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万葉集その五百七十三 (恋のおもしろ歌 2)

( 恋の歌に登場する花  カワラナデシコ )
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(   同   ササユリ )
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(   同    合歓:ねむ  )
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( 同  檜扇:ひおうぎ )
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(  同  ヒメウツギ )
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( シエーの出典は万葉集 )
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(  万葉人のシエー  ??   奈良万葉文化館 )
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(  天平の伎楽面 )
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万葉集で恋は「孤悲」と漢字表記されているものが多く見られます。
結婚していても男が女の許に通う時代、お互いに会えるのは月に1~2回。
女は男が訪ねて来るのを今か今かと待ち続け、男は
「彼女は今頃どうしているだろう、他の男に心を奪われていないだろうか」
などと気をもみ、お互いに悶々と「独り悲しむ」のが昔の恋でした。

お互いの気持ちを伝える手段は歌しかありません。
それも使いに持たせ、返事を今か今かと待ち続ける。
まどろっこしいこと限りなしです。

ところが現実は ままならぬもの。
予想もしないことが次から次へと出て参ります。
相手が思ってくれていると信じていたのに片想いだった、あるいは心変わり、
嫉妬、はては人妻まで懸想する男も珍しくなく、また逆に妻子持ちの男に
惚れる女に一夜妻。
このような気持ちを万葉人は実に率直に詠っています。

後世の歌集では絶対見られない珠玉の赤裸々な表現。
しかも庶民がこのような歌を1300年前に詠い、万葉集に残されているとは、
正に奇跡に近いといえましょう。

まずは、男と約束をしたのに、いくら待っても来ないと激怒する女の歌から。

「 我が背子が 来むと語りし 夜は過ぎぬ
    しゑや さらさら しこり来めやも 」
                           巻12-2870 作者未詳

( 「今夜行くよ」と約束したのに!
  もう夜が更けてしまった。
  シエ-ッ! もう今さら 間違っても来るもんか! )

「さらさら」 今さら  
「しこり」 間違っても

何と!赤塚不二夫の人気漫画「おそ松くん」の決まり文句「シェ-ッ」が
万葉集に出ているとは、びっくり仰天。
まさか、この歌からヒントを得られたのではありますまいね。

尤もここでの「しゑ-や」は少しニユーアンスが違い「コン畜生」くらいの
意味でしょうか。
作者は気性の激しい女性だったようですが未練が断ち切れない気持が漂います。

「 悩ましけ 人妻かもよ 漕ぐ舟の
      忘れはせなな  いや思ひ増すに 」 
                           巻14-3557 作者未詳

( 悩ましい人妻だなぁ。
 漕ぎ行く舟のように遠く離れ去るどころか、いつまでも忘れ去ることが出来ない。
 いよいよ益々想いがつのるばかりだぜ )

東国あたりの方言まじりの歌。
作者は漁師なのでしょうか?
色気たっぷりの人妻のうしろ姿を見つめながら、ヒユ-とからかいの口笛を吹く。
そんな場面を彷彿させるような1首です。

憧れの目ざなしで眺めているだけなら問題ないが、抑えきれず次のような不埒な男も。

「 人妻を何(あ)せか 其(そ)をいはむ 然(しか)らばか
     隣の衣(きぬ)を 借りて着なはも 」 
                             巻14-3472 作者未詳(既出)

( 何だって! 人妻と寝てはいけないって! 
 なんでそんなことを言うんだよ!
 隣の家の着物を借りて着るなんて毎度のことじゃん。
 まぁ同じようなこった。
 気にしない、気にしない。)

大らかなものですなぁ。
当時、上流階級では不倫は厳禁、とは云え一夫多妻の時代です。
庶民にとってはお遊び感覚が強かったのかもしれません。

「 恋ひ死なば 恋ひも死ねとか 我妹子(わぎもこ)が
       我家(わぎへ)の門(かど)を 過ぎて行くらむ 」 
                             巻11-2401 作者未詳


( 恋死(こいしに)したければ 勝手に焦がれ死んでしまえという気なのか。
 惚れて惚れぬいているあの子が、俺の家の前を知らん顔して
 素通りして行くなんて。)

