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万葉集その五百三十九 (川原撫子)

( カワラナデシコ  皇居東御苑 2015,6,20 )
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( カワラナデシコ  春日大社神苑 万葉植物園 2015,7,21 )
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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(  桔梗も満開  同上 )
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(  ヤブカンゾウ  同上 )
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( メハジキ  同上 )
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( オニユリ  同上 )
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(  ヤマユリ  同上 )
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 秋の七草といえば山上憶良が詠った
「 萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔(桔梗) 」。

以来1250年間変わることなく不動の位置を占め、季語集も当然のごとく秋のものと
されています。(撫子は夏とされているものもある)
ところが近年、撫子は6月頃に咲きだし、秋になると枯れ果ててお目にかかれないのです。
桔梗も然り、萩さえ6月の終わり頃から咲き出している始末。
植物園に秋の七草コーナがありますが、秋まで元気なのは葛と尾花。
葛の花も八月中旬が見頃。

と言う訳で早々と万葉で26首も詠われている撫子を探しに行きました。
撫子は我国原産のものを「カワラナデシコ、大和撫子」中国産を「唐撫子、石竹」
とよんで区別し、万葉集で詠われているのはすべてカワラナデシコ(川原撫子)です。

まずは、皇居東御苑、秋の七草が集められている場所へ。
2015年6月20日のことです。
このコーナーは小さく目立たないところにありますが、3株ばかり咲いていました。
美しいピンク色、形も凛としている。
昨日今日咲いたばかりのようです。

そういえば撫子の別名は「常夏」。
花期が長いので付けられたのでしょうか。
あるいは永遠に変わらぬ美しさを願っての命名かもしれません。

「 わがやどに 蒔きしなでしこ いつしかも
    花に咲きなむ  なそへつつ見む 」
                  巻8-1448 大伴家持


( 我が家の庭に蒔いた撫子、この撫子は何時になったら美しい花になって
  咲き出るのであろうか。
  咲いたなら いつもいつもあなたと思って眺めように )

作者は11首も撫子の歌を残しています。
この歌は15歳の頃、10歳の婚約者坂上大嬢(さかのうえおおいらつめ)に
贈ったものです。
成長を心待ちにしている気持ちを伝えようとしているようですが
果たしてまだあどけない子供に細やかな恋情が理解できたかどうか?
ませていた家持は相手の成長を待ちきれず、他の女性との恋の遍歴を始めてしまいます。

「 蝉の鳴く 松の木かげに 一むらの
    うす花色の 撫子の花 」  伊藤左千夫
             

1か月後の7月21日、再び撫子を求めて奈良の春日大社神苑、万葉植物園へ。
我国最古の万葉の園、約9000坪の広い敷地で自然のままに育てられているのが魅力です。
入口にからほど近いところに春日山を源流とする美しい小川が流れ、
岸辺に山百合、オニユリが。
さらに奥に進むと撫子が群生し、辺りはピンク色に染まっています。

メハジキ、檜扇、女郎花、桔梗も所狭しと咲き、萩もボチボチ咲きはじめ。
灼熱の太陽の下の秋の花々です。

「 射目(いめ)立てて 跡見(とみ)の岡辺の なでしこの花
    ふさ手折り 我れは持ちて行く 奈良人のため 」
                     巻8-1549  紀 鹿人(きの かひと) 旋頭歌


( 跡見の岡辺に咲いている撫子の花
 この花をどっさり手折って私は持ち帰ろうと思います。
 奈良で待つ人のために )

作者は友人、大伴稲公(おおともいなきみ)を訪ね、主人のもてなしに感謝しつつ
素晴らしい当地の花を手土産にしましょうと挨拶した一首。

稲公は大伴旅人の異母弟。
跡見の庄は奈良県桜井市鳥見山の東麓、飛鳥に近いところです。

「射目立てて」は 跡見の枕詞 
射目は鳥獣を射るために隠れて狙う場所、
獣の足跡を見るの意で跡見に掛かるとされている。


「 なでしこは 咲きて散りぬと 人は言えど
     我が標(し)めし野の 花にあらめやも 」 
                             巻8-1510 大伴家持


