<   2016年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

万葉集その五百九十一 (家持の百合と撫子)

( ヤマユリ  万葉植物園   奈良 )
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( 同上   源氏山公園   鎌倉 )
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( 同上   自宅 )
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( カサブランカ  自宅 )
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(   同上  )
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(  ササユリ  大神神社ゆりの苑   奈良 )
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(  カハラナデシコ  万葉植物園  奈良 )
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(    同上  )
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(  白ナデシコ  神代植物公園  東京 )
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(  ムシトリナデシコ  小石川植物園  東京 )
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 746年、大伴家持は越中国の長官(国司)に任じられました。
栄転とはいえ華やかな都から雪深い国への異動。
任期は5年の長きにわたります。

突然の命令で取る物も取りあえず単身赴任した家持は、持ち前の真面目さで、
日々の任務を無難にこなす傍ら歌作にも力を注ぎ、早や3年。

とはいえ、味気ない夜の一人寝は辛くてたまりません。
現地妻を求めたいと思っても部下の恋狂いを厳しく叱責した手前、
控えなくてはならない立場です。

「あぁ、あと2年も我慢しなければならないのか」と溜息をつきながら
都に残してきた妻、坂上大嬢(さかのうえ おほをとめ) への恋しさが
募っていたある夏の日、無聊を慰めるつもりで野原から自宅の庭に移植し、
丹精しながら育てた百合と撫子が見事な花を咲かせました。

愛妻の面影を連想させるような可憐な撫子。
百合の香りが馥郁と漂う中、鬱憤を晴らすかのように家持は詠いだします。

「 さ百合花 ゆりも逢はむと 下延(したは)ふる
    心しなくは  今日も経(へ)めやも 」  
                             巻18-4115 大伴家持

( 百合の花の名のように ゆり-後にでもきっと逢おうと ひそかに
 頼む心がなかったなら 今日1日たりとも過ごせようか。
 とても過ごせるものではない 。)

「ゆり」は「後(ゆり)」の意で「百合」と語呂が合うのでよく併用され、「いずれ後々に」。
「下延(したは)ふる」 心の中でひそかに思う。

「さ百合」の「さ」は「神聖」を意味し新婚の初夜にも飾られました。
当時、関東以北で自生するのは「山百合」、関西以南では「ササユリ」と
されているので、家持が越中で詠んだのは山百合。

詞書に庭の花を見て作った歌とありますが、植栽は非常に難しいのです。
山中に自生している百合の根は深く、庭に移しかえると大概は枯れてしまいます。
というのは、山百合の根は2つあり1つは栄養を摂るための「上根」、
今1つは「下根」といい球根をウイルスから守るため地中深く延びて
下へ引きずり込む役割を果たしています。
庭では余程深く掘らないとうまく育ちません。
家持さんはそのことも知っていて、上手く花を咲かせたのでしょうね。

大輪の花を咲かせ、濃厚な香りを漂わせる山百合は、後々、世界中で愛され、
「カサブランカ」も山百合の交配種から生みだされたものです。

   「 百合の露 揚羽のねむる 真昼時 」     飯田蛇笏

続いて撫子の花。

 「 なでしこが 花見るごとに 娘子(をとめ)らが
              笑(え)まひの にほひ 思ほゆるかも 」  
                               巻18-4114 大伴家持

( なでしこの花を見るたびに あの愛しい娘子の笑顔のあでやかさが
  思われてなりません)

「娘子(をとめ)らが」: 妻、坂上大嬢をさすが一般の女性を呼ぶように詠ったもの
           「ら」は親愛を示す言葉
「 笑(え)まひの にほひ 」: 美しい笑顔

 「 我がやどの なでしこの花 盛りなり
     手折りて一目 見せむ子もがも 」
                      巻8-1496 大伴家持(既出)

( 我が家の庭の、なでしこの花が真っ盛り。
  手折って一目なりと 見せてやる子がいればいいのになぁ。 )

万葉集中、撫子は26首、そのうち家持は11首も詠っています。
清純で美しく、楚々とした佇まい。
愛しい人を撫でる心地がするのでその名があるそうですが、
庭の花を眺めながら愛妻の姿を瞼に浮かべている姿は
なんとなく寂しげです。

