万葉集その六百十九 (眉美人)

(月齢2,2日の三日月  学友M.I さん提供 )
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( 樹下美人図 一部   正倉院宝物 )
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( 技芸面 奈良町 藤岡家住宅で)
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(  難波ひと 一部  長谷川 青澄:せいちょう  奈良万葉文化館収蔵 )
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( 梅花粧  一部   鎌倉秀雄   同上 )
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( 額田女王  上村松篁  )
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( 広目天  国宝 東大寺戒壇堂 )
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( 阿修羅像  国宝  興福寺 )
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「眉」と云う字は目の上に波の形を書いた象形文字で、細くて美しいまゆ毛を
表すそうです。

漢字辞典を紐解くと

「眉山」(びざん) 美人の眉、また顔かたちの美しいさま

「眉壽」(びじゅ) 眉が長く伸びるまで長生きする人、長寿の人

「眉黛」(びたい) まゆずみで描いた眉、美人のたとえ

「眉斧」(びふ)  美人の眉、
           美貌のために身をうしなうことになるので
           斧(ふ:命を絶つもの)という

「眉目秀麗」 すぐれ秀でている人  ( 眉秀でたる若人ともいう:筆者注)

「柳眉」   柳の葉のように細く美しい眉、美人の眉

「三日月眉」  三日月形の眉、眉の上下が細い

など、いずれも女性は美人、男性はイケメンを意味する言葉ばかりです。

万葉人は三日月や柳葉の形をした眉の持主を美人と称え、可愛い女性が
眉を掻くしぐさをして(一種のおまじない)恋人の訪れを待つ様子を
楽しそうに詠っています。

「 思はぬに 至(いた)らば妹が 嬉しみと
   笑(え)まむ 眉引き(まよびき) 思ほゆるかも 」  
                         巻11-2546 作者未詳

( 思いかけないところへひよっこり俺が行ったら
 あの子が喜んでにっこり微笑む、その眉のさまがありありと浮かんでくるよ。)

「 不意に訪ねたらびっくりするだろうな。
きっとにっこり笑って喜んでくれるだろう。
あの可愛い眉を引き伸ばしながら。」

道を歩きながらにやにや笑っている男の顔が目に浮かんでくるような一首です。

嬉しみと:「まぁ嬉しい」と

「 月立ちて ただ三日月の 眉根(まよね)掻き
     日長(けなが)く恋ひし 君に逢へるかも 」
                   巻6-993 大伴坂上郎女

( 月が替わって、ほんの三日月のような細い眉を掻きながら
 長く待ち焦がれていたあなた様にとうとうお逢い出来ました。)

「月が替わって」とはお月さまが見えなくなってほんの少し姿を現した時期をいい
眉毛のような細い三日月だったのでしょう。

当時、眉根を掻くと、恋人に逢えるという俗信があり、

「 あなたが恋しい、お逢いしたいと眉根を掻いたら
  その効き目があって、やっとお見えになりました。」と

 まだ幼い娘、大嬢(おほいらつめ)に替わって詠ったもの。

 坂上郎女は大伴旅人の異母妹で家持の叔母、大嬢は家持の許嫁でした。

「 振りさけて 三日月見れば 一目見し
    人の眉引き 思ほゆるかも 」 
                            巻6-994 大伴家持

( 遠く振り仰いで三日月を見ますと、一目見たあの人が
 思われてなりません。)

当時、家持は16歳。
叔母、坂上郎女は恋と歌の先生。
おそらく「三日月」という題と上記の歌を示して、一首詠んでみなさいと
促されたのでしょう。

さすが万葉屈指の恋の達人マダムの指導の賜物、この年にして
堂々たる返歌。
はやくも天賦の才の片りんを見せています。
度々逢っていたのにもかかわらず、一目惚れの歌にして叔母との恋歌仕立てに
仕上げました。
そして、家持長じて恋の遍歴。
女性の容貌を桃のような紅、眉を青柳の葉に譬えた美しい歌を作りました。

「 桃の花 紅色(くれなひいろ)に にほひたる 
  面輪のうちに 青柳の 細き眉根(まよね)を
  笑み曲がり - - 」   
                  巻19-4192 (長歌の一部)  大伴家持