( なでしこの花は咲いてもう散ったと人は言いますが、
 よもや、私が標を張っておいた野の花のことではありますまいね )

作者が親しくしていた紀郎女(きのいらつめ)に贈った歌。

「わが標し野の花」は自分の彼女である紀郎女を暗示しており、
「咲きて散りぬ」は他人と関係をもったの意。

世間の噂に不安を感じ「よもや心変わりしたのではないでしょうね」
と言いやったもの。
尤も、相手は人妻なので言葉のお遊びかもしれません。

万葉植物園の撫子の群生。
あまりの美しさに魅かれて3日後に再び訪ねました。
ところが、うなだれた様子で元気がありません。
先日見たのは大雨の翌日、その後、連日の猛暑で参っているようです。
やはり撫子は秋がふさわしい。

隣のコーナーは檜扇、夏の花。
こちらは生き生き、今が盛りと咲き誇っていました。

「 酔うて寝む なでしこ咲ける 石の上 」 芭蕉





























 
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by uqrx74fd | 2015-07-30 19:44 | 植物

万葉集その五百三十八 (鎌倉花散歩)

( イワタバコ  北鎌倉 東慶寺 6月中旬 )
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(  イワガラミ   同上   )
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(  明月院ブルー 北鎌倉 )
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(  花地蔵  同上 )
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( 赤い紫陽花がいっぱい   亀ヶ谷切通し )
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( 萱草  源氏山公園の下で )
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( 山ユリ  同上崖下で )
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(  同上 )
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(  鶴岡八幡宮   鎌倉 )
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「 ま愛(かな)しみ さ寝に我(わ)は行く 鎌倉の
     水無瀬川(みなのせがわ)に 潮満つなむか 」 
                             巻14-3366 作者未詳


( あぁ、あの子が可愛くて可愛くてどうしょうもない。
 よぉ-し、俺は愛しい彼女を抱きに鎌倉へ行くぞ!
 それにしても、あの水無瀬川、今ごろ水が溢(あふ)れているかもしれないな。
 渡れるだろうか。)

川向うの隣村の乙女に惚れた男。
「潮満つ」は女の村の男たちのよそ者に対する妨害、嫌がらせを暗示しています。
当時、縄張り意識が強く、他村の女性に手を出すことはタブーだったのです。
下手すると、袋叩きにあうかもしれません。
それでも、「どんな困難があっても行くぞ」思わせるほど魅力ある女性だったのでしょう。

水無瀬川は鎌倉神輿ヶ岳に発し、由比ガ浜で相模湾にそそぐ稲瀬川(伊藤博)。

そんな歌を思い出しながら梅雨の晴れ間に北鎌倉へ向かいます。
まずは、イワタバコとイワガラミが咲く東慶寺。
イワタバコは古くは「山ぢさ」とよばれていました。

「 山ぢさの 白露重み うらぶれて
       心も深く 我(あ)が恋やまず 」
                      巻11-2469 柿本人麻呂歌集(既出)


( 山ぢさが白露の重みでうなだれているように、私もすっかりしょげてしまって。
 でも、あの人を心から愛する気持ちは一時も止むことがありません。)

日蔭で育つ「山ぢさ」はただでさえ茎が細いのに、露が加わり下向き加減にみえます。
その姿は恋の悩みに堪えかねて、うなだれているよう。
可憐な花のさまを自身の気持ちに重ねた一首です。

イワタバコは本州以南の日が当たらない湿った岩壁に自生する我国固有の多年草で、
15~50㎝もある大きな葉が根生し垂れ下がって生えます。
煙草の葉に似ているのでその名があり、淡い紅紫色の五弁の花を咲かせます。
暗がりに群生している姿は、まるで星が輝いているよう。
古代の人たちは、その若葉を山菜として食べ、古葉は煎じて胃腸薬に用いて
いたそうです。

