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万葉集その五百五十二 (秋の夜半)

( 仲秋の名月  )
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( 月に雁  歌川広重展ポスター )
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(  月に雁の希少切手 )
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( 雁  JR和歌山線で  )
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(  雁行   yahoo画像検索 )
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(  白鳥の村 本埜:もとの  千葉県 )
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(  色々な雁 )
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( 秋草  菱田春草 )
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(  武蔵野  菱田春草 )
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「 秋の夜半の み空澄みて
  月の光 清く白く
  雁の群れの 近く来るよ
  一つ二つ 五つ七つ 

 家を離れ 国を出でて
 ひとり遠く 学ぶ我が身
 親を思う 思いしげし
 雁の声に 月の影に 」         佐々木信綱 作詞
                         ウエーバ 作曲 
                      ( 注: 思いしげし:思いがつのる)

少年時代に習い覚えた懐かしい歌。
歌劇「魔弾の射手序曲」の旋律からこのような郷愁をそそる歌詞を生み出した
発想豊かな歌人にして歌学者、佐佐木信綱氏は万葉研究の大家でもありました。

この歌のキーワードは「月の光 雁、別離 親を思う」です。
では、万葉人はどのように詠ったのでしょうか?

まずは月の光からです。

「 ももしきの 大宮人の罷(まか)り出て
          遊ぶ今夜(こよひ)の 月のさやけさ 」
                 巻7-1076 作者未詳

( 大宮人が退出して宴を楽しんでいる今宵の月
この月の何と清々しく爽やかなことか )

「 雨晴れて 清く照りたる この月夜(つくよ)
    またさらにして 雲なたなびき 」 
                   巻8-1569 大伴家持


( 雨が晴れて清らかに照りわたっている月。
 この月夜の空に、雲よ再びまた棚引かないでくれよ )

  また更にして : 折角雨が晴れて月が出たのだから再び
  雲なたなびき : 雲よ棚引くな 「な」は禁止を表す用法

月の光を「さやけく」「清く」と表現した万葉人。
次は雁。

「 秋風に 大和へ越ゆる 雁がねは
   いや遠ざかる 雲隠りつつ 」 
                      巻10-2128 作者未詳


( 秋風の吹く中を大和の方へ越えて飛んでゆく雁は、いよいよ遠ざかってゆく。
  雲に隠れながら )

作者は旅先で故郷大和の方に向かって飛んでゆく雁を眺めているようです。
暮れなずむ空の中、列をなして雁行していく。
あぁ、あの方向に故郷、大和があるのだ。
瞼に浮かぶは懐かしい山川。

最後に別離、父母。

「 忘らむて 野行き山行き 我れ来れど
        我が父母は 忘れせのかも 」
                巻20-4344  商長 首麻呂( あきのをさの おびとまろ)

( 故郷のことなど忘れてしまおうと思って 野を越え山を越えて俺はここまで
 やってきたが、父さん、母さんのことは忘れられないよ )

駿河国の防人が任地大宰府へ向かう途上での歌。
辛い別離を忘れ、これからの任務のことを考えようと、急ぎに急いで
野山を越えた。
しかし、いつのまにか父母のことを思い出している。
作者はまだ独身の若者なのでしょう。
方言を交えた素朴な詠いぶりはが心を打ちます。

このように万葉集を紐解いてゆくと日本人の心情は昔も今も変わらないことを
痛感します。
佐佐木信綱氏もこのような万葉歌を頭に思い浮かべながら作詞されたのでしょうか。

ウエーバの「魔弾の射手」を聞きながら過ごす秋の長夜。
庭の片隅から虫の声が聞こえてきました。

   「 万葉の 世界に浸る 秋の夜半 」  筆者
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by uqrx74fd | 2015-10-30 03:46 | 自然

万葉集その五百五十一 (芝草)

