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万葉集その五百八十六 (小楢:こなら)

( 初夏の小楢  赤塚植物園   東京都板橋区 )
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(  同上 万葉歌 )
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( 小楢の新芽  くらしの植物苑  佐倉市 )
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(  垂れさがる花穂    同上 )
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(  黄葉のころ   同上 )
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(  小楢の実  : どんぐりは楢、樫、椎などの木の実の総称)  
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(  樫の実 )
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( 椎の実  )
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小楢(こなら)は山野によく見られるブナ科の落葉高木で、一般的には
楢(なら)とよばれています。
生命力極めて旺盛な樹木で、根元から切断しても、その切り株から
新芽を伸ばして再び大きくなり、古くから薪炭の材料やシイタケ培養の
ホダ木として重宝されてきました。

春先、新しい枝に尾状の黄褐色の花穂を垂らして小さな花を付けますが、
まるで風に揺れる簪(かんざし)の飾りのよう。
万葉人もその様子を見て、美しい女性を連想したようです。
また、青葉の頃の瑞々しい葉裏は白くて柔らかい毛が密生して銀色に輝き、
幻想的な雰囲気を醸し出してくれます。

秋には黄葉が山野を美しく彩り、シカ、イノシシ、ネズミなどの大好物、
団栗を大量に地面に落として、命の糧を恵む。
勿論、古代の人達の食用にも供していましたが、タンニンが多く含まれている為
アクが強く、何度も流水で洗わなければなりませんでした。

ナラの名は滑葉(なめらば)、あるいは奈良に多く群生していたので
地名に由来するとも。

万葉集では2首、共に恋の歌です。

「 下つ毛の 三毳(みかも)の山の 小楢(こなら)のす
    まぐはし子ろは 誰(た)が笥(け)か持たむ 」 
                            巻14-3424 作者未詳

( 下野の三毳(みかも)の山に生い立つ小楢の木
 その瑞々しい若葉のように目にも爽やかなあの子は一体誰の
 お椀を世話することになるのだろうか )

「三毳(みかも)の山」は栃木県佐野市東方の大和田山か。
「小楢のす」の「のす」は「なす」の訛り
「まぐはし子ろ 」 「まぐはし」は目にも艶々として鮮やかなさま
「誰が笥(け)か持たむ」 笥は食器。食事の世話を妻がするのでこの表現がある。

本当は自分の妻にしたいのだけれど高嶺の花と半ば諦めている?男。
この歌の評価は高く、次のような解説がなされています。

「 小楢の葉のような美しい少女というのも如何にも山国の人たちらしい形容で、
  新鮮味があり生々溌剌たる少女の健康美を的確に描き出している 」
                  ( 佐佐木信綱 評釈)

「 妻を笥(食椀)という語であらわしているのも実際生活に即している言い方で
  一首おのずから素朴な地方色をたたえている。
  愛すべき魅力ある歌。
  男の深い懸念を活写して、すこぶる新鮮、集中でも特記すべき表現」 (伊藤博 釋注)

「再読精読して思うには、どうもこの歌言外に
  あの子はきっとおれの妻になるんだという含みがあるようだ」
                         ( 遠藤一雄 東歌防人歌の鑑賞 )

「 み狩する 雁羽(かりは)の小野の 櫟柴(ならしば)の
     なれはまさらず 恋こそまされ 」
                          巻12-3048 作者未詳

( み狩りにちなむ雁羽の小野の 楢の雑木ではありませんが
 あなたと馴れ親しむ機会が一向増さず、お会いできない苦しみばかりが
 増す一方です )

