  同上 )
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(  ヤブカンゾウ  同上 )
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( メハジキ  同上 )
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( オニユリ  同上 )
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(  ヤマユリ  同上 )
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 秋の七草といえば山上憶良が詠った
「 萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔(桔梗) 」。

以来1250年間変わることなく不動の位置を占め、季語集も当然のごとく秋のものと
されています。(撫子は夏とされているものもある)
ところが近年、撫子は6月頃に咲きだし、秋になると枯れ果ててお目にかかれないのです。
桔梗も然り、萩さえ6月の終わり頃から咲き出している始末。
植物園に秋の七草コーナがありますが、秋まで元気なのは葛と尾花。
葛の花も八月中旬が見頃。

と言う訳で早々と万葉で26首も詠われている撫子を探しに行きました。
撫子は我国原産のものを「カワラナデシコ、大和撫子」中国産を「唐撫子、石竹」
とよんで区別し、万葉集で詠われているのはすべてカワラナデシコ(川原撫子)です。

まずは、皇居東御苑、秋の七草が集められている場所へ。
2015年6月20日のことです。
このコーナーは小さく目立たないところにありますが、3株ばかり咲いていました。
美しいピンク色、形も凛としている。
昨日今日咲いたばかりのようです。

そういえば撫子の別名は「常夏」。
花期が長いので付けられたのでしょうか。
あるいは永遠に変わらぬ美しさを願っての命名かもしれません。

「 わがやどに 蒔きしなでしこ いつしかも
    花に咲きなむ  なそへつつ見む 」
                  巻8-1448 大伴家持


( 我が家の庭に蒔いた撫子、この撫子は何時になったら美しい花になって
  咲き出るのであろうか。
  咲いたなら いつもいつもあなたと思って眺めように )

作者は11首も撫子の歌を残しています。
この歌は15歳の頃、10歳の婚約者坂上大嬢(さかのうえおおいらつめ)に
贈ったものです。
成長を心待ちにしている気持ちを伝えようとしているようですが
果たしてまだあどけない子供に細やかな恋情が理解できたかどうか?
ませていた家持は相手の成長を待ちきれず、他の女性との恋の遍歴を始めてしまいます。

「 蝉の鳴く 松の木かげに 一むらの
    うす花色の 撫子の花 」  伊藤左千夫
             

1か月後の7月21日、再び撫子を求めて奈良の春日大社神苑、万葉植物園へ。
我国最古の万葉の園、約9000坪の広い敷地で自然のままに育てられているのが魅力です。
入口にからほど近いところに春日山を源流とする美しい小川が流れ、
岸辺に山百合、オニユリが。
さらに奥に進むと撫子が群生し、辺りはピンク色に染まっています。

メハジキ、檜扇、女郎花、桔梗も所狭しと咲き、萩もボチボチ咲きはじめ。
灼熱の太陽の下の秋の花々です。

「 射目(いめ)立てて 跡見(とみ)の岡辺の なでしこの花
    ふさ手折り 我れは持ちて行く 奈良人のため 」
                     巻8-1549  紀 鹿人(きの かひと) 旋頭歌


( 跡見の岡辺に咲いている撫子の花
 この花をどっさり手折って私は持ち帰ろうと思います。
 奈良で待つ人のために )

作者は友人、大伴稲公(おおともいなきみ)を訪ね、主人のもてなしに感謝しつつ
素晴らしい当地の花を手土産にしましょうと挨拶した一首。

稲公は大伴旅人の異母弟。
跡見の庄は奈良県桜井市鳥見山の東麓、飛鳥に近いところです。

「射目立てて」は 跡見の枕詞 
射目は鳥獣を射るために隠れて狙う場所、
獣の足跡を見るの意で跡見に掛かるとされている。


「 なでしこは 咲きて散りぬと 人は言えど
     我が標(し)めし野の 花にあらめやも 」 
                             巻8-1510 大伴家持


( なでしこの花は咲いてもう散ったと人は言いますが、
 よもや、私が標を張っておいた野の花のことではありますまいね )

作者が親しくしていた紀郎女(きのいらつめ)に贈った歌。

「わが標し野の花」は自分の彼女である紀郎女を暗示しており、
「咲きて散りぬ」は他人と関係をもったの意。

世間の噂に不安を感じ「よもや心変わりしたのではないでしょうね」
と言いやったもの。
尤も、相手は人妻なので言葉のお遊びかもしれません。

万葉植物園の撫子の群生。
あまりの美しさに魅かれて3日後に再び訪ねました。
ところが、うなだれた様子で元気がありません。
先日見たのは大雨の翌日、その後、連日の猛暑で参っているようです。
やはり撫子は秋がふさわしい。

隣のコーナーは檜扇、夏の花。
こちらは生き生き、今が盛りと咲き誇っていました。

「 酔うて寝む なでしこ咲ける 石の上 」 芭蕉





























 
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by uqrx74fd | 2015-07-30 19:44 | 植物

万葉集その五百三十七 (合歓の花咲く社)

( 高千穂神社  千葉県佐倉市 )
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( 合歓の花満開  見ごろは6月下旬 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 八重桜と躑躅  4月下旬 )
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(  花絨毯  5月上旬 )
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(  雨上がりの紫陽花 ) 
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(  藤棚もあります  初夏 )
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( 龍の髭:山菅の種子 秋 )
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( 雪の松  冬 )
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「 ねむの花さく ほそ道を
  かよふ朝こそ たのしけれ
  そらだのめなる 人の世を
  たのめて老いし 身なれども 」  
                           (三好達治  ねむの花咲く)

            そらだのめ:(空だのめ) あてにならないことをあてにする

千葉県佐倉市に「高千穂神社」という花の社(やしろ)があります。
今から66年前、九州宮崎の高千穂神社から下総国志津ケ峰とよばれていた
丘陵地に勧請され、菊の御紋を許されている鎮守社です。