( 桃の花、その紅色に輝いている面の中で
 ひときわ目立つ青柳のような細い眉、
 その眉がゆがむほどに笑みこぼれて- )

妻、大伴大嬢(おほいらつめ)や他の美人を意識しながら詠ったものです。

「 びるばくしゃ まゆね よせたる まざなしを
    まなこ に み つつ あきの の を ゆく 」           会津八一

   「びるばくしゃ」(昆楼博叉)  東大寺戒壇堂 国宝 広目天

怒った様子を「眉を上げる」と云います。
しかし、この仏様の眉は上がっているが決して怒ってはいない。
右手に筆を、左手に巻物を持ち、まざなしは深い。
物思いに耽けりながら、静かに遠くを見つめている。
その名の通り、広く、多くの人々を守っているかのようです。

仏像で忘れられないのは興福寺の国宝「阿修羅像」。
長谷部 日出男氏は次のような説を唱えられています。

『 天平のスカーレット・オハラ。
モデルは若き頃の光明皇后。 (筆者注:聖武天皇皇后)
古代インドでは天上の神々に戦いを挑む悪神とされ、改心して仏法の守護神に
なってからも、荒々しい闘争心の権化であるはずなのに、
ここでは清純な信仰心の化身のように表現されている。』
                      ( 阿修羅像の真実 一部要約  文春新書)。

憂いを含み、優しさあふれる眉。
この眉こそ、この仏像の最大の魅力です。
 
人物や仏様の絵を描くとき
眉の表現の仕方で人相が一変します。
古の人たちも仏様を造る時、その性質を十分にわきまえ、眉の表現に
細心の注意をはらったことでしょう。

ここでちょっと脱線。

『 ところで、いま・・・。
  浪人姿に変装している木村忠吾と、さし向いで酒を飲んでいる五十男は
  めったに見られぬ顔貌をしていた。
  中肉中背の姿にも、尋常な目鼻立ちにも異常はないのだが、眉だけが
  普通でない。
  濃い眉と眉との間にも、もじゃもじゃと毛が生えているのだ。
  つまり、眉毛と眉毛がつながっている。
  二つの眉毛が一すじになって見える。
  忠吾は「一本眉の客」とひそかによんでいた。』

                  (池波正太郎 鬼平犯科帳13(一本眉より)  文春文庫

この男の正体は盗賊「清州の甚五郎」。
面白いですよ。

       「 水煙に 三日月かかる 興福寺 」    河本遊子



    万葉集619 (眉美人)完


  次回の更新は2月17日です。
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# by uqrx74fd | 2017-02-09 19:59 | 生活

万葉集その六百十八 (三日月)

( 月齢1.8日の三日月   学友M.I さん提供 )
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(  少し太った?三日月と星     )
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( 夕焼けと月 )
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( 若草山焼きと朧月  奈良 )
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( 月の船  上田勝也画伯  奈良万葉文化館収蔵 )
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( 月の船   藤代清二展で  )
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天空の太陽、月、地球が一直線に並んだ時を「朔(さく:新月)」といい、
太陽光を反射して光る月面は地球から見えなくなります。

それから3日後、夕方太陽が沈んだ直後、西の空に月の西部分だけが
細く輝いて現れ、古代の人達はそれを「三日月」、「初月」、あるいは
美女の描く細い眉への連想から「眉月」とよびました。

朔(さく)から7日目は上弦の月、15日目は望月(満月)、23日目、下弦の月、
そして30日目に再び朔。
その公転周期は平均して29日12時間44分2,9秒とされています。

夜ごとに満ち欠けしながら形を変え、それを周期的に繰り返す月は、
人間に時を測る術を教えて大陰暦が生まれ、農耕の時節を教える重要な指針として
人々の生活に不可欠なものとなったのです。