み狩(かり)と雁(かり)羽、櫟(なら)柴と馴(なれ)とを掛ける。
一向に見えないのはどうしたことかと嘆く女。
男は心変わりして足遠くなったのでしょうか。

雁羽の小野の所在は未詳。
「み狩り」は天皇、皇族の狩をいう(沢瀉久孝)のでこのあたりに皇室の
 猟場があったと思われます。

柴は小さい雑木。

 「 山の田に 日かげをなせる 楢の木の
        若葉は白くやわらかに見ゆ 」   島木赤彦
 
以下は足田輝一著「雑木林の博物誌 新潮選書」からです。

『 コナラの若葉は、小さいながらもその縁にぎざぎざの鋸歯をもち、
  くるつと下向きに反転した形で伸びてくる。
  その葉の表面には、絹のように光った銀色の細毛が、みっしり生えている。
  この密毛の反射が、遠くから見ると、うす緑の上に銀鼠のもやをかけたように
  見えるのだ。
  この細毛は、コナラの葉がきりっと伸びきり、一人前の木の葉となるころは
  なくなってしまう。
  コナラは古くから日本人に愛された木だった。 』

   「 団栗(どんぐり)や ころり 子供の言ふなりに 」  一茶


           万葉集586(小楢:こなら)完


          次回の更新は7月1日の予定です。


  
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by uqrx74fd | 2016-06-24 07:11 | 植物

万葉集その五百八十五 (東御苑花散歩)

( 紫陽花  皇居東御苑   )
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( 同上 )
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(  アサザ   同上 )
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(  同上 )
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( コウホネ  同上 )
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( ハナショウブ  同上 )
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( カワラナデシコ  同上 )
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( 萩   同上 )
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( 桔梗  同上 )
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(  萱草  同上 )
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(  山百合  大手町ビルの谷間で  )
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東京駅から徒歩10分足らずの皇居東御苑。
海外からの訪問客も多く、いつも賑わっていますが、何しろ広いので
解放感はたっぷり。
大手門から入場し巨大な石垣の間を通り抜けると、まず目に入るのは
緑濃い木々の下で色とりどりに咲く紫陽花です。
 
我国原産の紫陽花は古代から
「幾重にも重なって咲く花」(橘諸兄)
「色変わる花」(大伴家持) と
観察眼も的確に詠われていますが、残念ながら万葉集には2首しか見えません。

 「 あぢさゐの 八重咲くごとく 八つ代にを
     いませ我が背子 見つつ偲(しの)はむ 」
                巻20-4448  橘諸兄(既出)

( 紫陽花が次々と色どりを変えて新しく咲くように、あなたさまも
 幾年月のちまでお元気でありますよう。
 この紫陽花を見るたびにあなたを思い出し、ご健勝をお祈りしています )

755年旧暦の5月(現在の6月中旬)、官人、丹比真人(たぢひの まひと)宅での
宴の席上、客人として招かれた左大臣橘諸兄が主人を祝福したもの。
真人は諸兄のお気に入りの直属の部下。
親愛の情がこもります。

   「 笠を着て 邸(やしき) のうちの 茶を摘めり 」 野村泊月

紫陽花を愛でつつ散策する中、左手の段々茶畑が点描を添え、
梅の木の下には熟れた実がいたるところに落ちていています。
小鳥が美味しそうに啄んでいますが、酸っぱくないのかしら。
そうだ、そろそろ、梅干し、梅酒を仕込まなければ。

やがて日本庭園。
今が盛りと咲く花菖蒲、そして池面に「あさざ」や「こうほね」が。

「あさざ」はミツガシワ科の多年草で、地下茎が長く横に這い、
睡蓮に似た葉を水に浮かべます。

6月から8月にかけて鮮やかな黄色の花を咲かせますが、天気が良い日の
朝にしか開いてくれません。
花の形が蓴菜(じゅんさい)に似ているが食べられないので花蓴菜ともよばれるそうな。

万葉集では「あざさ」と云う名で長歌に1首登場。
恋人を自慢する息子と両親との楽しい会話の中で女性の髪飾りとして詠われています。

「 - 蜷(みな)の腸(わた) か黒き髪に  
真木綿(まゆふ)もち  あざさ結ひ垂れ 
大和の 黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)を
    押へ刺す うらぐはし子 それぞ我が妻 」 
                       巻13-3295 作者未詳(既出)
訳文
( - あの子の緑の黒髪に
 木綿(ゆふ)で「あざさ」を結わえて垂らし 
 大和の黄楊で作った小櫛を 
 髪の押さえに挿している 輝くような美しい娘
 それが私の妻なのですよ )

