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万葉集その六百四 (真弓)

( マユミの花 初夏  奈良万葉植物園 )
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( マユミの実  夏   同 )
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( 色づいてきました  初秋  市川万葉植物園 )
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(  完熟   学友N.F さん提供 )
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(  同上 )  
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(  オレンジ色の実  千葉 鋸南 )
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(   同上  )
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今年の5月中旬のことです。
春日大社神苑、万葉植物園を散策していると、薄緑色の真弓の花が
咲いているのを見つけました。
花びら1弁が米粒位の大きさで、よくよく気を付けて見ないと葉に紛れて、
見過ごしてしまいそう。
初めて見る可愛い花、小躍りしながらシャッタ-を切りました。

 「 若緑 まゆみの小花 愛らしき 」   筆者

真弓は日本全土の山地に自生しているニシキギ科の落葉低木で、
通常高さ3m位ですが、中には10m以上の大木に成長するものもあります。
初夏に薄白緑色の4弁の小花を咲かせた後、方形の実を結び秋には熟して
美しい深紅色になります。
葉も鮮やかに紅葉するのでヤマニシキギとも。

「まゆみ」を真弓と書くのは「真(まこと)の弓の木」の意で、
昔、この材で弓を作ったことに由来しますが、実が繭に似ているからとの
説もあります。
現在は「檀」(まゆみ)という字が当てられていますが、檀は紫檀、黒檀、白檀のように
すぐれた特性を持つ木に与えられている呼称だそうです。

真弓が古くから重要視されたのは、弓という武器の材料になるほか、
この樹皮から貴重な和紙が作られ、奉書紙や写経などに用いられたことにも
よります。
ただ、紙としてミツマタ、ガンピに比べて樹皮の繊維が短く、かつ弱いため
次第に衰退し、代わりに堅牢緻密な材質を利用して各種器具、版木、将棋駒、
こけし、櫛などに加工されるようになりました。

真弓の紅葉は「下葉より染めはじめ、次第に上に及び」しかも
長期にわたって美しさを持続するので、笑み割れた美しい実とともに
多くの人達に好まれ庭木や盆栽で愛でられています。

万葉集では14首詠われ、すべて恋の歌です。

「 白真弓(しらまゆみ) 斐太(ひだ)の細江の 菅鳥(すがとり)の
     妹に恋ふれか  寐(い)を寝(ね)かねつる 」
                               巻12-3092  作者未詳

( 斐太の細江に棲む菅鳥が、妻を求めて鳴くように、
  あの子に恋い焦がれているせいか、なかなか寝付かれないなぁ。 )

  斐太は所在不明。
  「寐(い)を寝(ね)かねつる」: 寝ることもできかねている

 一人悶々と過ごす夜、鳥の声を妻を求めて鳴くものと聞いています。

 白真弓は白木の真弓、 斐太に掛かる枕詞として用いられていますが、
 掛かり方は未詳。

 菅鳥はいかなる鳥か不明ですが、鴛鴦(おしどり)がこの歌に最も当てはまる
 ようです。( 飛騨鳥類研究家 川口孫次郎) 

「 陸奥(みちのく)の 安達太良真弓(あだたらまゆみ) はじき置きて
      反(せ)らしめきなば 弦(つら)はかめかも 」
                             巻14-3437   陸奥国の歌

( 陸奥の安達太良真弓、この真弓は弓弦(ゆづる)を弾(はじ)いたままにして
  反(そ)っくり返らせるようなことをしたら、もう二度と弦を張ることなど
  できませんよ、お前さん 。)

「はじきおきて」 弓の使用を終えてそのままにしておくこと
「反らしめ きなば」 弓身が曲がったままになり普通の形に戻らない状態

夫に浮気の気配を感じた妻は「安達太良真弓」を自分に、
「弦はく」に夫と元との関係に戻ることを譬えたようです。
「このまま他の女との関係を続けるなら、私にも覚悟がありますよ」
 と開き直る女。
 さてさて、男はどう答えたのでしょうか。
 残念ながら、返歌はありませんが、男は「 降参、降参 」と
 頭を下げたような気がします。

安達太良山(福島県)近辺は当時、弓の生産地として名高く、
都に貢物として送られていました。

「 陸奥(みちのく)の安達太良真弓 弦(つら)着(は)けて
       引かばか人の 我を言(こと)なさむ 」 
                            巻7-1329 作者未詳

( 真弓で作った弓に弦をつけて引張るように、あの女の気を引いたら
  世間の人はあれこれと噂を立てるだろうなぁ )

