万葉集その八(月の船)

 「 天(あめ)の海に 雲の波立ち 月の船

       星の林に  漕ぎ隠る見ゆ 」  

         巻 7-1068  柿本人麻呂歌集
 

この歌は天を海に、雲をその海に立つ波にたとえ、
月の船がそこを滑るように進み、
やがて輝く星の中に隠れて行くさまを詠んだ歌です。

純然たる天体の光景に想像力の翼を広げた叙景歌ですが、
万葉人はなんとファンタジックな想像をするのでしょうか。

初めてこの歌に出会った時「月の船」とはどんな船かな?と疑問に思いました。
その後、「奈良県立万葉文化館」を訪れ、この歌にちなんだ素晴らしい絵に
出会いました。

上田勝也画伯 (1944生 東京芸大大学院終了 日展会員) の作品です。
 
そこには 星が輝く天空の中、雲の間に三日月が浮かび、その下端に
眼のさめるような貴公子が手に勺を持ち、ゆったりと月にもたれて座っていました。
「ああ、これが万葉人のフアンタジ-だったのだなぁ」と納得したことでありました。

上田画伯は

「この歌に最初に出会った時、すぐ情景が目に浮かび、イメージがどんどん
 膨らんでいきました。
 当時の天空へのロマンが1200年余も後の私を現代の感覚と少しも変わらぬ
 時代を超えた新鮮さで幻想の世界へ誘ってくれました。」 

と述べておられています。

月に因む乗り物といえば、映画「 E.T 」。
少年が大きな月を背景にして自転車で天空を翔る名場面が思い出されますが、
それをはるかに超えた万葉人の雄大な想像力にはただただ驚くばかりです。
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# by uqrx74fd | 2009-03-08 09:47 | 自然

万葉集その七(初夏の風と香り)

初夏のこの季節は「五風十雨 (ごふう じゅうう)」といわれ、
「 五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降ること 」転じて
「 気候が極めて順調で豊年満作の兆し、天下泰平のこと」を表す由です。

まずは爽やかな初夏到来の歌。

 「 春過ぎて 夏来(きた)るらし 白栲(しろたへ)の 
衣干したり 天(あめ)の香具山 」    巻1-28 持統天皇 


 ( あぁ 春も過ぎ、夏がやってきたらしいのぅ。
   あの香具山に真っ白い衣が干してあるのを見ると- )

「白栲の衣」とは香具山で春の神事に奉仕した人々の身につける白い衣 (伊藤博)。

衣の清浄な白さと、瑞々しい新緑、そしてハタハタと衣を靡かせる風。
夏の到来を明るく爽やかに詠い、調べは朗々。堂々たる風格の名歌です。

作者は夫、天武天皇亡き後の複雑な時代を、精魂を込めて支えた気丈な女性でも
ありました。
 尚、この歌は
 「 春過ぎて 夏来にけらし 白栲(しろたへ)の 
      衣干すてふ 天(あめ)の香具山 」
と一部を変更されて、新古今和歌集、百人一首にも選定されています。

 中西 進氏は
「天の香具山は聖山なのだから、はたしてそこに洗濯物など干すであろうか、
おまけに藤原宮跡から天の香具山を見ても洗濯物まで見えないはずである。
そこでこの歌は、実は雪の降る冬に詠んだのではないか、
天の香具山がうっすらと雪化粧をしている。
その雪を干した衣と見立て“冬どころか春も過ぎて夏が来たらしい、
香具山の神様は衣を干していらっしゃる”と持統天皇は歌ったのではないだろうか。
雪を衣に見立てたとなると、冬に“春も終わって夏が来た”と詠んでいるのだから
なかなかユーモアを感じさせてくれる」
とユニークな新解釈をなされています。  ( 万葉の大和路より )

「 采女(うねめ)の 袖吹きかへす 明日香風(あすかかぜ) 
都を遠み いたづらに吹く  」    巻1-51 志貴皇子


( 都が浄御原(きよみがはら)から藤原宮に遷(うつ)り、明日香の風景もすっかり
  変わってしまった。
  ここを采女達が着飾って歩いていた頃が懐かしいなぁ、
  心地よく吹く風まで 今では虚しく感じられることよ。 )