今は亡き初代宮司、森谷鉄五郎さんは余程花を愛する方だったのでしょう。
閑静な住宅街に囲まれた約1000坪の境内に八重桜、躑躅、藤、合歓、銀杏、橿、椎、
松、蘇鉄(そてつ)、紫陽花、百合、龍の髭(山菅)、コスモス、菖蒲、嫁菜、
萱草、タンポポ、など数えきれない位多くの植物が植えられており、
四季折々咲く花が多くの人々を楽しませてくれているのです。

さて、今日のお目当ては合歓の花です。
まずは手を洗い、口をすすいで二礼二柏一礼。
神前にぬかずき祈りを捧げます。

「 天の川 瀬ごとに幣を たてまつる
    心は君を 幸く来ませと 」
                  巻10-2069  作者未詳


(  天の川の川瀬ごとに 幣を奉ります。
   無事にお渡り下さいとお祈りして )

牽牛が無事に川を渡ることを祈ったものですが、作者自身の愛する人の幸いと
来訪を待ち望む気持ちがこもっている一首です。

家族共々の無病息災を祈りつつ参拝を終え、合歓の木の下へ参ります。

「 総毛だち 花合歓 紅を ぼかし居り 」   川端茅舎

大木の枝が左右に大きく広がる。
いまを盛りと咲く花は絹の刷毛のよう。
淡いピンクと紅の繊細な色合い。
下から見上げると小さな雪洞(ぼんぼり)が無数に灯っているようです。
左右対称に開いた細長い葉は、暗くなるとピタリと閉じ合わせ、
花の心地良い寝床になるのです。

「 昼は咲き 夜は恋ひ寝(ぬ)る 合歓(ねぶ)の花
         君のみ見めや 戯奴(わけ)さへに見よ 」 
                      巻8の1461 紀 郎女(既出)


( 昼間は綺麗な花を咲かせて、夜になればぴったりと葉を合わせ、
 好きな人に抱かれるように眠る合歓。
 ほんとうに羨ましいこと。
 そんな花を主人の私だけが見てもよいものでしょうか。
 お前さんも御覧なさいな。
 あなたと一緒に見ながら抱き合いたいのよ。)

合歓の花木を添え、大伴家持に贈った一首。
漢字の「合歓」は「合歓ぶ(あいよろこぶ)」つまり男と女が抱き合うことを意味します。

年上で人妻(天智天皇の曾孫 安貴王の妻)でもある作者が
花によせて共寝を誘っているのです。
歌を通じてお互い特別親しい間柄なので、家持を下僕のように呼びかけて
戯れ興じているようですが内心は本気かもしれません。

「 君のみ見めや」 : 君は主人の意で作者自身をさす
「 戯奴(わけ) 」 : 年少の召使などを呼ぶ言葉 
              ここでは大伴家持をさし、わざと卑下した言い方をしている

「 合歓咲くや 柘(つげ)の小櫛も ほしげにて 」  巣兆

雨に打たれた花糸は共寝したあとの乱れ髪のよう。
鏡台に向かい、櫛で整えている女性を連想させるような一句です。
拝殿の周りは八重桜の老木がならびます。
以前は50本位あり壮観でしたが、今は多くが枯れて20本位。
それでも満開の時は華やかで、風に舞う花びら、散り敷くピンクの絨毯は
この世のものとも思われないほどの美しさです。

「 散る時の 牡丹桜の はげしさよ 」 高濱年尾
                  ( 牡丹桜は八重桜の別称 )


古のうら若き乙女も散る桜を眺めながら詠っています。

「 咲く花は 過(す)ぐる時あれど 我(あ)が恋ふる
          心のうちは やむ時もなし 」 
                            巻11-2785 作者未詳


( 咲く花はいずれ散って消える時があるけれども
 私の心の中の恋は とだえる時とてありません )

初恋でしょうか。
純情一途の恋心です。

対する我が心のうちは恋桜。
桜の季節よ 早く来い(こい)。

「 龍の髭(ひげ) 葉のくらがりに 瑠璃澄ませ 」 下山博子

前庭、横庭、裏庭にも色々な植物が所狭しと植えられています。
中でも注目は龍の髭。
全く目立たないところに植えられており、よくよく注意しないと見つかりません。

「龍の髭」は古代、山菅(やますげ)とよばれた植物で別名「ジャノヒゲ」、
ユリ科の多年草です。
細くて長い葉を龍の髭に見立てたのでその名があり、初夏に白い花を下向きに咲かせます。

秋になると球形の実を結びますが、その実は成熟する過程で果皮が破裂して消滅し
種子がむき出しのままとなり、瑠璃紺色の実と見えるものは種子そのものという
珍しい植物です。
漢方では「麦門冬(バクモントウ)」とよばれ、根を煎じて咳止め、利尿、消炎に
用いられているそうです。

「 咲く花は うつろふ時あり あしひきの
     山菅(やますげ)の根し 長くはありけり 」 
                             巻20-4484 大伴家持


( はなやかに咲く花はいつか色褪せて散り過ぎる時があります。
 でも地下に根を張っている山菅はずっと長く続いているものなのです )

近親者が反逆の罪に問われ大伴一門の危機を感じている作者。
栄華を極めた大伴家が滅びゆくのを座視せざるをえない無力感。

今までの人生を振り返りつつ、これからは山菅の根のように
細く長く、そして、強く生きてゆこうと決意しているようです。

   「 ひそかなる ものは美し 龍の玉 」  中村玲子


ご参考 : 高千穂神社
        京成線 志津駅下車 
        南中野行バス 高千穂神社下車 徒歩3分

お知らせ:  次回の更新は7月26日(日曜日)です。
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by uqrx74fd | 2015-07-16 18:29 | 植物

万葉集その五百三十三 (杜若:燕子花?)