それから程なくして家持は政務報告のために上京。
「もう、単身赴任はいやだ」と妻を越中に伴い、浮き浮きしながら帰任し、
その後、公私共に充実した時を過ごして歌作も最盛期を迎えました。

「 撫子が さきたる 野辺に 相おもふ
           人とゆきけむ いにしへ おもほゆ 」 伊藤左千夫



               万葉集591 (家持の百合と撫子 )    完


                次回の更新は8月5日です。
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by uqrx74fd | 2016-07-29 00:00 | 生活

万葉集その五百九十 (青雲・白雲)

( 色々な形の雲  畝傍山  後方 金剛葛城山脈  奈良 )
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( 平城京跡  大極殿 )
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(  甘樫の丘から  後方 畝傍山:見る方角により形が変わる)
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( 巻向山  山の辺の道で )
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(  春日野  後方 高円山:たかまどやま )
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(  江の島 )
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(  天狗?)
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(  飛天 )
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( 怪魚 ? )
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( 福笑い )
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「 ひかる青雲 風さえ 薫る 」 
これはある大学の応援歌のイントロですが、青雲ってどんな雲なのでしょうか?
普段何気なく使っている言葉ですが、改めて聞かれるとすぐに答えられません。

さてさてと広辞苑を紐解くと

「青雲」: 「淡青色や淡灰色の雲 一説に、青空を雲に見立てたという」
 
 つまり青雲=青空と解釈する場合もあるようです。
とすると、上記の応援歌の「青雲」は「澄み切った青い空」と考えた方が
ぐっとスケールが大きくなりそうですが如何でしょうか。

 古代の「青」は「青緑色から灰色までを含む広い範囲の色彩」とされています。
雲以外にも「青馬」「青駒」などの例があり、いずれも灰色がかった馬の意です。

万葉集でも青雲は多く詠われていますが、次の歌は晴天にたなびく青味掛かった
灰色まじりの雲と解釈いたします。

「 大君の 命畏(みことかしこ)み 青雲(あをくむ)の
    とのびく山を 越(こ)よて 来のかむ 」 
                   巻20-4403 小長谷部 笠麻呂(をばつせべの かさまろ)


( 大君の仰せが畏れ多いので それに従って青雲のたなびく山
 その高い山々を越えて俺はここまでやってきたよ。 )

作者は信濃の国の防人。
方言が混じる素朴な歌で「とのびく」は「たなびく」。
勅命ゆえ拒めないという嘆きがこもります。

信濃から難波まで数々の山を越え苦労してやっとここまで来た。
故郷に残してきた父母、妻子を偲びつつ来し方、行くすえの遠い道のりに
思いを寄せている。
ここ難波から再び大宰府への長い船旅。
「3年間の長い勤め、無事生還ができるかしら」との溜息が聞こえてきそうです。

「 汝(な)が母に 憤(こ)られ我(あ)は行く 青雲の                
    出で来(こ)我妹子(わぎもこ) 相見て行かむ 」 
                              巻14-3519 作者未詳


( お前のおっかさんに怒られて俺は行っちまうんだ。
  雲間の青空のように 少しの間でもいいから顔をみせてくれよ。
  なぁ お前、一目でいいからさ。 )

女に逢いに来たところ母親に見つかり、こっぴどく怒られ追い返された。
未練たらしく、あとを振り向き振り向きしながら嘆く男。

ここでの青雲は雲に覆われた中の青空、女性の顔。

「 白雲の たなびく山の 高々に
       我が思(も)ふ妹を 見むよしもがも 」
                巻4-758  大伴 田村大嬢(おほとも たむらおほいらつめ)

( 白雲のたなびく山が聳え立つように 私が高々と爪先立ちする思いで
  逢いたいと思っているあなた。
  なんとか逢うすべはないものでしょうか )

