<   2014年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧

万葉集その四百六十五(鶯鳴くも)

( 鶯  学友の写真サークル仲間 Y.N さん提供 )
b0162728_8273563.jpg

( 同上 )
b0162728_8271969.jpg

( メジロ  垂仁天皇陵の近くで 奈良市 )
b0162728_827525.jpg

(  同上 )
b0162728_8264714.jpg

梅の花が咲き始める頃になると、今まで山奥にひっそり棲んでいた鶯が
野や里に降りてきて「もう春が来たよ」と美しい声で触れまわります。
「ホーホケキョ」( 法 法華経 )と有難いお経を唱えているかと思えば、
時として玉をころがすように「ケキョケキョ」と続けざまに鳴く「鶯の谷渡り」。
古代の人々はその初音に聞き惚れながら、「いよいよ農耕作業に携わる時期になったのか」と
気分を新たにしたのです。

「 白雪の 常敷く冬は 過ぎにけらしも 
    春霞 たなびく野辺(のへ)の うぐひす鳴くも 」 
                巻10-1888 作者未詳 旋頭歌(577 577)

 ( 白雪がいつも降り積もっていた冬は もう過ぎ去ったらしいなぁ。
   春霞がたなびく野辺で 鶯がしきりに鳴いているよ )

「うぐひす鳴くも」の「も」は強調をあらわす助詞で「しきりに(鳴く)」の意です。

残雪斑模様の山々や野原。
雪解け水が温(ぬる)んで地面に滲み込み、川に流れこんでゆきます。
明るい日ざしと水の栄養をたっぷり戴いた草木は、日一日と成長し緑も鮮やかになってきました。
たなびく霞も暖かい湯気のように感じられます。

鶯は人前に出るのが恥ずかしいのか、滅多に姿を見せません。
遠くから聞こえてくるのは浮き立つような春の調べです。

「 あしひきの 山谷越えて 野づかさに
    今は鳴くらむ うぐひすの声 」
          巻17-3915 山部赤人 (原文はなぜか「山部明人」となっている)

   ( 春を待っていた鶯。
     今頃は山や谷を越え、人里近い野の高みで 声高に鳴きわたっていることだろう )

鶯が春を待って鳴くという観念はこの歌から定着しはじめた(万葉集全注)そうです。
「野づかさ」は山麓の傾斜地にある小高い所で、司(つかさ)は後に役所、役人の意に
用いられるようになりました。

 「 春されば まづ鳴く鳥の うぐひすの
     言先立ちし 君をし待たむ 」
                    巻10-1935 作者未詳

 ( 春になると真っ先に鳴きはじめる鶯。
  その鶯のように 誰よりも先に私にお誘いの言葉をかけて下さった貴方さま。
  何をおいても ひたすらお待ち申し上げておりますのよ。)

「言(こと)先立ちし」は「他の女を差し置いて真っ先に誘いの言葉をかけてくれた」。

この歌は男から

「 相思はぬ 妹をやもとな 菅(すが)の根の
    長き春日を 思ひ暮らさむ 」      巻10-1934 作者未詳

(  私のことを思ってくれないお前。
  俺様は菅の根のような長い春の一日をお前の事ばかり思いながら
  空しく一人で暮らさなければならないのか )

という問いかけがあり、それに対して

「 鶯の鳴声のような甘い言葉をかけておいて、一向に音沙汰がないのに
  白々しくもよくこんなことを言えますよね 」
と皮肉を交えて応えたもの。
お互い親しい間柄ゆえに、ふざけて遊んでいるのでしょう。

「妹をやもとな」の「もとな」は「元無」で「むやみやたらと」(お前を思う)。

「 春山の 友うぐひすの 泣き別れ
   帰ります間(ま)も 思ほせ我れを 」 
                  巻10-1890 柿本人麻呂歌集

  ( 春山の仲間同士の鶯が鳴き交わして別れるように、泣く泣く別れを惜しむ私。
    あなた様、お帰りになる道々の間も私の事を思って下さいませね )