月は太陽と共に重要な神とされ、日本神話では太陽神、天照大神の弟であり、
月読命(つくよみのみこと)とよばれています。

万葉集で登場する月は141首。
そのうち三日月は8首、それ以外に白真弓、月の船、月人壮士(おとこ)と
表現されているものもあります。

「 山の端(は)を 追ふ三日月の はつはつに
   妹をぞ見つる 恋しきまでに 」 
                      巻11-2461  作者未詳

( 山の端に向かって今にも隠れようとしている三日月のように、
     ほんのちらっとだけあの子を見ただけなのに、
     こんなに恋しくなってしまうとはなぁ。)

  「はつはつに」 : ほんのわずかに



「 三日月の さやにも見えず 雲隠(がく)り
   見まくぞ欲しき うたて このころ 」 
                        巻11-2464  作者未詳

( 三日月がはっきりと見えないままに 隠れてしまうように
あの子の姿を心ゆくまで見ることが出来ないので、逢いたくてたまらない。
この頃、妙に胸がうずいて。 )

「うたて」: なんだか不思議に

「 天の原 振り放(さ)け見れば 白真弓
        張りて懸けたり 夜道はよけむ 」 
                   巻3-289 間人宿 大浦(はしひとの すくね おほうら)

( 天つ空を遠く振り仰いで見ると、引き絞った白真弓のような月がかかっている。
 この分だと夜道はさぞ歩きやすいであろう )

題詞に初月(みかづき)の歌とあり、三日月を弓に見立てたもの。

古代人は満ちては欠け、欠けては満ちる月を命の再生の象徴とみなし、
月の光には夜の世界を跋扈する悪魔や悪霊を追い払う呪力があると信じていました。

天空から明るい光を照らしてくれる三日月は危険な夜道を急ぐ人にとって、
弓で魔物を射てくれる頼もしい守護神であったことでしょう。

なお、白真弓は木の皮を削って白くした立派な(真)弓という意味ですが、
真弓=檀(まゆみ)、梓弓、槻(つき=けやき)弓など材料の木を表すこともあります。

「張りて懸けたり 」 : 弓の弦を引いて空に架けて


 「 天(あめ)の海に 雲の波立ち 月の舟
          星の林に 漕ぎ隠るみゆ 」    
                             巻 7-1068 柿本人麻呂歌集

天を海に、雲をその海に立つ波にたとえ、月の船がそこを滑って銀河が輝く
 星の中に漕ぎ隠れて行くさまを詠んだ名歌。

 天土(あめつち)は古代の人たちにとって信仰心の表現や恋心の誓いに
 詠われることが多かったのですが、この歌は純然たる天体の光景に
想像力の翼を広げた叙景歌です。

「 天の海に 月の舟浮け 桂楫(かつらかじ)
                   懸けて漕ぐ見ゆ 月人壮士 」  
                                 巻10-2223 作者未詳

( 天の海に月の船を浮かべ、月の若者が桂で作った楫をとりつけて
  漕いでいるよ。)


「奈良県立万葉文化館」に人麻呂歌集(7-1068)にちなんだ素晴らしい絵が
展示されています。
上田勝也画伯(1944生 東京芸大大学院終了 日展会員)の作品です。

そこには 星が輝く天空の中、雲の間に人間の背丈よりやや大きい
三日月が浮かび、 眼のさめるような貴公子が手に勺を持ち、
ゆったりと月にもたれて座っている。

 上田画伯は

「 この歌に最初に出会った時、すぐ情景が目に浮かび
   イメージがどんどん膨らんでいきました。
   当時の天空へのロマンが1200年余も後の私を現代の感覚と少しも変わらぬ
   時代を超えた新鮮さで幻想の世界へ誘ってくれました。」 

述べられています。

それにしても、万葉人の豊かな想像力、そして美しい世界よ。

      「 三日月に 必ず近き 星一つ 」  素堂

                    星は金星でしょうか。



              万葉集618 (三日月)   完


              次回の更新は2月10日の予定です。
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# by uqrx74fd | 2017-02-02 17:50 | 自然

万葉集その六百十七 ( 落葉道とカワセミ )