ここでの「弦をつけて引く」(弦を張って引く)は「女性の気を引いて誘う」
喩えとして用いられています。

何でもかんでも恋の材料にして詠う万葉人。
東北の訛りもあり、微笑ましい一首です。

「 村人の 明るさこそは 檀の実 」  高澤良一

檀の実は遠くから見ると赤い花のように見えますが、近づくと
パクッと割れた殻から赤い実(種)が頭を出しています。
その可愛げな様子が好まれ、紅葉の枝と共に生花の好材料とも
されているようです。

「 檀の実 持てば 嶺越しの 風の音 」 加藤楸邨



              万葉集604(真弓)完

              次回の更新は11月4日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-10-27 19:44 | 植物

万葉集その六百三 (さねかずら)

( サネカズラの花  国立科学館付属自然教育園 東京目黒区)
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(  同 拡大  )
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( 実がつきました   奈良万葉植物園 )
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( 徐々に大きくなり   同 )
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( 秋に色づきはじめます  同 )
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( 完熟    同 )
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( そろそろ終わりです   同 )
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サネカズラは関東以西に自生するモクレン科の常緑つる性植物で、
実(さね)が美しいので漢字で「実葛」「核葛」と書かれます。
夏から初秋にかけ黄白色の小さな花を下向きに咲かせ、秋深まる頃
円形に固まって垂れ下がる大きな実を熟成、それはそれは鮮やかな赤紫色。
まるで京菓子の鹿の子のようです。

葉や茎から粘り気がある粘液が出、昔、男の整髪料に用いられたので、
美男葛(ビナンカズラ)ともよばれ、実を乾燥させて煎じて飲むと、
胃腸、滋養強壮,咳き止めに効ある有用の木です。

   「 実となりて 美男かづらの 現れぬ 」  島田みつ子

万葉集では9首、サナカズラとも詠まれ、すべて恋の歌です。

「 あしひきの 山さな葛(かづら) もみつまで
     妹に逢はずや 我(あ)が恋ひ居らむ 」 
                        巻10-2296 作者未詳

( この山のさな葛が、色づくようになるまで
 いとしいあの子に逢えないまま、私はずっと恋い焦がれていなければ
 ならないのだろうか。 )

「もみつ」は通常、紅葉することをいいますが、常緑の葉が紅葉するはずがないので
「永久に逢えないのだという心がこもる」という意の説と、
熟して真っ赤に色づいた実-「燃えるような恋心」と解する説があり、
後者の方がこの歌にはふさわしいように思われます。

長い間逢えないと嘆く男は旅の途中なのか、あるいは相手の女性が
親から交際を禁じられているのか。

なお、9首あるサナカズラの中で植物を題材としているのはこの1首のみ。
残りは「後で逢おう」「必ず逢おう」の意をもつ枕詞として用いられています。
その理由は、サナカズラの蔓(つる)が長く延び、先端がどこかで絡み合うので、
「さ寝(ね)」つまり、男女の共寝を暗示しているそうな。

「 さね葛(かづら) 後(のち)も逢はむと 夢(いめ)のみに
     うけひわたりて 年は経(へ)につつ 」 
                      巻11-2479   柿本人麻呂歌集

( さね葛が伸び、あとで絡まり合うように、後にでも逢おうと
     夢の中ばかりで祈り続けているうちに、年はいたずらに過ぎて行きます。)

         「夢のみに うけひわたりて」
  
           「うけふ」 あることを心に誓って神に祈り神意をうかがうこと。
           寝る前にしかじかの夢をみたら後に逢えると誓い、
           その夢で一心不乱に祈っての意 

「 木綿畳(ゆふたたみ) 田上山(たなかみやま)の さな葛
     ありさりてしも 今にあらずとも 」 
                          巻12-3070  作者未詳

( 田上山のさね葛 その葛が伸び続けるように
      このままずっと生きながらえて あの子にいつか逢いたい。
      今でなくてもよいから。)

とはいうものの、今すぐにでも逢いたいと思い続ける男。
相手は高貴な高嶺の花の女性なのでしょうか。

       木綿畳: 木綿を折りたたんだ神祭りの幣帛(へいはく) 田上山の枕詞
             長い蔓にあやかり生命の長久や永遠を寿ぐものとされた。

       田上山: 滋賀県大津市南部の山 藤原京造営の丸太を伐り出した産地

       ありさりてしも: 「ありしありても」の約 「あり」は動作の継続を表す
                  「し」強意の助詞 ずっと生きながらえての意

サネカズラは花、実共に鑑賞価値が高いので蔓を垣根に這わせたり、
盆栽仕立てや生花の材料とされ、また、樹液は和紙を漉く時の
糊料(こりょう)に用いられているので「布海苔葛(ふのりかずら)」
「ところ葛」ともよばれています。
  