万葉集唯一の「友うぐいす」という言葉で、次のような解説があります。
『 中国詩文の伝統的なとらえかたを踏まえる極めて新鮮な造語。
  「いつも仲間を求めて、独りでは居られない鶯の仲間同士が
鳴いて別れなければならないように」という比喩を序にして、
この歌は愛しい人と泣き別れする切なさを眼前に見える鶯に託して訴えている。
しかも、この「友うぐひす」の序によってこの切実な悲しみは遠く空へと響き、
一種の深遠にいたる悲しみの美とさえなっているように思う 』
              (呂 莉氏 万葉集と中国文学 筑波大学位論文:伊藤博 釋注より)

鶯は群れない習性があるそうです。
とすれば、「友鶯」は恋するカップルか。
自分達の想いを重ねたのでしようが、なぜ泣く泣く別れなければならないのか
この歌だけではよく分かりません。

「帰ります」という言葉から想像をたくましくすると

「 ある男が惚れている女性を訪れた。
女も憎からず思っている。
ところが何らかの理由で結婚に反対している親が入口で罵倒して追い返した。
すごすごと肩を落として引き返す男。
女は泣く泣く後ろから声を掛ける。
私の気持ちは変わらない!
あなたもいつまでも私の事を思っていてね。」

といったところでしょうか。
歌舞伎の花道を振り返り、振り返り、後ろ髪を引かれるような思いで去ってゆく。
そんな役者の後姿を思い起こすような情景です。

「 うち靡く 春さりくれば 小竹(しの)の末(うれ)に
     尾羽(をは)打ち触れて うぐひす鳴くも 」
                    巻10-1830 作者未詳(既出)

( 草木もなびく春がやってきました。
 篠(しの)の梢に尾羽(をばね)を打ち触れて 鶯がしきりに囀っていますよ )

鶯は笹薮や竹藪など低木の林を好んで棲み、この歌の「篠」(しの)も群生する
細竹や笹のことです。
鶯は梅と取り合わせて詠われることが多いのですが、これは共に春の先駆けの象徴として
採りあげられた絵画や詩歌の世界、とりわけ中国文学の影響が大きいようです。

現実に鶯が梅に来る訳は木に付着した害虫(蛾の幼虫)を食べにくるからとされ、
普段梅と戯れているのはメジロが多いのです。

江戸時代、粋人の別宅が多かった根岸には鶯が多く棲んでいたようです。
角海 武氏によると

『 「和漢三才図会」(寺島良安)という江戸時代の書物に、
    鶯の産地は奈良が第一、関東産の鶯は鳴き声が濁っている」としている。
    そこで元禄のころ、上野の公弁法親王という人物が京都から3500羽の鶯を
    取り寄せて根岸の里に放したところ大いに繁殖し、後に江戸を代表する鶯の
    名所となり「初音の里」とも称されるようになった 』 そうです。
                              ( 万葉の動物に寄せて 自家出版 )
JR山手線「鶯谷」の駅名はその名残。
昔の根岸は上野の北東、日暮里、根津、千駄木一帯を含む広範囲な地域とされています。

「 雀より 鶯多き 根岸哉(かな) 」 正岡子規
[PR]

by uqrx74fd | 2014-02-28 08:27 | 動物

万葉集その四百六十四(恋の松)

( 亀の形をした小島に立つ小松 鶴ならぬ白鷺が  旧芝離宮庭園 )
b0162728_7425518.jpg

( 二人で仲良く渡りましょう  松の並木橋  浜離宮庭園 )
b0162728_743161.jpg

( 雪の松  高千穂神社 佐倉市 )
b0162728_7433769.jpg

(  同上 )
b0162728_7435524.jpg

( 池の映り込みが美しい  旧芝離宮庭園 )
b0162728_7441770.jpg

( 傘の松  相々傘のよう  京都御所 )
b0162728_7444049.jpg

( 菱川師宣 見返り美人 記念館入場券 千葉県 )
b0162728_7445377.jpg

(  見返り美人にみえませんか?   皇居東御苑 )
b0162728_7451581.jpg

古代、「大和の国は言霊(ことだま)の幸(さきは)ふ、助くる国」といわれたように、
言葉には霊力があると信じられていました。
すなわち、言(こと)は事に通じるため、言葉は物事を左右し,物事は言葉によって
表現されると考えられていたのです。

