万葉集その六百十 (結婚 しまーす)

( 朝の神事   橿原神宮  奈良 )
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( 同上  巫女の舞が美しい  同上 )
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( 同上 )
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( 古式豊かな結婚式   春日大社  奈良 )
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(  住吉大社  大阪 )
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( 嫁入り船  潮来  茨城 )
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(  八坂神社  京都 )
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( 新郎新婦のお練り   鶴岡八幡宮  鎌倉 )
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( 同上 )
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( 笙の演奏とともに  同上 )
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(  同上 )
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(  花嫁切手 )
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昔々、飛鳥に都があった頃、上流階級とおぼしき一組の結婚式が行われました。
結婚後も男が妻の元に通う習慣の時代ですが、ともかくも親や周囲の人たちに
認知されれば堂々と出入りでき、噂を気にすることもなくなります。

喜び勇んで式に臨んだ新郎新婦。
場所は飛鳥、橘寺南東に位置する聖なるミハ山の麓です。
いよいよ式が始まり、まずは主賓の挨拶。
神に奉げる祝詞(のりと)のような調べで厳かに詠みあげられていきます。

先ずは超訳から。(原文訓み下しは末尾ご参考をご覧ください)

「 多くの神々が天降られて崇められている瑞穂の国の聖なるミハ山は、
 神代の昔から高天原にいます天つ神を祀るこの上もなく尊き山。

 春が来ると霞が立ち 秋になると紅葉が照り輝くさまは
 賑々しく栄えているわが国土を象徴しているようである。

 この聖なる山の周囲を取り巻くように
 明日香の川の清き流れが国を潤している。

 流れが早いので、苔が付きにくいにもかかわらず悠久の時が経過すると
 石に苔生し、鮮やかに映えている。

 神様、どうかこの二人が苔生すほど幾久しく
 来る夜も来る夜も幸せに仲睦まじく過ごせるようお取り計らい下さい。
 そして、そのことを夢にお示し下さい。
 そのために我々は精進潔斎して一心不乱にお祈りさせて戴きます。
 我らの神よ。 」             (巻13-3227 作者未詳)

山川を対比させて国土豊穣を神に感謝した後、苔むすほどに何時いつまでもと
最終部の本題に導く挨拶歌です。

続いては新郎の誓いの言葉。

「 神なびの みもろの山に 斎(いは)ふ杉
     思ひ過ぎめや 苔むすまでに 」 
                            巻13-3228 作者未詳

( 神が住むというミハ山。
      私は身を慎んで境内の御神木である杉を崇め奉っています。
      その杉ではありませんが、これから先、苔がむすほどに長い時が経とうとも
      私の愛情が消え失せるなどということは絶対にありません。 神に誓って! )

「みもろ」は「神が籠るところ」で、奈良県櫻井市ミハ山。
「思ひ過ぎ」:思いが過ぎる→愛情が消え失せるの意で「過ぎ」に「杉」を掛ける 

神、山、杉、苔と祝宴にふさわしい言葉が並び、
厳粛な式の様子が偲ばれる歌です。

続いて一同和して声高らかに詠います。

「 斎串(いぐし)立て 御瓶(みわ)据(す)ゑ奉(まつ)る 祝部(はふりへ)が
     うずの玉かげ  見ればともしも 」 
                                巻13-3229 作者未詳

( 玉串を立て 神酒の甕(かめ)を据えてお供えしている
     神主たちの 髪飾りのひかげのかずら。
     そのかずらを見ると まことにゆかしく思われます。)

