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万葉集その六百三十 (曲水の宴)

( 城南宮 平安時代 都の守護神 曲水の宴が今でも開催されている 京都伏見区 )
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( 曲水の宴  城南宮 )
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( 同上 )
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( 曲水の宴図  吉田元陳作  城南宮収蔵 )
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(  羽觴:うしょう 鴛鴦の形をした酒杯の受皿  作歌が終わった人が取り上げ盃を戴く) 
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( 曲水の宴図  京都御所 )
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(  東院庭園  平城宮跡隣り  奈良 )
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( 同上 )
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( 桃と鯉のぼり  万葉ゆかりの古河 茨城県 )
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(  桃の花  同上 )
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万葉集その六百三十 (曲水の宴)

「曲水の宴」とは宮中で催された中国伝来の行事で、庭園の曲がりくねった小川の両側に
貴族たちが座り、上流から流れてくる酒杯が自分の前を通り過ぎないうちに
詩歌を詠んだのち、おもむろに酒杯を取り上げて飲むという優雅な宴です。

時期は旧暦の3月初旬、現在の4月の中頃でしょうか。
桜や桃、椿の花が咲く華やかな季節です。

「 今日(けふ)のため と思ひて標(しめ)し あしひきの
      峰の上の桜 かく咲きにけり 」 
                       巻19-4151 大伴家持

( 今日の宴のためにと思って私が特に押さえておいた山の峰の桜、
 その桜はこんなに見事に咲きました。)

「 奥山の 八つ峰(を)の椿 つばらかに
    今日(けふ)は暮さね ますらをの伴(とも) 」 
                          巻19-4152 大伴家持

( 奥山のあちらこちらの峰に咲く椿、
 その名のように、つばらかに心ゆくまで
 今日1日、ゆっくりお過ごしください。
 お集まりの ますらおの皆様たち。)

      「つばらかに」: ゆったりとした気持ちで

「 漢人(からひと)も 筏(いかだ)浮かべて 遊ぶといふ
      今日(けふ)ぞ 我が背子  花かづらせな 」 
                            巻19-4153 大伴家持

( 唐の国の人も、筏を浮かべて遊ぶという今日のこの日。
 さぁ、皆さん、花蘰(はなかずら)をかざして、
 楽しく遊ぼうではありませんか )

   「花蘰」: 花で編んだ髪飾り

古代中國では陰暦3月最初の巳の日を上巳(じょうし)といい
格別な吉日とされて曲水の宴が行われていました。
この行事が後に、3月3日に固定されて我国に伝えられたと云われています。

我国文献での記録は古く、日本書記 顕宗(けんぞう)天皇元年(485)
「 3月の上巳に後苑にて曲水の宴をきこしめす 」とあります。

ただ、家持が詠った3首の歌は、いわゆる正式な曲水の宴ではなく、
越中国守の館で山桜、椿を眺めながら官吏と共にした宴会でのもの。
というのは、曲水の宴を催すには広大かつ凝った造りの庭園が必要なので、
場所は宮中か大貴族の庭園にかぎられ、一介の地方国守ではなしえない
行事だったからです。

風流貴族の家持は3月3日に歌を詠むという習慣だけを採りいれたようですが、
他に例がなく、上記3首は和歌史上初の記念すべき歌群とされています。

また、747年、大伴家持の歌友、大伴池主も同じく「晩春3日遊覧」と題する
漢詩を作り3月3日の佳き日に、桃の花の紅と柳の緑が美しいことと、
水辺に出て酒を酌み交わす光景を述べています。

以下は訳文です。(漢詩は省略)

「 春の終わりの佳き日は 賞美するによく
  3月3日のさわやかな風景は、遊覧するに値する。
  川に沿って柳の道が続き、人々の色とりどりの晴れ着が美しい。
  桃咲く里は流れが海に通じており、仙人が舟を浮かべている。

  雲雷模様の酒樽で香り高い佳酒を酌めば
  澄酒がなみなみと湛えられ、
  鳥形の盃は人々に詩詠をうながして,幾曲りもしている水に流れる。

  私はほしいままに気持ち良く酔い 陶然としてすべてを忘れ、
  酩酊してところ構わず 座り込むばかりである。」
    
さて、宮中で行われた曲水の宴の歌は、我国最初の漢詩集「懐風藻」に
3編残されており、下記はそのうちの1つです。

三月三日 曲水の宴 

「 錦巌(きんがん) 飛瀑(ひばく)激し
  春岫(しゆんしゅう) 曄桃(えふとう)開く
  流水の急なるを 憚(はばか)らず
  ただ盞(さん)の 遅く来ることを 恨む 」   山田 三方 懐風藻より