( 芝草 現代名 力芝  山辺の道 奈良)
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(  野の花々   飛鳥 )
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(  同上  芝草は花の引立て役  同上 )
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(  同上  山辺の道 )
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( 同上    同上 )
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( 薊  同上 )
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( 鶏頭   飛鳥 )
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( 彼岸花 露草 吾亦紅  同上 )
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(  ススキ キバナコシモス  同上 )
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「芝草」は現在、力芝(チカラシバ)とよばれるイネ科の多年草で全国各地の
日当たりのよい草原や道端に生えます。
地面にしっかり根を張り、力一杯引っ張ってもなかなか抜けないのでその名があり、
秋に高さ50㎝内外の茎の先にブラシのような紫色の花穂を付けますが地味、
気を付けて観察しないと見過ごしてしまいそうな存在です。
それでも美しい花々の引き立て役、歌の世界では情緒を醸し出す主役となるのです。

万葉集では2首登場し、いずれも道端に生い茂っている雑草として
詠われています。

「 たち変(かは)り 古き都と なりぬれば
      道の芝草(しばくさ) 長く生ひにけり 」
                             巻6-1048 田辺福麻呂
 

( あの華やかな都の様子がすっかり変わり、今や古びた廃墟になってしまった。
 道の芝草も生茂り、伸び放題になっていることよ )

740年 大宰府で藤原広嗣が反乱を起こしたことに衝撃を受けた聖武天皇は
平城京から恭仁京(山背)へ都を遷します。
建物はすべて解体移設され、官人たちも新しい京に異動。
きらびやかな奈良の都は瞬く間に荒廃し、人も馬も通らない道は草茫々となって
しまいました。
最後の宮廷歌人といわれる作者は元正太上天皇が新都に移住する折に長歌とともに
この歌を詠い、去りゆく旧都の地霊を鎮めたものと思われます。

   「 畳薦(たたみこも) 隔て編む数 通はさば
          道の芝草 生ひずあらましを 」
                       巻11-2777 作者未詳


( 畳にする薦(こも)を 隔て隔てして編む、 その編み目の数ほど頻繁に
  通って下さったら 道の芝草も生い茂ったりしなかったでしょうに )

畳薦(たたみこも)はイネ科のマコモで編んだむしろのような敷物。
竹の小片で作った筬(おさ)という道具を用いて編みますが大変根気がいる仕事です。
「 私のもとに通ってくれなくなってからどれくらいになるのかしら。
  あまりにも間遠くなったので、通い道が草茫々になってしまった。
  はぁー。」
と、誠意なく遠のいた男を恨む女です。

いささか大げさな詠いぶりで、宴席での余興歌であったかもしれません。

「 訪(と)ふ人も あらし吹きそふ 秋は来て
      木の葉に埋(うづ)む  宿の道芝 」 
                      俊成卿女(藤原俊成の孫娘) 新古今和歌集


( もはやあの人は訪れてこないでしょう。
 ただでさえ淋しい上に嵐が吹く秋がやってきて、
あの方が踏み分けてきた私の家の道芝は、木の葉に埋もれてしまいました )

平安時代になると芝草は道芝と詠われ、道端に生える草の総称になります。
この歌では丈の短い芝。

「訪ふ人もあらじ」「あらし吹きそふ」と、「あらし」に「嵐」と「有らじ」を掛け、
王朝時代の洗練された恋歌となっています。

一見地味な存在である道端の雑草ですが、歌人の興趣を引くのか、
今もなお四季折々の情景や野焼きの芝まで広がりを見せて詠われており、
逞しい生命力の強さを誇っているようです。

  「 枯芝の 土手の日当たり をりをりに
           土の乾きの こぼるるけはい 」   島木赤彦


ある冬の一日。
ポカポカと暖かい日ざしをうけ、かすかに湯気でも立っているのでしょうか。
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by uqrx74fd | 2015-10-22 19:42 | 植物

万葉集その五百五十 (稲によせる恋)