松という言葉も「待つ」と音が通じることから恋人の訪れを待つ、あるいは
旅する人の無事帰還を待つ場面に好んで使われています。

次の歌は744年新年、播磨国守として任地に赴いていた安倍虫麻呂という人物が
何らかの公用で都の邸宅に帰った時に催された賀会で列席の一人が詠ったものです。

「 我がやどの 君松の木に 降る雪の
       行(ゆ)きには行(ゆ)かじ 待ちにし待たむ 」
                      巻6-1041 作者未詳


( 私は我家の庭の、君を待つという松の木に降る雪のように、
  お迎えには行きますまい。
  ひたすらお待ちすることにいたしましょう )

「 雪(ユキ)のように行き(ユキ)はいたしません。
  松(マツ)のように待(マッ)ていましょう。あなたさまを 」

戯れて女の立場で詠ったもの。
松の木に雪が降り積もっているのを見て、言葉遊びをした即興の機転。
一同拍手喝采。
賑やかな席の雰囲気が感じられる一首です。
なお、安倍虫麻呂は大伴坂上郎女(家持の叔母)の従姉弟。

「 梅の花 咲きて散りなば 我妹子(わぎもこ)を
    来(こ)むか 来(こ)じかと 我(あ)が松の木ぞ 」
                         巻10-1922 作者未詳


( 梅の花 この花が咲き、そして散ってしまったならば おれは
 あの子が来るのか来ないのか待つ 松の木になってしまうばかりさ )

「梅の花咲きて散りなば」に女の心変わりの意が含まれており、
「 とうとう彼女に振られてしまったかぁ。
  今は「もしや」と、ただ待つだけの俺 。
  松の木偶(でく)の坊になってしまったわい」と自嘲したもの。

これも宴席での歌かも知れません。

「 わがやどの 松の葉見つつ 我(あ)れ待たむ
     早(はや)帰りませ  恋ひ死なぬとに 」 
                 巻15ー3747 狭野弟上娘子(さのの おとかみの をとめ)


( 我家の庭の松の葉を見ながら私はひたすら待っておりましょう。
  どうか早く帰ってきて下さい。
  この私が焦がれ死にしないうちに。)

740年中臣宅守(なかとみのやかもり)という官人が勅勘の身となり越前の国府
武生に配流されるという事件が起きました。
原因は不明ですが政治事件に巻き込まれたものと推定されています。

宅守は東宮に所属する女官の作者と結婚したばかり。
悲しみに暮れる二人は63首もの歌をやり取りしました。
当時歌に「死」という言葉は禁句とされていたにもかかわらず敢えて
詠わざるを得なかった、ほとばしるような激情。
松の葉という無数にある か細いものに託す藁にでもすがりたい恋心です。

「 白鳥の 飛羽山松(とばやま まつ)の 待ちつつぞ
    我が恋ひわたる この月ごろを 」   巻4-588 笠郎女


( 白鳥の飛ぶ飛羽山の松ではありませんが、この何カ月も
  私は貴方様のおいでを待ちながらお慕いし続けておりますのよ。)

大伴家持に惚れ29首もの恋歌を贈った作者。
待てども待てども 訪れも返歌もなし。
哀しき女の片想いです。
飛羽山は所在不明も奈良、東大寺東北の小峰とも。


「 松の木(け)の 並みたる見れば 家人(いはびと)の
      我れを見送ると 立たりしもころ 」

       巻20-4375 物部真島  下野(栃木)の防人火長(兵士10人の長)