 遠み:遠のき  いたづらに: むなしく、むやみに

采女とは、諸国の高官の姉妹および子女のうち容姿端麗のものが選ばれて
後宮に出仕し、  天皇の食膳や身の回りなどに奉仕する女性で、
他の男性との縁を持つことは固く禁じられていました。

作者の 志貴皇子(しきのみこ)は 天智天皇の第七皇子。
天武系の人々の栄える持統期では余り恵まれず、
撰善言司(せんぜんげんし)という文化面での長官にすぎませんでしたが、
残した歌6首はすべて秀歌の誉れが高く、万葉集に清新な風を送り込んでいます。

「 松浦川(まつらがは) 川の瀬 光り 鮎釣ると
立たせる妹(いも)が 裳(も)の裾(すそ)濡れぬ」  巻5-855 大伴旅人


( 松浦川がキラキラ輝いてきれいだねぇ。
  それにしても鮎を釣ろうと川に立っているあなたの美しいこと、
  ほらほら裾が濡れて・・・
  濡らすまいと裾をからげるから素足が見えていますよ。 )

 大伴旅人が佐賀県東松浦郡の玉島川で川遊びした時の歌。

女性の裳の裾が濡れ、白い素足がチラチラと見えている様子は
官能的な美感をそそったらしく、川面に輝く女性美を讃えています。

なお、この歌は旅人が頭に描いた幻想の世界、
つまり創作文学ともいわれています。

鮎の香りや味は万葉人にも大いに珍重されたようです。
さぁ我々も仕事を早く片付け、香魚の塩焼きでビールをぐい-といきましよう。




               万葉集7 (初夏の風と香り) 完
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# by uqrx74fd | 2009-03-08 09:46 | 自然

万葉集その六(恋のおもしろ歌)

万葉集には数多くの恋の歌が収録されていますが今回はその中で
少し毛色の変わった恋歌をご紹介します。

「おぼこ(未通女)」、「年増」、「未亡人」、「人妻」、そして「老いらくの恋」です。

「 人の見る 上は結びて 人の見ぬ

  下紐(したびも) 開(あ)けて 恋ふる日ぞ多き 」 

                 巻12-2851 作者未詳


 ( 人が見る上衣の紐は結んでいるけれども、人に見えない下着の紐は
  結ばずに開けておいて、あの方との逢瀬を待ち焦がれている日が続いています。)

 下着の紐がほどけるのは恋人に会える前兆だという古代人の俗信がありました。

 この「おぼこ」は紐が自然にほどけるのを待っているのではなく、自分からわざと
 下紐を解いていとしい人が訪れるのを待ちかねているのです。
 初めて知った切なげな恋。初々しいながらも何となく色っぽさが漂う一首です。

「みどり子の ためこそ乳母(おも)は 求むと言へ

  乳(ち)飲めや 君が 乳母(おも) 求むらむ」  

           巻12-2925 作者未詳


 ( 本来は赤子の為に乳母を求めるものでしょう。
  それなのにいい年をしたあなたがお乳を飲もうと仰るのですか? 
  乳母の私なんかお求めになって まぁ・・。 )

 年をとった女が、かなり若い男に求愛されたのに対して答えた歌で、
 「お乳を飲みたい」とは なんとストレートな恋の意思表示。

 若い男をたしなめながらも、内心は嬉しいという気持ちが滲みでている女心です。

  「乳飲めや」 : 乳を飲もうというのですか?の意
  「乳母」 : うば 親の代わりに乳を飲ませる女 元来は母をさす幼児語

 「この川に 朝菜(あさな)洗ふ児(こ) 汝(な)れも我(あ)れも

   同輩児(よち)をぞ持てる いで子 給(たば)りに」 

                    巻14-3440 作者未詳


 (この川で せっせと菜洗いしている女の方、
 あなたも私も同じ年の子供を持っていますね。
 どうです、あなたの子供を私に下さいませんか?“結婚しませんか?”)