異母妹、大伴坂上大嬢に贈った1首。
女性同士の恋歌仕立てにして楽しんでいます。
一夫多妻の時代、姉妹といえども逢う機会があまりなかったのでしょうか。

「 ちぎれ雲 走りつくして夕空に
    とよはた雲の  しづかにたかし 」  木下利玄

この歌は万葉の最高傑作とされる次の歌を意識して詠われたと思われます。

「 海神(わたつみ)の 豊旗雲に 入日さし
   今夜(こよひ)の 月夜(つくよ) さやけくありこそ 」 
             巻1-15 中大兄皇子(のちの天智天皇 既出)

( 空を見上げると海神が棚引かせたまう豊旗雲、何と素晴らしい光景だろう。
おぉ、夕陽が射しこんできて空はすっかり茜色に染まってきたぞ。
今宵の月夜はきっと清々しいことであろうなぁ。 )

661年、斉明天皇が征新羅のために九州行幸された途中、播磨灘海岸辺りで
詠まれたもので、額田王が天皇になり替って作ったとも推定されている一首。
天には茜色の巨大な豊旗雲、海上には軍船の、陸上には軍団の無数の旌旗が靡き、
実に雄大、荘厳な光景が想像されます。

万葉唯一の「豊旗雲」。
「豊」はその立派さ、壮麗さを讃えた言葉、
「旗雲」は幡(ばん)のような横に靡いている吹流しのような雲をいいます。

「くも」の語源は「太陽が籠って隠れている」意の「コモリ」が
「クモリ」「クモ」に転訛したもの(歳時記語源辞典 文芸社) で、
文学上、雲の総称は「浮雲」といわれ、上記の「ちぎれ雲」も浮雲の一つ。

また、浮雲は「心が落ち着かない、思い通りにはいかない」例えとしても
用いられ、
「さらさら さっと書き流せばアラ,無情(うたて)始末にゆかぬ浮雲めが- 」
(二葉亭四迷 浮雲 はしがき) などとあります。

「 夕ぐれは 雲のはたてに ものぞ思ふ
     天つ空なる 人を恋ふとて 」 
                よみ人しらず 古今和歌集


( 夕暮れになると 雲の果ての方を眺めて物思いにふけっています。
 私をうわの空にさせるあの人を恋しく思って。)

恋の想いがあると、空を眺めるというのが当時の習い。
それにしても洗練された美しい恋歌です。

     「 雲の峰 ならんで低し 海のはて 」 正岡子規



                万葉集590(青雲・白雲) 完

                次回の更新は7月29日です。
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by uqrx74fd | 2016-07-22 20:21 | 自然

万葉集その五百八十九 (夏の恋歌2)

(恋の鳥ホトトギス  学友の甥御C.Yさん提供 「今日も鳥日和 極私的野鳥図鑑」)
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( 恋の花  橘 )
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( 同 卯の花 )
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( 同  ヒメウツギ:卯の花)
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( 同  カワラナデシコ)
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( 恋を歌うヒグラシ   学友N.Fさん提供 )
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( 恋の花  合歓:ネム )
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万葉集巻10には集中最大の539首の歌が収められており、作者未詳歌が
多いのが特徴です。
中には不倫など他人に知られては不都合なので、わざと名を伏せたものも
あるかも知れません。
感心するのは、整然と四季分類された上、多くの動植物、自然現象が
織り込まれており、さながら歌の教科書、現在の歳時記のようです。

以下はホトトギス、花橘、卯の花、夏日の日照り、蜩(ひぐらし)、撫子に
寄せた夏の恋歌です。

「 ほととぎす 来鳴く五月(さつき)の 短夜(みじかよ)も
    ひとりし寝(ぬ)れば 明かしかねつも 」
                           巻10-1981 作者未詳


( 時鳥がきて鳴きたてる五月の短い夜も、ただ一人で寝ると
  朝が来るのが遅く感じられてならないよ )

恋する人の一人寝の辛さは男も女も同じ。
ホトトギスの声は甲高く、心が休む間とてありません。
あーあ、と滑息が聞こえてきそうな1首です。

「 我こそば 憎くもあらめ 我が宿の
      花橘を 見には来(こ)じとや 」
                   巻10-1990 作者未詳

( この私を好ましくない女とお思いなのでしょうか。
  だから我家の花橘が美しく咲いているのに見においでに
  ならないのですか)