( 松の木が立ち並んでいるのを見ると、家のものたちがおれを見送ろうと
  立ち並んでいたのとそっくり。
  あぁ、今頃どうしているだろうか )

「立たりし もころ」の「もころ」は、~のようだ

まん中あたりが少し曲がっている松は遠くから見ると人の形をしているように見えます。
菱川師宣の見返り美人を思い起こすような立居姿ですが、防人として出征する作者は
故郷の家族を思い出したのです。
妻は今頃どうしているだろう。
そして見送ってくれた家族たち。
しみじみとした旅愁を感じさせる一首です。

「 松は緑に 砂白き 
  雄松が里の おとめ子は
  赤い椿の 森かげに
  はかない恋に 泣くとかや 」

         ( 琵琶湖周航の歌2番 小口太郎作詞 吉田千秋作曲)

[PR]

by uqrx74fd | 2014-02-21 07:44 | 植物

万葉集その四百六十三(寒梅)

(凍てつく梅の蕾  自宅にて) 
b0162728_834365.jpg

( 筑波山にて )
b0162728_84874.jpg

( 同上 )
b0162728_843364.jpg

( 皇居東御苑 )
b0162728_844629.jpg

( 同上 )
b0162728_851937.jpg

( 同上 )
b0162728_854232.jpg

( 同上 )
b0162728_86194.jpg

( 曽我梅林)
b0162728_862380.jpg

「 二月(きさらぎ)に入りて二度目の雪降りぬ
        雪降るなかの 白梅紅梅 」     宮 柊二


立春の雪、続いて観測史上でも稀な記録的大雪。
たった数日の雪かきに追われただけでも腰が痛いと悲鳴をあげる都会人。
雪国の方々のご苦労が身に染みて実感させられる今年の二月です。

「 今さらに 雪降らめやも かぎろいの
     燃ゆる春へと なりにしものを 」 
                 巻10の1835 作者未詳(既出)


( 陽炎(かげろう)の燃え立つ春になったのに、なんで今さら雪なんか降るんだろう
 もう沢山,沢山。 勘弁してちょうだい。 )

古代、豊作をもたらすものと歓迎された天からの使者も度が過ぎると
「もう、お引取り下さいな」と敬遠された珍しい一首。
「今さらに」が強く響きます。

「 梅の花 咲き散り過ぎぬ しかすがに
   白雪庭に 降りしきりつつ」 
                巻8-1834 作者未詳


( 梅の花はとっくに散ってしまった。
 それなのに まだ庭に雪がしきりに降っているよ )

現在の3月上旬ころでしょうか。
異常天気に見舞われたのか、梅が散ったあとも降り続く雪。

万葉時代、紅梅はまだ渡来していませんでした。
そのためか雪と梅とを取り合わせた白の世界が多く詠われています。

「今日(けふ)降りし 雪に競(きほ)ひて 我がやどの
   冬木の梅は 花咲きにけり 」   
                          巻8-1649 大伴家持


( 今日降った雪に負けまいとして、我家の冬木の梅は 
  真っ白な花を咲かせたよ)

作者は
「今日は雪、降り積もった庭が美しい。
梅も負けまいと白い花を咲かせたわい。」
と詠ったように見えますが、どうやら「冬木の梅」が曲者のようです。

「冬木」とは葉や花を付けていない木をさす言葉とされている(伊藤博)ので
この歌は、雪を白梅に見立てて興じ、その奥に梅の開花を
待望する心が含まれているように思われます。

雪を眺めながら満開の梅を幻視している作者。
趣深い秀作です。

「 梅の花 降り覆(おは)ふ雪を 包み持ち
   君に見せむと 取れば消(け)につつ 」 
                    巻10-1833 作者未詳

( 雪が梅の花に降り積もりました。
 あなた様にお見せしょうと手に包みましたが、
 あっという間に消えてしまって )