 子持ちのやもめ男が、同じく子持ちの未亡人に向かって試みたプロポーズの歌ですが、
 子供にかこつけた男の直接的な欲望、つまりセックスしませんか? と詠ったと
 いう解釈もなされている一首です。

「人妻に 言ふは誰(た)が言(こと) さ衣(ごろも)の

    この紐とけと 言ふは誰(た)が言(こと)」  

            巻12-2866 作者未詳


 (この人妻に向かって一体誰の言い草ですか。着物の下紐を解けなんて。
  一体どなたのお言葉なんでしょう )  

作者は自分のことを人妻と自称しています。
男が人妻に言い寄り、思いがけずも大変な「おカンムリ」にあって 
参ったなぁという場面の歌です。
   
「 あづきなく 何の狂言(たはこと) 今さらに

  童言(わらはごと)する 老人(おいひと)にして」 

           巻11-2582 作者未詳
 

(ええぃ くだらない 何を口走っているのだ 今更いい年をして
 子供じみたことをほざいて)

年甲斐もなく恋に狂った男が自己反省をしている弁。
今でも通用しそうな歌ですね。

  あづきなく :「自分の意思では律しきれないさま」 
  童言  : 「子供が口にするような愚かな言葉」
 
「 島木赤彦は斉藤茂吉と共にアララギ派の理論的指導者で著書「歌道小見」で
 “歌の道は決して面白おかしく歩むべきものではありません”と書いています。

 その為赤彦や茂吉が万葉を読むときに無意識に倫理的判断あるいは倫理的、
 道徳的見方を投影しています。」( 大岡 信 :私の万葉集4より)

 一方正岡子規は当時(明治32年2月)の新聞「日本」に「万葉集は歌集の王なり」 
「滑稽は文学的趣味の一なり」と続いて

「万葉を学ぶものは万葉集巻16 (滑稽歌が多く収録されている) を必ず読むべし」と
口を極めて賞賛しており、まさに対照的な万葉観といえましょう。
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# by uqrx74fd | 2009-03-08 09:45 | 心象

万葉集その五(万葉人はお酒がなによりもお好き)

「ワインは人と人との心を結び、楽しさを倍加する酒、
ウヰスキーは人を孤独にする酒 」 (木村尚三郎) 
なれば 「日本酒はワイワイ酒か」(永井路子)


さあ、さあ、ご一緒に飲みましょう。

729年、大宰府長官大伴旅人は山上憶良ら5人と酒盛りをしていた時のお話です。
ひとしきり酔いがまわりはじめたころ、旅人がまず詠います。

  「 験(しるし)なき ものを思はずは 一杯(ひとつき)の

      濁れる酒を 飲むべくあるらし 」  

               巻3-338 大伴旅人


    ( この人生、くよくよ甲斐のない物思いなどにふけるより
      一杯の濁り酒を飲んだ方がよっぽどましだよ )

      (験): 効能、効き目  (思はずは): 思わないでいっそのこと

  「 なかなかに 人とあらずは 酒壷(さかつほ)に

     なりにてしかも 酒に染み(しみ)なむ 」  

                     巻3-343 大伴旅人


( なまじっか分別くさい人間として生きているよりいっそ
  酒壷になってしまいたいなぁ。
  そうしたら何時も酒びたりになっていられように )

 (なかなかに): なまじっか (なりにてしかも):いっそのことなってしまいたい

色々な歌のやり取りのなか、宴は盛り上がっていきます。
そのとき山上憶良は突然立ち上がり詠いました。

  「憶良(おくら)らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ

     それその母も 我(わ)を 待つらむぞ 」  

     巻3-337 山上憶良
 

 ( 憶良めは、そろそろ失礼いたします。家では子供が泣いていましょう、
   多分その子の母も 私の帰りを待っていますので )