「 斎串(いぐし)」
             神前に立てる聖なる串 串は木の枝や竹などで神を招き降ろすもの

「 御瓶(みわ)据(す)ゑ奉(まつ)る」

             酒甕をすえて供え祀る

「祝部(はふりへ)」    神主

「うずの玉かげ」
             うずは頭に挿して髪飾りにした木の枝や花
             玉かげは「ひかげのかずら」の美称

「見ればともしも」 
         ともし:ゆかしく心惹かれる

これにて式は無事終了。
あとは飲めや歌えやの祝宴。
万葉集でも珍しい祝婚の歌でした。

然しながら、このような仰々しい儀式は貴族など上流階級だけのもの。
では一般庶民はどうだったのでしょうか?
土屋正夫著「検証 万葉びとの暮し」(表現社)によると 

「 当時は母系母権の制で男はまず母親の許しを得る。
  許可が下りれば男は夜々女の家へ通って夫婦生活ができる。

  ところがその前に儀式が行われる。
  何と!
  男と女が睦み合っている現場を両親以下親戚一同踏みこみ、
  二人の仲を公にするというのです。
  これを「トコロアラワシ」と云うそうな。

  それから女の家の餅を食べさせる。
  これらの儀式は男を女の家の一人とみなす呪い(まじない)であって
  現今でいう世間への披露であり、固めの盃に相当するもの。

  このような状態になっても、男は普通、女の家には住まず、
  毎晩通ってきて、婿の世話は一切女の家でする。 」(要約)

何故同居しないのか?
それは、当時の女性は一家の重要な労働力。
男は防人などで何時徴集されるか分からないので、女性を簡単に外へ
出すことが出来なかったのです。

それにしても、お互い抱き合っている最中に親戚一同踏みこむとはねぇ。
いやはや驚きました。

 「 花嫁は こわく うれしく 恥ずかしく 」(江戸川柳 柳多留)



ご参考

冒頭、長歌(巻13-3227) 訳文の原文訓み下し。

「 葦原(あしはら)の 瑞穂の国に 
  手向けすと 天降(あも)りましけむ
  五百万(いほよろづ) 千万神(ちよろづかみ)の
  神代より 言ひ継ぎ来(きた)る

  神(かむ)なびの  みもろの山は
  春されば  春霞立ち  
  秋行けば  紅にほふ

  神なびの  みもろの神の
  帯(お)ばせる 明日香の川の
  水脈(みを)早み  生(む)しためかたき
  石枕 苔むすまでに

  新夜(あらたよ)の  幸く通はむ
  事計(ことはか)り  夢(いめ)に見せこそ
  剣太刀 斎(いは)ひ祭れる
  神にしいませば  」         巻13-3227  作者未詳

一行づつの訓み下し。

「葦原(あしはら)の 瑞穂の国に」
 
    日本国の神話的呼称。

   (天つ神の統治によって五穀が豊かに稔る国の)

「手向けすと 天降(あも)りましけむ」

   ( 手向けするために 天降られた )

「五百万(いほよろづ) 千万神(ちよろづかみ)の」

     ( たくさんの神々の )

  「神代より 言ひ継ぎ来(きた)る」

    ( 悠久の昔から 語り継がれてきた )

 「 神(かむ)なびの  みもろの山は」

    ( 神が降臨している御室(みむろ)の山 :明日香橘寺南東のミハ山)

 「春されば  春霞立ち 」

     (春になると 霞が立ち ) 

  「秋行けば  紅にほふ」

     ( 秋になると  紅葉が照り輝く )

  「神なびの  みもろの神の」

     ( 神々しい 御室の神が )

  「帯(お)ばせる 明日香の川の」

     ( 帯にしている 飛鳥川の :山を取り巻く様子を帯に喩えた)

  「水脈(みを)早み  生(む)しためかたき」

      ( 川の流れが早いので 苔がつきにくい )

  「石枕 苔むすまでに」

      ( ごろごろ並んでいる石に苔生すまで 末永く )

  「新夜(あらたよ)の  幸く通はむ」

      ( 毎日新たにめぐってくる夜を 幸せに通い続けられるような
        :当時は通い婚 )

  「事計(ことはか)り  夢(いめ)に見せこそ」

      ( 神様のお計らいを 夢に見せて下さい )

  「剣太刀 斎(いは)ひ祭れる」

      ( 神祭りの剣太刀を崇め祀るように 身を清めてお祭りしている)