( 落葉散り敷く道  国立科学博物館付属自然教育園 2017,1,25 撮影 )
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( 巨大な松   同上 )
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( コナラの林    同上 )
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( ハンの木    同上 )
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( ヤマコウバシの木  葉は枯れても落ちない   同上 )
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(  カワセミ   同上 )
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( オケラ     同上 )
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(  オケラの花  9月24日撮影   同上)
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( エゾアジサイ  まるでドライフラワーのよう  同上 )
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(  アシ、ヒメガマズミ、ススキ  同上 )
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( ヒメガマズミの幾何学模様  同上 )
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( ひょうたん池   秋の紅葉が美しい  同上 )
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( ひょうたん池幻想    同上 )
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本年4回目の植物園ブラ歩き、今回は国立科学博物館付属自然教育園です。
お目当ては分厚い絨毯のような落葉の散歩道とカワセミ。
JR目黒駅から徒歩10分足らず、交通至便、都会のど真ん中。
園の説明書きによると

「 この地は縄文中期に人が住みつき、奈良時代は武蔵国府の管轄、
広大な原野で平安時代にはムラサキの栽培も広範囲に行われていた。
室町時代には豪族が居を構え、江戸時代は増上寺の領地。
1644年徳川光圀の兄 高松藩主、松平讃岐守の下屋敷になり、
明治は陸海軍の火薬庫。
1917年、宮内省帝室林野局の管理となり白金御料地とよばれ、一部朝香邸に。
1949年、天然記念物および史跡に指定され、国立自然教育園として広く
一般に公開されるようになった。 」 そうです。

敷地面積約6万坪、環境保全のため1回300人までに入場制限されているので
ゆったりとした気分で散策できます。
入口から眺めると、松、椎、檪(いちい)、橿等の巨木が鬱蒼と立ち並んでおり、
木々の手前には季節の花々の植え込みもなされています。
奥に水鳥が生息する沼、水生植物が生い茂る湿原地などもあり、
まるで明治時代の武蔵野を歩いているようです。

 太古の時代、海の底にあった武蔵野は悠久の年を経て地上に出現し、
激しい風雨によって山の岩肌が崩れ落ちて砂礫の層を形成していきます。
周囲には盛んに火を噴く日光、浅間、八ヶ岳、富士、箱根などの活火山。
その降灰が関東平野一面を埋め尽くしていきました。

やがて、地型が安定すると、羊歯類などの植物が繁茂して原始林が出現。
谷間からこんこんと湧き出る水は川や池そして沼地を造り、
その周りに色々な動物や人間が集まり住んで、高度な縄文文化が
形づくられていったと推定されています。

然しながら、豊かな原始林は度々の大火で焼失し、奈良、平安時代には
すでに一面見渡す限りの荒野となり、ススキや萱(かや)が生い茂っていたそうです。

奈良時代の武蔵国は、現在の東京都、埼玉県、神奈川県の横浜市、川崎市を含む
広大な地でムザシ(武蔵)とよばれており、万葉集にも登場しています。

「 武蔵野の 草葉もろ向き かもかくも
      君がまにまに 我(あ)は寄りにしを 」 
                           巻14-3377 作者未詳

(  武蔵野の草葉があちら、こちらへと風にまかせて靡くように
  私はあなた様のおっしゃるまま、自分としてはどうかと思われることでさえ
  ただただ、お言葉に従ってまいりましたのに、どうして今になって
  冷たくなさいますの )

心変わりをした男に恨みを込めながらも、自身の変わらぬ思いを込めている女。
一途に愛を捧げている心情をひたむきに詠っています。

「 わが背子を あどかも云はむ 武蔵野の
                  うけらが花の 時なきものを 」
                            巻14-3379 作者未詳

( あぁ、あの人に この私の想いを何といったらよいのか。
 武蔵野のおけらに花時がないのと同じように、
 私も時を定めずいつも想っているのに。)

「あどかも」は東国の方言で「どのように」。

地味ながらも長く咲き続ける「おけらの花」
その花のようにひっそりと男を慕い続けている女。
想いを男に言い表せないもどかしさ。
東国の可憐な女性の秘めたる恋心です。

「うけら」は現在「朮(おけら)」とよばれ、北海道を除く本州、四国、九州の
日当たりのよい山野に自生しているキク科の多年草です。
春に摘まれる若芽は「山で美味いものは、“ウケラ”に“トトキ”(ツリガネニンジン)」といわれているように、
おいしい山菜の代表格とされています。