( 長岳寺  奈良県天理市 山の辺の道 )
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(  同上  カキツバタの映りこみが美しい )
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(  同上 )
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(  同上 )
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(  カキツバタ  同上 )
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( 野アヤメ  畑に咲いていた   山の辺の道 )
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(  ハナショウブ  堀切菖蒲園  東京都 )
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(  アヤメ、ハナショウブ カキツバタの見分け方 )
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( 燕子花=オオヒエンソウ カキツバタではない  牧野植物随筆 講談社学術文庫 )
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(  杜若=アオノクマタケラン  これもカキツバタではない  同上 )
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広辞苑を引くと「かきつばた」は「杜若・燕子花」と表示されます。
歳時記も同様。
さらに「どこか飛燕をおもわせるところから燕子花とも書く」との丁寧な解説も。

ところが、これらはすべて間違いとされているのです。

牧野富太郎博士によると

『 燕子花はキツネノボタン科の飛燕草属のオオヒエンソウである。
 この生木はあまり日本にはきていないようだが、中国では普通に生えている。
 図を比較してみるとホントにこんなに違ったものを誤っているとはアホラシ-。

 杜若とする旧説はもっと非である。
 古今の俳人などは依然としてそうしているけれども、これはよろしく認識を改める
 べきである。
 なんとなれば元来、杜若なるものはショウガ科のアオノクマタケランのことで
 あるからだ。』 
             ( 牧野植物随筆 講談社学術文庫より 要約)

と力説されています。

学者も誤りを認識しており、

「 カキツバタは杜若、燕子花の字があたえられ、かきつはた、かきつはな
  かきつ、かきつばた、などとよませている。
  これらの漢名は誤用されているが,一度つけられた名前は訂正することは
  困難であり、現在でも通用している 」
                        (万葉植物事典 山田卓三、中島新太郎)

と指摘。
にもかかわらず、そのまま使われ続けているとは不思議なことです。

さて、万葉集では「かきつはた」と清音で訓まれ、その語源は「掻きつけ花」が
転訛したものといわれています。
「掻きつける」とは「摺りつける」という意味で、花汁を布にこすり付けて色を移し、
「摺り染め」にすることをいいます。

「カキツケハナ」→「カキツハナ」→「カキツハタ」と変わり、現在の「カキツバタ」と
なったわけで、語尾の「ハタ」は「ハナ」の変異形です。

「 かきつはた 衣(きぬ)に摺(す)り付け ますらをの
         着襲ひ(きそひ) 猟(かり)する 月は来にけり 」 
                                巻17-3921 大伴家持(既出)


( 今年もカキツバタの花が咲き始めましたが。相変わらず綺麗な色ですねぇ。
  この花を着物に摺り付けて染め、ますらを達が薬狩りする時期がきましたよ。
  それぞれどのような衣装でやってくるのかを待ちどうしいことです )

「着襲(そ)ひ 狩りする」とは「重ね着して飾り 薬狩に行く」の意。

当時、毎年5月5日(旧暦)に薬草や鹿の若角から鹿茸(ろくじょう:強壮剤)を採る
薬狩といわれる宮中行事が催されていました。

天皇臨席のもと、粋な出で立ちの高位高官、華やかに着飾った女官たち。
カキツバタで摺り染めにされた紫の衣装も美しく映えていたことでしょう。
ピクニックをかねた遊宴、大宮びとたちが心待ちしていた行事です。
 
 「 常ならぬ 人国山の 秋津野の
       かきつはたをし 夢に見しかも 」 
                                巻7-1345 作者未詳


(  人国山の秋津野に咲くカキツバタ。
   その美しい花を 私は昨夜夢に見ました )

「常ならぬ」は「人国山」の枕詞 無常な人の世の意
「人国山の秋津野」  和歌山県田辺市秋津町あたり 

この歌は「草によせる」とあり「人国山」という地名に
「他人の国の山に咲くカキツバタ」すなわち「世にも美しい人妻」という意味が
含まれているようです。

人妻に一目惚れした男。
とうとう夢にまでみて悶々としているのです。
カクツバタは古代から美女の形容だったのですね。

「かきつはたを し」の 「し」は強意の助詞

「 かきつはた 丹(に)つらふ君を いささめに
     思ひ出(い)でつつ 嘆きつるかも 」 
                           巻11-2521 作者未詳


( かきつばたのように顔立ちの立派なあなた。
 そんなあなたを ふと思い出しては溜息ばかりついています )

「丹つらふ」は通常美しい女性の肌の形容に用いられますが
「君」とあるので、血色のよい美男子の意。
「いささめに」は 「ふと」

男を知ったばかりの女なのでしょうか。
純情な乙女を想像させる一首ですが、伊藤博氏は
「まだ慣れない共寝に対する陶酔を背景にしている」と述べておられます。

「 よりそひて 静かなるかな かきつばた 」 高濱虚子

今年も長岳寺へ行ってきました。
824年弘法大師創建と伝えられている高野山真言宗のみ寺です。

山の辺の道、桜井から天理までテクテク歩き16㎞の中間点にあり、
巨大なつつじとカキツバタが迎えてくれます。

山門から重要文化財の鐘楼門までは背の丈2mもあるツツジの並木道。
風格ある本堂には1151年作の我国最古の玉眼の本尊、阿弥陀如来三尊像。
その堂々たる量感と美しい表現は後の運慶、快慶に大きな影響を与えたと
言われている傑作です。
前庭の池の周りのカキツバタ、つつじが今は盛りと咲き競い、
堂宇とともに映り込む風景が素晴らしい。

そよ風が清々しく吹き渡り、ゆったりとした時の流れに身をまかせる
この至福の時。

木蔭に座して、遥か古の世界に思いを巡らせること暫し。
あまりの気持ち良さに瞼が重くなりウトウトと。

「 お暑いですね。 冷たいお茶でも如何ですか 」
と涼やかな女性の声で我に返る。
庭を掃除しておられたご住職の奥様でした。

お休み処でよく冷えた三輪素麺を戴き、生き返った心持。
「またおいで下さい」の声に送られ
身も心も軽ろやかに花紀行を続けてゆきました。

天理まで残り8㎞です。

「 水の面に 音なき風や 杜若 」   下村 福

            注;杜若は原文のまま
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by uqrx74fd | 2015-06-18 15:50 | 植物

万葉集その五百三十二 (豆の花咲く)

