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万葉集その八百六十三(東歌:陸奥国)

磐梯山 福島県
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磐梯山:万葉集では会津嶺と詠われている

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国府が置かれた多賀城跡 宮城県多賀城市
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同上 復元模型 
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同上 南門図 
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多賀城国府復元模型 国立歴史民俗博物館 千葉県佐倉市
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安達太良山 福島県
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霞が城跡 福島県二本松市

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田沢湖 秋田県
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奥入瀬川 青森県

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十和田湖 秋田、青森県にまたがる
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ダケカンバの黄葉 八甲田山 青森
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 万葉集その八百六十三(東歌:陸奥)


大和朝廷の時代、常陸(茨城)下野(栃木)から北方は

「道奥」(みちのおく)とよばれ、その後「陸奥(みちのく)」、

平安時代以降、「陸奥(むつ)」という呼び名が定着しました。


当初の版図は福島県、山形県内陸部、宮城県一円の地域で国府は

仙台市太白区あたりにあったようです。(郡山官衙(かんが)遺跡)


しかしながら蝦夷征伐が行われるにつれ、

秋田、青森県まで支配地域が広がり、

兵站基地として多賀城(現宮城県多賀城市)が築かれ

国府も当地に遷されて北方の政治、軍事、文化の中心となりました。


万葉集には4首詠われています。


「 会津嶺の 国をさ遠み 逢はなはば

     偲(しの)ひにせもと 紐結ばさね 」 

143426 東歌


( 会津嶺の聳え立つ国、その故郷が遠くなって

お前さんに逢えなくなってしまったら

結んでくれた紐を偲ぶよすがにしよう。

心をこめてしっかり結んでくれよね。)


会津嶺:福島県の磐梯山 会津は陸奥国の郡名


国:ここでは故郷


逢はなはば:逢えなくなってしまったら


偲ひにせもと:「偲ひにせむと」の訛り、偲ぶよすがにしようと


遠く旅立つ男が、別れを悲しんで泣きじゃくっている妻に

優しく声をかけている様子が彷彿されるような一首。


当時、恋人や夫の着物の紐を結んで旅の安全を祈る習慣があった


    「会津嶺も 猫魔ヶ岳も 紅葉晴 」   柏原眠雨


「 筑紫なる にほふ子ゆゑに 陸奥の

     可刀利娘子(かとりをとめ)の 結ひし 紐解く 」

                  巻143427  東歌


   にほふ子ゆゑに:色っぽい女ゆえに

   

( 筑紫なんぞの色っぽい女にだまくらされて、

  折角この陸奥の可刀利乙女が固く結んであげた紐を

解くんだとさ。)


 可刀利は地名と目を細く織った薄い絹すなわち縑(かとり)

掛けられており女は絹を織る作業に従事していたものと

思われます。


筑紫は太宰府など置かれた先進地域、洗練された女性に

心靡いた男を揶揄する気持ちを込めた一首。


機織り女たちの作業歌だったかもしれません。

それにしても陸奥と筑紫の南北の果ての取り合わせとは面白い。


「 安達太良の嶺(ね)に伏す鹿猪(しし)の ありつつも

     我(あ)れは至らむ 寝処(ねど)な去りそね 」 

143428 東歌


安達太良山:福島県二本松市の山


嶺(ね)に伏す: いつも同じねぐらにいるように

         「嶺」に「寝る」が掛けられている


     我は至らむ: 困難を冒しても辿り着くの意

            

( 安達太良山の鹿や猪はいつも決まった寝床に帰って休むと言う。

  俺もお前のところへ通い続けるから、いつでも共寝できるように

待っていてくれよ。 )


山野に働く男の朴訥な一首。


闇夜に恋人のもとへ通うのは熊、猪、鹿が出没し

危険だったのでしょう。


二本松方面からみた安達太良山容はいくつもの山が連なった連峰で、

どの頂が安達太良山の頂上か分りにくく、この歌は恐らく連峰全体を

さしているのでしょう。


次の歌は万葉集中北限に近い場所で詠われたものです。


「 陸奥(みちのく)の安達太良真弓 はじき置きて

     反らしめきなば  弦(つら)はかめかも 」

                 巻143437 作者未詳


( 陸奥の安達太良真弓、この立派な真弓は、弓弦を弾いたままに

しておいて、反()っくり返らせるようなことをしたら、

もう二度と弦を張ることは出来ませんよ。)