秋になるとアザミのような白や淡紅色の小さな花を釣鐘型の総苞(そうほう)の上に
咲かせ、枯れてもドライフラワーのように長く残るので花期がはっきりしない植物です。
ウケラはかってムラサキとともに武蔵野を代表する草花でしたが、今はどちらも
幻の花となってしまいました。

   「 はっきりと 翡翠色に 飛びにけり 」    中村草田男

巨木が立ち並ぶエリアを過ぎ、コナラ(小楢)の林へ。
葉はすべて落として冬木立になっていますが、青空にシルエットが映えて美しい。
沼の近くにくると、美しい鳥が飛び過ぎていきました。
カワセミです。
昨年、子雛が生まれ子育てに忙しかったようですが、今はもう大きくなった?
一羽しか見かけないのでよく分かりませんが、美しい羽を輝かせながら
枝から枝へと飛びまわっています。

「 貎鳥(かほとり)の 間なく しば鳴く 春の野の
        草根の繁き 恋もするかも 」 
                       巻10-1898 作者未詳

( 貎鳥がしきりに鳴いている春の野。その野には草がびっしりと深く茂っています。
  私もその草のように深く、そして貌鳥の鳴き声のように絶え間なくあなたを
  恋い慕い続けております)

男性を慕っている女性の歌と思われ、鋭い声でしきりに鳴く貌鳥によせて
恋人への想いを訴えています。

「貎鳥(カホトリ)」は万葉集に登場する鳥の中でも種類を特定するのが極めて
難解なものとされていますが、万葉学者で動物に詳しい、東 光治氏は

『 「貎鳥(カホトリ)」とはその鳴き声によって名付けられたともいわれ、
  恐らく最初はカッコウに対して呼ばれたらしいが、
  後に美しい姿の鳥、即ち、「カヲヨドリ」までもカホドリと呼ぶようになり
  カワセミや雉などもカホドリの仲間入りをした。
  そのため、とうとう何を指したのか不可解な鳥名となった』
  と述べられています。(万葉動物考)

郭公、アオバト、カハカラス、トラツグミ、ヒバリ、フクロウ、キジ、ヨタカオシドリ、
など諸説あり定まっておりませんが、ここでは翡翠説に従いました。

かわせみ(翡翠)はヒスイ、ショウビンともよばれています。
その名の由来はその鳴き声が蝉に似ているところからきているといわれ、
「虫の蝉」と区別して「川の蝉」というわけです。

雄を「翡」、雌は「翠」といい、背中は光沢のあるコバルトブル-、
腹面がオレンジ、嘴は赤(雌)の美しい鳥で別名「空飛ぶ宝石」。

翡翠(ヒスイ)はこの鳥の羽色から名付けられたもので、鉱物の名前を鳥に
あてたのではなかったのです。

「 鶯の けはひ興りて 鳴きにけり 」   中村草田男 

上を見上げるとハンの木の赤茶色が青空に映えて美しい。
突然、ウグイスの鳴き声が聞こえてきました。
竹藪辺りでしょうが姿は見えません。

「 うち靡く 春ともしるく うぐひすは
    植木の木間(こま)を 鳴きわたるらむ 」 
                          巻20-4495 大伴家持

( 草木一面に靡く待ちに待った春がはっきりやってきたと分かるように
 鶯よ、この植木の木の間を鳴きわたっておくれ )

朝廷での賀式で披露しようと用意していたが、何らかの事情で叶わず
そのままにしておいた1首との詞書があります。

「 足音を つつみて落葉 あつく敷く 」  長谷川 素逝

水鳥の沼を過ぎると、落葉の散歩道が約100m続いています。
ふかふかした絨毯を歩いているようで気持ちいい。
道の両側から舞い落ちてきた葉を積るに任せてしつらえた天然もの。
ところどころに木影が落ちて、まだら模様を作り美しい。

 「 大いなる 蒲(がま)の穂わたの 通るなり 」    高野素十

やがて水生植物の群生地。
葦(あし:別名ヨシ)、ガマ、岸辺の枯れススキとともに独特の
風景を形づくっており、まるで日本画の世界。

凍った池に、折れ曲がった葦やガマが重なり、幾何学形のよう。

「 葦辺(あしへ)行く 鴨の羽音(はおと)の 音のみに
    聞きつつもとな 恋ひわたるかも 」 
                        巻12-3090  作者未詳