( えんどう豆の花  奈良 山辺の道 )
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(  同上 )
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(  同上 )
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(  ツルマメの花  yahoo画像検索 )
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( ヤブマメの花    同上 )
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(  大豆の花     同上 )
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( 貴族の食事  枝豆、チーズ 鮎、 鯛の和え物、鮑の雲丹和え、 瓜の粕漬け等なかなかのグルメ)
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( ノイバラ  奈良万葉植物園 )
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(  万葉という名の薔薇   京成薔薇園  千葉県  )
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「 さまざまな 色にほひたる 豆の花 」  筆者

薫風爽やかな ある日のことです。
「 国のまほろば たたなづく青垣」の山の辺の道を歩いていると、
蔓性の美しい花が咲き乱れていました。
スイトピーのような形をした色とりどりの豌豆(エンドウ)です。

近寄ってみると、莢(さや)も一杯。

思わず、あぁ、勿体ないなぁ!と呟く。

 「えんどうの 凛々たるを 朝な摘む 」  山口青邨 

と詠まれているように、この時期のみずみずしい緑色の莢は毎朝、早朝に摘んで
食するのが一番美味い。

さっと茹でてそのまま食べると甘く、
おすましの具、卵和えでもよし。

でも、このままグリンピースになるまで熟成させ豆ごはんするのもいいか。

 こんな楽しい想像をしながら万葉の世界に思いを馳せます。

 「 道の辺(へ)の 茨(うまら)の末(うれ)に 延(は)ほ豆の
         からまる君を 別(はか)れか 行かむ 」
                     巻20の4352 丈部 鳥(はせつかべのとり) (既出)

(  道端のうまらの枝先に からまりつく豆の蔓(つる)。
  その蔓のように別れを悲しんですがりつくわが妻よ。
  あぁ! いとしいお前を残して旅立たなければならないのか。)

作者は上総の国(千葉南部一帯)の人、防人として出発する時に詠われたもの。

「延(は)ほ豆」は方言で「延ふ豆」
「うまら」は「ノイバラ」とされ野生のツルバラ

もう二度と逢えないかも知れない別離。
すがりつくような必死の目ざなし。
素朴な詠いぶりながら愛し合う二人の深い悲しみがひしひしと伝わってくる
一首です。

マメは野性のヤブマメかツルマメと思われ、大豆の原生種とする説も。
 
なお、万葉集での「君」は男性や主君をさすのが習いとされているので、
「 主君の幼い若君が近習である作者を慕って離れない」とする説(伊藤博)も
ありますが、ここでは愛する女性の方がしっくりくるような気がします。

万葉集唯一の「豆」と「ノイバラ:野薔薇」です。

「  酒よろし さやえんどうの 味もよし 」    上村占魚

夏の酒のつまみには枝豆、冷奴も欠かせません。
風呂上りに冷えたビール。
採れたてをさっと塩ゆでした枝豆。
生姜と削りかつおをたっぷりのせた冷奴。
極楽、極楽。

以下は 「池波正太郎 わが家の夕めし 冷奴 」からです。

『 豆腐の製法が日本に伝わったのは、奈良時代のことだという。
  この栄養に富んだ食物の由来は、だから、まことに古い。
  いうまでもなく、豆腐は大豆をすりつぶし、これを煮立ててつくるものだ。
  ― 「冷奴」の「奴」の由来は、江戸時代の槍持ち奴などが着ていた
  制服の紋所から生まれたものである。
  およそ1寸角に切った豆腐の形が似ているからだ。

  冷奴は庶民の食べ物で、私どもには絹ごしの上等な豆腐では似合わぬ。
  木綿でこしたのを奴に切り、生醤油へ少々酒をまぜた付醤油で、
青紫蘇(あおじそ)と晒葱(さらしねぎ)の薬味で食べる。 』 (講談社文庫より)

                   筆者注:「晒し葱」
                     葱を千切りにし水に晒して余分な辛み、粘り,臭みを抜いたもの

    「 晩酌の くせのつきたる 冷奴 」 松山聲子
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by uqrx74fd | 2015-06-11 18:07 | 植物

万葉集その五百二十九 (山吹いろいろ)

( 山吹と桜の競演   新宿御苑 )
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(  見事な山吹    同上 )
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( 柳、桜、山吹   同上 )
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(  北鎌倉 明月院 )
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( 東京大学小石川植物園 )
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( 白山吹  市川万葉植物園 )
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( 八重山吹   東大小石川植物園 )
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(  薬師寺花会式のポスター )
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(  同上 山吹、梅、椿、牡丹の造花   )
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754年の4月中旬、山野に山吹が咲き乱れている頃のことです。
置始長谷(おきそめの はつせ) という人物が、明日香の別宅に滞在していた
大伴家持を訪ねました。

長谷もこの近くに住んでおり、久しぶりの顔合わせ。
手土産に自宅の山吹を手折って壺に入れて持参したところ、家持大いに喜び、
「 これは これは 何よりのお心づかい 。
  かたじけのうございます 」
と一枝を取り出し頭に挿して見せました。

古代、山吹は神聖なものとされ、魔除け厄除けに効ありと信じられていたので
心からの感謝の意を示したのでしょう。

長谷は思わずにっこりと笑い、詠います。

「 山吹は 撫でつつ生(お)ほさむ ありつつも
     君来ましつつ かざしたりけり 」 
                    巻20-4302 置始連長谷(おきそめの むらじ はつせ)

( この山吹の花は これからも慈しんで育てましょう。
 このように変わらずに咲いているからこそ あなたがここにおいでになって
 髪飾りにして下さったのですから )

「つつ」を3回も重ね、決して上手とは言えない武骨な歌ですが、
精一杯の気持ちをこめて絞り出すように詠った?1首です。

「 撫でつつ生(お)ほさむ 」 大切に育てる
 「 ありつつも 」    そのままの状態で
「 君 来ましつつ 」   あなた様(家持)が例年おいで下さって

作者は伝未詳の人物ですが、皇后の前で維摩経を唱えたとの記録があります。

返す家持。

「 わが背子が やどの山吹 咲きてあらば
    やまず通はむ いや年のはに 」
                         巻20-4303 大伴家持


( あなたのお庭の山吹 その花がいつもこんなに美しく咲いているのなら
 これから先も しょっちゅう お訪ねいたしましよう。
 来る年も来る年も )