                    (春)岫(しゅう) :(春の)峰 
                    曄桃(えふとう): 輝き照っている桃
                    盞(さん):盃

( 錦の彩りをした巌から 滝が激しく流れ落ち
  春にかすむ峰には  桃があでやかに咲いている
  曲水の流れの急なことは 別にいとわないが
  盃の廻ってくるのが 遅いのが残念だ )

我国では民間で古くから流し雛といって木片などで作った人形(ひとがた)に
穢れや災いを託して水辺に流すという禊ぎの風習があり、のち宮中で
6月,12月の末、大祓(おおはらえ)といわれる大規模な行事になります。

このような下地があったので、酒杯を川に浮かべて流すという行事が
中国からもたらされてもごく自然に我国でも受け入れられたのでしょう。

現在、平城京宮跡の近くに当時の庭園(東院庭園)が再現されています。
春日山、御蓋山を借景にし、古代王侯貴族の優雅な生活を彷彿させるような
たたずまいです。
また、京都の城南宮、上賀茂神社、福岡の太宰府天満宮でも毎年、
古式豊かな曲水の宴が催されており、多くの観光客を楽しませてくれています。

※ 京都城南宮の曲水の宴 4月29日、11月3日 年2回開催

  「 曲水の 流れゆるやか 花筏 」       川戸狐舟


            万葉集630 (曲水の宴) 完



           次回の更新は5月5日(金) の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-27 15:18 | 生活

万葉集その六百二十九 (八重桜)

( 知足院山門  ナラヤエザクラの発祥地   奈良 正倉院東側 )
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(  同上  本堂 )
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( ナラヤエザクラ  知足院 )
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(  新宿御苑  東京 )
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 鬱金桜:うこんざくら  新宿御苑 )
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( 高千穂神社    佐倉市)
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 京都御所 御苑 )
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( 同上 )
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万葉集その六百二十九 (八重桜)

「 いにしへの奈良の都の八重桜
    けふ九重(ここのへ)に にほひぬるかな 」  
                       伊勢大輔(いせのたいふ) 詞花集 百人一首

一条天皇の御代、奈良の八重桜が献上された際、作者が受取人となり、
藤原道長から「その花を題にして歌を詠め」と命じられ即座に詠んだもの。
上の句で古き都の栄光を背負っているような見事な八重桜を強調し、
下の句でそれが平安京の宮廷(九重)で絢爛と輝く有様を述べて詠嘆した。

「いにしへ」と「けふ」、「八重」と「九重」を対比し、古都の桜を称え
平安宮廷の繁栄を明るく高らかに詠いあげた名作。
この一首により八重桜と云えば奈良、不変のものとなりました。

八重桜は桜の一品種ではなく、八重咲きに花をつける桜の総称で、
我国では「関山(カンザン)、「一葉(イチヨウ)」、「普賢象(フゲンゾウ)」、
「八重紅枝垂れ」、そして淡い黄色の「鬱金(ウコン)」などが知られています。

多くはヤマザクラやソメイヨシノに比べて開花期が遅く、見頃は4月中旬~下旬。
散り始めまでの期間が長くゆっくり楽しめ、風に舞う花びらや花絨毯も美しい。

万葉集には八重桜という言葉は見えませんが、聖武天皇がご覧になって
いたく感心されたという記述もあるので、平城京の周囲には多く咲き誇って
いたことでしょう。

「 あをによし 奈良の都は 咲く花の
   にほふがごとく 今盛りなり 」 
                        巻3-328 小野 老(おゆ)

( 奈良の都は咲き誇る花の色香が匂ひ映えるごとく、今真っ盛り。)

大宰府で勤務している作者が公用で都に上り、桜満開の素晴らしさを
宴席で語ったもの。
豪華絢爛な八重桜が咲き誇る奈良の春を世にも美しく詠い、
長く愛唱されている一首です。

「 見渡せば 春日の野辺(のへ)に 霞立ち
    咲きにほへるは 桜花かも  」  
                        巻10-1872  作者未詳