永井路子さんは
『  ほっそりした腰つきの、しかし、どこか男をひきつけずにはおかない
   セクシュアルな魅力を漂わせている冷たい眼差(まざなし)の美女。
   彼女は男の心は百も承知なのだ。
   知っていて、わざと冷たくするのである。
   男の胸はかきむしられる。
   まったくの拒否かといえば、そうでもないような思わせぶりな彼女の
   態度に、男は完全に引廻されている感じである。 』

 さすが女流作家、想像力豊かな解説です。(万葉恋歌 光文社)

「 こなた思えば千里も一里 
                逢わず戻れば一里が千里 」   (山城国歌謡)


         万葉集遊楽(恋のおもしろ歌2)  完

    「恋のおもしろ歌1」は 万葉集遊楽その6 をご参照下さい。

    次回の更新は4月1日(金) です。
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by uqrx74fd | 2016-03-24 07:51 | 心象

万葉集その五百七十二 (春の恋歌:相聞)

( 恋歌に登場する花   桜 )
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(  同上  つつじ )
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(  同上   梅 )
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(  同上   朱華:ハネズ 庭梅 )
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(  同上    桃  )
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(  同上   スミレ )
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(  同上   ミツマタ )
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(   同上  )
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(  同上   ヨメナ )
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(  同上  カタクリ )
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万葉集は大きく分けて雑歌、相聞、挽歌に分類されています。
雑歌は雑多という意味ではなく公的色彩が濃い天皇や宮廷に関する各種儀礼、行幸
饗宴などを中心とした歌で約1560首。

挽歌は亡くなった人を悼む歌で267首、「挽」は人を葬るときに柩(ひつぎ)を
挽(ひ)く者が歌うことに由来します。

相聞(そうもん)は本来「互いに相ひ聞く」つまり、歌の贈答、音信、安否を問うなど、
男女の恋、親族、肉親、友人等との歌のやり取りをいいますが、
もともと記紀歌謡にみられる歌垣や妻問いのときの男女の掛け合い歌から
出発したものとされているため、1750余首中男女の恋歌が約1670首、
95%という圧倒的な量を占めているので、現在は相聞=恋の歌と理解されているようです。

「 冬こもり 春咲く花を 手折(たを)り持ち
       千(ち)たびの限り 恋ひわたるかも 」(女歌)
                                巻10-1891 柿本人麻呂歌集


( 冬が去り春に咲いた花 その花を手折り持ち
 あらんかぎりの心であなたを恋慕っております。)

厳しい冬が過ぎ去り、今が盛りと咲く花。
その一枝を手折り持ち、愛する男を想う乙女。
花は梅か桜か?
梅ならば凛として楚々と立つ姿、桜なら艶やかな風情を思い起こさせ、
一幅の美人絵を見るような情景です。
 
「 霞立つ 春の長日(ながひ)を 恋ひ暮らし
     夜も更けゆくに 妹に逢はぬかも 」 (男歌)
                           巻10-1894 柿本人麻呂歌集


( 霞がたちこめる春の長い日。
 今日は一日中恋焦がれて過ごし、夜もだんだん更けてきた。
 あの子がひよっこり現れて逢ってくれないものかなぁ )

妻問い婚の当時、女性から男を訪ねることはありません。
男は遠く離れたところにいて、愛する女の夢でも見たいと云っているのか?
それとも二人の間に親が反対するなど何か障害があり、
悶々としているのでしょうか。
「霞立つ」が男のもやもやした気分を表現しているようです。

「 出(い)でて見る 向(むか)ひの岡に 本(もと)茂く
      咲きたる花の ならずはやまじ 」 (女歌)
                                 巻10-1893 柿本人麻呂歌集


( 家から出てすぐそこに見える向いの岡に、根元までびっしり咲いている花。
 その花が実を結ぶように、私の恋もきっと成就させてみせますよ )

どんな困難なことがあっても乗り越えて、あの方と結ばれてみせますと
花咲く丘を眺めながら誓う乙女。
いじらしいですね。

言葉に出すと恋は成就しないと信じられていた時代。
歌はお互いの気持ちを伝える唯一の手段でした。
歌に託してお互いの気持ちをぶっつけ、募る想いを訴える。
時には駆け引きしたり、恨み言を言い、未練を残し、失恋の断腸の想いを詠う。