 「 神にしいませば」

       (われらの 神でいらっしゃるからには)  」
    
                                巻13-3227  作者未詳


    万葉集610 (結婚しまーす) 完



       次回の更新は12月16日(金)の予定です。
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# by uqrx74fd | 2016-12-08 16:18 | 生活

万葉集その六百九 (欅:けやき)

( 欅の新緑  日比谷公園  東京 )
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( 同    上野公園   同  )
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( 同    六義園   同  )
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( 同    赤塚植物園   同 )
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(  同   自然教育園   同 )
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(  同    鬼子母神参道欅並木  同 )
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(  秋    鬼子母神前の駄菓子屋  1781年創業 )
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(  中秋   赤塚植物園 )
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(  晩秋    日比谷公園  )
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(    同上   )
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「けやき」の語源は「ケヤケキ」即ち「秀でた木」の意とされています。
その風格、品格は松とならぶ樹木界の双璧とされ、古くから有用の木と
されてきました。
落葉高木(ニレ科)にもかかわらず、神木とされているのも立居姿の美しさ、
旺盛な生命力が崇められたのでしょう。

春、芽吹きのころ、一部の枝がおずおずと葉を開き、霜害がないことを
確かめたのち、一斉に美しい若緑の葉を開く用心深さ。
夏にかけ美しい青葉と茂らせ、木陰で休む人の憩いの場を提供し、
秋には紅葉で目を楽しませてくれる。
冬、風に吹かれて、はらはらと落葉するさまにも趣があり、
四季を通じて見る人の心を和ませてくれる樹木です。

万葉集では槻(つき)という名で9首、その多くは斎槻(ゆつき、いつき、いはひつき)、
百枝槻(ももえつき)、などと詠われ、古代から尊い木として崇められていたことを
窺わせています。

まずは長歌(巻13-3223)の訳文から

「雷が光って 曇り空がうち続く9月
 その晩秋、時雨が降るようになると
 雁が まだ来て鳴きもしないのに

 神なびの 清らかな御田屋の
 垣内の田んぼの池の堤
 その堤に生い立つ 神々しい槻の木には
 勢いよくさし延べた 枝いっぱいに
 秋の紅葉が輝く

 その色鮮やかな紅葉を
 手に巻きつけている ちっぽけな鈴もゆらゆらに
 鳴り響くほどに
 か弱い女の身の私ではあるけれど
 引きつかんで 槻の木の
 天辺(てっぺん)も 撓むばかりに
 どっさり折りとって私は持って行く

 わが君の髪飾りのために  」     

長歌全文  

「 かむとけの 日香る空の
  九月(ながつき)の しぐれの降れば
  雁がねも いまだ来鳴かね

  神(かむ)なびの  御田屋(みたや)の
  垣つ田の 池の堤の 
  百(もも)足らず 斎槻(いつき)の枝に 
  瑞枝さす  秋の黄葉(もみぢば) 

  まき持てる  小鈴もゆらに 
  たわや女に  我(わ)れはあれども 
  引き攀(よ)ぢて 峯も とををに 
  ふさ手折り   我(わ)は持ちて行く 

  君がかざしに 」 
                     巻13-3223 作者未詳

  一行ごとに訓み解いてまいりましょう。

「 かむとけの 日香る空の 」

      「かむとけの」: 日香る空の枕詞 かむとけは落雷 
      ヒカ(ピカ)の意で「ひ」を起こす
           
      「日香る」  :   ある気配が立ちこめるさま

        ( 雷が光って 曇り空が続く )

  「 九月(ながつき)の しぐれの降れば 

     (  長月の 時雨が降るようになると )

    「 雁がねも いまだ来鳴かね 」

     (  雁がまだ来鳴きもしないのに )

 
 「  神(かむ)なびの  御田屋(みたや)の 」

       「神なびの」:  神がこもる
       「御田屋(みたや)」 : 斎き浄めた田を守る小屋

            ( 神様に守られた 神聖な小屋 )