( 遠く見渡すと、春日の野辺一帯に霞がたちこめ、花が美しく咲き誇っている。
 あれは、桜の花だろうか。)

「 遠く霞の中に咲きにほふ桜花の眺め。
今も美しい日本の春の典型的な景色である 」( 佐佐木信綱 万葉集評釈)

と評される平安朝和歌の先駆をなすもの。
今日の飛火野から奈良公園一帯にその面影が残ります。

「 千歳すむ 池のみぎはの 八重桜
           かげさへ底に 重ねてぞ見る 」    藤原俊忠 千載和歌集

八重桜はオクヤマザクラが重弁化して生まれたものと考えられています。

以下は小清水 卓司奈良女子大名誉教授の記述からの要約です。

『 その昔、聖武天皇が弥生の頃三笠山の奥に行幸された時、
谷間にいとも麗しい八重桜の咲いているのをご覧になり、
宮廷に帰って光明皇后に伝えたところ、皇后は非常にお喜びになり
その桜の一枝なりとも見たいと御所望になり、臣下が気を利かせて
宮廷に移植して御覧に入れ、以来春ごとにこの桜花を愛でられていた。

ところが女帝孝謙天皇のころになって、当時飛ぶ鳥も落とす勢力を
誇示していた興福寺の僧達はこの名桜を宮廷に置くことを喜ばず
権力をもってこの桜を興福寺の東円堂前(旧奈良学芸大学正門内)に
移植して興福寺の名桜として誇っていた。
との言い伝えがある。

しかし、多数の古歌、古図、史実に掲載されている桜が
いかなる種類に属する桜であるか検討したものがなかった。

大正11年(1922) 植物学の権威である三好学博士が
一般の桜がほぼ散った4月の末の頃、奈良の正倉院東隣の丘の上にある
世人から隔離され、訪ねる人も少ない知足院の裏山の藪の中に
赤い芽ざしの葉と花とを調和よく同時につけ、いとも優雅な気品のある
他に類例を見ない八重桜が咲き盛っているのを見て、調査の結果
これこそ古来から古記録、古歌、史実などに現れている貴重な八重桜と
よく符合することを確認して、その結果を植物学雑誌に独文で報告、
記述し、桜の新種「ナラノヤエザクラ」と発表した。

さらに大正12年(1923)には、文学上、歴史、植物学上貴重であり、
稀珍な存在であるとして、知足院奈良八重桜を天然記念物に指定して
今日に及んでいる。
なお、この桜の増殖は非常に困難であり、保存に意を用いないと
絶滅する運命にあり、この種の老樹は、ほとんど枯れてしまっているのは
残念である。 』                 ( 万葉の草、木、花 朝日新聞社 )

「 『 いにしへの 寧楽(なら)のみやこの やえざくら 』―
                ふとくちずさみ 涙うかべり  」    土岐善麿

ナラヤエザクラは増殖力が弱く、現在は東大寺知足院で小ぶりのものしか
見ることが出来ませんが、他の種の八重桜はいたるところで豪華絢爛な花を
咲かせており、中でも、新宿御苑、大阪の造幣局の「桜の通り抜け」が
よく知られています。

    「 奈良七重 七堂伽藍 八重ざくら 」   芭蕉




                  万葉集629 ( 八重桜 )完



                  次回の更新は4月28日の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-20 19:57 | 植物

万葉集その六百二十八 (あだ桜)

( 吉高大桜  千葉県印旛村 )
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( 三春滝桜   福島県 )
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( 上田城   長野県 )
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( 又兵衛桜  奈良県 )
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( 千鳥ヶ淵   東京 )
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( 六義園枝垂れ桜     東京 )
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( 醍醐寺   京都 )
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(  玄賓庵   山辺の道  奈良 )
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(  高千穂神社   佐倉市 )
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(  新宿御苑   東京 )
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(  同上 )
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万葉集その六百二十八 (あだ桜)

「 明日ありと 思ふ心の あだ桜
         夜半に嵐の 吹かぬものかは 」 親鸞聖人絵詞伝

親鸞聖人9歳の時に詠んだと伝えられる一首。(ほんとかしら?)