( 彼岸花咲く棚田  飛鳥 稲渕  奈良県 )
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( さぁ、稲刈りだ   藤原宮跡近くで 後方耳成山 奈良県 )
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( 案山子路  飛鳥 稲渕 )
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( 巨大なシンボル案山子  稲渕太郎  同上 )
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(  早乙女   同上 ) 
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(  モゥさんもお手伝い    同上 )
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(  収穫  同上 )
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(  稲架 脱穀  同上 )
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(  あぁ 疲れた お休みにしましょう  同上 )
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( お母さんと一緒に  同上 )
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(  可愛い子犬も   同上 )
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(  鳥も一緒  同上 )
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万葉集で稲、田,穂など稲作に因む歌は58首あり、新田開墾、田植え、雨乞い、
鳥獣害駆除、刈り取り、稲搗き、新嘗神事など、様々な作業や行事について
詠われています。
ところが作業そのものや労働の苦しさを詠ったものはほとんどなく大半が恋の歌。
中には次のようなユーモアたっぷりのものまであるのです。

「 魂(たま)合えば 相寝る(あひぬる)ものを 小山田の
   鹿猪田(ししだ)守(も)るごと 母し守(も)らすも 」
                               巻12-3000  作者未詳


( お互いの気持ちが通じ合えば共寝できるというのに、あの子の母親め!
 まるで田んぼを荒らす鹿猪(しし)から田を守っているように
 あの子の見張りをしているんだ )

稲の収穫を前にして獣害から守るには柵を作り鳴子を張り巡らせ、
場合によっては交替で寝ずの番をしていたかもしれません。

好きな女となんとか寝たいと思っているが、稲を守るがごとく
娘の行動を厳しく監視している母親。
なかなか接触する機会がないと嘆く男。
古代、家庭における母親の力は絶対的なものでした。

「 住吉(すみのえ)の 岸に田を墾(は)り 蒔きし稲
     かくて刈るまで 逢はぬ君かも 」 
                          巻10-2244 作者未詳


( 住吉の崖の上まで田を切りひらいて蒔いた稲。
 その稲をこうして刈り取るまでになったのに、
 あの方は一向に逢って下さらない )

農具が少なかった時代、新田を開墾するのは大変な仕事でした。
しかも崖っぷちともなればなおさらのことです。
稲を収穫するまでには長い時間が必要だったことでしょう。
愛する男と逢えないと嘆きながらも、心待ちにする女。
 ひよっとしたら心変わりしたかもしれないと不安がよぎる。

「 鶴(たづ)が音の 聞こゆる 田居(たゐ)に 廬(いほ)りして
    我れ旅なりと 妹に告げこそ 」 
                            巻10-2249 作者未詳


(  鶴の鳴き声が聞こえる田んぼに仮住まいしている私。
   鶴よ!一人家を離れて暮らしていると伝えておくれ )

遠く離れたところで仮住まいしながら農作業にいそしむ男。
何かの事情があって居所を知らせていない?
折柄の鶴の鳴き声。
急に寂寥を感じ、家が恋しくなり鶴に伝言をして欲しいと呟く。

古代、鶴は全国どこでも見ることが出来たようです。

「 春霞 たなびく田居に 廬(いほ)つきて
    秋田刈るまで 思はしむらく 」
                  巻10-2250 作者未詳


( 春霞がたなびくころに仮小屋を作ってから 秋の田を刈るころになるまでも
 ずっと私をいらいらさせ続けるとは )

住処から遠く離れたところに田があり、仮小屋を作って住んでいるようですが、
大きな仕事は田植えと刈り取り。
他は時々見廻り、雑草を摘み、虫害など異常がないか様子をみる程度でよかったと
思われます。
作者は恋人におちおち会えないといらだっているようですが、女の方が
心変わりしたのかもしれません。

「 秋田刈る 仮廬(かりいほ)作り 廬(いほ)りして
      あるらむ君を 見むよしもがも 」 
                    巻10-2248 作者未詳


( 秋の田を刈るために 仮小屋を作って 今ごろ仮住まいしていらっしゃるあの方。
 お逢いできる手だてがあるといいのに )

こちらは一途に想い続ける純情な乙女。
一人で男に逢いに出かけるには危険が伴う古代の道中です。

どの歌も大らかな恋を詠っていますが、古代の農作業が辛くなかったはずがありません。
冷たい水の中での長時間の田植、あかぎれ、虫さされ、時には熊や猪に襲われ
命の危険を感じたこともありましょう。
さらに日照りによる水不足、収穫期寸前の台風や嵐。
しかも収穫した米の大半は税として貢納し、自分たちは稗や粟を食べていたのです。

