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万葉集その五百八十二 (風薫る道)

( 薬の神様 大神神社  親友T.Sさんの当病平癒を祈る )
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(  巫女さんの立居姿が美しい  大神神社 奈良 )
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( 山辺の道  奈良 )
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(  橘薫る 朝風に )
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( 蜜柑の花と蝶 )
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( 葉先の紅葉 )
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(  同上 )
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(  同上 )
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( カキツバタ  長岳寺 )
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( サヤエンドウの花 )
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(  矢車草 )
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(  アザミ )
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(  柿の花 )
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大型連休が終わった5月中旬。
今年は花の盛りが早く、藤、躑躅、牡丹,芍薬、菖蒲は既に散り、今は新緑が
美しい時期です。
「風薫る」は「初夏の爽やかな心地よい風」をいいますが、こちらは
文字通り花の香りを運んでくれる風吹く「山辺の道」(奈良)を訪れました。

先づは薬と酒の神様、大神神社と三輪山参拝。
人まばらな早朝の境内は清々しく、巫女の赤白の装束が目にも鮮やかです。
柏手の音が大きく響く。
一礼をした後、薬の道へ向かいます。

「 三輪山の 山下響(とよ)み 行く水の
   水脈(みを)し絶えずは 後も我が妻 」 
                           巻12-3014 作者未詳

( 三輪山の麓を鳴り響かせて流れゆく水、この水の流れが絶えないかぎり
  のちのちまであなたは私の妻なのだよ )

行く水を見つめながら相手に詠いかけている作者は初恋なのか。
瑞々しさを感じる一首。
場所は下り坂にある狭井川あたりでしょうか。

檜山神社に向かう道は、野の花が一杯。
アザミ、矢車草、レンゲ、野イチゴそして山ボウシの木の白い花。
卑弥呼の墓と推定されている箸墓や大和三山が展望できる井寺池あたりの
高台は桃の実やざくろの花。
ここを通り過ぎると新緑の山並みが美しく、たたなずく青垣が続きます。

「 玉かぎる 夕さり来れば 猟人(さつひと)の
       弓月が嶽に 霞たなびく 」
                       巻10-1816 作者未詳


(玉がほのかに輝くような薄明りの夕暮れになると
 猟人(さつひと)の弓 その弓の名を持つ弓月が嶽に
 霞がいっぱいたなびいている )

突然一陣の風が吹き、甘い香りが漂ってきました。
山の麓は蜜柑や橘の木々で埋め尽くされ、白い花が咲き乱れ、
蝶々が飛び廻っています。
まるで夢の世界にきたような心地。
むせるような柑橘類の香りがどこまでも続きます。

「 橘は常花(とこはな)にもが 時鳥(ほととぎす)
     棲むと来鳴かば 聞かぬ日なけむ 」 
                        巻17-3909 大伴書持(ふみもち


( 橘が一年中咲き誇る花だったらなぁ。
  きっと時鳥が棲みつくはず。
  そうなったら その美しい声を聞くことができるのに )

三輪山を右手に眺めながら巻向、景行天皇、崇神天皇陵に向かいます。
撫子、豆、茄子の花。
そして、エゴ、ざくろ、柿の花。

やがて、秋になると紅葉が美しい場所に出ると、
何と!葉の先がすべて紅葉していました。
葉先に種があり、風に吹かれて繁殖するのだそうな。

日に当たって光り輝く美しさは、言葉に表せません。
まさに天の摂理。

「 我が衣 にほひぬべくも 味酒(うまさけ)の
    三室(みむろ)の山は 黄葉(もみち)しにけり 」
                   巻7-1094 柿本人麻呂歌集(既出)

( 私の衣が美しく染まってしまうほどに 三輪の山は見事にもみじしている)

味酒(午酒)は三室の枕詞 神酒を供えるの意
三室は神の籠る土が盛り上がったの意、ここでは三輪山

風花紀行もいよいよ終わり。
ツツジとカキツバタで有名な長岳寺に着きました。
ツツジはとっくに終わり本堂の前の池のカキツバタも残り僅か。
住職の奥様によると今年の花は例年より大分早かった由。