あまり婉曲だと鈍感な相手には伝わらず、直截すぎるのもはしたない。
人々は幼い頃から歌の手ほどきを受けていたのでしょう。

東歌や防人歌が残されているのは、中央から派遣された役人が寺子屋のようなところで
農民や職人に手ほどきをし、さらにその土地の産物を税として納めるときには
必ず歌を添えさせ、その地方の実情を把握することに努めた成果とも伝えられています。

万葉集に残る多くの庶民の歌は、このような地道な教育によって支えられていたと
いえましょう。

「 万葉集 いにしへびとの 恋心
            身も染まりつつ読む  春日かな 」    筆者


この歌は次の歌を本歌取り?したものです。
牧水さん! ありがとうございました。

「 万葉集 いにしへびとの かなしみに
          身も染まりつつ読む  万葉集 」  若山牧水 
 


    (  万葉集572 春の恋歌 :相聞   完 )

      次回の更新は3月25日(金) です。
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by uqrx74fd | 2016-03-18 16:30 | 心象

万葉集その五百七十一 (霞立つ春)

( 朧月夜   春日山  奈良)
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( 春霞  後方 金剛葛城山脈 山の辺の道から  奈良 )
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( 同上 )
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( 高円山   同上 )
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( 二上山  山の辺の道から  同上 )
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(  同上  )
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( 桜、桃 山の辺の道 後方の山々は霞で見えない )
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(  大和三山  山の辺の道から )
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( 御蓋山   奈良春日野から )
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( 三輪山  奈良 )
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( 天の香久山  藤原京跡  奈良 )
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「 春はきぬ 春はきぬ
  霞よ雲よ 動(ゆる)ぎいで
  氷れる空を あたためよ
  花の香おくる 春風よ
  眠れる山を 吹きさませ 」           (島崎藤村 春の歌)

「 ねむげの春よ さめよ春
  さかしきひとの みざるまに
  若紫の朝霞
  かすみの袖を みにまとへ
  はつねうれしき うぐひすの
  鳥のしらべを うたへかし 」          (島崎藤村  佐保姫)

昔々、奈良の佐保山に春の女神がおわすと信じられていました。
その方の名を佐保姫と申します。
藤村さんは、「佐保姫に気付かれないよう、そっと薄紫色の霞の衣を身にまとわせよ」
と詠っています。
春風駘蕩、ほのぼのとした気分にさせてくれる美しい詩です。

「霧、霞、朧」
これらはいずれも同じ自然現象ですが、歌や文学の世界では立春を境に
今まで霧とよばれていたものが、昼は霞、夜は朧という優雅な言葉に変身します。
寒そうな霧からほんわかと暖かそうな春霞と朧。
たった一字の漢字が変わるだけで全く違う雰囲気を醸し出す。
語感の妙、万葉人の造語の豊かさです。

「 ひさかたの 天(あめ)の香具山 この夕べ
       霞たなびく 春立つらしも 」 
                       巻10-1812 柿本人麻呂歌集(既出)

(  この夕べ、天の香久山に霞がたなびいている。
       いよいよ春が来たのだなぁ )

藤原京に近い聖なる山、香久山の立春の頃の長閑な風景を、美しい調べ、
堂々たる風格で詠った名歌です。
「この夕べ」の「この」で「今日の夕べ」という時をはっきり限定し
「春立つらしも」と詠い収め「暦が春になったその日」即ち
「立春」を寿ぎ、五穀豊穣を予祝する国見歌でもあるともされています。

「 巻向の 檜原(ひはら)に立てる 春霞
    おほにし思はば  なずみ来めやも 」 
                           巻10-1813 柿本人麻呂歌集


( ここ巻向の檜原にほんわかと立ちこめている春霞
 その春霞のように、あなたのことをぼおぅといい加減に思っているのなら
 なんでこんな歩きにくい道を、そんなに苦労してまで来ましょうか。
 あなたが好きで好きでたまらないからなのですよ。)

この地に愛人がいて足しげく通っていた人麻呂。
彼の想いを告白した一首と思われますが、伊藤博氏は前掲の歌が国見歌であり、
相聞的発想をとることによってその場所を賛美したもの(万葉集釋注5)ともされています。

檜原は高台にあり、大和三山、二上山、金剛葛城山脈が臨まれる絶好の地。
伊勢神宮ゆかりの檜原神社が鎮座まします。

「 春霞 たなびく今日の 夕月夜(ゆふづくよ)
    清く照るらむ 高松の野に 」 
                            巻10―1874  作者未詳