「 裏崖に 花を映して 岩がらみ 」 筆者

「岩がらみ」は一見ガクアジサイに見えますが別種のユキノシタ科の植物。
本堂裏の崖から垂れ下がり、暗闇の中で白い花びらが浮かんで見えます。
まさに幽玄の世界。
ごく僅かな期間だけしか見ることが出来ない貴重な花です。

 東慶寺を出て紫陽花の明月院に向かいます。
 こちらは大変な人混み、入口で列を作り次から次へと並んでいます。

 「明月院ブル-」とよばれる明るい青の紫陽花。
 群生して連なる光景は壮観ですが、道が狭く混みあうので
 ゆっくり鑑賞することが出来ません。
 早々に退散して亀ヶ谷切り通しから源氏山へ。

「 鎌倉の見越(みごし)の崎の 岩崩(いはく)えの
      君が悔ゆべき  心は持たじ」   
                             巻14-3365 作者未詳(既出)

( 鎌倉見越ガ崎の崖はよく崩れる危険なところですが、私のあなたさまに対する想いは
  崖のように決して崩れるようなことはありません。
  「あの女め!心変わりしよって」と
  あなたさまが後々後悔なさるようなそんな不確かな心を私がもつものですか! )

鎌倉乙女が堅い恋心を誓っている歌です。
四つの「の」という「音」を重ねながら大地名、小地名、特定の場所へと運んでゆき、
さらに「崩(く)え」「悔(く)ゆ」の同音の調子が快く響きます。
見越の崎は現在の稲村ガ崎または腰越の崎といわれていますが、
崖崩れで知られていた山沿いの海岸でした。

扇ヶ谷の裏道からは巨岩もあり険しい登り。
おまけに前日の雨でぬかるんでいて滑りやすい。

大勢の小学生が社会科の勉強でしょうか。
「こんにちは」と挨拶しながら先へと進んでゆきました。

切り通しの崖の下や人家に色とりどりの紫陽花の花。
赤色が多く、美しく映えています。

ようやく頂上近くに辿りつきました。
さらに上ると源氏山公園、脇道を下ると銭洗弁財天。

ふと草むらを見ると美しい萱草(かんぞう)が。
濃い緑の中でひっそりと咲く花のオレンジ色がひときわ鮮やかです。
ユリ科の多年草で一重咲をノカンゾウ、八重咲をヤブカンゾウといい、
朝開き午後に閉じる1日花。
若葉は食用、根は薬用なるそうです。

万葉集では「忘れ草」という名で5首詠われています。

「 忘れ草 吾(わ)が紐(ひも)に付く 時となく
      思ひわたれば 生けりともなし 」
                              巻12-3060 作者未詳


( 忘れ草、憂さを払うというその草を着物の下紐につけました。
 年から年中あの人のことを想っていたのでは、生きた心地がしないほど
 苦しいのでね。)

「萱」という漢字に忘れるという意味があり、中国では「憂いを忘れる草」と
信じられていたそうです。
万葉人は着物の下紐に付けると効果があると思っていたのでしょう。
一種のおまじないです。

銭洗弁財天に向かう途中、崖の上に美しい山百合が。
まだ咲きはじめたばかりでしょうか、見目麗しく清楚な姿です。
風に吹かれ馥郁とした香りが漂ってきました。

「 道の辺(へ)の 草深百合の 花笑(え)みに
     笑みしがからに  妻と言うべしや 」 
                           巻7-1257 作者未詳 (既出)

( 道端の茂みに咲く美しい山百合の花。
  その百合が微笑みかけているように、私は行きずりのあなたに
  ちよっと微笑かけただけなのです。
  たったそれだけのことなのに、もうあなたの妻と決まったような事を
  おっしゃらないで下さいな )