ちょうど今の季節と同じような状態なのでしょうか。
満開の梅、その上に降り積もった雪。
「 折角 彼に見せようと思ったのに」と嘆く愛らしい乙女です。

「 夜光る 梅のつぼみや 貝の玉 」 其角

我家の梅はまだ小さく固い蕾のまま。
その枝に立春の夜の雪。
凍てついた蕾はいかにも寒そうでした。
でも、今年は早咲きが多いのか大雪にもかかわらず遠近(おちこち)から花便り届いています。

皇居東御苑の紅梅白梅も「春が来たよ」と告げるかのように一斉に花開きました。

 「 鶯の 蹴立てによるか 梅の雪 」  支考
[PR]

by uqrx74fd | 2014-02-14 08:06 | 植物

万葉集その四百六十二(我が心焼く)

( 忿怒の表情 蔵王権現 金峰山寺 奈良、吉野)
b0162728_451333.jpg

( 我が心焼く  とんど焼き  奈良 春日大社 )
b0162728_4511846.jpg

( さらに燃え盛る火  同上 )
b0162728_4513786.jpg

( 心鎮まれ 鎮まれ   同上 )
b0162728_452288.jpg

( 若草山焼き  奈良  )
b0162728_4521481.jpg

( 祈り、やっと心の平穏を取り戻しました  船宿寺 奈良葛城古道)
b0162728_4523549.jpg

これは最愛の夫を寝取られた女性の哀しくも清らかな愛のお話です。
一夫多妻が黙認されていた古代とはいえ、「愛する人は貴方だけ」と一途に
思い詰めていた女性が、ある日、夫に他の女ができたことを知った時の
驚きと悲しみは如何ばかりであったことでしょう。

今日も夕方になるといそいそと出かけてゆくであろう男。
とり残された寂しさと、むらむらと燃え盛る嫉妬の炎。
頭の中では冷静にと言い聞かせながらも、感情を抑えることが出来ません。
「 お釈迦様でさえ、あまたある人間の煩悩の中で一番消し去ることが難しいのは
嫉妬心だとおっしゃったではないか 」
と呟きながら遠ざかりゆく夫の後姿を瞼に浮かべる。

夜の帳が降りる頃、愛する夫が女と過ごしている情景を想像すると
もうたまらなくなってきました。
とうとう忿怒の激情が押し寄せ、自分でも信じられないような言葉が
口をついて飛び出してきます。

「 さし焼かむ 小屋の醜屋(しこや)に 
   かき棄(う)てむ 破(や)れ薦(ごも)敷きて
   打ち折らむ 醜(しこ)の醜手(しこて)を
   さし交(か)へて 寝(ぬ)らむ君ゆゑ

   あかねさす 昼はしみらに
   ぬばたまの 夜はすがらに
   この床(とこ)の ひしと鳴るまで 
   嘆きつるかも 」         
                    巻13-3270 作者未詳


一行ごとに訓み解いてまいりましょう。 ( )内 訳文

「 さし焼かむ  」

「さし焼かむ」の「さし」は接頭語で火の手を上げる意を含む
   ( 焼きに焼いてやりたい)

「小屋の醜屋(しこや)に」
         ( あの汚らしいちっぽけな家に)

「かき棄(う)てむ」

    「かき」は接頭語  (とっぱらって捨ててしまいたいような)

「破(や)れ薦(ごも)敷きて」
             ( 汚い破れむしろを敷いて)

「打ち折らむ 醜(しこ)の醜手(しこて)を」

         ( へし折ってしまいたいようなあの女の汚らしい手を )

「さし交(か)へて 寝(ぬ)らむ君ゆゑ」
 

    ( さし交わして寝ているあなたのお蔭で )

「あかねさす 昼はしみらに 」

   「あかねさす」は昼の枕詞 「しみら」は「終日」   ( 昼は一日中 )

「ぬばたまの 夜はすがらに」


   「ぬばたま」は夜の枕詞 「すがら」はずっと  ( 夜も一晩中 )

「この床(とこ)の ひしと鳴るまで」

             ( この床がミシミシと鳴るほどに) 