足が遠のいた男に花橘にかこつけて誘いかけた女。
貴方様はそんなに無風流な方なのですかとの気持ちがこもります。
花咲く頃にいつも一緒に見ていたのに、今年はあの人が来ない。
ひよっとしたら、心変わりしたのかしらと不安になる女。

「 卯の花の 咲くとはなしに ある人に
    恋ひやわたらむ  片思(かたもひ)にして 」
                         巻10-1989 作者未詳


( 卯の花の咲くように 心を開いてくれないあの人。
 私はこんなにまで片恋で恋し続けるのであろうか。) 

清純そのものの白い卯の花。
片想いの乙女は初恋なのでしょうか。

「 六月(みなつき)の 土さへ裂けて 照る日にも
    我が袖 干(ひ)めや 君に逢はずして 」 
                       巻10-1995 作者未詳


( 6月の土さへ裂けるほどに照りつける日射しにも
 私の袖の乾くことなど決してありません。
 あなたにお逢いすることが出来ないので。)

旧暦の6月は現在の7月中頃。
強烈な日差しに土も裂けると、いささか大げさな詠いぶりですが、
迫力があり、比喩も面白い。

「 ひぐらしは 時と鳴けども 片恋に
    たわやめ我は 時わかず泣く 」
                     巻10-1982 作者未詳(既出)


( ひぐらしは、いまこそ我が鳴く時とばかりに鳴いていますが、
たわやめの私は、片思いのゆえ、時かまわずに泣きくれています。)

ひぐらしは夕方に鳴くことが多いが私は終日泣きやむことがないと
一向に訪れぬ男を想いながら悲しむ女。
蜩(ひぐらし)を比喩に用いたのは「日暮し(泣く)」を想像させるからでしょうか。
哀れを誘いながらも微苦笑させられる一首です。


「 隠(こも)りのみ 恋ふれば苦し なでしこが
      花に咲き出よ 朝な朝な見む 」 
                      巻10-1992 作者未詳


( 人目を忍んで心ひそかに恋焦がれてばかりいるのも辛いことです。
  どうか撫子の花になって我家の庭に咲き出てください。
  そうしたら、毎朝見ることが出来ましょうに )

「隠(こも)りのみ」に愛してはならない相手を好きになり、
日蔭の境遇を暗示しているようです。
可憐な女性の気持ちが滲みでており、撫子の楚々とした姿と重なります。

 「 なでし子に かヽるなみだや 楠の露 」 芭蕉

( あたかも愛児に注がれる慈愛の涙のように、楠木の露が可憐な
 撫子の上にはらはらと降りかかっている。)

 なでしこに「頭を撫でる愛児」「撫子」を掛けている。



                  万葉集587 夏の恋歌2 完

               次回の更新は7月23日(土)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-07-15 07:16 | 心象

万葉集その五百八十八 (浜辺の歌)

( あした 浜辺を   小豆島の夜明け )
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( さまよえば     小豆島 )
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( 昔のことぞ    稲村ケ崎海岸  )
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( しのばるる    安房鴨川海岸 )
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( 風の音よ     能登 )
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(  雲のさまよ   三浦海岸 )
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(  寄する波も    銚子 犬吠埼 )
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(  貝の色も   小豆島 )
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(  間奏     ハワイ )
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( ゆうべ浜辺を もとおれば  逗子海岸の夕暮れ  学友 J.K さん提供 )
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(  昔の 人ぞ しのばるる    同上 )
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(浜辺の歌)

「 あした(朝) 浜辺を さまよえば
  昔のことぞ  偲のばるる
  風の音よ 雲のさまよ
  よする波も 貝の色も 

  ゆうべ浜辺を 廻(もとお)れば
  昔の人ぞ  偲ばるる
  寄する波よ 返す波よ
  月の色も  星のかげも  」

                   ( 作詞 林 古渓 作曲 成田為三)