  「 垣つ田の 池の堤の 」

           「垣つ田」: 垣根に囲まれた田

          ( 垣根に囲まれた田の 池の堤 )
      

  「 百(もも)足らず 斎槻(いつき)の枝に 」

            「百(もも)足らず」: 斎槻(いつき)の枕詞 百に足りない五十(いつ)の意

         ( 神聖な槻の枝に )

  「 瑞枝さす  秋の黄葉(もみぢば) 」
   
             ( 瑞々しい枝をさしのべた 秋の黄葉 ) 
  
     「 まき持てる 小鈴もゆらに 」

            ( 手に巻いている 小さい鈴をゆらゆらと鳴り響かせて) 
   
    「 たわや女に  我(わ)れはあれども 」

             ( 私は かよわい女 ではありますが )

    「 引き攀(よ)ぢて  峯も とををに 」

            「引き攀(よ)じて」 引き掴んで
            「峯も とををに」  槻の木のてっぺんが撓むほどに

        ( 槻に木のてっぺんが撓むほど力いっぱい引き掴んで)

     「 ふさ手折り  我(わ)は持ちて行く 」

              「 ふさ手折り 」 いっぱい手折って

               ( いっぱい折りとって 持ってゆきます )

     「 君がかざしに 」

             (あなた様の髪飾りに )
 
             かざし :神を迎え幸福、繁栄を祈る呪的行為

反歌

「ひとりのみ 見れば恋しみ  神なびの
   山の黄葉(もみちば) 手折り来つ君 」 
                        巻13-3224 作者未詳

     ( ひとりきりで見ていると 見せたくてならないので
       二人一緒に見ようと
       神なびの この紅葉を折り取って持ってきましたよ、
       あなたさま。 )

 紅葉狩りに集った男女間での宴で歌われた寿ぎ歌です。
 瑞々しく紅葉した槻の枝を持って、小鈴を振るたわやめ。
 受け取る男。
 周囲を取りまく男女。
 それは豊穣の予祝の宴であったことでしょう。

 「欅並木 ここにはじまる 蝉時雨 」 富安風生

江戸時代、欅は橋桁や船材に使われ、その枝を海苔栽培の粗朶として
活用されたため幕府は大掛かりな植栽を奨励しました。
その結果、武蔵野には欅が多く残り、いたるところで並木が見られたそうです。

高濱虚子はエッセイ「欅並木」で

『 東京近郷に出ると必ず並木に出くわす。
  欅や楢や榛(はり)などが大空高く延びていて、その下に
  昔風の人家がなお残っているものを散見するのである。
  この欅並木もまた京洛地方に見ることが出来ぬ武蔵野特有のものである。
  中略 
  この並木は武蔵野の古い街道を象徴しているもので、この欅が大きければ
  大きいほど街道の古さを現わしている 』 

と述べています。

     「 落葉せる 大き欅の 幹のまへを
                 二人通りぬ 物云ひながら  」    島木赤彦


ご参考 : 欅の用途

 神社仏閣、大邸宅の門柱、門扉、土台、大黒柱,鴨居、床廻り、格子戸など。
 椅子、食卓、仏壇、戸棚、盆、車箪笥、盆、皿などの生活用具。
 太鼓の胴、バイオリンの外囲い,三弦などの楽器。
 鉄道枕木、杭、橋梁、電柱、の土木用材。
 船首、船尾、船室の内装など船舶用材。
 客車、汽車や電車の室内装飾用。
 荷馬車、人力車、馬車。
 寺や神社の柱や彫刻 (清水寺の舞台を支えている欅の柱、唐招提寺、
                 東西本願寺、 皇居桜田門は有名)。

 弓材としては真弓(マユミ)とならぶ材料、槻弓とよばれた。



 万葉集609 (欅:けやき) 完


         次回の更新は12月8日(金)の予定です。
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# by uqrx74fd | 2016-12-01 15:28 | 植物