相手が微笑みかけてきたのにつられて、つい微笑み返したことに対する
恥じらいと狼狽も感じられる一首。

「草深百合」という美しい造語が乙女の慎ましやかさを引き立てています。

 「 汗ひいて 洞然と 銭洗ふなり 」 石川桂郎

    「洞然と」(とうぜんと)
           「奥深いところから水の音がきこえてくる中で慎み深く」の意か。

銭洗弁財天に着くと、こちらも大勢の人。
高額紙幣を水で洗っている方もいました。
あとで乾かすのが大変でしょうに。

小休止したのち佐助通りを下り、そのまま鎌倉駅の方へ進みます。
市役所の近くのお蕎麦屋さんで昼食。
鎌倉ビールを注文し、肴は蒲鉾と卵焼き。
美味い鴨蕎麦を戴いて鶴岡八幡宮へ。
色鮮やかな七夕飾りが風に揺れていました。

本日歩いた距離は13㎞。
心地よい一日でした。

  「 鎌倉や 音かろやかな 土鈴雛 」  三沢たき

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by uqrx74fd | 2015-07-25 16:58 | 万葉の旅

万葉集その五百三十七 (合歓の花咲く社)

( 高千穂神社  千葉県佐倉市 )
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( 合歓の花満開  見ごろは6月下旬 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 八重桜と躑躅  4月下旬 )
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(  花絨毯  5月上旬 )
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(  雨上がりの紫陽花 ) 
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(  藤棚もあります  初夏 )
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( 龍の髭:山菅の種子 秋 )
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( 雪の松  冬 )
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「 ねむの花さく ほそ道を
  かよふ朝こそ たのしけれ
  そらだのめなる 人の世を
  たのめて老いし 身なれども 」  
                           (三好達治  ねむの花咲く)

            そらだのめ:(空だのめ) あてにならないことをあてにする

千葉県佐倉市に「高千穂神社」という花の社(やしろ)があります。
今から66年前、九州宮崎の高千穂神社から下総国志津ケ峰とよばれていた
丘陵地に勧請され、菊の御紋を許されている鎮守社です。

今は亡き初代宮司、森谷鉄五郎さんは余程花を愛する方だったのでしょう。
閑静な住宅街に囲まれた約1000坪の境内に八重桜、躑躅、藤、合歓、銀杏、橿、椎、
松、蘇鉄(そてつ)、紫陽花、百合、龍の髭(山菅)、コスモス、菖蒲、嫁菜、
萱草、タンポポ、など数えきれない位多くの植物が植えられており、
四季折々咲く花が多くの人々を楽しませてくれているのです。

さて、今日のお目当ては合歓の花です。
まずは手を洗い、口をすすいで二礼二柏一礼。
神前にぬかずき祈りを捧げます。

「 天の川 瀬ごとに幣を たてまつる
    心は君を 幸く来ませと 」
                  巻10-2069  作者未詳


(  天の川の川瀬ごとに 幣を奉ります。
   無事にお渡り下さいとお祈りして )

牽牛が無事に川を渡ることを祈ったものですが、作者自身の愛する人の幸いと
来訪を待ち望む気持ちがこもっている一首です。

家族共々の無病息災を祈りつつ参拝を終え、合歓の木の下へ参ります。

「 総毛だち 花合歓 紅を ぼかし居り 」   川端茅舎

大木の枝が左右に大きく広がる。
いまを盛りと咲く花は絹の刷毛のよう。
淡いピンクと紅の繊細な色合い。
下から見上げると小さな雪洞(ぼんぼり)が無数に灯っているようです。
左右対称に開いた細長い葉は、暗くなるとピタリと閉じ合わせ、
花の心地良い寝床になるのです。

「 昼は咲き 夜は恋ひ寝(ぬ)る 合歓(ねぶ)の花
         君のみ見めや 戯奴(わけ)さへに見よ 」 
                      巻8の1461 紀 郎女(既出)


