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万葉集その五百四十三 (ノキシノブ)

( 巨木に生えているノキシノブ  唐招提寺 奈良 )
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( ノキシノブの胞子嚢(ほうしのう)  長谷寺  奈良 )
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( 神木杉の苔と一緒に生えているノキシノブ  大神神社  奈良 )
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( ツリシノブ   ほおずき市  浅草 )
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( ほおずきと一緒にならぶツリシノブ)
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( ほおずき市は美人揃い  浅草 )
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(  同上 ついつい買ってしまいます )
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( 万葉人が 恋忘れ草 と呼んだヤブカンゾウ )
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( 同上  ノカンゾウ )
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「ノキシノブ」はウラボシ科の常緑多年草で古くは「シダクサ」とよばれました。
古木の樹皮や岩、崖、家の屋根などに根茎を分枝して着生する羊歯(しだ)類で
昔、屋根の軒場(のきば)によく生えていたことに由来する命名です。

花は咲かず、20㎝ほどの葉は柳のように細長く、表面は緑。
裏面に褐色の胞子嚢(ほうしのう)があり

「 朽ちかけて 苔むす幹の しのぶ草
        ことごとく葉うらに 胞子をやどす 」    坂本凱二


とも詠われています。

乾燥して煎じて飲めば利尿に効ありとされ、別名ヤツメランとも。

「 わがやどは 甍(いらか)しだ草 生ひたれど
       恋忘れ草 見るに いまだ生ひず 」 
                      巻11-2475 柿本人麻呂歌集(既出)


 ( 我家の屋根の軒(甍)に「しだ草」がいっぱい生えているけれど、
  恋の苦しみを忘れさせるという恋忘れ草はいくら探してみても
  ちっとも生えてくれません。 )
 
万葉集唯一の「しだ草」です。
恋の苦しさから逃れたいと願いながらも忘れることが出来ず悶々としている男。

「忘れ草」とは現在の萱草とされ、「萱」という字には忘れるという意味があるそうです。
別名「ヤブカンゾウ」ともよばれ、中国原産の「本萱草」の変種とされていますが、
この母種は我国には存在せず、古い昔に渡来したものが今では完全に我が風土に
帰化したものと考えられています。

夏の山々や高原を美しく彩る「ニッコウキスゲ」、「ユウスゲ」、「エゾキスゲ」
「ノカンゾウ」なども同じワスレグサ属の仲間です。

平安時代になると「しだ草」は「忍ぶ草」という優雅な名前に変わります。

「 わが宿の 忍ぶ草おふる 板間あらみ
     降る春雨の もりやしぬなむ 」        紀貫之


( 我家は忍ぶ草が生い茂ってる古家。
 板を張った屋根の隙間が荒いので春雨が漏っているのではないかなぁ。)

「ポトリ、ポトリ」と音が聞こえてくる。
草茫々の屋根から雨漏りがしているのかしらと訝(いぶか)る作者。
荒れ放題の屋敷で悠然と春雨を楽しんでいる姿が目に浮かびます。

「 君しのぶ 草に やつるる ふるさとは
     松虫の音(ね)ぞ 悲しかりける 」
                            古今和歌集 詠み人しらず


( あなたを偲ぶという名をもつ「忍草」が生い茂って荒れ果てているこの地。
 お出ましを待って鳴く松虫の声が悲しく聞こえておりますこと )

「(あなた)を偲ぶ」と「忍草」、 「松虫」と「待つ」を掛けています。

「やつるる」は 荒れ果てた 
「ふるさと」は 二人で過ごした思い出の地

男が通ってこなくなった女の悲しみ。
茫々に生えた忍草と松虫の声が寂寥感を誘います。

ノキシノブは古木、岸壁、古家などいたるところで見られますが
「釣りしのぶ」は夏の風物詩。
葉のついた忍草の根茎を井桁(いげた)や舟形に仕立てたもので
軒や出窓につるし、水を滴らせたりします。

江戸時代、深川周辺の植木屋によって作られ、出入りの屋敷で飾られるように
なったそうですが、深山に生える苔や羊歯の清涼感と
疫病、魔除けとして取り付けられた風鈴の涼やかな音が人気をよび、
瞬く間に全国に広まったそうです。