彼らにとっての最大の拠りどころは家族であり恋人。
周囲の暖かい愛情があったからこそ、辛い仕事にも堪えられたのでしょう。

   「 見下ろせば 里は稲刈る 日和かな 」  正岡子規
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by uqrx74fd | 2015-10-15 19:36 | 心象

万葉集その五百四十九 (野の花 恋の花)

( カワラナデシコ  飛鳥 奈良 )
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( オミナエシ  奈良万葉植物園 )
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( キキョウ   同上 )
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(  葛:くず     同上 )
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( スミレ   山の辺の道  奈良 )
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(  ヨメナ  般若寺   奈良 )
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( 矢車草    山の辺の道   奈良 )
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( ナンバンギセル    奈良万葉植物園 )
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( 翁草   yahoo画像検索 )
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(  ヤブカンゾウ  国営昭和記念公園 )
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(   キバナコシモス  蝶と蜂の戦い  奈良万葉植物園 )
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(  ヒオウギズイセン   山の辺の道  奈良 )
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(  ヒオウギ:檜扇     奈良万葉植物園 )
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万葉集4500余首中、草花や木を詠ったものは約1700首、全体の38%を占めます。
その中で植物名が特定できるものは150種類。
それ以外に単に草と詠われているものが142首、花が73首もあります。
それはどのような草花だったのか、歌った人にしか分かりませんが、
その雰囲気から想像してみるのも楽しいものです。

「 恋草を 力車(ちからくるま)に七車(ななくるま)
     積みて恋ふらく 我が心から 」 
                    巻4-694 広河女王(ひろかはのおほきみ)


( 刈れども刈れども生い茂る恋草 それを荷車七台に積むほど
 恋の思いに苦しんでおります。
 そんなにも あなたを心から慕っているのですよ )

作者は天武天皇の曾孫。
祖父は穂積皇子(天武天皇の子)、父は上道 王(かみつみちの おほきみ)。

恋の相手は大伴家持のようですが、いささかおどけたような大げさな詠いぶりで、
本気ではないのかも知れません。

流れるような軽やかなリズム。
恋草という造語も美しい。
どんな花を当てればこの歌にぴったりなのでしょうか。
野原一面に咲くヨメナ、それともスミレ,矢車草 ?

「 咲く花は 過ぐる時あれど 我(あ)が恋ふる
      心のうちは  やむ時もなし 」 
                          巻11-2785 作者未詳(既出)


( 咲く花はいずれは散って消える時がありますが
 我が心の恋心は 一時も途絶えることがありません )

初恋なのでしょうか。

花は移ろうが我が恋は不滅と詠う乙女。
咲く花はカワラナデシコか桔梗か。

「 このころの 恋の繁(しげ)けく 夏草の
    刈り掃えども 生(お)ひしく ごとし 」
                     巻10-1984 作者未詳


( 今日このごろの私の人恋しさの激しさときたら
  夏草をいくら刈り掃っても あとからあとから生えてくるようなものだ )

次から次へと生えてくる強靭な夏草の生命力といえば葛でしょうか。
葛の根は御存じ葛餅、葛湯の材料です。

「 芝付(しばつき)の 御宇良崎(みうらさき)なる ねつこ草
       相見(あいみ)ずあれば 我(あ)れ恋ひめやも 」
                             巻14-3508 作者未詳 (既出)

 ( 三浦崎に咲くねっこ草のような可憐なあの娘ととうとう共寝してしまった。
  ますます想いが募って仕方がないよ。
  あの娘と会うことがなかったらこんなに思い焦がれることもないのに
  一目惚れだよ。これは )