( 葦のあたりを飛びわたる鴨の羽音のように、噂だけを 
     ただ、いたずらに聞くばかりで私は空しくあの人のことを
     慕い続けております )

彼が私を好いてくれているという噂は一向に聞かない。
こんなに慕っているのに片想いなのか?と嘆く女。

鴨は見かけませんでしたが、シロサギが餌を探しながら歩いていました。

   「 武蔵野の 青笹匂(にほ)ふ 茅の輪かな 」  鎌須礼子

武蔵野が雑木林になったのは江戸時代からだそうです。
農家が薪炭用の材木を植林して10年~20年毎に伐採し、さらにその切り株から出る
新芽を育てて繁茂させました。
樹種は薪炭に適した櫟(くぬぎ)、コナラ、欅、エゴ、などが多く、
整然と一定の間隔を残して植えられたので、明治時代には美しい雑木林になり、
また観賞用に梅、櫻、竹、松などが加えられたと伝えられています。
また道端には美しい花々が咲き乱れており、その光景に魅かれて移り住む人も
多かったそうな。

わが国経済が高度成長期にさしかかると、武蔵野周辺は開発のため見るも
無残な姿になり、御料地や官有地として保護されたものが、かろうじて残りました。
もし、自然教育園も民有地であったなら、白金という一等地だけに、今ごろは
高級邸宅やマンションが林立していたことでしょう。

  「 あらうれし 白金台に 武蔵野あり 」   筆者



          万葉集617 (落葉道とカワセミ) 完


          次回の更新は2月3日(金)の予定です。
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# by uqrx74fd | 2017-01-26 20:22 | 自然

万葉集その六百十六 (梅.椿.寒桜)

( 寒桜  小石川植物園  2017.1.13日撮影:以下同じ)
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( 同  青空に映えて美しい )
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(  ヤブツバキ        同上 )
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(  白ヤブツバキ      同上 )
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(  赤ヤブツバキ     同上 )
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(  フラグラントピンク  珍しい椿の名前です  同上 )
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(  白梅は満開    同上 )
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(  紅梅はちらほら    同上 )
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(  雪月花   梅の名前です )
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(  扇流し    これも梅の名前です )
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 「 地下鉄も 初日浴びゆく 小石川 」      福島 胖(はん)

本年3回目の植物園ブラ歩き、今回は小石川植物園(東京大学付属)です。
お目当ては寒櫻の大木と梅、椿。
地下鉄丸ノ内線、茗荷谷駅下車、桜並木で有名な播磨坂を下り、
徒歩20分ばかりで植物園の入口。
抜けるような青空、気温も16℃でそう寒くない。
にもかかわらず、人一人見当らず閑散としています。

約49000坪もある大庭園を独歩するなど、初めての経験。
こりや、のんびりと歩けるわい。
いつもは絶滅の恐れがある薬園保存のコーナーをゆっくり見て回りますが、
まだ冬眠中なので寒桜のある場所へ直行。

蕾ばかりの桜並木が途切れたところで1本の寒桜がでんと構え、
今が盛りと華やかに咲き誇っています。
数ある植物園でもこれだけの大木は珍しく、大きく広がった花枝は
青空に映えて美しい。
よく見ると蕾がまだまだ一杯。
あと1週間位は咲き続けていそうだが、誰も見に来ないのは勿体ないなぁ。

「 妹が手を 取りて引き攀(よ)じ ふさ手折り
     我がかざすべく 花咲けるかも 」 
                        巻9-1683 柿本人麻呂歌集

( あの子の手を取って引き寄せるというではないが、
  握って引き寄せ手折って私が翳(かざし)にするのに
 おあつらえ向きの桜が咲き誇っていますよ。)