万葉集その六百八 (朝露)

( 彼岸花に置かれた露  学友N.F さん提供 )
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( キス ミー ? いやいや サザンカの花びらでした  自宅 )
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( ヤマハゼ  室生寺  奈良 )
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(  南天   自宅 )
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(  柚子   同上 )
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(  薔薇   同上 )
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(  薔薇の露は甘い  棲みついたカエル君  同上 )
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(  露草  山辺の道  奈良 )
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「露」は「梅雨」「汁(つゆ)」などに関係する語で元々は「湿っている」ことに
由来するそうですが、歌の世界では秋の季語とされ様々な使い方がされています。

古歌では朝露、夕露、白露の表現が多く、露の消えやすさに人生のはかなさを譬え、
つのる思いの強さゆえにこぼれる涙を「思いの露」といい、
悲しみのためにあふれる涙は「心の露」、言葉の美しさを「言葉の露」、
情愛のうるおいは「情けの露」、縁のうすいことを「縁(ゆかり)の露」などと
言い慣わし、日本人好みの題材として数えきれないほど詠われています。

万葉集での露は115余首。
その中から早朝、草葉に降り置き、美しく輝く朝露を。

「 朝露に にほひそめたる 秋山に
    しぐれな降りそ ありわたるがね 」
                    巻10-2179 柿本人麻呂歌集

( 朝露に濡れて色づきはじめた秋の山に
      時雨よ降らないでおくれ。
      この見事な風情がいついつまで続くように )

「ありわたるがね」 長く続いて欲しい
「あり」 存続をしめす接頭語的用法 「がね」 希望的推測をしめす終助詞

当時、秋の露は紅葉を促すものと考えられていました。
折角美しく映えているのに、冷たい時雨を降らせて枯らすなと詠う作者です。

次の歌は
「白い露がどのようにして木の葉を様々な色に染め上げるのだろうか」
と戯れています。

「 白露の 色はひとつを いかにして
      秋の木(こ)の葉を ちぢにそむらむ 」
                            ( 藤原敏行 古今和歌集 )

( 白露の色は一色であるのに、どのようにして秋の木の葉を
 千々の色に染めるのだろうか )

「 朝露に 咲きすさびたる 月草の
    日(ひ)くたつなへに  消(け)ぬべく 思ほゆ 」 
                           巻10-2281 作者未詳(既出)

( 朝露をあびて咲き誇る露草が 日が傾くと共に萎むように
 日が暮れてゆくにつれて 私の心もしおれて消え入るばかりです )

咲きすさびたる : すさぶ: ほしいままに咲きほこっている
日くたつなへに :くたつ:最盛期を過ぎる 衰える

男が「今夜行くよ」と云っていたのに夜が更けても来ない。
期待に胸をふくらませていたのに、時間の経過と共に萎んでゆく。

月草は露草、朝咲き夕べに萎む儚い運命は露と同じ。

竹久夢二の「宵待草」

「 待てど 暮らせど 来ぬ人を
  宵待草の やるせなさ
  こよひは 月も 出ぬそうな 」   

を思い出させる一首です。

 「 朝露の 消(け)やすき我(あ)が身 老いぬとも
     またをちかへり  君をし待たむ 」 
                            巻11-2689 作者未詳

( 朝露のように今にも消え入りそうなこの身、そんな私の命だけれど
      どんなに老いさらばえようと、また若返ってあなたをお持ちしましょう。)

男から疎まれて振られた女、なにくそ、どんなに老いさらばえようと
必ず彼の気持ちを引き戻してみせると自ら励ましているような歌。
男にとって有りがた迷惑な話?

「 かにかくに 物は思はじ 朝露の
     我(あ)が身ひとつは 君がまにまに 」
                       巻11-2691 作者未詳

( あれやこれやと もう思い悩んだりいたしません。
  朝露のようなはかないこの身のすべては、あなたのお心のまま 。)

さまざまに悩んだ末、決心した女。
もうどうにでもして!
とは云ったものの相手の反応は鈍い?