 蜷(みな)の腸とは食用にしていた田螺(たにし)と思われますが、
緑の黒髪の枕言葉に貝の腸とは面白い表現。
栄養たっぷりなので茹でたり黒焼きにして食べていたようです。

 「真木綿(まゆふ)」の「ま」は褒め言葉、
「木綿」は現在の「モメン」ではなく楮の繊維で結った紐。

髪飾りとして「あざさ」を結いつけて髪に垂らしているのです。

「うらぐはし」の「うら」は心、「くはし」は妙なるほどに。
心にしみるほど輝くばかりに美しいの意。

夜中に頻繁に家を抜け出す息子。
「どうやら恋をしたらしい」と親も薄々気づいていたのでしょう。
とんでもない相手ではあるまいかと心配する両親がある日、事情を聞いてくれた。
これは幸いとばかりに惚気まくる息子です。

「 紫に 裏表ある 桔梗かな 」  島田 左久夫

やがて秋の七草コーナへ。
葛の葉と薄の茎だけかなと思っていたら、何と! 
撫子、桔梗、女郎花(おみなえし)、そして、萩が数株咲いているではありませんか。
年々開花が早くなり、季節感が乏しくなってまいりますが、
目の前の花は初々しく美しい。

「 ひさかたの 雨は降りしく なでしこが
       いや初花に 恋しき我が背 」 
                      巻20-4443 大伴家


( ひさかたの雨は しとしとと降り続いています。
 しかし撫子は今咲いたように初々しく、その花さながらに
 心惹かれるあなたさまです。)

755年大伴家持宅で酒宴が催された折の歌。
主賓大原今城が挨拶で
「 あなたさまのお庭の撫子は毎日雨に降られておりますが
  色一つ変わりませんね 」
と主人、家持の健勝を祝したのに対する返歌。

6月下旬、梅雨の頃に詠われたものですが、当時の撫子も早咲きだった?
ご機嫌伺いのやり取りに美しい花を介する優雅な万葉人です。

東御苑花散策もこれにて終わり。
色々な花を少しづつ愛で、さながら幕の内弁当を食べたよう。
さらに帰り道の大手町ビルの一角の木陰で山百合が一輪。
デザートのおまけです。
何という幸運!
梅雨の晴れ間の清々しい一時(ひととき)でした。

 「 起(た)ち上がる 風の百合あり 草の中 」 松本たかし





     万葉集585 (東御苑花散歩)  完


    次回の更新は6月24日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-06-17 07:09 | 万葉の旅

万葉集その五百八十四 (雲流れゆく)

( 飛鳥 石舞台   奈良)
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( ドーナツ雲  飛鳥 後方はミハ山   )
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( 三輪山   奈良 )
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( 金剛葛城山脈   奈良 )
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(  飛鳥  後方 多武峰  )
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(  万葉ゆかりの安達太良山:後方  福島 )
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( 天橋立 京都 )
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( 南アルプスの夜明け )
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(  夕焼け雲  奈良で )
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(  大鵬飛翔  )
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晴れた日に芝生の上に寝転がって空を眺めていると雲が流れている。
むくむくと湧き上がって龍や鳳(おおとり)などさまざまな動物の形になり、
時には母や懐かしい人々の顔となって微笑みかけてくれる。
終日見続けていても飽きることがなく人を引き付けてやまない雲。

俳聖芭蕉も雲に誘われ、旅に出て不朽の名作を残しました。

「 日々は百代の過客にして,行きかふ年もまた旅人なり。
舟の上に生涯を浮かべ、馬の口をとらへて老いを迎ふる者は、
日々旅にして、旅を栖(すみか)とす。
古人も多く旅に死せるあり。
予もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風に誘はれて
漂泊の思ひやまず 」         ( 芭蕉 奥の細道 序の一部)