「 かきつはた 佐紀沢(さきさは)に生ふる 菅の根の
   絶ゆとや君が 見えぬこのころ 」
                      巻12-3052 作者未詳

( かきつばたが咲く佐紀沢。
  そこに生い茂っている菅の根でも絶えるといいますが、
  これっきりでお互いの仲が絶えてしまうのでしょうか。
  あの方が一向にお見えにならない今日この頃。)

かきつはた:杜若 ここでは佐紀沢の枕詞
佐紀沢: 平城京北の水上池周辺の湿地帯

ともあれ僅かでも美しいカキツバタに出会えたのはラッキー。
心地よい花薫る風に吹かれながら歩いた10㎞でした。

打ち上げは例によって、近くの「千古」という蕎麦屋さん。
渇いた喉にビールをグイと流し込む。
あぁ!美味い! 
極楽、極楽。

「 都辺は埃(ちり)立ちさわぐ 橘の
         花散る里に いざ行きて寝む 」  正岡子規



   万葉集582 (風薫る道) 完

  次回の更新は6月3日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-05-27 06:47 | 万葉の旅

万葉集その五百八十一 (老いらくの恋 2.)

( 万葉恋の花  ニオイスミレ  学友n.f さん提供 )
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( 同  アカネ  根が赤く染料になる )
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( 同    ヒトリシズカ )
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( 同    フタリシズカ )
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( 同   ノイバラ 世界の薔薇10原種の1つ )
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(  万葉という名の薔薇  京成薔薇園 )
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( カノコユリ )
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740年、大伴家持23歳の頃のお話です。
事もあろうに10歳以上年上、しかも人妻に惚れてしまったのです。
よほど魅力を感じたのか、それとも妾腹ゆえ幼い頃(10歳)に生母と離されて
父、旅人に大宰府で育てられた淋しさから、その女性の母性に憧れを抱いたものか。
兎も角、何度も云い寄ったのでしょう。
その熱心さに根負けした相手から次のような歌2首贈られてきました。

「 神さぶと いなにはあらず はたやはた
        かくして後に さぶしけむか 」
                              巻4-762 紀郎女

( もう老いぼれだから 恋どころではないと拒むのではないのです。
 とはいうものの、こうしてお断りしたあとで淋しい気持ちになるかも
 しれません )

「神さぶ」 : 本来は「神々しく古びた」の意だが ここでは「年老いた」
「いなにはあらず」: 「私が年取っているので否というのではありませんが」
「はたやはた」:    さりとて

紀郎女は志貴皇子の孫といわれる安貴王の妻。
天智天皇の血筋を引く畏れ多い名門の主の伴侶です。
貴公子家持、よくもまぁ、思い切って口説いたものです。
さらにもう1首。

「 玉の緒を 沫緒(あわを)に縒(よ)りて 結べらば
     ありて後にも 逢はずあらめや 」 
                       巻4-763 紀郎女

( お互いの玉の緒の命を 沫緒(あわお)のように柔らかく縒り合わせて
結んでおいたならば、生き長らえたのちに お逢いできないことがありましょうや。 )

玉の緒:  「長らえる命」を「玉の緒」にみたてたもの 
玉には魂がこもるとされていた。

沫緒:   糸をゆるく縒り合わせた緒か。
      伸び縮みに融通がきくことから、「今は駄目でも将来は」の意を含む
ありて後にも:  生きながらえた後にも

将来に望みを託する形で言外に今逢うことを断った郎女。
子供のような家持をなだめながら、いささかもてあましていたのかもしれません。

当時、女性の33歳はすでに初老。(30代後半との説もあり)
とはいえまだまだ色気たっぷりの美女。
しかも、思わせぶりが窺える内容の歌です。

さて、表向きは やんわりと断られた家持は、
「これは、これは脈あり」と受け止めたのでしょう。
諦めるどころか益々熱を上げます。

「 百年(ももとせ)に 老舌(おひした)出でて よよむとも
      我れはいとはじ  恋ひは増すとも 」
                              巻4-764 大伴家持