( 春霞がたなびいている中で淡く照っている今宵の月は
 あの高松の野あたりも、さぞ清らかに照らしていることであろう )

高松は春日山の隣、高円(たかまど)。
作者は朧月を眺めながら、高円の野の情景を想像しています。
ひよっとしたら この辺りに恋人がいたのかもしれません。
美しい女性を照らす月。
ロマンティックですね。

「 春霞 井の上ゆ直(ただ)に 道はあれど
     君に逢はむと た廻(もとほ)り来(く)も 」 
                            巻7-1256 作者未詳


( 水汲み場のあたりから我家までまっすぐに道は通じているけれど
  あの人に逢いたくて回り道をしてきたのよ )

水道などなかった時代、共同井戸へ水を汲みに行くのは若い女性の仕事でした。
重くて大変な作業ですが外へ出るには絶好の機会。

「好きなあの方に逢いたい!
遠回りして行こう。
ひよっとしたら逢えるかもしれないわ 」

と胸をわくわくさせている可憐な乙女です。

井の上ゆ: 井戸のほとり 「ゆ」は起点を示す
たもとほり(た廻り) : 迂回して

 「 春なれや 名もなき山の 薄霞 」 芭蕉

万葉集で詠われた霞は79首(うち春霞18首)。
炭火や薪などで暖を取り、衣類を何重にも着込んで厳しい寒さを
耐え忍んでいた人々は如何に春到来を待ち望んでいたことか。
まだ寒さが残る早朝、山々に紫色の霞が棚引いているのを見て、
思わず「おぁ!春だ、春が来た」と歓声をあげたことでしょう。

「 風鐸の かすむとみゆる 塔庇(とうひさし)」 飯田蛇笏

                                     以上

             次回の更新は3月19日(土)です
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by uqrx74fd | 2016-03-11 06:56 | 自然

万葉集その五百七十 (春菜美味し)

( 早蕨:さわらび  小石川植物園 )
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( 蕨とカタクリの花  森野旧薬園  奈良県 )
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( わらび餅  二月堂内の茶店で 奈良 )
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( 芹    奈良万葉植物園 )
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( 芹の花 夏開花   同上 )
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( ゼンマイ  小石川植物園 )
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( 土筆  又兵衛桜の近くで  奈良県 榛原市 )
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( ヨモギ  葛城古道  奈良県 )
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( ヨモギ餅  長谷寺参道で  奈良県 )
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( 蕗の薹    青森ねぶたの里で )
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( 雪間の菜の花 )
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「 春はきぬ 春はきぬ
  浅緑なる新草(にひぐさ)よ
  とほき野面(のもせ)を 画(えが)けかし
  さきては紅き 春花よ
  樹々(きぎ)の梢を 染めよかし

  春はきぬ 春はきぬ
  うれひの芹の 根を絶えて
  氷れる なみだ今いずこ
  つもれる雪の 消えうせて
  けふの若菜と 萌えよかし 」      ( 島崎藤村 春の歌 )

           (うれひの芹) : 憂ひせりと芹を掛けている

雪がまばらに残る早春の野山で頭をもたげるワラビ、ゼンマイ、蕗の薹。
春の日射しを受けながらスクスク育つセリ、ヨモギ、ニラ、ノビル。
古代の人達はこれらの野菜は栄養価が高く、病気への抵抗力を強くする
薬効成分が多いことを長い間の経験で会得していました。

野菜不足の冬、人々は春の兆しが見えるやいなや、喜び勇んで萌え出づる
春菜を摘みに出かけたのです。

「 -娘子(をとめ)らが 春菜摘ますと 
  紅の 赤裳の裾の 
  春雨に にほひひづちて 通ふらむ 
  時の盛りを- 」    
                  巻17-3969 大伴家持(長歌の一部)

( 乙女たちが 春菜を摘もうと 
 紅の赤裳の裾が
 春雨に濡れて 
 ひときは照り映えながら 
 行き来している
 春たけなわの時  )

「摘ますと」は敬語で「摘まれるとて」 仙女を意識してか。
 ここでは通常語訳とした
「にほひひづちて」 濡れて色がいっそう引き立つさま
「ひづちて」は 濡れて

この歌は作者が大病を患った時、心の友、大伴池主に贈ったもので、
このような美しい光景が見ることが出来ないのは残念だと述べています。
春菜摘みは乙女たちの待望の楽しみであり、その様を見る男達にとっても
何よりの目の保養であったことでしょう。