「 かく恋ひむ ものと知りせば 夕(ゆふへ)置きて
    朝(あした)は消(け)ぬる 露にならましを 」 
                         巻12-3038 作者未詳

( これほど恋焦がれるものと知っていたら、いっそのこと
  夕方に置いて朝方に消えてしまう露であればよかった )

こんなに苦しむのであればいっそのこと露のように
消えてしまった方がましだ。
命を懸けた本気の恋とは楽しく、そして苦しいもの。
それでも諦めない万葉人。

露は晴天の風のない夜、急速に地面が冷えると多くなるそうです。
月の光を浴びながらキラキラ光る玉は正に月の雫。
日本語って美しいですね。

余談ながら「露払い」の由来を。
「露払い」とは「先触れや先導すること」をいいますが、
元々は宮中で蹴鞠(けまり)の会がある時、競技者が出る前に、道具を管理する者が
まず蹴って鞠(まり)にかかっている露を払い落したことに由来するそうです。

室町時代になると、遊芸など最初に演ずることに使われ、
さらに相撲で横綱土俵入りの前駆を勤める力士をいうようになったのは
御承知の通り。
相撲の露払いの起源は古代の蹴鞠にありです。

   「 朝露の ふるればこぼる 楽しさに 」    稲畑汀子




                万葉集608 (朝露)   完

               次回の更新は12月2日(金)の予定です。
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# by uqrx74fd | 2016-11-24 19:40 | 自然

万葉集その六百七 (十月時雨)

( 時雨のあと ドウダンツツジが美しい 依水園  後方東大寺南大門  奈良 )
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(  奈良公園 南大門の近くで )
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( 吉城園   奈良 )
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( 室生寺で   奈良 )
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( 長谷寺   奈良 )
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(  晴れた日の二月堂   奈良 )
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(  正倉院 この辺りは銀杏が多い 奈良 )
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(  大仏池  紅葉が池に映える  奈良 )
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(  浄瑠璃寺  京都 )
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( 大神神社の酒祭り(11月14日)の準備 杉玉は200㎏とか  月刊なららより )
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(  酒屋向けの「三輪明神 しるしの杉玉 」  大神神社で  奈良 )
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「時雨」。
秋の終わりから冬にかけて、日が射しているにもかかわらず突然雨が
パラパラと降り出して直ぐ止む。
あるいは山から山へと移り降ってゆく。

これは、西北の季節風が山に当たって吹き上がり、冷却して雲となって
雨を降らせるために生ずる現象だそうですが、特に京都のような地形で
多くみられるようです。

現在は冬の季語とされていますが、万葉人にはそのような認識はなく、
「九月(ながつき)の時雨」は黄葉を促すもの、
「十月(かむなづき)の時雨」は木々の落葉を早めるものと感じていました。
( 陰暦の9~10月は現行太陽暦の10~11月 )

「 九月(ながつき)の しぐれの雨に 濡れ通り
        春日の山は 色づきにけり 」 
                       巻10-2180 作者未詳

( 長月の時雨の雨に濡れ通って、春日の山はすっかり色づいてきた )

「濡れ通り」とは時雨が木々を隅々まで濡れ徹(とお)らせての意。

「 調子が一気に徹(とお)り、うるおい、響きがある。
現代語訳に置き換える無力さを感じさせ、
繰り返し吟唱するにしくはない」(伊藤博) と評価されている秀歌です。

「 十月(かむなづき)  しぐれにあへる 黄葉(もみちば)の
             吹かば散りなむ  風のまにまに 」 
                             巻8-1590 大伴池主

( 十月の時雨に出会って色づいたもみじ、これと同じ山のもみじは
  風が吹いたら吹かれるままに、散ってしまうことでしょう。)