現在は一般の家庭で飾るところは少ないようですが、毎年7月上旬、
浅草寺境内で催される「ほおずき市」でその風雅な姿を見ることができます。

「 忍ぶ釣 軒に寄添ふ 女かな 」 高桑蘭更(たかくわ らんこう)
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by uqrx74fd | 2015-08-27 17:04 | 植物

万葉集その五百四十二 ( 葵 )

( 冬葵 フユアオイ  春日大社神苑 万葉植物園 )
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(  同上 )
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(  同上    自宅近くの花壇で )
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(  立葵  タチアオイ  山辺の道  奈良 )
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(  同上 )
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( 同上 )
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( ウスベニアオイ    自宅 )
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( モミジアオイ   向島百花園   東京 )
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(  フタバアオイ    yahoo画像検索 )
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葵は古代「あふひ」とよばれ、万葉集に一首のみ詠われています。
他の食用の植物と共に詠われているので「冬葵」(フユアオイ)とされていますが
少数派ながら「立葵(タチアオイ)」説(牧野富太郎)もあります。

冬葵は中國原産、葵科の多年草で冬でも枯れないのでその名があり、
春から秋にかけて白や淡紅色の小花を次々と咲かせ若葉は食用に、
実は利尿に効ありとされている有用の植物です。

「 梨 棗(なつめ) 黍(きみ)に 粟(あは)つぎ 延(は)ふ葛の
      後(のち)も逢はむと 葵花(あふひはな)咲く 」
                                 巻16-3834  作者未詳


( 梨が生り棗(なつめ)や黍(きび)、さらに粟(あわ)も次々と実り、
 時節が移っているのに、あの方に逢えません。
 でも、延び続ける葛の先のように、
 「後々にでも逢うことが出来ますよ」
 と葵(あふひ)の花が咲いています。 )

言葉遊びの戯れ歌。
宴会で梨、棗(なつめ)、黍(きび)、粟(あわ)、葛、葵を詠みこめと囃されたものと
思われます。

すべて食用とされる植物ばかりで

「 季節を経て果物や作物が次から次へと収穫の日を迎えているのに、
  長い間愛しい人に逢えないでいる。
  でも葛の蔓先が長く這うように、長い日を経た後でも、きっと逢えるよと
  葵(あふひ)の花が咲いています。」

  つまり、「あふひ(葵)」を「逢う日」に掛けて見事な恋歌に仕立てたのです。

さらにこの歌は中国の艶物語「遊仙窟」の中の姉妹の次の会話をふまえているそうです。

「 相知不在棗 」 ( 相知ること棗(そう=早)にあらず) 
                ( あの方を愛しているなら早く決めなさい )

「 密不忍即分梨 」 ( 忍びずして すなわち分梨(ぶんり=離)す
                  ( あの方を愛していますが わざと離れているのです)

棗(なつめ)梨にそれぞれ「早、離」の意を含ませており、万葉歌は
この手法を応用したのかも知れません。
未詳の作者ながら相当な知識の持主。
これだけ多くの物の名を詠みこんだだけでも大した手腕です。

「 かくばかり 逢ふ日のまれに なる人を
    いかがつらしと 思はざるべき 」 
                       詠み人しらず  古今和歌集 


( これほどまでに 逢う日の稀になった人を 
  つれないと 思わずにいられましょうか )

逢う日に「あふひ(葵)」 「いかがつらし」の「がつら」に桂を掛け
葵と桂を詠みこんだ技巧歌。
愛する人に「つれなくされて辛い」と嘆く人は、男女どちらとでも解釈できそうです。

葵は京都の葵祭に欠かせないもので、ここでの葵はウマノスズクサ科の
フタバアオイ、徳川将軍家の紋所です。

「 忘れめや あふひを草に 引き結び
         かりねの野べの 露のあけぼの 」 
                      式子内親王(しょくしないしんおう) 新古今和歌集


( あの日のことを忘れることがありましょうか。
 葵を草枕として引き結んで仮寝した神域の野辺の露が
  しとどに置いたあけぼのを )