      「 葉がくれに 現れし実の さねかずら 」 高濱虚子



         万葉集603 (さねかずら)完

         次回の更新は10月28日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-10-20 17:29 | 植物

万葉集その六百二 (秋の恋歌 3)

( 沢瀉(オモダカ)の葉 奈良万葉植物園 )
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( 同 逆さにしたら人の顔?  同 )
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( 沢瀉の花 初夏  同 )
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( 写楽の切手  人の顔が沢瀉に似ている? )
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( 稲刈りのあと  明日香  奈良 )
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( 朝露   室生寺 奈良 )
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(  葛の花  奈良万葉植物園 )
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(  紅葉   奈良公園 )
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(  鹿は紅葉がお好き  同 )
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秋の恋歌の第三弾は沢瀉(おもだか)、稲刈り、露、葛、黄葉に寄せた恋歌です。
まずは貌花(かほ花)と詠われた沢瀉から。

「 石橋の 間々(まま)に生ひたる かほ花の
    花にしありけり ありつつ見れば 」
                          巻10-2288 作者未詳

( 川を渡るために置いた飛び石の合間に生えているかお花。
 その花は美しいけど実を付けない仇花だったのだな。
 やっぱり一時の浮気心だったのか。 
 こちらは真剣に付き合ってきたのに。)

「長い間、誠意を尽くして付き合ってきたのに、あの女は一向に
応えてくれない。がっかりしたなぁ。」
と実のない女に失望している男。

カホバナは容花、貌花とも書かれます。

「言海」によると「かほ」とは「形秀:かたほ」が略されたもので、
もともとは目鼻立ちの整った表面(おもてずら)を意味するそうです。

古代の人たちは「かほばな」の可憐な花の美しさに引かれてその名を
与えたのでしょうが、今日のどの花に当たるかについては昼顔、
カキツバタ、オモダカ、ムクゲ、キキョウなど諸説あり定まっていません。

この歌での「かほ花」は、川の飛び石の間に咲く花、つまり水中や湿地に生えて
いると詠われているのでオモダカ(沢瀉)かカキツバタと思われますが、
秋の相聞に分類されているのでオモダカと解釈致します。

枕草子54段 「草は」で

「 沢瀉も 名の をかしきなり。
    心あがりしけむと 思ふに。 」

( 沢瀉は面高に通じて面白い名前です。
 大柄(おおへい)に しているだろうと思いますと。)

と、あるように葉の付き具合が顔を上げて高ぶっているように
見えなくもありません。
鼻など顔の中央部が高いのを「面高」といい、転じて「高慢な」の意も。
顎が長く、鼻が大きい写楽の絵に何となく似ているような気がします。

沢瀉はオモダカ科の多年草で、夏に白い小花を咲かせ、
別名、花慈姑(ハナグワイ)。 
因みに歌舞伎の市川猿之助,段四郎の屋号は「澤瀉屋」です。

 「 澤瀉や 弓矢立てたる 水の花 」  山口素堂

葉の形を矢羽に見立てたのでしょうか。

次は稲刈に寄せる恋歌です。

「 橘を守部(もりべ)の里の 門田早稲(かどたわせ)
     刈る時過ぎぬ 来(こ)ずとすらしも 」
                     巻10-2251 作者未詳

( 守部の里の門田の早稲を刈り取る時期が過ぎてしまった。
  なのに、あの人は来てくれないつもりらしい。)

刈り入れが終わったら来ると云ったのに。
農繁期が過ぎても男が来ないと嘆く女。

男は田の世話をするため、田の前に仮小屋を作って寝泊りをしていました。
もうとっくに刈り入れが終わっているはずなのにあの人はどこへ行ったのだろう。

「橘」はここでは枕詞 大切な橘を守るの意で守部に掛かる。
              守部の所在は不詳。(奈良天理市の説あり)
「門田」:家(仮小屋)の前の田


「 露霜に 衣手濡れて 今だにも
     妹がり行(ゆ)かな 夜は更けぬとも 」
                    巻10-2257  作者未詳

( 冷たい露に衣を濡らしながらでも、今すぐあの子のところへ行こう。
 たとえ夜が更けてしまおうとも。 )

露霜は秋の露の意。
男は「今夜訪ねていくぞ」と約束していたのに、何らかの事情で遅くなった。
妻問は夜に訪れ、明け方に帰るのが習い。
今から行くと夜明けになるが「ルールなんか構うものかと」心はやる男です。