得度(僧侶になること)するために青蓮院の慈円和尚を訪れたが、生憎夜中。
慈円は「今日は遅いから明日に」と云った時に答えた歌とされています。

「この世は無常であり、今を盛りと咲く桜が夜中の嵐で
 散ってしまうかもしれません。
 私の命も同じように何時果てるかもわからない。
 どうか、今ここで得度の儀式を執り行って下さい」 と
お願いして了解を得たそうな。

この歌を人生で最初に覚えたとされる向田邦子さんは
「あだ桜」という随筆で

「 人生の折り返し地点をはるかに過ぎ、残された明日は日一日と
  少なくなっているのに、まだ明日をたのむ気持ちは直っていない。
  さしあたって一番大切な、しなくてはならないことを先に延ばし、
  しなくてもいいこと、してはならないことをしたくなる性分は
  かえって年ごとに強くなってゆくような気がする。」

と述べておられます。( 父の詫び状 所収 文芸春秋社)

「思い立つた日が吉日」という言葉もあり、花見も散らぬうちに
 楽しみたいものです。

さて、こちら万葉人は風流な恋歌であだ桜を楽しんでいます。

「 やどにある 桜の花は 今もかも
      松風早み 土に散るらむ 」  
                      巻8-1458 厚見 王

( 庭に植えてある桜の花は 今ごろ松風がひどく吹いて
  ひらひらと地面に散っていることだろうか。)

作者は官人(少納言) 。
749年奉幣使として伊勢神宮に遣わされたの記録がありますが
詳しいことは未詳。

「やどにある桜」: 女の家の庭の桜を我家のもののように
            馴れ馴れしく云っており相手の女性は
            我がものという意識が底にある

女の家の落花の美しさを思いやった風流を装いながら、
他の男に心を移しているのではないかと疑っているのです。

それに対して女性は

「 世間(よのなか)も 常にしあらねば やどにある
    桜の花の 散れるころかも 」 
                     巻8-1459 久米女郎

( 人の世は 定まりないものです。
  我家の庭の桜も、空しく散ってしまいましたよ。 )

あなたこそ、一向に訪れがないものですから、待ちくたびれて
他の男に魅かれてしまいましたと応えたもの。

色よい返事を期待していた男はあっけにとられたことでしょう。
久米女郎の経歴は未詳、万葉集でこの1首のみです。

  世間(よのなか): 無常の人の世の意で男女の仲を譬えている

「 あしひきの 山の際(ま)照らす 桜花(さくらばな)
     この春雨に 散りゆかむかも 」 
                            巻10-1864 作者未詳

( 山あいを明るく照らして咲いている桜の花。
  この春雨に散ってゆくことだろうか。)

作者は前の日に満開に咲く桜を見てきたのでしょうか。
今降る春雨に打たれて散っているだろうかと、惜しんでいます。

万葉人にとっての桜は、明るく生きる生命の象徴、
散る桜は命の再生の肥やし。そして稲の神様の化身。
桜咲く時期になると山の神様がそろそろ田植えだよと教え、
花が多ければ多いほど、散る時期が遅ければ遅いほどその年は
豊年と信じられていたのです。

万葉人の詠んだ散る桜。
そこには親鸞聖人が詠った仏教的無常観は微塵も見られません。
「世間(よのなか)も常にしあれば」と詠っても、彼らにとっては
男と女の間の話。

あだ桜は万葉人にとって恋のあだ花だったのでしょう。


        「 桜花 何が不足で 散りいそぐ 」  一茶




    万葉集628(あだ桜)完

次回の更新は4月21日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-13 22:02 | 植物

万葉集その六百二十七 ( 桜の歌 )

( 長谷寺 奈良 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 山辺の道 桃と桜  奈良 )
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( 美和の杜  山辺の道  奈良 )
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(  同上 後方は三輪山  奈良 )
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( 浮御堂  奈良 )
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( 薬師寺遠望  奈良 )
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(  同上  前方は大池 )
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( 甘橿の丘  奈良 )
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( 吉野山  奈良 )
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万葉集その六百二十七 (櫻の歌)

「 さくら さくら
  野山も里も  見渡すかぎり
  かすみか雲か  朝日に匂う
  さくら さくら   花ざかり 」  (日本古謡)

桜前線の北上が始まり、琴の調べとともに流れてくるこの曲を耳にすると、
たちまち浮き浮きするような気分になります。
南の小さな島々から、北海道の隅々まで順次桜で埋め尽くされてゆく。
このような国は世界広しと云えども、我国だけでありましょう。
あぁ!日本人に生れてよかった!としみじみ感じる季節です。