    (今は罷らむ): 貴人のもとを退出する意 
     (その母)  : 直接妻と云わないところに笑いがこもります

  当時憶良は70歳近くでマイホームパパだったようです。
  宴席の途中から退席するのはなかなかタイミングが難しいものですが
  一同をどっと沸かせるような逃げ口上を置き土産にして去りました。


男ばかりではなく女性にも酒豪だったと思わせる歌もあります。

   「酒杯(さかづき)に 梅の花浮かべ 思ふどち

     飲みてののちは 散りぬともよし 」 

          巻8-1656 大伴坂上郎女
 

( 酒杯に梅の花を浮かべて心の通じ合うもの同士が飲みあった後は、
  梅の花など散ってもかまいませんわ。 )

  (思うどち): 心の通じあうもの同士 、作者は大伴旅人の異母妹

 この歌は、親しいもの同士の宴会での主人としての歓迎の挨拶で
 「さぁ、今宵は宴を尽くして飲み明かしましょう」というのが本意です。

当時は禁酒令が出ていましたが、2~3人の親しいもの同士なら良いとの
お上のお達しがあったそうです。 女性同士の徹夜酒だったのでしょうか?

  「世の中に たのしみ多し 然れども
      酒なしにして なにのたのしみ 」 若山牧水
   

 昔も今もこの酒好きな人々です!
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# by uqrx74fd | 2009-03-08 09:44 | 生活

万葉集その四(鳥のとりどり)

爽やかな初夏が到来すると山野の鳥も楽しげに歌い出します。

万葉人は心の様子を何かと鳥に託して恋の場面を語りました。
今回はその中からホトトギス、雉、燕 鴨に因んだ歌をご紹介します。

 「 わが衣(きぬ)を 君に着せよと ほととぎす

       我れをうながす 袖に来居(きゐ)つつ 」 

         10-1961 作者不詳
 

( 私の衣をあなたに着せなさいと ホトトギスが私の袖にとまりながら
 しきりに催促していますよ。
 如何ですか? 私の肌着を着てくれませんか?)

古代、人が身につけた着物はその人の魂(命)が宿ると信じられていました。

この歌は、ホトトギスの鳴き声を「キヌ キミニ キセヨ」と男が勝手に解釈し、
それに事寄せて女を口説いているところに面白みがあります。

なお「衣」は「コロモ」と読む場合は上着、「キヌ」と読む場合は肌着とされています。


 「 春の野に あさる雉(きぎし)の 妻恋ひに

   己(おの)があたりを 人に知れつつ ) 

      8-1446 大伴家持


 ( 春の野で餌をあさっていた雉がどうしたのだろう。急に声高に鳴き出したりして。
   妻恋しくなってしまったのかしら。それにしてもあんなに鳴いたら猟師に
   居場所を知られて捕らえられてしまうのになぁ )

雉は「ケーン ケーン」と鳴くといわれていますが、これは春の交尾期に多い
雄のラブコールです。

家持には前年世を去った、父、旅人を恋ふる気持もあったのでしょうか。

なお、雉は気性が激しく「きはげし」が略されて「きぎし」さらに「きじ」と
なったそうです。  (昭和22年国鳥に指定)
 
  「 水鳥の鴨の羽色(はいろ)の 春山の

     おほつかなくも 思ほゆるかも 」 

              8-1451 笠郎女


( 木々の芽吹きがまだ始まらない早春の山はまるで茶色がかった
  鴨の羽色のようです。
  あなたの気持といったらまるでその春山のよう。
  霞のようにぼんやりとして、掴みどころがなくて。もどかしくてたまりませんわ。)
   
大伴家持に一目惚れして29首ものラブレターを出したのに「全く返事も来ない」と
じれったい思いをしている郎女の片思い。

なお、鴨の雄は緑色の鮮やかな色をしていますが、ここでは下の句との関係から
雌の茶褐色の羽色をさしているものと思われます。

 「おほつかなくも」: 対象がぼんやりして実体がはっきりしないさま

温かい日差しを浴びながら水の上で寝ている鴨を「浮寝鳥」といいます。
優雅な言葉ですね。
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# by uqrx74fd | 2009-03-08 09:43 | 動物