「わが背子」 置始長谷(おきそめのはせ)を親しみこめていったもの
「咲きてあらば」 咲いている限りずっと
「年のはに」 「年毎に」(としのはに) で毎年々々

万葉集で詠まれた山吹は17首ありますが、そのうち家持作が7首。
よほどこの花が好きだったのでしょう。

歌の挨拶が終わり、欅の大木の下で酒を酌み交わし旧交を温める二人。
一献また一献。
爽やかな風が通り過ぎてゆく五月晴の一日です。

山吹好きと言えば、左大臣 橘諸兄。
天平の頃 諸兄は山城の国(京都),井手の里、玉川のほとりに山荘を営み、
遣水した庭園を中心に山吹を植え、さらに川の両岸も花で埋め尽くし、
黄金の世界、極楽浄土を出現させました。
それを耳にした聖武天皇がわざわざ行幸され(740年)、天下に喧伝されて以来、
「井手の玉川」は山吹の名所として詩歌に数えきれないほど詠われるようになります。

「 駒とめて なほ水かはむ 山吹の
    花の露そふ  井手の玉川 」    
                         藤原俊成 (新古今和歌集)

( 馬を止めて水を飲ませよう。
 そして私はその間、心行くまで山吹を眺めよう。
 花に置く露が流れ落ちているこの井手の玉川で。)

露は玉川の玉と縁語、あたかも山吹が泣きぬれた女性であるかのような
艶なる趣を醸し出しており、美女と逢瀬を楽しんだのかもしれません。

流石に俊成、洗練された詠み口ですが、万葉集に本歌があります。

「 さ檜(ひ)の隈(くま) 檜(ひ)の隈川に 馬とどめ、
    馬に水飼(か)へ 我(わ)れ外(よそ)に見む 」 
                            巻12-3097 作者未詳


( さ檜隈を流れる檜隈川の岸に馬を止めて、馬に水を飲ませて下さい。
 その間にも私は脇からあなた様の姿をこっそりと見ましょう)

素朴な田舎の女性が詠んだ歌のようですが、男に憧れる乙女の純真な気持ちが
感じられ、うっとりとした表情が目に浮かぶ1首です。

「さ檜の隈 檜の隈川」は奈良県明日香村檜前(ひのくま)を流れる川

「 恋の山吹 情けの菖蒲(あやめ)
      秋の枯草 しをれ草 」  (山家鳥虫歌) 



  恋の山、情けのあや、秋の飽き、失恋のしおれ などを掛けて
  女心を詠ったもの

今年は山吹の開花が早かったせいか、桜との共演が随処でみられ
桃色と黄色の取り合わせは女性の艶やかな踊りを見るようでした。
特に新宿御苑の「 桜、柳、山吹をこきまぜた」風景は見事。
まさに万葉の世界にひたっているような気分でありました。



お知らせ :
次回の投稿は5月31日(日曜日)になります。

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by uqrx74fd | 2015-05-21 21:09 | 植物

万葉集その五百二十五 ( 散る桜 )

( 寒緋桜の花筏   横浜 山手11番館の近くで )
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(  同上 )
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( 玄賓庵の砂庭に散り敷かれた桜の花びら  山の辺の道 奈良 )
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(  醍醐寺  京都 )
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(  同上 )
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(  同上 可憐なスミレが美しい )
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(  八重桜の絨毯   高千穂神社 佐倉市 )
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(  つつじの上に散った桜  同上 )
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( 千鳥ケ淵  東京 )
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(  同上 )
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(  同上 )
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「 空をゆく 一とかたまりの 花吹雪 」    高野素十

数年前のことです。
石仏で有名な般若寺を参拝した後、奈良坂から佐保丘陵を横切るような形で
佐保路、平城京跡へ向かいました。
丘の麓に佐保川が流れ、遠い昔、大伴旅人の邸宅があったと伝えられているところです。

好天に恵まれ、紺碧の空。
杉木立が続く細い道を通り抜けるとやがて桜並木。
山桜の大木が「にほふがごとく 今盛りなり」と咲き誇っています。
あまりの見事さにしばし立ち止まって見上げていると、突然一陣の強い風が吹き起こり、
花びらが舞い上がりました。

あっという間もなく次から次へと散ってゆく。
まるで雪が降りそそいでいるような花吹雪です。
時折、地面に届きそうになった花びらが下からの風にあおられて再び舞い上がり
思いきり高く飛んでゆく。
驚き、その美しさに感動し、ただただ呆然と見惚れるのみでした。

満開の桜は見事だが、舞い落ちながら散り敷く桜はさらに美しい。
西行は昼間のこのような光景を夢にまで見て次のように詠っています。

  「 春風の 花を散らすと 見る夢は
         さめても胸の さわぐなりけり 」     西行   山家集

私が歩いてきた佐保丘陵は昔、桜の名所であったらしく万葉集に次のような歌が
残されています。
    
「 阿保山の 桜の花は 今日(けふ)もかも
     散り乱(まが)ふらむ  見る人なしに 」 
                         巻10-1867 作者未詳

( 阿保山の桜の花は 今日もまたいたずらに散り乱れているだろうか。
 見る人もいないままに )

作者は昨日見た桜の花びらの乱舞が目に焼き付いていたのでしょうか。

「 散る桜の美しさを愛でる人がいないのは惜しいなぁ。
  自分も見たかったのに今日行けないのが残念だ 」

阿保山は奈良市の西北の丘稜、在原業平ゆかりの不退寺の裏山とされていますが、
その近くに光明皇后が晩年住んでいたとされる法華寺や磐姫皇后の御陵もあり
少し足をのばすと平城京跡です。

「 花びらの 山を動かす さくらかな 」   酒井抱一


満開の花、風が吹くたびにひらひら散るはなびら。 
山全体が揺れ動くような酔い心地。

散る桜を愛でる万葉人。
そこには後世に見られる命のはかなさを詠う無常観は微塵もみられません
古代の人にとって精一杯咲き、散るべき時に散る桜は命の再生と農作物の豊穣を
予祝するめでたきものでした。