「 嘆きつるかも 」   ( この私は 嘆いているのです)  
  
                        巻13-3270 作者未詳

では、分かりやすく意訳で全文を

 「 えぇい わたしの夫を寝取ったあの女のボロ小屋を焼いてやりたい。
   今ごろあの憎ったらしいあの女の小屋で、
  棄ててしまいたいような 破れむしろを敷いて、
  へし折ってしまいたいような 汚い腕に抱かれて
  薄汚い女と腕を交わしているあんたのお蔭で
  私ときたら、もう、昼はひねもす、夜は夜もすがら
  寝床を転がりまわり、地団太踏んで 床がミシミシと鳴るまで
  泣き叫んでいるんだよ。
  あぁ-。あぁ-。 もう涙が止まらない 」

泣き叫ぶだけ泣き、ようやく冷静になったあと、
やっぱりこの女性は賢かった。

「 我が心 焼くも我れなり はしきやし
    君に恋ふるも  我が心から 」 
                   巻13-3271 作者未詳

 ( 我が心を焼くのも私。
   いとしいあなたに恋焦がれるのも我が心。
   誰のせいでもない、自分のせいなのだ )

「はしきやし」 「愛(は)しきやし」で「いとおしい」
「我が心から」 すべて自分のせい、

「 このようになったのも私の至らぬせいではないか。
反省するべきところは反省し、あの人に愛されるように努力しよう。
やっぱり私はあの人が好きなんだ 」

万葉集でも稀な自省の歌です。
悪態の限りをついた嫉妬心から内に秘めた純愛へと変化し、
品性がない女性から見事、淑女に変身しました。
作者は相当な教養を持ち、利発な女性だったのでしょう。

もし、この言葉を男が聞いたら 
「 あぁ、なんと可愛い女なのだろう。
  すまなかった。
  いやいや、これは一時の浮気。許せ、許せ。」

と謝ったであろうと想像させるような見事な表現力。
数ある万葉歌の中でも特に記憶に残る作品です。

以下は諸氏評の要約です。

伊藤博 ( 万葉集釋注 集英社文庫 )

『 万葉集中最高に面白い歌であろう。
  恋敵とそれを抱いて寝る男の姿の描写は具象性に富み、印象すこぶる鮮明。
  その姿を思い描いて,静まる床の中でギシギシ寝返りをうってもがく
自分のありようを戯画化している。
それだけに白塵を振りまくような女の狂おしさが目に見えてくる。
笑いの中に痛い涙を託した名作  』

大岡信 (私の万葉集 講談社現代新書)

『 万葉集で激情の表現においてこの歌の右にでるものはない女の嫉妬と憤激。
夫が他の女と夜を共に過ごしている情景を想像して、憎悪の限りを尽くして呪う。
しかし、いったん激情がおさまった後は、他人を恨むことの空しさをしみじみ感じ
自己反省に沈潜している。
反歌の内省の調べは忘れがたい秀逸。
 豊かな詩藻の持ち主、万葉女性歌人の層の厚さを感じさせる。

犬養孝 (万葉恋の歌 世界思想社)

『 燃えに燃えて、今日でいえば硫酸でもぶっかけかねない軽蔑と唾棄と怒りの激情。
万葉の中でこれほど嫉妬の激しさは他に見ることが出来ない。
一見、下品、卑猥の限りを尽くしているようだが、五七、五七の進みゆきの中に
飾ることの知らない純一の愛情の波は脈打つように述べられている。
「君」という言葉が出てきてからは鉾先を自らの心に問い詰めて
嘆きの訴えに終わらせている。
純愛の切なさは1300年をこえて、せつせつとにじみ出てくるようである。
一見野卑に見えた表現はかえって純一無雑の真情の輝きに浄められるかの
ようである。』

「 冬こもり 春の大野を焼く人は
       焼き足らねかも わが心焼く 」 
                  巻7-1336 作者未詳(既出)

[PR]

by uqrx74fd | 2014-02-07 04:53 | 心象