( あなたが百歳のお婆さんになって 老舌をのどかせ、よぼよぼになっても
 私は決して嫌がったりいたしません。
 それどころか、ますます恋しさが募ることでしょう。 )

老舌: 歯が抜けた口から舌の先が見えるさまをいう
よよむ: 腰が曲がってひよろひよろする
いとはじ:  嫌う

結末はどうなったのか不明ですが、若い頃から女性に関して百戦錬磨の家持のこと。
ちやっかり不倫の関係をもったかもしれません。

それにしても二人のエスプリのきいた応酬。
粋な恋をしながら楽しんでいた万葉貴族です。

「 老いて今 ひろった ちさき恋の花
            有効期限 すぎぬまに咲け 」    佐藤愛(85歳)


「ちさき」は「小さき」
この年齢にしてこの情熱。
ただただ恐れ入るばかり。

また、読売新聞読者の声に次のような投稿がありました。

『 70代後半の一人暮しの女性です。
  15年ほど前に夫に先立たれ、それ以来子どもたちに迷惑をかけぬよう
  静かに暮らしてきました。
  ところが2年前、同じような境遇の男性と知り合いました。
  初めは話をするだけでしたが、やがて深い仲に。
  彼は
「 残り少ない人生、楽しく暮らさないと老いる一方です。
    誰にも迷惑をかけなければいい。
    二人だけの秘密にしましょう」 
  と云います。
  彼の優しさが涙の出るほどうれしく、元気をもらった気がしています。
  ただ、一人で考えると心配なことも。
  子どもが知ったらどう思うでしょうか。
  また、ほかの人と親しげに話していると激しい嫉妬に襲われ
自分が嫌になります。
でも彼のことはあきらめられず、次に会うのを楽しみにしている私。
こんな恋は不倫ですか。
老いらくの恋はいけないことでしょうか。
恋は元気の源なのでしようか 』  (2010年1月8日)
 
現代人も万葉人に負けず劣らずの老いらくの恋。
受け止め方もまた、人それぞれでありましょう。

恋に限らず高齢になっても、なお心身共に衰えず、生涯現役を貫いている方々に
共通していることは、次の詩を実践し続けておられる結果ではないでしょうか。

「 青春とは人生のある期間を言うのではなく心の持ちかた言う。
  たくましい意思、ゆたかな想像力、炎える情熱、
  臆病で弱い意思を却(しりぞけ)る勇気、安易を振り捨てる冒険心、
  こういう様相を青春というのだ。
  年を重ねただけで人は老いない。
  理想を失うとき初めて老いがくる。 」
                         サムエル・ウルマン 青春(一部を意訳)


               万葉集581(老いらくの恋2)  完


               次回の更新は5月27日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-05-20 05:40 | 心象

万葉集その五百八十 (老いらくの恋 1)

( 万葉恋の花  紫陽花 )
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(  同  アヤメ )
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(  同 カキツバタ )
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(  同  白山吹 )
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(  同   山吹 )
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(  同   紅花 )
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(  同   ミズアオイ )
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(  同   山百合 )
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人生、人さまざま。
70~80歳になって燃えるような恋をする人もおれば、50歳で早や仙人のような
心境になって晴耕雨読に励む方々もおられます。
愛妻ひとすじ、老いて益々盛んという方もおられましょう。

人間50年の短き人生、一夫多妻の時代ともなればなおさらのこと。
万葉紳士、淑女たちは「年甲斐もなく」と照れながら、堂々と2度、3度の
恋をしたのです。

「 石上(いそのかみ) 布留(ふる)の神杉(かむすぎ) 神さびて
    恋をも 我(あ)れは さらにするかも 」
                         巻11-2417 柿本人麻呂歌集 (既出)

( 石上の布留の年古りた神杉 
  その神杉のような年になって私はまたまた恋に陥ってしまったことよ )

石上は奈良県天理市の石上神宮付近から西方一帯にかけて広く称した名で、
布留は神宮の付近。

作者は「年甲斐もなくまた恋をしてしまったことよ」と詠っていますが、
浮き浮きしたような気分がうかがえ、
「おれも満更ではなさそうだ。まだまだ若いぞ」
という声が聞こえてきそうです。