この歌は 林 古渓が若かりし頃、神奈川県辻堂東海岸、成田為三は能登の
海岸をイメージして作られたといわれています。

幼い頃、母が海辺で歌ってくれた懐かしい歌。
ゆったりと流れる美しい旋律は、いまや名曲となり世界各国で
演奏されているそうです。

四方山々に囲まれた奈良に都があった頃、多くの人々は海に憧れ、
近くの紀伊や難波に足をのばし、その感動を語っています。
さらに、律令国家の統一が成ると全国に国府が置かれ、
また、難波が防人の集結拠点になると、人々が海に接する機会が飛躍的に多くなり、
船旅も頻繁に行われて、多くの歌が詠われました。

万葉集で海は260余首。

美しい海、清き浜辺、寄せる波、返す波、潮騒、浜の真砂、荒海等々。
その中から冒頭の「浜辺の歌」と雰囲気が似ているものを
ピックアップしてみましょう。

「 大伴の 御津(みつ)の浜辺(はまへ)を うちさらし
    寄せ来る波の   ゆくへ知らずも 」 
                            巻7-1151 作者未詳

( 大伴の御津の浜辺を 洗いさらすようにして打ち寄せて来る波、
      この波はいったいどこへ流れ去っていくのだろうか )

     「大伴の御津」 難波の津 「大伴」は大阪から堺にかけての総称。
              大伴氏の領地があったことによる。

作者は鴨長明の
「ゆく川の流れは絶えずして、しかも もとの水にはあらず」(方丈記)の
無常観を感じているのか「ゆくへ知らずも」と詠っています。

寄せては返す波を眺めながら、昔の人を偲んでいたのでしょうか。

「 住吉(すみのえ)の 名児(なご)の浜辺に 馬立てて
   玉拾(たまひり)ひしく 常忘らえず 」 
                              巻7-1153 作者未詳

( 住吉の 名児の浜辺に 馬をとどめて 玉を拾ったその楽しさは
  いつも心に残って忘れられない )

住吉の名児: 住吉の海岸であるが所在は未詳 粉浜説あり。

作者は都から難波に出かけて美しい石や貝を拾いあげて
お土産にしたようです。
寄せる波に打ち上げられる玉のような貝は桜色?
初めて海を見たのでしょうか。
その熱い感動ぶりが伝わってくる一首です。

「 冬の日の 疾風(はやち)するにも 似て赤き 
           さみだれ晴の 海の夕雲 」   与謝野晶子

さて、「浜辺の歌」には3番が存在し、昭和22年7月 中等音楽から
削除されているのを御存じでしょうか。
1~2番とは打って変わり、雰囲気が一変しています。
解釈が難しいこと、前の歌とのつながりが不明なので
唱歌にそぐわないと判断されたのでしょうか?

「 疾風(はやち)たちまち  波を吹き
  赤裳の裾(すそ)ぞ  濡れ漬(ひ)じし
  病みし我は  すでに癒えて
  浜辺の真砂  まなご(愛子)いまは 」
  
                     ( 作詞 林 古渓 作曲 成田為三)

「 突然、疾風(しっぷう)が吹いて 波が立ち
  わが愛する人の赤裳(着物の赤い下着)が ずぶ濡れになってしまった。
  大病を患った私は、既に癒えたが あの人はもういない。
  浜の小さな砂、そして愛する人は 今元気でいるのだろうか。」

 と解釈すると、1~2番の「昔の人、昔のこと」は病気を患う前に愛した人
 そして逢い引きした様々な出来事を思いだしながら、浜辺をあてどもなく
 彷徨している姿が思い浮かべられるのです。

「 白波の 寄そる浜辺(はまへ)に 別れなば
          いともすべなみ 八(や)たび袖振る 」 巻20-4379 
                    大舎人部 禰麻呂( おほとねりべの ねまろ) 足利の防人

( 白波の寄せるこの浜辺で 故郷から遠く離れて
  愛する人と別れてしまったからには、もう、どうしょうも無い。
 ただただ、何度も何度も袖を振るばかりだ )

防人の任期は3年。
往きは官費、帰りは自費。
旅費が尽きて、行き倒れとなる人も多く生還が期し難い旅です。
愛する人と別れなければならない深い悲しみがこもり、浜辺の歌の
気持に通じます。