( 昼間は綺麗な花を咲かせて、夜になればぴったりと葉を合わせ、
 好きな人に抱かれるように眠る合歓。
 ほんとうに羨ましいこと。
 そんな花を主人の私だけが見てもよいものでしょうか。
 お前さんも御覧なさいな。
 あなたと一緒に見ながら抱き合いたいのよ。)

合歓の花木を添え、大伴家持に贈った一首。
漢字の「合歓」は「合歓ぶ(あいよろこぶ)」つまり男と女が抱き合うことを意味します。

年上で人妻(天智天皇の曾孫 安貴王の妻)でもある作者が
花によせて共寝を誘っているのです。
歌を通じてお互い特別親しい間柄なので、家持を下僕のように呼びかけて
戯れ興じているようですが内心は本気かもしれません。

「 君のみ見めや」 : 君は主人の意で作者自身をさす
「 戯奴(わけ) 」 : 年少の召使などを呼ぶ言葉 
              ここでは大伴家持をさし、わざと卑下した言い方をしている

「 合歓咲くや 柘(つげ)の小櫛も ほしげにて 」  巣兆

雨に打たれた花糸は共寝したあとの乱れ髪のよう。
鏡台に向かい、櫛で整えている女性を連想させるような一句です。
拝殿の周りは八重桜の老木がならびます。
以前は50本位あり壮観でしたが、今は多くが枯れて20本位。
それでも満開の時は華やかで、風に舞う花びら、散り敷くピンクの絨毯は
この世のものとも思われないほどの美しさです。

「 散る時の 牡丹桜の はげしさよ 」 高濱年尾
                  ( 牡丹桜は八重桜の別称 )


古のうら若き乙女も散る桜を眺めながら詠っています。

「 咲く花は 過(す)ぐる時あれど 我(あ)が恋ふる
          心のうちは やむ時もなし 」 
                            巻11-2785 作者未詳


( 咲く花はいずれ散って消える時があるけれども
 私の心の中の恋は とだえる時とてありません )

初恋でしょうか。
純情一途の恋心です。

対する我が心のうちは恋桜。
桜の季節よ 早く来い(こい)。

「 龍の髭(ひげ) 葉のくらがりに 瑠璃澄ませ 」 下山博子

前庭、横庭、裏庭にも色々な植物が所狭しと植えられています。
中でも注目は龍の髭。
全く目立たないところに植えられており、よくよく注意しないと見つかりません。

「龍の髭」は古代、山菅(やますげ)とよばれた植物で別名「ジャノヒゲ」、
ユリ科の多年草です。
細くて長い葉を龍の髭に見立てたのでその名があり、初夏に白い花を下向きに咲かせます。

秋になると球形の実を結びますが、その実は成熟する過程で果皮が破裂して消滅し
種子がむき出しのままとなり、瑠璃紺色の実と見えるものは種子そのものという
珍しい植物です。
漢方では「麦門冬(バクモントウ)」とよばれ、根を煎じて咳止め、利尿、消炎に
用いられているそうです。

「 咲く花は うつろふ時あり あしひきの
     山菅(やますげ)の根し 長くはありけり 」 
                             巻20-4484 大伴家持


( はなやかに咲く花はいつか色褪せて散り過ぎる時があります。
 でも地下に根を張っている山菅はずっと長く続いているものなのです )

近親者が反逆の罪に問われ大伴一門の危機を感じている作者。
栄華を極めた大伴家が滅びゆくのを座視せざるをえない無力感。

今までの人生を振り返りつつ、これからは山菅の根のように
細く長く、そして、強く生きてゆこうと決意しているようです。

   「 ひそかなる ものは美し 龍の玉 」  中村玲子


ご参考 : 高千穂神社
        京成線 志津駅下車 
        南中野行バス 高千穂神社下車 徒歩3分

お知らせ:  次回の更新は7月26日(日曜日)です。
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by uqrx74fd | 2015-07-16 18:29 | 植物

万葉集その五百三十六 (雨に唄えば)