作者は後白河法皇の皇女。
若き頃、賀茂神社の神事に斎院として奉仕した頃の思い出。
詞に「神館(かんだち:修行場)で」とあるので野宿ではなく建物の中で
宿泊したもの。

「 夜がほのぼのと明けてゆく。
  ふと外を見やると霞んだ野辺に一面の葵。
  日がさしこんでくると、上に置かれた露がキラキラ光る。
  まるでダイヤモンドガ輝いているようだ。
  それは神々しい光、神の世界。 」

ここでの「あふひ」もフタバアオイです。

葵といえば立葵。
茎は直立して枝がなく2m以上にもなります。
ハート形の葉の付け根に5弁の花を付け、次々と咲き登ってゆき
紅、白、ピンク、紫など色とりどりです。

「 日につれて 咲き上りけり 立葵  」    闌更(らんこう 江戸中期)
















   
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by uqrx74fd | 2015-08-20 18:15 | 植物

万葉集その五百四十一 (朝顔、昼顔、夕顔)

( 何度も交配を重ねた変化朝顔  国立歴史民俗博物館付属 くらしの植物苑 (千葉県佐倉市)
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( ヒルガオ科  空色朝顔   同上 )
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( 昼顔   同上 )
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( 夕顔  自宅 )
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(  朝顔市  東京入谷 )
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万葉集で朝顔を詠ったものが5首あり、通説では桔梗のこととされています。
「顔」と言う字はもともと美しい容貌を言い、転じて花を指すようになったそうですが、
何故「朝顔」が「桔梗」なのか?

「 萩の花 尾花葛花 なでしこの花
   をみなへし また藤袴 朝貌(あさがほ)の花 」 
                     巻8-1538  山上憶良 (秋の七草)

「 朝顔は 朝露負(お)ひて 咲くといへど
    夕影にこそ 咲きまさりけれ 」 
                    巻10-2104 作者未詳

( 朝顔は朝露を受けて咲くというけれども、夕方の光の中でこそ、
  なお一層その美しさが際立つものなのですね。)

先ず、憶良の歌は秋に咲く花7種。
作者未詳歌は夕方になると映える花。
夏の花であり夕べに萎む朝顔はこの2首に該当しません。

さらに、我国最初の漢和辞典「新撰字鏡」(901年頃:僧 昌住著)に
「桔梗、阿佐加保(アサカホ) 又云う 岡止々支(オカトトキ=桔梗の別名)」
の記述があり、中国から朝顔(牽牛花)が渡来したのは平安時代となれば、
キキョウ説が主力となるのは無理からぬところです。

「 君来ずは たれに見せまし 我が宿の
      垣根に咲ける 朝顔の花 」      読み人知らず 拾遺和歌集


 平安時代、垣根に咲くと詠われたこの花は間違いなく朝顔です。

 然しながら、2015年7月31日付 夕刊読売新聞で伊藤重和氏(変化朝顔研究会)が
「 朝顔は奈良時代に薬草として持ち込まれた 」と述べておられ、
もしそうであるならば、下記の万葉歌は朝顔と解釈することも可能になります。

「 わが目妻(めづま) 人は放(さ)くれど 朝顔の
                    としさへこごと 我(わ)は離(さか)るがへ 」 
                                   巻14-3502  作者未詳
( 俺のいとしい人 他人は引き離そうとするけれど
      あのように朝顔のような美しい子を 幾年経(た)とうと離したりするものか )

目妻は愛(め)づる人。
「年さへこごと」は難解で学説が別れますが、「年を経ようとも」の意か。

正式な結婚までいっていないのでしょうか、
周りの人が反対して二人の間を割こうとしているようです。
朝顔は愛しい人を譬えたもの。

「 臥(こ)いまろび 恋ひは死ぬとも いちしろく
               色には出(い)でじ 朝顔の花 」 
                      巻10-2274 作者未詳(既出)


( あなたのことを思い悩んで夜も寝られず毎晩寝返りばかり打っている私。
  万が一、恋患いのまま死んでしまうようなことがあっても、
  朝顔の花が咲くように、はっきりと顔に出すようなことはいたしますまい )