万葉人もこのような光景を「国のはたてに」( 国の隅々まで)と詠い
桜の到来を寿ぎました。

「 娘子(をとめ)らが かざしのために 
  風流士(みやびを)が かづらのためと
  敷きませる
  国のはたてに 咲きにける
  桜の花の  にほひはも あなに 」 

         巻8-1429 若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)口誦

 ( 乙女たちの 挿頭(かざし)のために
   風流士(みやびを)の蘰(かずら)のためにと
   大君がお治めになる
   国の隅々まで 咲き満ちている
   桜の花の まぁ何と輝くばかりの美しさよ )

「 かざし」: 花や小枝を髪に挿して飾りとしたもの

「 風流士(みやびを)」 : 都会風の風流を解する教養ある男子

「 かづら 」: 柳や蔓草などを頭に巻く髪飾り

「 敷きませる 」: 天皇が国を統治し領有しておられる

「 国のはたてに 」: 端手、涯 :隅から隅までも 国の果てまで

「 にほひはも あなに 」: にほひ:明るく照り映える
               はも: 感動の助詞
               あなに: あぁ、ほんとうに の意の詠嘆

「 去年(こぞ)の春  逢へりし君に 恋ひにてし
     桜の花は 迎へけらしも 」 
                           巻8-1430  同上

( 去年の春 お逢いしたあなたに恋焦がれて 桜の花は
 この春もこんなにも美しく咲いて あなたをお迎えしたのですよ )

作者は宴会の席で,古歌として伝えられているものを口誦したようです。
桜を擬人法的に詠っています。

国の隅々まで桜が咲き誇り、美しい花の化身である輝くばかりの乙女が
私を迎えてくれた。
それは桜と同時に生命に対する賛歌でもあります。

 「 あしひきの 山桜花 一目だに
      君とし見てば  我(あ)れ恋ひめやも 」
                 巻17-3970   大伴家持

( 山々に咲き匂う桜の花。
 その花を、あなたと一緒に一目だけでも見ることができたら
 こんなに想い焦がれることもないことでしょうに 。 )

家持が大病を患い床に臥せていた時、歌友、大伴池主と歌のやり取りを
していた中の一首。
恋文仕立てで詠うことにより、親愛の情を示したもので、古代ではよく
用いられた手法です。

万葉時代の桜はすべて山桜か遅咲きのカスミザクラ。
カスミザクラの突然変種がナラヤエザクラになったともいわれ、
現在、東大寺近くにある智足院で栽培されたものが残っています。

自然の中で咲く山桜について 小清水 卓司氏が次のように述べておられます。

『 桜の中で日本の精を包含した花として謳歌されるものは、山桜系である。
  この桜の類は何れも、花と葉が同時に開くいかにも清浄な清々しいもので、
  多種多様な変種があるが、みなその背景を必要とし、しかもその背景は
  人工的な物体ではなく、どこまでも大自然そのもの、例えば常緑樹や、
  山川渓谷等の背景が配されてこそ、真のよさや、真の表情が
  表れるものである。』
                              (万葉の草・木・花 朝日新聞社)

今やソメイヨシノ全盛の時代。
それでもよく気を付けて見ると山桜が逞しく生き残っています。

古びた山里を歩いている時、一本の大木が満開の花を咲かせている。
それこそ絵になる風景、感動もひとしおなのです。

 「 やどりして 春の山辺に ねたる夜は
           夢のうちにも 花ぞちりける 」 
                        紀貫之 (古今和歌集)


        万葉集627(桜の歌)完

     次回の更新は4月14日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-06 11:04 | 植物

万葉集その六百二十六 (剣太刀)

( 藤の木古墳出土 飾り太刀復元品 橿原考古学研究所  奈良 )
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( 佩刀する聖徳太子  平等寺  山の辺の道 奈良 )
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( 柿本人麻呂 阿騎野 奈良宇陀かぎろひの丘 )
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( 古代の太刀  国立博物館  上野 )
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( 稲荷山古墳 金錯銘鉄剣 )
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( アイヌ太刀  国立博物館  上野 )
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( 万葉の春   上村松篁  )
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我国の刀剣の歴史は古く、古墳時代以前、青銅剣のみならず鉄製の刀剣類の
生産が始まっていたことが多くの出土品で確認されています。