作者が舎人皇子に宴席で奉った歌。

「 まるで美しい女性を自分のものにしたくなるような見事な桜が
  咲いていますね。」

と男の立場で女に誘いかける。
対する女は

「 春山は 散り過ぎぬとも 三輪山は
   いまだふふめり 君待ちかてに 」 
                         巻9-1684 柿本人麻呂歌集

( 春山の花はどこもかしこも散り果ててしまっていますが、
 三輪山の花だけはいまだ蕾のまま。
 あなたさまを待ちあぐねて。 )

一途にあなたをお待ちしていましたと応えた寸劇のような戯れ歌。
舎人皇子は天武天皇の皇子、人麻呂は歌の先生だったのでしょうか。

「簪(かざし)にする」とは花や柳などの木の枝を手折って髪飾りにしたり、
着物に挿して、その生命力を身に付けるという古代のお呪いです。

     「 寒桜 一本とても 大樹なり 」  筆者

寒桜を堪能したところで、裸の百日紅の大木群を経て針葉樹林へ。
木陰に紅白のヤブツバキが所狭しと咲いている。

「 あしひきの 山椿咲く 八つ峰(を)越え
      鹿(しし)待つ君が  斎(いは)ひ妻かも 」 
                               巻7-1262 作者未詳

( 山椿の咲く峰々を越えて鹿狩りしているあの方。
 わたしは、その帰りをただただ待っている巫女のような女か。)

斎(いは)ひ妻とは精進潔斎して男の無事を祈っている女。
鹿を他の女に譬え、他の女を追い掛けてばかりいる男を
恨めしいと感じているのかもしれません。

   「 仰向きに 椿の下を 通りけり 」 池内たけし

右に左にヤブツバキを愛でながら、日本庭園へ。

徳川5代将軍綱吉の幼時の居邸、白山御殿と蜷川能登守の屋敷跡とに
残された庭園が往時の姿をとどめていると伝えられている遠州派の名園。
その一角に100株ばかりの梅園があります。
そのうち5本の早咲き種が満開。

梅の木のもとでようやく可愛い子供連れの母親に出会いました。
花の下で楽しく笑い転げている親子。
お互いに「こんにちは」と声をかける。

「 ふふめりと 言ひし梅が枝 今朝降りし
    淡雪にあひて  咲きぬらむかも 」 
                         巻8-1436 大伴村上

( 蕾がふくらんでいるとあの人が云ってきた梅、
 その梅は 今朝降った淡雪に出会って 
 きっともう咲いていることだろう )

雪は梅の開花を促すものと信じられていました。
「ふふめり」とはふっくら膨らみ始めるの意。
乙女を連想させる美しい日本語です。

  「 紅梅の 咲きて幼児 頬赤し 」  筆者

日本庭園を通り過ぎると鷺が棲んでいる小さな池。
今日は池端で気持ちよさそうに日向ぼっこをしています。
飛んだところでシャッターを切ろうと待ち構えていましたが、
余程居心地がいいのか全く動きません。
諦めて雑木林の方に向かって歩く。
メタセコイアの巨木群、そして榛(はん)の木。
榛はハリの木ともいい前年の秋に生じた蕾がそのまま冬を越す生命力が強い木です。

これで広大な植物園巡りは終わり。
近くのお茶屋の甘酒で乾いた喉を潤す。
あぁ、美味い。
約2時間半の気持ちよい散策でした。

  「 園の茶屋 甘酒美味し 冬木立 」  筆者

 ( 甘酒は暑い最中にフウフウ云いながら飲むと美味しいので
   夏の季語とされていますが冬も美味いのだから、まぁいいか。)


     万葉集616( 梅.椿.寒桜 )  完



     次回の更新は1月27日(金)の予定です。
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# by uqrx74fd | 2017-01-19 18:14 | 植物

万葉集その六百十五 ( 梅よ春よ )

( 初梅 六義園 東京  2017,1,4 )
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( 皇居東御苑  2017,1,7 )
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( 白梅、紅梅  皇居東御苑 )
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(  紅梅   同上 )
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(  メジロも飛んできました  同上 )
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(  椿も花開く  同上 )
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(  月ヶ瀬梅林  奈良 )
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(  山の辺の道  奈良 )
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( 梅と菜の花      浜離宮庭園 )
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(  曽我梅林 )
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今年の1月4日のことです。
暖かい日ざしを浴びて東京は駒込、六義園へ探梅に行きました。
「 花はなくてもよいが、せめて1輪なりとも」という心馳せ。
正月三ケ日明けの今日は人出も少なく、のんびりとした雰囲気です。