「臥(こ)いまろび」の原文表記は「展転」:「横になってころがる」意で
「激しい嘆きや悲しみの姿態として好んで使われる言葉(伊藤博)だそうです。
「灼然(いちしろく)」は→「いちしるし」→「いちじるしい」と現代語に転訛しました。

心の内に秘めた恋の炎。
激しければ激しいほど決して顔に出すまいと決心する。
この女性に桔梗を当てはめると着物姿のキリリとした姿。
朝顔なら浴衣姿の艶な姿。
どちらも甲乙つけがたい。

「うす曇 遠かみなりを 聞く野辺の
              小草がなかの  昼顔の花 」  木下利玄


万葉集で「貌花」と詠われているものが四首あり、
昼顔、カキツバタ、オモダカ、ムクゲ、キキョウ説がありますが昼顔が有力です。

「 高円の 野辺(のへ)の貌花(かほばな) 面影に
          見えつつ妹は 忘れかねつも 」 
                          巻8-1630 大伴家持


( 高円の野辺に咲きにほふ かほ花
 この花のように面影がちらついて
 あたたを忘れようにも忘れられない )

聖武天皇東国巡幸に従った作者が妻、坂上大嬢に贈ったものですが、
昼顔は朝顔ほど華やかではなくどちらかと言えば地味。
作者は単なる美しい花の比喩で「貌花」と詠ったのかもしれません。

昼顔は全国各地の野原、道端など日当たりの良い所ならどこにでも生える
つる性の多年生草本で、夏になると付け根から花柄を出し、その先端に
5cmほどの朝顔に似た紅紫色の花を咲かせます。

「暮そめて 草の葉なびく 風のまに
     垣根すずしき 夕顔の花 」 
                        拾遺愚草 (藤原定家の私歌集)


夕顔はウリ科の蔓性1年草で、夏の夜に平たく5裂した白い花を咲かせ
翌朝には萎みます。
瓢箪と同属で、干瓢の材料となる植物ですが、夕闇に白く浮かび上がる
優雅な姿が好まれ、源氏物語に

「心あてに それかとぞ見る 白露の
             光そへたる 夕顔の花 」  (夕顔の巻)

と詠われています。

夕顔は残念ながら万葉集には登場していません。

  「 夕顔の うしろの闇の 深さかな 」 池田草衣

以下は 「杉本秀太郎著 花ごよみ 講談社学術文庫」からです。

『 江戸も末近く、文化文政の頃、朝顔は江戸の人の栽培熱をあおりたてた。
    大輪,奇花を咲かせ競うのだ。
    江戸の流行はたちまち日本中にひろがり、とび散った朝顔の種は
    庭にも、垣にも、鉢にも、路傍にも、野ずえにも、それこそ浜の真砂の数ほどの
    花を朝ごとに咲かせるようになった。
    明治の世になると、朝顔はいっこうに珍しい花ではなくなった。』
  
国立歴史民俗博物館に付属する「くらしの植物苑」で毎年7月の終わりから夏の間、
珍しい朝顔が展示されます。
突然変異した様々な朝顔を何度も交配を重ねて生み出された変化朝顔も多く、
江戸時代の栽培熱を彷彿させてくれますが、その再現には大変な苦労が
あったことでしょう。

     「 朝顔の 昔の色の 濃むらさき 」  寺谷なみ女
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by uqrx74fd | 2015-08-13 10:35 | 植物

万葉集その五百四十 (檜扇、今盛りなり)

( 檜扇の蕾  ねじれているのは花が終わったもの  春日大社神苑 万葉植物園)
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( 花が開いた瞬間は黄色です    同上 )
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(  徐々に赤くなってゆく    同上 )
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(  美しく咲きました   同上 )
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(  まだまだ咲きます   同上 )
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( 秋になると莢がふくらむ    同上)
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 ( はじけて黒い種が顔を出す 古代の人はこの玉を 「ぬばたま」とよびました  同上 )
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(  名前の由来となった葉   扇を広げたよう   同上 )
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檜扇(ヒオウギ)はアヤメ科の多年草で、根元から広がる葉が檜で作られた扇に
似ているところからその名があります。
夏になると斑点交じりの黄赤色の美しい花を咲かせますが、夕方に
ねじれた棒のようになって萎む一日花です。