 芝付の御宇良崎は神奈川県の三浦半島とされています。

花茎より根の方が長いところから名付けられた「ねっこ草」
女性の姿態を思わせる花姿から「寝っ娘(こ)」即ち
共寝した娘と掛けて詠われます。

「ねっ子草」は諸説ありますが翁草(おきなぐさ)説が多数です。
花は紫掛かった深紅色で釣鐘形。

うつむき加減に咲くその姿は可憐な女性を連想させ、花期が終わると
花柱が白い羽毛状に変わり、それを白頭の老人にみたてて翁草というそうです。
大名行列で奴が持つ毛槍の穂先や禅僧が持つ払子(ほっす)に例えられる事も
あります。

「 道の辺(へ)の 尾花が下の 思ひ草
    今さらさらに 何をか思はむ 」 
                           巻10-2270 作者未詳


( 道のほとりに茂る尾花の下で物思いにふけっているように咲く思ひ草。
  その草のように俺様はもう今さら思い迷ったりなどするものか )

ススキの葉の風にそよぐ音。
サラサラが「今さらさらに」の語を引き出すように詠われ、
リズム感がある一首です。
色々な障害を乗り越えた男が女と結婚する決心をして決意表明した歌ともとれます。

「思ひ草」とは何か?
リンドウ、露草、女郎花、など諸説ありましたが、「尾花が下の思ひ草」
つまり、ススキに寄生する姿を詠っていることが決め手となり、
現在ではナンバンギセルが通説となっています。

漢字で「南蛮煙管」と書き、南蛮から渡来した煙管(きせる)の雁首に
花の形が似ているとことからその名があるそうです。

ハマウツボ科一年草の寄生植物で、ススキの他、ミョウガ、サトウキビ
などの根元に生え、その根から養分をとっています。
そのため葉緑素がなく、葉はわずかにあってもほとんど見えません。

秋になると紫紅色の花を咲かせますが、その先端が首をかしげて
物思いにふけっている様子から、古代の人たちはこの植物を「思ひ草」と
よんでいたと思われます。

「 忘れ草 我が下紐に 付けたれど
       醜(しこ)の醜草 言にしありけり 」 
                          巻4-727 大伴家持


(恋忘れの草 その草を着物の下紐にそっとつけてみたが
 とんでもないろくでなしの草だ。
 忘れ草とは名ばかりだった )

大伴坂上大嬢に贈った歌。

忘れ草とは萱草とされています。
古代の貴族は中国の文献、特に詩経、文選などで
「萱草の美しい花を見て憂いを忘れる」「忘憂」などの文言を学び、
「萱草」をそのまま「忘れ草」と訓み習わしました。
「萱」という字には「忘れる」という意味があるそうです。

萱草はユリ科ワスレグサ属の多年草で真夏にオニユリに似た黄赤色の花を咲かせます。
八重咲き、赤色の花はノカンゾウ、赤褐色はヤブカンゾウです。
万葉人は憂いや悲しみを忘れるためにその花を身につけたり庭に植えたりしたのです。

   「 萱草や 昨日の花の 枯れ添える」   松本たかし
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by uqrx74fd | 2015-10-08 16:32 | 心象

万葉集その五百四十八 (にこ草)

( ハコネシダ  小石川植物園 )
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( 同上  奈良万葉植物園 )
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(  同上、観賞用 アジアンタムと呼ばれている  yahoo画像検索 )
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(  アマドコロ  奈良万葉植物園 )
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(  アマドコロの花     yahoo画像検索 )
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「にこ草」とは「柔らかい草」の意で、現在のイノモトソウ科の「ハコネシダ」、
ユリ科の「アマドコロ(甘野老)」の2説ありハコネシダ説が有力です。

「ハコネシダ」は江戸時代、オランダ使節の随員であったケンフエル(博物学者、医者)が
箱根で採集し、産前産後の特効薬としたことから知られるようになり、
「和蘭草(オランダソウ)」ともよばれ、また、葉が黄緑色で扇形に広がり、
銀杏に似ているとことから「銀杏草」「銀杏忍(いちようしのぶ)」の別名もあります。

色、形が美しく育てやすいので、近年「アジアンタム」の名で栽培種が出回り、
鑑賞植物として人気を博しているようです。

万葉集で詠われている「にこ草」は4首。
小さな葉がニコニコ笑っているようにも見え、いずれも明るく愉快な恋の歌ばかりです。

「 足柄(あしがり)の 箱根の嶺(ね)ろの にこ草の
    花つ妻なれや 紐解かず寝む 」 
                          巻14-3370 作者未詳(既出)


( お前さんは箱根山の高嶺に咲いている「にこ草」かい。
 まるで手が届かない聖女、花妻みたいじゃないか。
 おれと寝るのが嫌なの?
 そうでないなら、紐を解いて一緒に寝ようよ。
 それとも 体の具合が悪いのかい?)
  