古事記に登場する3種の神器の1つ草薙剣や島根安来市かわらけ谷出土の
金銅装環頭太刀、埼玉県の稲荷山古墳の金錯名鉄剣などがよく知られていますが
中でも1968年に発掘された稲荷山古墳の鉄剣に115文字の漢字が金象嵌で
刻まれていたことが大きな話題となったことは記憶に新しいところです。

この漢字には「雄略天皇に仕えた功績を記念し471年作った」と由来が
記されており、当時、天皇の勢力が全国に広がっていたことが明らかになった
重要な発見でした。

剣太刀と一言で申しましても、剣は両刃、反りがない直刀で突く武器、
太刀は片刃、反りがあり切るためのものとされていますが、後々
為政者の地位権力の象徴として華美なものになっていったようです。

万葉集では剣太刀、焼太刀など34首残されています。

「 剣太刀 いよいよ磨(と)ぐべし いにしへゆ
    さやけく負ひて  来(き)にし その名ぞ 」
                      巻20-4467 大伴家持

( 剣太刀を磨ぐというではないが 心をいよいよ磨ぎ澄まして
 緊張感をもつべし。
 わが大伴は遠く遥かなる御代から背負い持ってきた由緒ある名であるぞ。
 決して絶やしてはならぬ。 )

後ろ盾であった聖武天皇が亡くなったのち、淡海真人三船という人物の
讒言により一族の大伴古慈斐(こしび)が出雲守の任を解かれたときに
一族を諭したもの。
ここでの剣太刀は磨ぐに掛かる枕詞として使われていますが、切迫した
心情が滲み出ています。
 
万葉集では剣太刀が武器として詠われているものは少なく、
ほとんどが熱烈な恋の歌。

「あなたのためなら火の中、水の中へでも飛び込みましょう」という
健気な女性もいましたが、何と!
「 剣の刃に足を乗せてみせましょう」と詠った女傑もいたのです。

「 剣太刀(つるぎたち) 諸刃(もろは)の利きに 足踏みて
    死なば死なむよ  君によりては 」 
                        巻11-2498 作者未詳

( 剣の太刀の鋭い諸刃に 足を踏み貫いて 死ぬなら死にもいたしましょう。
 あなたさまのためなら )

当時の太刀は片刃が主流だっただけに両刃という表現には凄みがあります。
激しい恋心ながらも、ここまで迫られた男は辟易したのではないでしょうか。
それにしても昔の女性は凄い恋文を贈るものだと感心致します。

「 我妹子(わぎもこ)に 恋ひしわたれば 剣太刀
     名の惜しけくも 思ひかねつも 」 
                         巻11-2499 作者未詳

( あの子に恋焦がれ続けていると 剣の太刀の刃(な)ではないが
 名を惜しむなんて思いもよらないよ )

刃は「な」とも訓み、名の枕詞に使用したもの。
恥も外聞もなく女に惚れた男。
いまにも駆け落ちしそうな気配です。

「 剣太刀 身に佩(は)き添ふる ますらをや
     恋といふものを 忍びかねてむ 」 
                    巻11-2635  作者未詳

( 剣の太刀 この立派な太刀を身に帯びている丈夫(ますらを)たるものが、
 恋と云うものの苦しみに耐えきれないものなのだろうか )

「 大丈夫(ますらを)たるもの、もう少し毅然としなくては」
と自嘲気味の男ですが、恋は魔物、男も女も関係ありません。
「どうせ恋するなら、燃え尽きるほど燃えてごらんなさい。」
と気弱な男に言いたくなるような歌です。

「 剣太刀 身に取り添ふと 夢に見つ
     何の兆(さが)ぞも 君に逢はむため 」
                             巻4-604 笠郎女


( 女だてらに恐ろしい剣太刀をしっかり身に着けた夢をみました。
  なぜかおわかりですか?
  あなたに是が非でもお逢いしたい気持ちが凝って
  私を雄々しく奮い立たせたからですよ。 ) 
                        (杉本苑子訳 私の万葉集 集英社)

最も男性的な持ち物とされていた剣太刀を抱いて寝た夢を見た。
家持を死ぬほどの思いで恋をした作者ですが片想いに終わりました。

古代の女性にとり、剣太刀は恋の道具、それも相手の心を突き刺す
必殺の一撃だったようです。

   「 剣太刀 抱いて夢見る 恋戦(こひいくさ) 」 筆者


             万葉集626 (剣太刀)  完



            次回の更新は4月7日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-01 00:00 | 生活