( 月日は永遠の旅客、行き交う年もまた、旅人である。
 舟の上に生涯をおくる舟子も、馬のくつわをとって老いを迎える馬子も、
 その日その日が旅であり、旅を栖(すみか)としている。
 古人も旅に死んだ者が多い。
 私もまた何時の年からか、ちぎれ雲のように風にまかせて
 漂泊の思いが止まず )


雲に魅せられた万葉人も200首余の歌を詠っています。
その表現も、豊旗雲、青雲、天雲、白雲、布雲,八雲、出雲、雲居、
雲の波、山雲、風雲、横雲、雲隠り、雲の衣、雲間など、
その語彙の豊かさ、造語の妙。
しかも、現在でも使われている言葉が大半なのです。

「 ここにして 家もやいづち 白雲の
      たなびく山を 越えて来(き)にけり 」 
                     巻3-287 石上卿(伝未詳)

( ここからだと我が家はどの方向になるのだろう。
 思えば白雲のたなびく山、あの山々を越えてはるばるやってきたものだ)
前注に近江で詠われたとあり、719年元正天皇美濃行幸の折のものと
推定されています。
大和から近江までそれ程遠いとは思われませんが、早くも故郷が
恋しくなったのでしょうか。

「ここにして」 は「ここにありて」の意
「家もや いづち」 「家」:「妻子の住む家」 
「いづち」:「何処(いずこ)」

なお、遠くまできたことを「雲の余所(よそ)」ともいいます。

「 青山の 嶺の白雲 朝に日(け)に
      常に見れども めづらし我が君 」 
                    巻3-377 湯原王

( 青い山の嶺にかかる白雲、その雲のように朝夕いつもあなたさまに
お逢いしていますが、少しも見飽きることがありませんねぇ )

宴での客人歓迎の挨拶歌。
相手は親しい間柄なのでしょうが詳細は不明です。
作者は志貴皇子の子、天智天皇の孫。
父同様、歌の名手でした。

「めづらし」は「愛づらし」で「心ひかれる」の意。

「 こもりくの 泊瀬(はつせ)の山の 山の際(ま)に
         いさよふ雲は 妹にかあるらむ 」
                    巻3-428 柿本人麻呂

( こもりくの初瀬 この初瀬の山あいに 行きもやらずに たゆとう白雲、
 あれはわがいとしい人なのであろうか )

後宮に仕える土形(ひじかた)娘子(伝未詳)が亡くなった折(自殺?)、
火葬された煙を見ながら悼んだ一首。
火葬は700年、僧道照に始まり、皇族では持統太上天皇が初(702年)。
煙を雲に見立て亡き人の魂とみる挽歌。

以下は伊藤博氏の解説です。

『 「いさよふ雲」までたたみかけるように詠って押さえ、最後の
「妹にかあるらむ」と悼む対象を重く据えたうたいぶりにも魅力がある。
哀感が湧き出るような歌で、やはり人麻呂の歌はいい。』 (万葉集釋注2)

禁断の恋(?)の噂を耳にし、自身の愛人に仕立てて詠ったものと思われ、
挽歌を文学的表現に昇華させた見事な一首です。

「 白雲の蒲団(ふとん)の中につゝまれて 
              ならんで寝たり 女体男体 」    正岡子規

万葉人は筑波山で行われた歌垣で自由な性を謳歌しました。
双峰の男体山、女体山の名にかけて戯れに詠ったもの。


         万葉集584 (雲流れゆく) 完

      次回の更新は 6月17日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-06-10 07:07 | 自然

万葉集その五百八十三 (常滑:とこなめ)

( 蜻蛉の滝  吉野 奈良  学友N.F さん提供 )
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(常滑の岩  吉野から宮滝への道で )
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( 夢のわだ   吉野宮滝  吉野離宮が近くにあったとされる )
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( 奥千本より金峯山寺を臨む  吉野 )
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( 吉野奥千本  西行庵への道 )
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( 蔵王権現  金峯山寺 )
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( 長谷寺  奈良 )
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( 長谷寺講堂   奈良 )
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( 木津川  京都 )
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(  常滑焼の急須 )
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「 ナメが出来ているからき気を付けて行けよ」
これは吉野、三河、越中などで使われている方言で、雪やみぞれが降って凍ったり
川床の岩に苔が生えていて滑りやすくなっている状態を云うそうです。