「 よわよわと 咲き始めたる 射千(ひおうぎ)の
    いろかなしきは ただ一日のみ 」       斎藤茂吉

                                                                                        
檜扇は「射千(やかん)」とも書きます。
漢方に由来する名で、乾燥させた根茎を喉や咳の薬として用いています。

秋に莢が弾けて光沢がある黒い種が飛び出しますが、古代の人達はこれを
「ぬばたま」とよびました。
万葉集で「烏玉」「黒玉」と原文表記されているものがあるので
「ぬば」は「黒」を意味するものと思われます。

この黒真珠のような美しい玉に魅了された万葉人は何と!79首もの歌を残しました。
ところが、不思議なことに植物そのものを詠ったものは一首もなく、
すべて黒いものに掛かる枕詞として用いられているのです。
中でも多いのは夜(43首)、黒髪(16首) 他に夜床、黒馬、夜霧、夢、など。

照明がない時代、夜の闇は現代よりはるかに暗くて長い。
恋人と共に過ごす時間は何よりの楽しみであったことでしょう。

「 ぬばたまの 黒髪敷きて 長き夜を
    手枕(たまくら)の上に 妹待つらむか 」 
                            巻11-2631 作者未詳


( 黒髪をふさふさと敷き靡かせながら この長い夜を 手枕にむなしく身をまかせて
 あの子はしきりに待っていることであろうか )

「今夜は行くぞ」と約束したのに何らかの理由で果しえなかった男。
女が黒髪を靡かせて寝ている姿を瞼に浮かべながら一人侘びしく過ごしている。
長い長い夜。
この歌の「ぬばたま」は黒髪に掛かる枕詞ですが艶やかな光沢ある長髪を
靡かせている恋人の官能的な寝姿を想像しながら悶えている男を想起させています。

「 ぬばたまの 夜渡る月の さやけくは
     よく見てましを  君が姿を 」 
                       巻12-30007  作者未詳


( 夜空を渡って行く月が皓皓と輝いていたら
 あの方の顔や姿を心ゆくまで見ることができたのに )

明かりが乏しかった当時、月の光が一番の照明。
その月が雲に隠れていて、愛する男の顔姿が良く見えなかったと嘆く純情な乙女です。

「 ぬばたまの 夜渡る月を おもしろみ
     我が居る袖に 露ぞ置きにける 」 
                        巻7-1081 作者未詳

( 夜空を移りゆく月、 この月があまりにも爽やかなので
 寝ないで楽しんでいるうちに 着物の袖がいつの間にか濡れてしまった )

「おもしろみ」 面白いので

清らかな月の光に魅せられて時間が経つのも忘れてしまった男
ぬばたまの夜は漆黒の闇。
それだけに月の光が美しく感じられたのでしょう。
縁側で一献また一献重ねているうちに、いつのまにか夜が更けてゆく。

「 ぬばたまの 黒髪変わり 白(しら)けても
     痛き恋には 逢ふ時ありけり 」 
                          巻4-573 沙弥満誓(さみ まんぜい)

( 黒髪が真っ白に変わる年になっても
 こんなにも強く惹かれる恋心。
 そんなこともあるのですね。
 あなたが懐かしくって、懐かしくって。 )

筑紫在住の大伴旅人が都へ転任になったのち、作者が旅人に贈ったもの。
よほど心を許しあっていた友人同士だったのでしょう。
男が男に恋人仕立ての歌を贈るのは当時の流行だったらしく、この歌も
友情の強さを吐露したものです。

「 夏草の 野に咲く花の 日扇を 
                  狭庭に植つ 日々に見るかに 」  伊藤左千夫


ここ春日大社神苑 万葉植物園の檜扇は真っ盛り。
一日花ですが蕾が多く、次から次へと咲き続けています。
咲き終わった花はくるくる巻いた棒状に。
秋になれば莢が弾けて美しい玉が顔出すことでしょう。

「 九月になれば 日の光やはらかし
     射干(ひおうぎ)の実も 青くふくれて 」      斉藤茂吉

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by uqrx74fd | 2015-08-06 07:44 | 植物