和歌の浦(和歌山)を模したといわれる回遊庭園を半分ばかり廻ったところが
お目当ての白梅。
「 おぉ! 咲いていました! 」  

 「 梅一輪 一輪ほどの あたたかさ 」 服部嵐雪

の句のとおり、ぽかぽか陽気に誘われて数輪の花が
芳しい香りを漂わせていたのです。

「 まぁ きれい!」 お隣にいた上品な奥様の嘆声。

一生懸命スマホで写真を撮っておられるが、距離が少し遠いせいか
なかなかうまく写らないようだ。
「 だめだわ 」と呟きながら
「よい香りですね 」と話しかけられる。

お話を聞くと暖かいので「もしやと思って出かけてきた」とのこと。
はやる気持ちはいずこも同じ。
「 数輪咲いていたのですから、これでよしとしないとね 」
とお互いに云い合いながら右と左へ。

さて、こちらは万葉人。

「 雪寒み 咲きには咲かぬ 梅の花
   よしこのころは かくてもあるがね 」 
                     巻10-2329 作者未詳

( 雪を寒がって いっこうに咲き揃おうとしない梅の花よ。
     それならまぁ、いましばらくこのままそっとしておくのもよかろう )

開花を今か今かと待ちわびる作者。
梅が寒くてすねているように感じ、まるで聞き分けのない幼児、
あるいは若い乙女に呼びかけているような感じが面白い。

「 白梅のあと 紅梅の 深空(みそら)あり 」 飯田龍太

時は1月7日、快晴、場所は皇居東御苑です。
日記を見ると昨年は2月1日に満開。
暖かい日が続くので、もしやと思いながら訪れる。

やはりというか、白梅3本、紅梅1本が八分咲き。
枯木が多い中ここだけ明るく照り輝いています。

周囲の人たちも歓声を上げ、海外からの客人も大喜びです。
今年は春の訪れが早いかもしれません。

さてまた万葉人です。

「 梅の花 咲けるがなかに ふふめるは
     恋か隠(こも)れる 雪を待つとか 」 
                    巻19-4283 茨田 王(まむたの おほきみ)

( 梅の花、この花が咲いている中に、まだ蕾のままのものがあるのは、
 恋する人が訪れてから咲こうと思っているのでしょうか。
 それとも、雪を待っているのでしょうか。)

753年 治部少輔 石上宅嗣宅で行われた正月の賀宴での歌。
当時、雪は梅の開花を促し、また落花をも誘うと認識されていました。

作者は、主人がまだ満開でないのは雪が降らないからだろうかと
気遣っているので、

「 花が咲いている中で蕾もありすばらしい。
  きっと雪を待っているのでしょうね 」 と応えたもの。

「 梅の花 咲ける岡辺(おかへ)に 家居れば
      乏(とも)しくもあらず  うぐいすの声 」 
                         巻10-1820 作者未詳

( 梅の花が咲いている岡のほとりに家を構えて住んでいると、
 鶯の声がふんだんに聞こえてくるよ。)

乏(とも)しくもあらず: 「乏し」は「求む」の形容詞形 
「あとをつけて行きたい」が原義。
ここでは「少ない」の意だが「あらず」と
否定が続くので「ふんだんに」

満開の梅を眺めながら、一献また一献。
ときおり 「ホーホケキョ 」と鳴く鶯の声。
麗(うらら)かな春の一日です。

  「 梅つばき 早咲きほめむ 保美(ほび)の里 」 芭蕉

 ( 昔、ある上皇が褒めたのでこの地を「保美(愛知県)」というらしい。
  私も梅、椿が早く咲く温暖な当地を称えましょう )

「保美の里」を「御所の里」に入れ替えると、
まさに筆者の心境でありました。


           万葉集615 (梅よ春よ )   完


           次回の更新は1月20日の予定です。

  
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# by uqrx74fd | 2017-01-12 10:50 | 植物