万葉集で「常滑」は3首登場しますがすべて枕詞。
滑りやすいという意味のほか、転じて「苔むすほど未来永劫に」という意味を
含むものとして使われています。
 
「 見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の
      絶ゆることなく またかへり見む 」
                      巻1-37  柿本人麻呂

( 見ても見ても見飽きることのない吉野の川
 その川の常滑のように 絶えることなくまたやってきて
 この滝の都を見よう )

持統天皇吉野行幸の折の歌で、作者は長歌で山の神も川の神も
こぞって女帝に仕えていると讃えています。

吉野は天武天皇と共に壬申の乱の旗揚げをして政権を勝ち取った出発点。
女帝にとって特別の思い入れがある聖地でした。
作者はそのことも念頭に入れ、今の世が末長く続くであろうことを
予祝しています。

「見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の」の上三句は下の二句を強めるための
序詞(じょことば)の役割を果たし、軽やかなリズムを奏でており、
人麻呂の手腕を感じさせる一首です。

( 序詞 : 和歌などである語句を導き出すために前置きとして述べる言葉。
        枕詞と同じ働きをするが、1句からなる枕詞とは違い
        2句ないし3句にわたる )



「 妹が門(かど) 入り泉川の 常滑に
      み雪残れり いまだ冬かも 」
                          巻9-1695 作者未詳

( いとしい子の家の門に入っては出(い)ずという、その泉川に
  常滑の雪が残っている。
  いまだに冬なのだろうか )

時期は早春、旅をしている作者が愛し人を思い出して詠ったもの。
「妹が門 入り」までが序詞。
懐かしい人を思いだしながら詠っている気分を醸し出しています。

泉川は現在の木津川(京都)。
川から苔むした巨岩が顔を出しているのでしょう。
その上に残る残雪。 
苔の緑と雪の白の対比が美しい一首です。

「 こもりくの 豊泊瀬道(とよはつせじ)は 常滑(とこなめ)の
          かしこき道ぞ 汝(な)が心ゆめ 」 
                        巻11-2511 柿本人麻呂歌集(既出)

( こんもりとした谷あいの泊瀬の道は、いつもつるつるとした滑りやすい道です。
 そんなに急いでは危険です。 
 気を付けて下さいね! あなた。)

こもりくの豊泊瀬は山に囲まれた初瀬、今の長谷寺(奈良)近辺。
かしこき道は畏き道、ここでは危険なの意 
常滑という言葉を用いることで滑りやすい道を連想させています。

男が久しぶりに恋人に「今夜訪ねるぞ」と使いを遣り
「俺様の赤栗毛の馬はあっという間に雲に隠れてしまうほどに速いんだ。
 今夜、すっ飛んで行くから寝床の支度して待っていろよ。」
と言ったのに対して 
「早く来てくれるの嬉しいけれど気を付けてね」と思いやったもの。

明かりもない山道、しかも苔むす岩も転がっている。
危険を承知の上での馬の早駆け。
勇み立ち、心はやる男です。

常滑といえば愛知県常滑市。
知多半島西岸の中央部に位置し、中部国際空港を有する都市。
古くから常滑焼で知られていますが、ここでの「常滑」は「床滑」、
地盤(床)が粘土質で滑らかであることに由来するそうです。

伝統の常滑焼は日本六古窯(常滑、瀬戸、越前、信楽、丹波、備前)の中でも
最大の規模を誇り、特徴ある急須は多くの家庭でも見られます。

  「  常滑や 土管土留に 蕎麦畑 」     富田キヨ



    万葉集583 (常滑:とこなめ) 完


    次回の更新は6月10日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-06-02 19:47 | 心象