以下は栗田勇さんのお話です。

『 どんな花でも散りますが、なぜ散る桜なのか。
  満開で強風の時でさえも1枚の花びらが散らないのに、突然わずかな風に
  舞い上がって桜吹雪になっている。
  とことんまで咲ききって、ある時期が来たら一瞬にして、一斉に思い切って散ってゆく。

  こうした生ききって身を捨てるという散り際のよさが、日本人にはこたえられないのではないでしょうか。
  そこに人生を重ねて見るんですね。
  静かに散るのではなく、花吹雪となって散るという生き生きとした
  エネルギーさえも桜から感じられるのです。

  散ると言っても、衰えてボタンと落ちるのではないのです。
  むしろ散ることによって、次の生命が春になったらまた姿をあらわす、
  私は生命の交代という深い意味でのエロティシズムの極地のようなものが
  そこに見えるのではないかといいう気がします。 』

                                     ( 花を旅する 岩波新書 )

    「花吹雪 浴びてしづかに 昂奮し」 神田敏子
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by uqrx74fd | 2015-04-23 21:06 | 植物

万葉集その五百二十 (春柳 )

( 柳が芽吹きました  東京国立博物館  2015,3,6撮影)
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(  梅から柳へ    同上 )
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(  東大寺三月堂前 )
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(  奈良ホテルの近くで )
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( しだれ柳と枝垂れ桜   氷室神社  奈良国立博物館の近く )
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( 東大寺大仏殿前 )
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( 同上 )
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( 朱雀門  平城京跡 )
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( 皇居前の大柳 )
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柳は中国から渡来したヤナギ科の植物で遣唐使がもたらしたものとされています。
世界で400種、我国でも約40種あるそうですが、専門家といえども全ての種を
見ただけで正確に特定することは難しいようです。

我国で多いのはシダレヤナギ。
早春、梅が芳しい香りを漂わせ、やがて散りはじめる頃になると、今まで固く
閉じていた芽が一斉に開き、清々しい浅緑色の枝を風に靡かせます。

万葉集での柳は36首(別途川楊4首)、そのうち梅と共に詠われているのが16首もあり、
両々相まって春をもたらす景物として愛でられていました。

「 春雨に 萌えし柳か 梅の花
   ともに後れぬ 常の物かも 」 
                      巻17-3903  大伴書持(ふみもち)


( この柳は春雨に誘われて萌え出たものか。
 それとも梅の花が咲き揃うにつれて遅れじと萌え出すいつもの柳なのか )

梅に誘われたように芽吹いた柳。
春雨は花の開花を促すものと考えられていましたが、作者は
「いや、これはきっと梅に誘われて萌えだしたに違いない」と詠っています。
待ちに待った春到来の喜び。

「 朝な朝な 我が見る柳 うぐひすの
     来居(きい)て鳴くべく 茂(しげ)に早やなれ 」 
                           巻10-1850 作者未詳


( 来る朝ごとに私が見ている柳よ、
 鶯が飛んできて枝に止まって鳴けるように
 一日も早く大きな茂みになれよ )

青々とした芽が少し頭を出したばかりなのでしょう。
鶯の囀りを心待ちにしている作者。
梅や竹との取り合わせは多く見られますが、柳に鶯が止まるのかなぁ?

「 ももしきの 大宮人の かづらける
     しだり柳は 見れど飽かぬかも 」
                          巻10-1852 作者未詳

     〈 大宮びとが蘰(かずら)にしているしだれ柳。
       見ても見ても飽かないことよ 〉

平城京の大通りで風に靡く柳並木の下を颯爽と闊歩するきらびやかな大宮人。

古代の人達は柳の若々しい生気を身に受けるため、細い枝を丸く輪にして
頭に巻いたり、載せたりして長寿と幸いを祈りました。
作者が眺めている柳はもう大きくなり青々としているのでしょう。

「 柳こそ 伐(き)れば生えすれ 人の世の
    恋に死なむを いかにせよとぞ 」
                           巻14-3491  作者未詳


( 柳なら伐ってもまた生えもいたしましょう。
 でもこの私は生身、あなたに恋い焦がれ死にそうになっているのに
 どうしろとおっしゃるのですか )

片想いの苦しさを訴える女。(男説もあり)

「 柳は何度でも再生出来るのに、人は死んだら終わり。
  さぁさぁ、どうしてくれますの 」
と云う調子で迫られたら怖いですね。

柳はその生命力の強さから神霊が宿ると信じられて寺社、屋敷の外側に植えられ
悪霊を追い払う守護神とされました。
池の周りや田の近くに植えられているのは長く伸びる根で堤防を強化することも
兼ねているとか。

柳は様々な用途があり、枝を切り取って苗代の水口に挿して豊作を祈願し、
正月の雑煮に柳箸や餅花の飾りに。
弓矢を作って山の神に供え、丈夫な柳行李にも変身します。
行李になるのはコリヤナギという種類です。
特筆されるのはセイヨウシロヤナギ。

紀元前400年頃、ヒポクラテスは病人の熱や痛みを軽減するためにヤナギの樹皮を用い、
また、分娩時の痛みを和らげるために柳葉を使用していたという驚くべき記録が
残っているそうです。

それから長い年月を経て19世紀にヤナギの木からサルチル酸が分離され、
遂に1897年、ドイツのバイエル社、フェリックス・ホフマンが副作用が少ない
アセチルサリチル酸、世界で初めて人工合成された医薬品「アスピリン」を
誕生させました。

今やあらゆる病気の消炎、解熱、鎮痛や抗血小板作用に不可欠な医薬品となっており、
人類に対する貢献度は目覚ましいものがあります。

アスピリンのルーツとなった柳のエキス。
その生命力恐るべしです。

  「 みわたせば 柳桜をこきまぜて
         都ぞ春の 錦なりける 」   素性   古今和歌集 



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by uqrx74fd | 2015-03-19 17:11 | 植物

万葉集その五百十八 (ネコヤナギ)