何らかの事情で妻から夜の共寝を拒絶された男の嘆き節。
「花つ妻」という美しい造語は清純な乙女を想像させ、神祭りの時などに
触れてはならない期間の妻、あるいは月の障りかもしれません。

当時、箱根で多く咲いていたのでしょう。
ハコネシダ説を裏付ける根拠になっている一首です。

「 葦垣(あしかき)の 中の にこ草 にこよかに
    我れと笑(え)まして 人に知らゆな 」 
                       巻11-2762 作者未詳


( 葦垣の中に隠れている にこ草。
 その名のように にこよかに私にだけ微笑みかけて下さいな。
 決して周りの人にそれと知られないようにね )

恋は秘密にと言うのが当時の鉄則。
人の噂になるとその恋は成就しないと信じられていた時代です。
初恋なのでしょうか。
憧れの目ざなしで夢みるような うら若き乙女です。

「 秋風に 靡く川びの にこ草の
    にこよかにしも 思ほゆるかも 」 
                      巻20-4309 大伴家持


( 秋風に靡く 川辺の にこ草ではないが
 もう秋風が吹きはじめたかと思うと にこにこ嬉しさがこみあげてくる)

この歌に
「七夕の歌、一人 天の川を仰ぎて作る」との詞書があります。

牽牛、織姫の待ちに待った再会に思いをいたしながら、自身も恋人との
逢い引きを頭にえがいているようです。
相好を崩しながら詠っている作者の様子が目に浮かぶ一首。

「 射(い)ゆ鹿(しし)を 認(つな)ぐ川辺の にこ草の
    身の若かへに さ寝し子らはも 」
                           巻16-3874 作者未詳


( 昔、狩りで矢を射立てた手負いの鹿の足跡を追って歩き廻ったものだ。
 そうそう、川のほとりで「にこ草」が咲いていた。
あの草のように俺もまだ若かったなぁ。
共寝した可愛いあの子は今頃どうしているだろうか  )

若き日の甘い恋を回想している一老人。
ここでの にこ草は柔らかい若草。
その上で一緒に寝たのです。

「認(つなぐ)」は「綱」と同根 足跡を追って追い求めるの意。
手負いの鹿は水を飲みに里へ出て斃れる習性をもつのだそうです。
「身の若かへに」 わが身が若かりし頃
 
男は好きな女性を見かけ、驚かそうと息をつめて後を追っていた?
鹿狩りに寓した野性の恋。

4首の「にこ草」には箱根、蘆垣、川のほとり(2首)と生育地が示されています。
箱根は別にして他の3首は、ハコネシダと断定するにはいささか無理があります。
シダ類は岩壁にへばりつくように生え、花も咲きません。

そこで出てきたのは「アマドコロ」説。
初夏に細長い釣鐘形の白い小花を咲かせます。
根茎は食用になり甘味があるので「甘野老」という漢字があてられ
「アマドコロ」と訓みます。

古くは「エミクサ」とよばれたことが「にこ草」説の根拠になっていますが
これは「海老草」(えびくさ)が訛ったもので「笑み草」ではありません。
根が肥厚して横に這う姿が海老に似ているところからその名があります。

漢方で強精剤として使われており、飲むと元気になるので「笑み草」?
いやいや、これは無理、無理。

結局のところ「にこ草」は 最初の歌はハコネシダ、残る3首は
柔らかい草の総称と考えるしかないようです。

  「 にこ草の 笑みにあふれる 恋心 」  筆者























 
   
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by uqrx74fd | 2015-10-01 19:39 | 植物