「 我がやどの 葛葉 日に異(け)に 色づきぬ
    来まさぬ君は 何心ぞも 」 
                  巻10-2295 作者未詳

( 我家の庭の葛の葉は日増しに色づいてきました。
 それなのに一向にお出でにならないあなたさま、
 一体どういうお気持ちなのでしょう。)

待てど暮らせど音沙汰がない男。
もう私に飽きたのかしら、他に女が出来たのかしらと気を揉む女。
人づてしか通信手段がない昔はただ、ただ待つだけ。

男も女もこの人一筋とばかりではなかったようです。

「 黄葉(もみちば)の 過ぎかてぬ子を 人妻と
     見つつやあらむ 恋しきものを 」 
                       巻10-2297 作者未詳

( 黄葉した葉が散り過ぎるように、あの子は去っていった。
 あぁ!これからは人妻として眺めていなければならないのか。
 こんなに恋しくて、恋しくてたまらないのに。 )

ずっと好きだったあの子。
いつかきっと一緒になってくれるだろうと夢見ていた。
なのにあの子は突然他の男と結婚してしまった。
どうしても諦めきれない、未練の男。

最後に梁塵秘抄 (物はづくし)から

「 心の澄むものは
  秋は山田の 庵(いほ)ごとに
  鹿驚かすてふ 引板(ひた)の声
  衣 しで打つ槌(つち)の音 」 
               
( カランカラン。
  秋の夜、田んぼの前の仮小屋に仕掛けてある鹿よけの鳴子の音。
  トントン、トントン。
  女性が他郷にある夫を想いつつ布を打つ砧(きぬた)の音。

  夜のしじまを破って、遠くから聞こえてくる。
  しみじみとした感興を起こさせる響きよなぁ。 )

心澄むものは: しみじみとした感興を起こさせるものは

山田の庵ごとに : 山の田にある番小屋ごとに

鹿驚かすてふ 引板の声 : 鹿を追い払うための引板(鳴子)の音

衣しで打つ   :  対座して砧(きぬた)で衣をしきりに打つ
             「しで」は「仕手」か。
              「砧」で打つのは布地をやわらげ艶を出すため。


      万葉集602(秋の恋歌3) 完


      次回の更新は10月21日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-10-13 16:50 | 心象

万葉集その六百一 (秋の恋歌2.)

( 名月 )
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( 有明の月 )
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( 鶏頭:けいとう  万葉集では韓藍:からあい と詠われている )
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( 秋風に靡くススキ  飛鳥 奈良 )
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( 秋山  室生寺 奈良 )
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( 露草   奈良万葉植物園 )
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( 藤袴と彼岸花  同上 )
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( ススキに寄生するナンバンギセル 同上 )
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(  飛鳥稲渕の棚田 )
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( 2016年案山子祭りのテーマは真田丸とオリンピック  同上 )
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( 日本チーム400mリレー 銀メダル獲得の偉業
  アレッ!ケンブリッジ選手がボルトになっているなぁ。 )
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 九月を長月(ながつき)とよぶのは、
「 陰暦9月が秋分を過ぎて1か月経ち、ようやく日が暮れやすく、
 夜が長くなるのを実感する頃による。

 必ずしも日照時間の長短のピークを指すものではなく、
 季節変化を身に実感することからくる繊細な季節感 」だそうです。
                            ( 橋本文三郎 同上語源辞典 )

陰暦9月は今の陽暦に直すと10月から11月初旬。
月が美しく澄み、紅葉が山々を彩る恋の季節です。

「 九月(ながつき)の 有明の月夜(つくよ) ありつつも
    君が来(き)まさば  我(あ)れ恋ひめやも 」 
                            巻10-2300 作者未詳

( 九月の有明の月ではないけれど、ありつつも-これからもずっと
  度々おいでくだされば、私はどうして恋焦がれることなど
  ありましょうか )

久しぶりに男が訪ねてきてくれた。
心ゆくまで一夜を過ごし今は満たされた気分。
長い間、男の顔を見ることが出来なかった苦しみが嘘のよう。
あぁ、この幸せがいつまでも続いて欲しい。
時よ止まれ!