( ネコヤナギ 市川市万葉植物園 )
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( 赤い爪のよう  同上 )
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( 飛び出したものの寒そう  赤い帽子と襟巻みたい  同上)
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( ピンク色が映える  同上 )
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( 暖かそう、 猫の尾のよう  月ヶ瀬梅林  奈良県 )
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( 梅と一緒に咲きました  青梅市 )
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( 花芽が飛び出した  千葉県成東 )
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早春、水辺で光沢のある銀白色の絹毛が密生した花穂をふくらませるネコヤナギは
猫の尾に似ているところからその名があり、古くは川楊(かはやなぎ)とよばれていました。
「楊」は木の枝が立っていることを意味し「柳」と書くと枝が下へ垂れている「しだれ柳」。
この使い分けは厳密に区分されているわけではありませんが、共にヤナギ科の落葉低木です。

芽は赤く、暖かくなるにつれて先端が割れて白銀色の花穂が顔をだすと
まるで赤い帽子をかぶっているように見えて微笑ましく、
「ようやく春が来ました」と呟いているようです。

「 山の際(ま)の 雪は消(け)ずあるを みなぎらふ
    川の沿(そ)ひには 萌えにけるかも 」 
                                巻10-1849 作者未詳

( 山あいの雪はまだ消え残っているのに
     水があふれ流れている川のそばで 川楊が早々と芽を吹き出しましたよ)

この歌は「柳を詠む」と題されている4首のうちの1首。
「川の沿い」と詠まれているので川楊と確認できます。

「みなぎらふ」は「漲(みなぎる)の継続体で、山の雪が融けて水かさが満々と
なって流れている様子を詠っており
「 雪が融けて 川となって 山を下り 谷を走る」(おヽ牧場はみどり)を
口遊(くちづさ)みたくなるような早春の浮き浮きした雰囲気を醸し出している一首です。

「 霰(あられ)降り 遠江(とほつあふみ)の 吾跡川楊(あとかはやなぎ)
     刈れども またも生ふといふ 吾跡川楊 」
                            巻7-1293 柿本人麻呂歌集 (既出)

( 霰が降る中で吾跡川の川楊よ。
  刈っても刈ってもあとからすぐすぐ生えてくる吾跡川の楊よ )

この歌は旋頭歌といい五七七 五七七調の変則形。
楊の生長と再生力を詠いながら恋心がしきりに湧いて止められないことを
例えた歌ですが民謡のような明るい雰囲気を持っています。

「霰降り」はあられが板屋根などに打ちつけてトホトホと音を立てるというので
遠江に掛かる枕詞とされ、また、霰(あられ)の原文表示が「丸雪」、
これを「あられ」と訓ませる作者のユーモアセンスたっぷりの歌です。

なお、「遠江(とほつあふみ)」は都から遠い淡海(あはうみ)ということで浜名湖をさし、
逆に近い淡海、すなわち琵琶湖は近江と書き、あはうみ→あふみ→おうみ と
転訛しました。
吾跡川(あとかは)は浜名湖の北側を流れる現在の跡川です。

ネコヤナギの青々としていた枝は冬の厳しい寒さに耐えて鍛えられ、しなやかに、
そして、強靭になり臙脂色に変化します。
その樹皮を乾かしたものを煎じて飲むと扁桃炎や風邪、リウマチの発熱に効あるそうです。

柳はその旺盛な生命力から悪霊を追い払う植物とされ、昔から建物の外側に植えられて
きましたが、形を変えても人間を守ってくれているのですね。

新春を彩る活花としても欠くことが出来ないネコヤナギ。
これからも春告げ花として愛され詠い続けられることでしょう。

「 霧雨のこまかにかかる猫柳 
      つくづく見れば  春たけにけり 」 北原白秋

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by uqrx74fd | 2015-03-05 17:10 | 植物

万葉集その五百十四 (初梅)

( 早くも満開の梅  皇居東御苑 )
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( メジロ  同上 )
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( 同上 )
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( 白梅の開花は数輪  同上 )
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( 紅梅は七分咲き  同上 )
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( 立ち姿が美しい松  同上 )
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( 橘の実  同上 )
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( 蝋梅も満開  同上 )
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立春を過ぎると気持ちが華やぎ「梅はまだかいな」とそわそわいたします。
冬枯れの中に春の兆しを探り、花に出会えなくても「それはそれでよろしい」と
心得るのが探梅の心馳せだそうですが、「せめて一輪なりとも」と期待するのが凡夫の悲しさ。

寒風吹きすさぶ中、皇居東御苑に出かけました。
数日前に雪が降り、日射しの当たらない石垣の下には斑模様の白い塊が残っています。
緑鮮やかな松、黄金色の実をたわわに付けた橘の他は寂寥とした冬景色。
裸の桜並木はいかにも寒そうです。
近づいて枝の先をよく見ると小さな蕾がほんの少しだけ頭を出し「何時出ようかな」と思案気のよう。

「さぁて 梅は 」と見渡すと白梅が一輪また一輪、紅梅は七分咲。
先ずは満足しながら「もう十日も経てば見頃かな」思いながらゆっくりと
坂道を下って行きました。
すると、何と! 満開の梅が枝を大きく広げているではありませんか。
しかも艶やかなピンク色です。

「 霜雪も いまだ過ぎねば 思はぬに
       春日の里に 梅の花見つ 」 
                            巻8-1434 大伴宿禰三林(既出)

( 霜も雪もまだ消えやらぬのに 思いもかけず春日の里で 梅の花を見たことよ )

「春日の里に」を「御苑の庭に」と置き換えると我が心境にぴったり。
さらに幸運にもメジロが花を啄んでいるのです。
飛び交う度に枝花が揺れますが、散ることもなく静かに晴れやかに咲き続けています。

「 わがやどの 梅の下枝(しづえ)に 遊びつつ
    うぐひす鳴くも  散らまく惜しみ 」
                      巻5-842 高氏海人(かうじ あま)

( この我らが庭の梅の下枝を飛びかいながら鶯が鳴き立てている。
  花の散るのをいとおしんで )

メジロは鳴きませんでしたが、美しい羽色を存分に見せてくれました。
海外からの客さんも大喜び。
次から次へと記念撮影です。

「 梅の花 咲けるがなかに ふふめるは
     恋か隠れる 雪を待つとか 」 
                 巻19-4283 茨田 王(まむたの おほきみ)