さて、浜辺の歌3番の「赤裳」。
古の男を魅了してやまなかった赤い下着のことです。
波や雨に濡れてたくしあげると白い太ももがチラッと見える。
その官能に大いにくすぐられた万葉男は多くの歌を詠っています。


「 我妹子(わぎもこ)が 赤裳の裾の ひづつらむ
    今日の小雨に 我さへ濡れな 」 
                          巻7-1090 作者未詳

( いとしいあの子は、今日の小雨で今ごろ赤裳の裾を濡らしていることであろう。
      よ-し、俺様も濡れて行こう 。)

自分も濡れることによって共に一体だと詠っています。

「浜辺の歌」で「赤裳」「ひづつ」という言葉が出てきたのには
「びっくりぽん」。

一体なんで こんなところに出てきたのか?
林 古渓さんも万葉集を勉強していたのかしらん。

「 なびきあひ くだけてひろき 夕凪の
                九十九里が浜の  波のましろさ 」  若山牧水



              万葉集588(浜辺の歌) 完

              次回の更新は7月15日です
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by uqrx74fd | 2016-07-08 00:00 | 自然

万葉集その五百八十七 (飛鳥慕情)

( 飛鳥浄御原宮:あすか きよみがはら みや復元模型: 天武天皇造営  飛鳥資料館)
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( 聖なる山とされたミハ山  右は聖徳太子ゆかりの橘寺 )
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( 甘樫の丘の春  畝傍山 後方 二上山 )
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( 飛鳥川の飛び石 )
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( 飛鳥寺  我国最古の本格的仏教寺院 蘇我馬子開基 6世紀末 )
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(  同 復元図 )
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(  飛鳥の秋  棚田 )
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(  飛鳥の春  万葉の森 )
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(  飛鳥の秋   花々に囲まれた農家 )
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(  謎の亀石  )
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( 石舞台公園で遊ぶ子供たち )
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( 高松塚の近くの広場で  枯れ葉で作った天平美人 )
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「 大和は国の真秀(まほ)ろば 畳(たた)なづく青垣
     山籠れる 大和しうるはし 」       古事記

( 大和は素晴らしい国どころ、幾重にも重なる青々とした垣根のような山々
 その山に囲まれた美しい大和よ )

この歌を口ずさむとき瞼にすぐ思い浮かぶのは飛鳥と山辺の道。
古代大和の面影を一番強く残していると思われる地です。
標高は決して高くはないが幾重にも重なり、なだらかな稜線をえがく山々、
緑濃き木々、山の麓を取りまくように流れる飛鳥川、美しい棚田、
由緒ある寺社、巨大な古墳群、そして四季折々の花々。

古の時代、そのような光景に加えて、なんと鶴の群れが飛んでいたというのです。

まずは万葉集の訳文から。(巻3-324 山部赤人)

(  神の来臨する神なび山に
  たくさんの枝をさしのべて
  生い茂っている栂(つが)の木
  その名のように いよいよ次ぎ次ぎと
  玉葛のように 絶えることなく
  ずっとこうして いつも通いたいと思う

  明日香の古い都は
  山が高く川は広くて大きい
  春の日はずっとその山を眺めていたいし 
  秋の夜は清らかな川の音に聴き入る
  朝雲の中、鶴が乱れ飛び、 
  夕霧の中で、河鹿が鳴き騒いでいる
  あぁ、見るたびに声にだして 泣けてくる
  栄えた古を思うと )      
                                巻3-324 山部赤人


(訓み下し文)

「 みもろの 神(かむ)なび山に
  五百枝(いほえ)さし
  繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の木の
  いや継ぎ継ぎに
  玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく
  ありつつも やまず通はむ

  明日香の 古き都は 
  山高み 川とほしろし
  春の日は 山し見が欲し
  秋の夜は 川しさやけし
  朝雲に 鶴(たづ)は乱れ  
  夕霧に かはづ騒(さは)く 
  見るごとに 音(ね)のみし 泣かゆ
  いにしへ思へば  」
                           巻3-324    山部赤人(一部既出)