夢のような一時は瞬く間に終わり、月も傾いてきた。
帰り支度する男に声をかける
「もっと頻繁にお出でくだされば,
恋焦がれることもありませんのに」
と、恨めしげにまたの訪れをねだる女。
「我れ恋ひめやも」は万葉恋歌の殺し文句です。

「 今よりは 秋風寒く 吹きなむを
     いかにかひとり 長き夜を寝む 」 
                           巻3-462 大伴家持

( 今から秋風がさぞ吹くであろうに、たった一人でこの秋の夜長を
  寝ようというのであろうか。)

前注に「亡妾を悲しんで詠った」とありますが、いかなる女性かは不明。
当時、正妻以外に妾をもつことは許されていたようですが、家持16歳頃とは驚き。
「秋の夜長の一人寝の寂しさ」も恋歌の常套句。
百戦錬磨のマダム、大伴坂上郎女(叔母)の指導によるものでしょうか。

「 恋ふる日の 日(け)長くしあれば 我が園の
    韓藍(からあい)の花の 色に出(い)でにけり 」
                        10-2278 作者未詳

( 毎日毎日あなたのことを想っています。
      もう心の内を隠し切れない。
      まるで我が家に咲く韓藍の花のように目立ってしまう。
      どうしょう、私。)

韓藍(からあい)は現在の鶏頭(けいとう)で赤い染料に用いたので
唐から来た藍の意。

恋は秘密にというのが当時の習い。
他人に知られたら恋は破綻すると考えられていました。

待っても待っても男の訪れがない。
我慢が出来なくなり、とうとう顔や態度に出てしまったと嘆く女。
鶏頭の赤い花の如く燃えるような恋心です。

「 我妹子(わぎもこ)の 衣にあらなむ 秋風の
    寒きこのころ  下に着ましを 」 
                       巻10-2260 作者未詳

( いとしいあの子よ、おれの衣になってくれないかなぁ。
  秋風が寒々としてきた今日このごろ。
  いつも肌身につけていたいものよ。)

秋風が身に染みる頃、一人寝のわびしさをひしひしと感じている男。
「 お前と一緒に寝ていたらどんなに暖かろう。
しかし、こうも離れていてはなぁ。」

男は旅をしているのでしょうか。

「  秋の田の 穂の上に置ける 白露の
    消(け)ぬべくも我(わ)は 思ほゆるかも 」 
                      巻10-2246 作者未詳

( 秋の田の稲穂の上に置いている白露がはかなく消えうせるように
  私も消えてしまいたいくらいに、あの人のことが想われてなりません。)

光を浴びてキラキラ美しく光る白露は一瞬の生命。
消える→はかないの連想の恋歌は数えきれないほど詠われています。

恋の切なさゆえ、もう死んでしまいたい。
美しくも清純な乙女の恋です。

「 秋山の したひが下(した)に 鳴く鳥の
    声だに聞かば 何か嘆かむ 」 
                      巻10-2239 柿本人麻呂歌集

( 秋山のもみじの蔭で鳴く鳥の声。
      その鳥の声ではないが、せめてあの方の声だけでも聞くことが出来たら
      何を嘆くことがありましょうか )

古代、赤く色づくことを「したひ」と云っていました。
「したひが下」とは黄葉した木の蔭の意です。
愛する人のことを想っていたら、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
あれは人を恋ふる鳥、ホトトギスだろうか?

長い間逢っていない。
せめてあの人の声だけでも聞きたい。
電話などない時代、叶わぬ夢と知りつつも、つい口に出た。

「何か嘆かむ」は強い嘆きの表現。

相手の男は旅に出たのか、去ってしまった、あるいは亡くなったのかは
定かではありませんが、しみじみとした情感が漂う一首です。

4500余首ある万葉集の大半は恋の歌。
それも単に心の内を吐露するのではなく、四季折々の景観、動物、植物を
採り入れて詠う。
その語彙の豊かさ、発想の斬新さには驚くばかり。
近代の作者や歌人がなべて万葉に学んだのも肯けることです。

「 つねよりも 面影にたつ 夕べかな
     今やかぎりと 思ひなるにも 」 
                           建礼門院右京大夫

( もうこれっきりでお別れしようと思っていたのに-。
 夕方になったら、いつもより恋しく恋しく思われてなりません )

    
ご参考

「秋の恋歌」(553号 2015,11,5)の内容
           「 黄昏(たそがれ)の起源である誰(た)そかれ、
             秋萩、長雨、鳴く鶴、こおろぎ、枕と寝る、天飛ぶ雁 」

「秋の恋歌2」(601号 今回) の内容

           「 有明の月、秋風、韓藍(からあい);鶏頭、白露、 黄葉 」

「秋の恋歌3」(602号 次回)

           「 沢瀉(おもだか)、稲刈り、 露霜、  葛、  黄葉 」



                  万葉集601(秋の恋歌2)完


                  次回の更新は10月14日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-10-06 20:08 | 心象