「 いざけふは をぎの やけ原かき分けて
    手折(たおり)てを来む 春のさわらび 」      賀茂真淵

( いざいざ、今日は荻を焼いた野原をかき分け、頭を出している
      早蕨を手折ってこようぞ )
                       「手折りてをこむ」  手折ってこよう

早蕨とは芽生えたばかりのワラビ。
まだ葉がまいているころの茎は柔らかくアクも少なくて美味い。
灰を加えた水に二日ばかり浸してアクを抜き、ゆでて切りそろえ
昆布締めにして一日寝かすと絶品の酒の肴になり、また乾燥させて保存食にしたのち、
戻して和え物や煮物にします。

「 煮わらびの 淡煮の青を 小鉢盛 」 木津柳芽

8~9月頃、根をとって澱粉の原料にしたものが、ワラビ粉で、
ワラビ餅などに加工されます。
きな粉をつけて食べたり、黒蜜を加えたり、美味しいですねぇ。

「 大仏蕨餅 奈良の春にて 木皿を重ね 」 河東碧梧桐

万葉集での早蕨は一首のみですが、次の歌は屈指の名歌とされています。

「 石(いわ)走る 垂水の上の さわらびの
      萌え出づる 春になりにけるかも」  
                      巻8の1418 志貴皇子(既出
)

( しぶきをあげながら岩の上を流れる水がキラキラ光っている。
 水音も清々しい滝のほとりに ほら、早蕨が芽を出しているよ。
 あぁ、もう春だ。
 待ちに待った春がとうとうやってきたねぇ )

垂水は瀧、躍動するような軽やかなリズムが心地よく、春到来の喜びを
大らかに詠っています。
このような名歌は現代訳にすると趣が削がれ、ゆっくり口誦するに限るようです。

作者は天智天皇の皇子、当時、天武系が幅をきかす中、肩身の狭い存在でしたが、
天武の血統が絶えた後、その子白壁王が光仁天皇となり現在の皇統に続いております。

「 さすたけの きみが みためと ひさかたの
      雨間に出でて つみし 芹ぞこれ 」    良寛


( あなたさまのために 雨降る中で摘んでまいりました芹ですよ。
  これは )

「さす竹」は貴人に掛かる枕詞で「竹がさし茂る」ことから貴人の繁栄を
祝ってのもの、あるいは「立つ竹」の意で貴人の優雅な姿をたとえたとの説があり、
万葉集で既に使われています。
良寛さんは枕詞、「さすたけ」と雨(あめ)に掛かる「ひさかたの」を万葉から引用し、
さらに次の歌を本歌取りしたものと思われます。

「 あかねさす 昼は田賜(たた)びて ぬばたまの
     夜のいとまに 摘める芹これ 」  
                          巻20-4455   葛城王(既出)


( 昼間は役所の仕事で大忙し。
 それでも夜に何とか暇を見つけてやっと摘んできた芹ですぞ。これは! )

「あかねさす」「ぬばたま」は枕詞  
「昼は田賜びて」の「賜ぶ」は「賜る」の約で天皇に代わって田を
支給するのでこう言ったもの 
「夜のいとま」勤務後の余暇

729年、葛城王(かつらぎのおおきみ)、後の左大臣、橘諸兄は山背国
(やましろの国、現在の京都府南部)の班田使に任命されました。
班田使とは班田収受法に基づいて公民に田畑を与え租税を徴収する重要な仕事です。
彼は忙しいながらも暇をみて日頃から心憎からず想っていた女官に芹を摘んで
歌と共に贈ったのです。
おどけながら詠ったもので、相手は親しい間柄だったのでしょう。

芹は日本各地の湿地、水田、小川などに群生するセリ科の多年草で、
「せりあって葉を出す」ことからその名があるとされています。
数ある菜の中でも我国栽培史上最も古く、栄養価の高い野菜の一つで
今日なお、ほとんど改良の手が加えられていない昔のままの姿を持つ
数少ない貴重な植物。
現在は栽培もされているようです。

「 摘みいそげ 木曽の沢井の雪芹の
               いや清くして うまかるらしき 」   太田水穂


                                        以上
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by uqrx74fd | 2016-03-03 19:38 | 植物