( 雨の日の薔薇 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 紫陽花 )
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( 海棠桜 )
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( 牡丹 )
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( 露草 )
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( 室生寺にて   奈良 )
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( 歌川広重 名所江戸百景 大はし あたけ(安宅)の夕立 )
               安宅 :幕府の御用船安宅丸の船着き場があった
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( 雨に唄えば  ポスター )
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「雨に唄えば」といえば年配の方なら、すぐに思い出される不滅のミュージカル。
土砂降りの雨の中、ジーン・ケリーが主題歌を唄いながらタップダンスを踊る場面は
映画史に残る名場面とされています。
競演のデビー・レイノルズの可愛かったこと。

 わが八木重吉は「雨の日」という3行詩で

 「 雨がすきか
   わたしは すきだ
   うたを  うたわう 」
                    うたわう:唄おう

と書いていますが、万葉人も雨がお好き。
なんと125首も雨の歌を詠っているのです。

その中から4首連作の短劇、二人の恋の物語をどうぞ。

( 場面1 )

 今日は、恋人が訪ねてくる夜。
女は朝から いそいそと部屋を掃除し恋人が好きな御馳走を作って
用意万端を整えています。
夕闇が迫り、いよいよ男が訪れる時間が近づいてきました。
ところが、あぁ! 好天が一転かき曇り、土砂降りに。
男が女のもとに通うのは月が出ている夜と言うのが当時の習い。
「 あぁ、やっと逢えると思ったのに」と溜息をつく女。

「 我が背子が 使いを待つと 笠も着ず
     出(い)でつつぞ見し 雨の降らなくに 」 
                           巻12-3121 作者未詳


( いとしい貴方のお使いが待ちどうしくて。
 雨がしきりに降っているのに、笠もかぶらず
 何度も外に出て、まだかまだかと見ていました。)
「 笠も着ず」は 「待ちどうしさに笠もかぶり忘れて」
「雨の降らなくに」は 降るの逆接用法で「雨が降っているのに」

男は予め使いを遣り、訪れる日時を連絡していたようです。
雨が降り出し「あぁ今夜はダメだ」と思いつつ、
雨具も羽織らないで いつまでも外で待つ。
そんなにしてまで逢いたいのに。
うらめしい雨。

場面2.

 そのころ男は
 「さぁ、久しぶりに逢えるぞ」と喜び勇んで出発しようとした矢先の雨です。

「 心なき 雨にもあるか 人目守(も)り
         乏(とも)しき妹に 今日(けふ)だに 逢はむを 」
                               巻12-3122 作者未詳

( まぁ なんと非情な雨であることか。
 普段は人目をはばかりめったに逢ってくれない彼女。
 せめて人目につかない今日だけでも逢いたいのに )

暗闇の雨の中、岩がごろごろしている山道を駆けて行くのは危険です。
土砂降りの雨を恨めしげに見ながらとうとう諦めて床に就く。
眼を閉じても浮かぶのはあの可愛い顔、しなやかな体。
どうにも寝付けません。

突然「ええーい! ままよ 」と飛び起き、寝間着のまま外へ飛び出してしまいした。
降りしきる雨の中を韋駄天のごとく掛け走る。
険しい山道、ぬかるみ、なんのその。
明け方近く、ようやく、息も絶え絶えになりながら女の許に辿りつく。
烈しく戸を叩く音に驚く女。

「 ただひとり 寝(ぬ)れど 寝(ね)かねて 白袴(しろたへ)の
    袖を笠に着(き)  濡れつつぞ来(こ)し 」
               巻12-3123 作者未詳

( たった一人で寝てはみたが 恋しくて恋しくて寝られない。
 とうとう袖を笠代わりにかざして ずぶ濡れになつてやってきたよ)

場面3.