 「 事もなく 生き来(こ)しものを 老いなみに
    かかる恋にも 我は逢へるかも 」 
                            巻4-559 大伴百代

( これまで平穏無事に生きてきたのに 年よりだてらに
  なんとまぁ こんな苦しい恋にでくわす羽目になろうとは )

作者は大宰府の大監(だいげん:三等官)。
大伴家との血縁関係は不明。
宴席で老いらくの恋を演じてみせたもので、それほどの老年ではなかったようです。
これに応じて恋の達人、万葉マダムが2首続けて詠います。

「 黒髪に 白髪(しろかみ)交り 老ゆるまで
     かかる恋には いまだ逢はなくに 」
                           巻4-563 大伴坂上郎女

( 黒髪に白髪が入り交じり こんなに年寄るまで 私もこれほど
  激しい恋に出くわしたことがありません )

「 山菅の 実ならぬことを 我に寄(よ)そり
        言はれし君は 誰れと寝(ぬ)らむ 」 
                          巻4-564 大伴坂上郎女

( 山に生える菅は実がならないと云いますが、しょせん実らぬ間柄なのに
  私と結び付けられて世間から取り沙汰されたあなたさまは
  どこのどなたと寝ているのやら )

大伴百代の歌に応じて老いらくの恋を演じたと思いきや、

「 あなたは浮気者、誰と寝ているかわかったものでありません。
  私が恋をしているのは別の方ですよ」と

どんでん返しをして酒席をどっと沸かせたもの。
流石、歌の名手です。

「 古(ふ)りにし 嫗(おみな)にしてや かくばかり
       恋に沈まむ たわらはのごと 」 
                       巻2-129 石川郎女


( 老いぼれた婆さんのくせに こんなに訳もなく恋の思いに溺れるものでしょうか。
 聞き分けのない幼子のように )

「た わらは のごと」:「わらは」は幼児または童女
「た」は強調語

大伴旅人ならびに大伴田主の弟、宿奈麻呂(すくなまろ)に贈った歌。

作者は若き頃、草壁、大津皇子の寵を得て宮廷にその名を轟かした美女。
それから20余年後、40余歳の頃か。
大伴家の宴席で
「 往年、二人の皇子に愛され、もてもてのあなたでしたが、今は如何 ? 」
とからかわれて詠ったようです。

老いてなお身内にたぎる情熱、自嘲と云うポーズを取っているが本心は
いささかも老いてしまったとは思っていません。
まだまだ自信満々。
激しさと苦しさを宿す、万葉マダム老いらくの恋。
お相手は一体誰だったのでしょう。

「 のび盛り 生意気盛り 花盛り
    老い盛りぞと  言はせたきもの 」  築地(ついじ)正子


            万葉集580 (老いらくの恋 )完


             次回の更新は 5月20日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-05-14 20:42 | 心象

万葉集その五百七十九 (春の萩と藤)

( 季節はずれの萩 5月1日撮影 谷中 宋林寺 )
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( 野生の藤    春日大社境内  奈良 )
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( 白藤    万葉植物園:春日大社神苑  奈良 )  
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(  臥龍の藤  イチイガシの大木に絡みついた藤  同上 )
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(  奈良公園の藤の老木 )
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(  万葉植物園 :春日大社神苑 )
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( 向島百花園  東京 )
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(  同上 )
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( 亀戸天神  東京 )
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( 同上 )
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本年の5月1日のことです。
谷中の夕焼けだんだん坂を下って最初の曲がり角を左へ約100mほど歩くと、
宗林寺という古刹があり、美しい花々が咲き乱れていました。
ところが何と!
入口の躑躅の植え込みの前に萩の花が咲いていたのです。
「 エッ― なんで今ごろ!」と驚きながら境内に入っていくと数本の萩が
満開ではありませんか。
4月の終わり頃から咲きはじめたのでしょう。
狂い咲きかな?と思いましたが、最近では二度咲き、春咲きの品種もあるそうな。