738年 橘奈良麻呂(左大臣諸兄の子)邸宅での宴歌で
日頃親しくしていた人々11人集まり黄葉を詠ったもの。
全山、赤、黄色に染まった美しい彩りを愛でながら盃を傾けています。

旧交を温め、会話も弾んでいる最中(さなか)、突然、一陣の風にあおられて
木々の葉が舞う。
パラパラと軽く降る雨。
濡れた黄葉は一段と色鮮やかです。
そして、何事もなかったように再び晴れ間が。

そのような情景を思い浮かべさせる一首、作者は大伴家持の歌友です。

「 十月(かむなづき) しぐれの常か わが背子が
         やどの黄葉(もみちば)  散りぬべく見ゆ 」
                             巻19-4259 大伴家持

( 十月:かむなづき、この時雨の雨の習いなのか あなた様の庭のもみじは
  一段と美しく色づいて、今にも散りそうに見えます。
  いつまでもそのままでありたいものですね。)

751年 紀 飯麻呂(きの いひまろ)宅の宴での歌。
「我が背子」は主人、紀麻呂を親しみをこめて呼んだもの。

庭の紅葉の見事さを讃え、一家の繁栄を寿いだ一首。
あえて散りそうな黄葉を詠うことにより、今の盛りを大切に
楽しもうという心を含めたようです。

作者は恭仁京から奈良に戻り、少納言に昇進したばかり。
意気軒昂の時期です。

次の二首は問答とされ男女の掛け合いです。


「 十月(かむなづき) しぐれの雨に 濡れつつか
          君が行くらむ 宿か借(か)るらむ 」 
                          巻12-3213 作者未詳(女)

( もう十月、あの方は今頃冷たいしぐれの雨に濡れながら旅を続けて
 おられるのでしょうか、それとも、どこかで宿を借りておられるのでしょうか。)

初冬の雨に旅先の夫を案じる妻

「 十月(かみなづき) 雨間(あまま)も置かず 降りにせば
          いづれの里の 宿か借らまし 」 
                     巻12-3214 作者未詳(男)

( この寒い十月というのに 晴れ間もなしに 雨が降り続いたら
  一体どこの村里の宿を借りたらよいのであろうか。 )

泊めてくれそうな心当たりもない異郷の広野を旅してゆく不安。
時雨は雨間があるのが普通なのに、ひっきりなしに降る。
これから先、どうすればよいのか、心細くなる男。

十月(かみなづき)は現在「神無月:かんなづき」と書かれますが、
日本中の神々が出雲大社に集まり不在になるとの言い伝えによります。
ただし、出雲だけは神様がおられるので「神有月」と呼ぶそうな。

尤も語源は諸説あり、雷が無くなるので「雷無月(かみなし月)」、
あるいは、新酒が出来るので「醸成月:かもなしつき」が訛ったとも。
後者は、酒好きな人が命名したのでしょう。

   「 あらうれし 杉玉緑 三輪の里 」    筆者

   酒の神様、大神神社の杉の葉で作られた杉玉は新酒入荷の合図。
   全国の酒屋、飲み屋の軒先に掛けられます。
   本殿に飾られる杉玉は200㎏の重さだとか。

         万葉集697 (十月時雨 )完

      次回の更新は11月25日(金)の予定です。
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# by uqrx74fd | 2016-11-19 17:27 | 自然

万葉集その六百六 (アケビ)

( ミツバアケビの花  向島百花園  )
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(    同上:拡大  )
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( ミツバアケビの実    同上 )
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(  枯れた実  東京都薬用植物園 )
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(  アケビの花   同上 )
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(  アケビの実   同上 )
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( 通信販売カタログ  産地は山形が圧倒的なシエァを占める )
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 アケビは本州、四国、九州に分布するアケビ科つる性の落葉樹で4~5月、
薄紫色の花を咲かせ、秋には10㎝位の楕円形の実を付けます。
完熟すると紫色の果皮がパクッと割れて白く柔らかい美味な果肉が現れるので
「開け実」とよばれていたものが「アケビ」に転訛したそうな。