男の顔を見て狂喜する女。
全身ずぶ濡れの男は疲れ切って動けません。
先ずは酒を飲んで体を温めます。

濡れた衣服は部屋に干され、女の着物をまとっている男。
着いたのがあまりに遅かったので間もなく夜が明けていきそうです。

当時お互いに着ていた衣を敷いて共寝するのが決まり事。
「 俺の衣は濡れている、一目逢えたし今夜はそのまま帰ろうか 」
と迷う男。
その気配を察した女がたまりかねて詠う。

「 雨も降る 夜も更けにけり 今さらに
    君去(い)なめやも 紐解き設(ま)めな 」 
                    巻12-3124  作者未詳


( 雨も降るし夜も更けてしまっているのです。
 それを今さらあなた! 
 お帰りになるなんていうことはないでしょうね。
 さぁ、さぁ、紐を解いて共寝の支度をいたしましょう )

しきたりなんて関係ない、あなたが着ている私の衣を脱ぎ
裸になって早くいらっしゃいと誘う女。
何のためにここまで来たのかと気を取り直す男。
いざいざ。
―――。
めでたく合体。

万葉版「雨に唄えば」でありました。

ご参考:

ジ-ン・ケリ-の「雨に唄えば」の歌詞和訳

「 僕は雨の中で唄っている
ただ雨の中で唄っているだけさ
なんて素敵な気分なんだろう
また幸せになれたんだ
僕は雨雲に笑いかける
空は暗く曇っているけれど
僕の心にはお日様が照ってる
新しい恋にはぴったりだ

嵐はそのまま吹かせよう
みんなはあわてて逃げている
けれど雨が降っても
僕は笑顔を浮かべている
道をずっと歩きながら
口から出るのは楽しいメロディ
僕はただ雨の中で唄っているだけさ

雨の中で踊っている
ラララ・・・
また幸せになれたんだ
僕は雨の中で唄ったり、踊ったりしてるのさ
僕は雨の中で踊ったり,唄ったりしているのさ 」

                      おわり
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by uqrx74fd | 2015-07-09 07:06 | 生活

万葉集その五百三十五 (紅の衣 )

( 長福寿寺の紅花畑  約7万本が咲き誇る  千葉県茂原市 2015.6.17撮影)
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( 紅花  同上 )
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( 蝶がいっぱい舞っていました   同上 )
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( 紅花   同上 )
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( 紅花は 黄色→赤色へ変化し、散らずにそのまま枯れる  同上 )
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( 乾燥した紅花  国立歴史博物館  千葉県佐倉市 )
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( 紅餅   同上 )
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( 紅染の実演  長福寿寺で )
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( 古代の人は男も女も赤い衣がお好き  女性の長い下衣を裳裾という 天平祭ポスター 奈良)
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エジプト、中近東原産の紅花は3世紀末頃、シルクロードから中国を経由して
我国に渡来したといわれています。

灼熱の太陽を思わせる神秘の赤。
目も覚めるような鮮やかな色に初めて接した人々はその美しさに驚嘆し、
たちまち魅了されたことでしょう。

紅花の栽培と染色技術は瞬く間に近畿を中心に山陰、関東甲信越などに広がり、
平安初期には全国68国中24国が朝廷に貢納していたとの記録も残ります。

植物染色は根茎や葉を利用することが多い中、花弁の黄色を洗い流して赤だけを残す
新しい技術は極めて美しい色を生み出し、衣服は勿論のこと、敷布、座具、
幡、経典の覆いなどに利用が拡大され、正倉院宝物にも多く残されています。
さらに頬紅や口紅は女性を美しく飾り、種は油、葉は漢方薬など現在に至るまで
用いられ続けている植物です。

万葉集での紅は34首。
紅の衣をまとう女性はよほど男を魅了したのでしょう。
恋の歌がずらりと並びます。

「 立ちて思ひ 居てもぞ思ふ 紅の
    赤裳(あかも)裾(すそ)引き 去(い)にし姿を 」 
                              巻11-2550 作者未詳

( 立っても思われ 座っても思われてならない。
  紅染めの赤裳の裾を引きながら 歩み去って行ったあの子の姿が )