昔、季節はずれのことを「不時」(ときじ)といい「その時ではない」あるいは
「思いがけない」という意味に使っていました。

次の歌は大伴家持が通常春に咲く藤が真夏に咲いたのを見て驚き、
妻、坂上大嬢 (さかのうえ おほいらつめ)に贈ったものです。

「 わがやどの 時じき藤の めづらしく
      今日も見てしか 妹が笑(ゑ)まひを 」
              巻8-1627 大伴家持(既出)


( 我家の庭の季節外れに咲いた藤の花、この花のように愛しい貴女の笑顔を
 久しぶりに今すぐにでも見たいものです)

当時は通い婚。
大嬢(おほいらつめ)は母と共に住み家持と離れて暮らしていました。
使者に花と歌を持たせた粋なラブレターです。

この歌の藤を萩と入れ替えてもそのまま通用します。

「 わがやどの 時じき萩の めづらしく
     今日も見てしか 妹が笑(ゑ)まひを 」 
                         巻8-1627の替え歌


家持さんも春咲く萩を見たら、このように詠ったことでしょう。

746年、都で青春を謳歌していた家持は越中国守に栄転することになりました。
弱冠29歳、意気揚々と赴任します。

着任してから1か月経ち、藤が満開になるのを見計らって、国守の館で
挨拶と歓迎を兼ねた宴が催されました。
爽やかな薫風、藤、牡丹、芍薬、菖蒲、杜若などが咲き匂ほふ庭園を眺めながら、
一同心地良く一献また一献。
宴もたけなわ、各々ほろ酔い加減の中、国分寺の僧が次のような古歌を披露します。

「 妹が家に 伊久里(いくり)の杜の 藤の花
   今来む春も 常かくし見む 」 
                 巻17-3952 古歌(僧 玄勝が伝誦)

( 愛しいあの子の家に行くという、ここ伊久里の森の藤の花。
 これからも巡ってくる春ごとに、この美しい花を愛でに
 参りましょう。 )

「伊久里(いくり)」と「行(い)く」を掛けた洒落。
「常かくし」:いつもこのように 「かくし」は「斯の如くし」の略

伊久里の所在は不明ですが富山県砺波郡井栗谷と平城京説あり、
ここでは、井栗谷説がふさわしく思われます。

藤は藤波と詠われることが多く「藤の花」は万葉集中この1首のみ。
わざわざ花としたのは女性を寓したものか?

伊藤博氏は
「 玄勝がこの歌を披露したのは、都の女性もよいが、
越中の女性(藤の花)もまた佳なりとして地名を詠みこんだものを
披露したのでは? 」と推測されています。(万葉集釋注7)

単身赴任の家持は大いに羽を伸ばしたかったことでしょうが、今は国守の身。
部下の目もあり、そうもいかなかったかも知れません。
逆に、浮気して大噂になっている部下を説教した面白い歌が残っています。
              ( 万葉集遊楽32 「部下の恋狂い」 ジャンル:心象 ご参照)

「 藤波の 花は盛りに なりにけり
     奈良の都を 思ほすや君 」  
             巻3-330 大伴四綱(既出)

( ここ大宰府では、藤の花が真っ盛りになりました。
あなたさまも、奈良の都を懐かしく思われていることでしょう。)

こちらは大宰府帥(そち:長官)、大伴旅人宅宴席での歌。
当時、旅人は65歳、生まれ育った奈良への望郷の念に駆られている日々でした。

「もう二度とあの懐かしい都や青春を過ごした飛鳥を見ることが出来ない
かもしれない」

そのような旅人の気持ちを察して、部下である作者が
「さぞお懐かしいことでしょう」と思いやったのです。

それから暫くして、朝廷から旅人に帰京の知らせが届きました。
長年の功が認められ大納言に昇進。
めでたし、めでたしです。
    
「 草臥(くたびれ)て 宿かる比(ころ)や 藤の花 」 芭蕉

( 大和路を1日歩き疲れ、宿を求める日暮れ。
 薄紫の藤の花が咲きこぼれているのを見かけた。
 懐旧の情と旅愁と春愁(しゅんしゅう)が渾然一体。) (芭蕉全句 小学館より)



    万葉集その579 (春の萩と藤) 完


   次回の更新は5月15日(日)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-05-06 06:27 | 植物