( 梅の花 この花が咲いている中に まだ蕾のままのものがあるのは
  訪れて来る人を待つ思いをこめてのことでしょうか
  それとも、雪を待ってのことなのでしょうか )

古代、歌の世界では白梅と雪、鶯との取り合わせが好まれました。
散る花びらを雪のようだと詠い、美しい鳴き声にうっとりと聴き惚れ
春の訪れを寿いだのです。

梅の一角から離れるとまだ冬の世界ですが、大手門の近くに黄色い花。
近づくと馥郁とした香りが漂ってきました。
先駆けの花、蝋梅です。

これからは三寒四温の日々。
本格的な春の訪れも近いことでしょう。

     「 探梅や 枝の先なる 梅の花 」    高野素十
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by uqrx74fd | 2015-02-05 17:52 | 植物

万葉集その五百十三 「茜(あかね)さす」

( 茜色  色の手帳 小学館より ) 
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( あかねの根  高温で煮て染料にする  yahoo画像検索 )
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( あかねさす富士の裾野 )
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( あかね雲 )
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( アルピコ交通 上高地線のカラフルな列車 )
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( 天平祭の華やかな衣装 奈良平城京跡 ポスター )
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( アキアカネ     yahoo画像検索 )
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( あかねの花  遠くから見ると蕎麦の花のよう   yahoo画像検索 )
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( 同上 )
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「 あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き
      野守は見ずや 君が袖振る 」 
                           巻1-20  額田王(既出)

「あかね」は山野に自生する蔓(つる)性の多年草で、根を高温で煮て赤色の染料に
することからその名があり、植物名であると同時に色名として使われています。
「さす」は「光や日が射す」などの自然現象をいい、万葉人はこの二つの言葉を合わせて
鮮やかな赤色をふまえた情緒感あふれる素晴らしい表現を造り出しました。

上記の額田王の歌はあまねく知られていますが、万葉集では13首も「あかねさす」が
登場しており、古代の歌人にとって馴染み深い成句だったことが窺われます。

ただ、植物そのものを詠った例は1首もなく、すべて昼や日、さらに色彩の類似から
紫や紅に掛かる枕詞として用いられているのは、染色された茜色の鮮やかさに比べて
初秋に咲く白い小花が地味で目立たないせいだったからでしょうか。

「 あかねさす 日の暮れゆけば すべをなみ
    千(ち)たび嘆きて 恋ひつつぞ居る 」
                           巻12-2901 作者未詳

( 日が暮れてゆくと何ともやるせなくて 私は幾度も幾度も溜息をつきながら
      あの方を恋慕っているのです。)

「すべをなみ」は術無(すべなし) の意。

男の訪れを今か今かと待つ女。   
たまらず外に出て通りを見渡すが人影は見えず。
あたりが次第に暗くなってゆく中で肩を落として待つ女のやるせなさ。

「 あかねさす 昼は物思(ものも)ひ ぬばたまの 
        夜はすがらに 音(ね)のみし 泣かゆ 」
                      巻15-3732 中臣宅守(なかとみのやかもり )

( 明るい昼は昼で物思いにふけり、
 暗い夜は夜通し声を上げて泣けてくるばかり )

738年前後、朝廷の官人である作者は新婚早々勅勘の身となり越前に配流されます。
罪の理由は女官との禁断の恋、重婚、政治的策略説などあり、はっきりしません。
恋の相手は狭野芽上娘子(さの ちがみのおとめ)。
二人がやり取りした恋歌は宅守40首、娘子は23首という膨大なものです。
約1年8か月ばかりを経て赦され、昇進して都に栄転したところを見ると、
はやり政治的事件に巻き込まれた失脚かと思われます。

「 あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの
      夜(よ)わたる月の 隠らく惜しも 」
                          巻2-169 柿本人麻呂

( 天つ日は照り輝いているけれども 夜空を渡る月の隠れて見えぬことの悲しさよ。)

「ぬばたま」は檜扇の古名で実が黒いことから夜に掛かる枕詞。

昼の太陽、夜の月を対比させ、「あかねさす」「ぬばたま」を添えることにより
白黒、明暗、色彩感あふれる世界を生み出し、奥深い情緒を感じさせています。

この歌は689年、天武、持統天皇の皇子、草壁皇子の1回忌の席で詠われたもので
月は草壁、日は持統を暗示し、歌の前段に次のような趣旨の長歌があります。

『 天地開闢の神話によると先帝天武天皇は神の子として明日香に降臨され、
神のままに瑞穂の国の統治を行ったが、あとを草壁に任せて天界に帰られた。
それゆえに人々はその皇子の統治に期待を寄せていたのに、
残念ながら真弓の丘などに籠ってしまった。
皇子に仕えていた人々はただ途方に暮れているばかりである。』

ライバル大津皇子を冥界に退けてまで草壁天皇即位にすべてをかけた持統女帝の
落胆はいかばかりであったことでしょうか。

万葉人に愛された茜色。

我国のアカネは根が細く必要量を得るのに手間がかかる上、鮮やかな緋色にするために
高温に保った器で根を煮出し触媒剤(灰)を使い、厄介な副成分であるタンニンを取り除き
さらに紫草や紅花と交染するという複雑かつ高度な技術を要したといわれています。

織られた衣服は極めて貴重なものゆえ、その着用は親王、諸王の皇族に限られ、
それ以下の身分のものは禁色、庶民には全く縁のない色でした。
それにしても古代の染色技術の確かさには驚嘆いたします。

今日茜染めと称されているものは容易に色素を抽出できるインド原産の
セイヨウアカネや中国で薬用に栽培されている茜を用いているようです。
ちなみに「ローズマダー」とよばれる絵具はセイヨウアカネノ成分である
アリザニンが合成されたもの。
独特の芳香がある天然ものは希少,高価でお目にかかったことがありません。

       「 染色の 山の麓や 茜掘り 」 素丸 
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by uqrx74fd | 2015-01-30 06:40 | 植物