古くは「狭野方(さのかた)」とよばれていた(土居文明 万葉集私注)ようですが、
植物名ではあるが未詳、あるいは地名とする説(少数)もあります。

「さのかた」が「アケビ」とされる根拠は万葉集で「葛葉(くずは)がた」と
詠われている例があり、「かた」は「蔓(つる)」の意と推測されること(伊藤博)と
「さの」は「さね」つまり「実」と解釈されたと思われるので
本稿は土居説に従います。

万葉集の「さのかた」(アケビ)は二首のみ、共に恋の歌です。

「 さのかたは 実にならずとも 花のみに
         咲きて見えこそ 恋のなぐさに 」 
                    巻10-1928  作者未詳

( さのかたは、実にならなくてもせめて花だけ咲いて見せておくれ
 この苦しい思いのせめてもの慰めに )

  「咲きて見えこそ」:「こそ」は「~してほしい」で「咲いて見せてほしい」
  「恋のなぐさに」: 「恋心を慰めるよすがとして」

男が「さのかた」を女に譬えて、結婚する気はなくとも
せめて交際だけでもして欲しいと口説いています。

本心は体の関係も持ちたいと思っている?
ところが口説かれた女性は人妻。
不倫は厳禁の時代。
女は次のような歌を返します。


「 さのかたは 実になりにしを 今さらに
         春雨降りて  花咲かめやも 」 
                    巻10-1929  作者未詳

( さのかたは とっくに実になっておりますのに 今さら春雨が降って
  花が咲くなどということがありましょうか )

「 春雨降りで」: 当時、春雨は花の開花を促すものと考えられており、
           ここでは男から誘いを受けている状態を譬えています。

「 花咲かめやも」: 「めやも」は反語。
             「あなた様と関係をもつということなどありましょうか」の意

自らを「さのかた」に譬えて、すでに人妻である(実になりし)ことを匂わせながら
相手の求めをはぐらかしています。
取りようによっては靡いてもよいとも思われそうな返事です。
相手をからかっている?
あるいは内心、一時の浮気ならと思っているのか。


「 心ぐく なりて見て居り 藪のなか
        通草(あけび)の花を 掌(て)の上におきて 」  島木赤彦

アケビは漢字で「通草」「木通」と書かれます。
蔓を煎じて飲むと利尿に効ありとされるので「小水が通じる草、木」の意とか。

この歌の作者、島木赤彦は「万葉集の鑑賞及び其の批評」という歌論書を書き、
斎藤茂吉の「万葉秀歌」と常に比較されているアララギ派の巨匠です。

「心ぐく」は「気分が晴れない」の意で万葉集に精通していた作者は
大伴家持が多用していたのを知っていて用いたのでしょうか。

「 心ぐく 思ほゆるかも 春霞
    たなびくときに 言(こと)の通えば 」 
                     巻4-789 大伴家持

( 申し訳けなさに心が晴れずもやもやした気持ちです。
      春霞がたなびくこの季節に、しきりにお便りいただくものですから )

藤原久須麻呂という人物から、まだ3才になるかならないかの家持の娘と
婚約したいとの申し出があり、困惑し、婉曲に断ったにもかかわらず
再三催促してきたのに応えたもの。
昔とはいえ、えらい気の早い男がいたものです。

「 通草(あけび)の実 ふたつに割れて そのなかの
            乳色なすを われは惜しめり 」        斎藤茂吉

山の中で実もたわわに垂れ下がっている通草。
野趣があり美味。
季節になると店頭にも出回ります。
春の若菜はおひたしや、乾燥させてお茶にしてもよし。
また、蔓は椅子や寝台、鞄やバスケット,菓子器などに加工されています。

「 瀧風に 吹きあらわれし 通草(あけび)かな 」     増田手古奈


           万葉集606 (アケビ) 完


        次回の更新は11月20(日)の予定です
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# by uqrx74fd | 2016-11-10 19:16 | 植物