赤裳は赤色のロングスカートのようなもので、当時の男性の心を奪う
美しい姿の一つでした。

美しい乙女が静々と歩いてくる。
鮮やかな赤裳が日に映え、まばゆいばかりの艶やかさ。
すれ違いざま、あとを振り返り姿が見えなくなるまで眺めている。
あぁ、一体どこの娘なのだろう。
たちまち一目惚れした男は、夜も昼もその姿が目に焼き付いて離れない。
といった光景でしょうか。

「 紅の 薄染めの衣(きぬ) 浅らかに
          相見し人に 恋ふるころかも 」 
                         巻12-2966 作者未詳


( 紅の薄染めの着物の色のように ほんの軽い気持ちで逢った人。
 それなのに 恋焦がれてしまっている今日この頃。)

本格的な紅色は何度も重ねて染めるので大変手間がかかりますが、
薄色に染めるだけなら一回ですみます。
手軽なので、ここでは「安易に」という意味で使われています。

「 軽い気持ちで付き合ったのに、いつのまにか本気になってしまったわ」と
初々しい詠いぶりのうら若き乙女。
 
「 紅の八汐(やしほ)の衣 朝な朝な 
           なれはすれども  いやめづらしも 」
                          巻11-2623 作者未詳


( いくども染めた八汐の衣 
 その衣のような美しいお前
 毎朝見なれているけれども幾度見てもますますいとおしいことよ )

「八汐の衣」は何度も重ね染めした真紅の衣。
ここでは古女房とは言わないまでも、長く馴染んでいる女と思われます。

「 何度も何度も抱いているのに一向に飽きない。
それどころかますます愛しい 」

と惚気る男。

   「 百姓の娘顔よし 紅藍(べに)の花 」 高濱虚子

古代の紅染めは乾燥させた紅花を麻袋に入れて手で揉(も)み、
色素を取り出して普通の水温で染めていたため、退色しやすかったようです。

次第に触媒剤などを使い色を定着させていきましたが、生産を一気に向上させたのは
紅の色素を凝縮させた紅餅。
東北、出羽の紅花が最盛期を迎えるのは江戸時代からで、全国の出荷量の
4割を占めたと伝えられています。

紅花と言えば最上というのが通り相場ですが、そのルーツは意外や意外、
千葉県という説があります。

JR千葉駅から外房線で約40分、茂原駅で下車。
バスに乗り継いで20分ばかり、長南町というところに長福寿寺という古刹があります。
798年、桓武天皇の勅願により最澄によって創建され、中世、房総における
天台宗の大本山として末寺308寺院を有していたとされる大寺院です。

広い広い境内、ここで何と!7万本もの紅花が植栽され今を盛りと咲き乱れています。
み寺と紅花の結び付きは、その昔、この地に菅原道真の子孫、長南次郎なる人物が
住みつき、地元の名門千葉氏と外戚関係を結んで紅花の栽培を始めたことに
由来するそうです。

紅花は成長する春から夏にかけて朝霧が立ち、直接日光が当たる時間が短い場所が
栽培の最適地とされていますが、この地もその条件に合致していたのでしょう。
ほどなく房総の特産品となり都に送って大いに栄えました。
ところが、1456年、武田氏が長南に攻め込んで占領し、一族は長野、岩手、山形に
散り散りになり、紅花栽培も衰退してしまったのです。

そして、山形に移住した長南の人々は、紅花の種を持参して植え、最上紅花隆盛の
礎になったと伝えられています。(お寺の説明文による)

そのような歴史から地元の有志の方々が紅花復活運動を長年続けて
見事な紅花畑を再現させ多くの人たちを楽しませてくれているのです。

   「 紅摘みに 露の干ぬ間と いふ時間 」 田畑美穂女
    
    紅花は棘があるので露が消えぬ早朝、柔らかいうちに摘み取ります。
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by uqrx74fd | 2015-07-02 19:52 | 生活