一行づつ訓み解いてまいりましょう。

「 みもろの 神(かむ)なび山に 」

       「みもろ」は「御室」で神が来臨して籠るところ
        「神なび山」 神のいます山 橘寺東南のミハ山もしくは雷山とされる

 「 五百枝(いほえ)さし」

        枝がたくさん伸びて広がっている
   
 「 繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の木の 」
   
        繁(しじ)は茂で 枝が密生している 
        栂は松科の常緑高木

 「 いや継ぎ継ぎに 」
   
        いよいよ次ぎ次ぎと 
        栂(つが)と次(つぎ)を掛けている

 「玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく 」

        伸びてゆく葛のように絶えることなく: 
        玉葛は枕詞 玉は美称、葛は蔓性植物  

  「 ありつつも やまず通はむ 」 

        ありつつも: ずっとこうして 
  
「明日香の 古き都は 」

        天武天皇が壬申の乱勝利の後造営した飛鳥浄御原宮

「山高み 川とほしろし」

        とほしろし: 大きく雄大である 
        「大」の古訓に「とほしろし」とあることによる

  「春の日は 山し見が欲し」

        「山し」の「し」は強調  春の日はずっと山を見ていたい

  「秋の夜は 川しさやけし」

         秋の夜は清かな川音を聴いていたい

  「朝雲に 鶴(たづ)は乱れ 」 

         朝雲に鶴が乱れ飛び

「夕霧に かはづ騒(さは)く 」

         夕霧の中で河鹿が鳴き騒ぐ

「見るごとに 音(ね)のみし 泣かゆ」

         あぁ、このような美しい光景をみると声を出して泣きたくなる

「いにしへ思へば 

         栄えた古の都を思うと
                                      巻3-324    山部赤人
(反歌)

「 明日香川  川淀(かはよど)さらず 立つ霧の
     思ひ過ぐべき   恋にあらなくに 」 
                                    巻3-325 山部赤人

( 明日香川の 川淀を離れずに いつも立ちこめている霧
  なかなか消えないその霧のように
  すぐ消えてしまうような ちっとやそっとの想いではないのだ。
  われらの慕情は )

 思い過ぐ:想いが消える
 恋:古都への慕情  原文は孤悲、一人悲しむの意

都が飛鳥から藤原京、さらに平城京に遷った後、旧都を訪れた作者が
懐古の情に耽けりながら詠ったものです。
飛鳥の古き都は神岳に生い茂る栂の木のように、次々(栂々:ずっと)と
訪れたい地だと誉め、自然の躍動を「山と川」、「春の日と秋の夜」、
「朝、雲、鶴 と 夕、霧,河鹿」の対句表現を積み重ねて讃え、
理想的な自然の姿、生き物の躍動する世界を表現しています。

にもかかわらず、往時の人々の行き来、賑わいは絶えた。
「霧」は嘆きの溜息。
旧都への慕情を「恋」という言葉で表現した斬新な歌です。

以下は犬養孝氏の「飛鳥の鶴」からです。

「 鶴は人間がかわいがってくれるところをちゃんと知っている。
  秋10月末に、シベリヤ、蒙古の方から飛来してきて,越冬し
  春3月には、もとの地へ帰ってくるのだ。
  飛鳥の地への鶴の飛来など とうてい望むべくもないとは言い切れない。
  もし真神の原を流れる飛鳥川がきれいになって、河鹿の声がきかれるように
  なるならば「朝雲に鶴(たづ)は乱れ」は夢ではない日が来ないとも限らない。
  わたしは飛鳥川畔に立って「夕霧にかはづさはく」実景を思い、飛鳥の田に
  群れいる鶴、山地にこだまする鶴群(たづむら)の凛とした鳴き声を
  飛鳥のために、日本のために,思いえがくのである。」

                           ( 明日香風第三所収  現代教養文庫 )


     「 飛鳥寺 鐘の音響く 鶴(たづ)鳴きわたれ 」 筆者


               万葉集587 (飛鳥慕情)   完


       次回の更新は7月8日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-07-01 07:04 | 心象