真弓:立派なの意の「真」と、

材料の檀(まゆみ)が掛けられている。


はじき置きて:弓の用が済んでそのままにしておく


反らしめきなば:弓身が曲がったままになり

元に戻らないことをいう


   弦はかめかも: 弦を元の通り張ることが出来ないの意


夫の様子がおかしい。

もしや他の女との浮気か、と感じた妻が、強い口調で

脅しをかけているのです。


安達太良山には弓の材料である檀(まゆみ)が数多く生育していました。

当地で作られた弓は特に「安達太良真弓」とよばれ、遠く都にまで

知られていた名品です。


「 安達太良は 北の御嶺ぞ 帰る雁 」  篠田悌二郎


安達太良山の名を不滅のものにしたのは、高村光太郎の「千恵子抄」

さわりの一部をどうぞ。


『  智恵子は東京に空が無いといふ、

   ほんとの空が見たいといふ。

   - - 。

阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に 

毎日出てゐる青い空が 

智恵子のほんとの空だといふ

あどけない空の話である。 』

 智恵子抄(あどけない話より)


『 あれが阿多多羅山 (あたたらやま)

  あの光るのが阿武隈川 (あぶくまがわ)


  かうやって 言葉すくなに座ってゐると

  うっとり ねむるやうな頭の中に

  ただ遠い世の 松風ばかりが 

薄みどりに吹き渡ります 。

- - - 。』

高村光太郎 智恵子抄 (樹下の二人より)


「 燕去る 智恵子生家の 杉の玉 」 金子和代


      二本松市に智恵子生家(酒屋)があり

一般公開されている。

杉玉は酒屋の軒先に飾る新酒到来のしるし


       万葉集863 東歌:陸奥 完


    次回の更新は1029日(金)の予定です。



# by uqrx74fd | 2021-10-21 17:26 | 万葉の旅

万葉集その八百六十二((東歌:下野)

大藤 足利フラワーパーク 栃木県
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 足利学校 下野国(しもつけのくに) 栃木県

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足利学校跡 同上

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鑁阿寺(ばんなじ)山門通り  同上

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下野国庁模型  国立歴史民俗博物館  千葉県
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日光東照宮  栃木県
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日光廟  同上
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  コナラの木と万葉歌  赤塚万葉植物園  東京
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コナラの木々  同上
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コナラの花穂  同上
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万葉集その八百六十二(東歌:下野国)


古代、関東に「毛野:けの)」と「那須」とよばれる政治勢力が存在し、

二分されて「上毛野:かみつけの」と「下毛野:しもつけの」になったと

云われています。


その後「上野国」「下野国」に改名され、

「毛」の字は消えたものの

「かみつけ」「しもつけ」と名残をとどめて読まれました。


「上野国」は現在の群馬県、

「下野国」は那須を含む「栃木県一帯」。


万葉集での下野の東歌は2首、他に下野国出身の防人の歌が

11首残されています。


「 下つ毛の 三毳(みかも)の山の 小楢(こなら)のす

    まぐはし子ろは 誰()が笥()か 持たむ 」 

143424 作者未詳


「三毳(みかも)の山」: 栃木県佐野市東方の大和田山か。


「小楢のす」:「のす」は「なす」の訛り。

「小楢の木のような」の意


「まぐはし子ろ 」: 


   「まぐはし」は目にも艶々として鮮やかなさま


「誰が笥()か持たむ」: 笥は食器。

食事の世話を妻がするのでこの表現がある。


( 下野の三毳(みかも)の山に生い立つ小楢の木

 その瑞々しい若葉のように目にも爽やかなあの子は一体誰の

 お椀を世話することになるのだろうか )


自分の妻にしたいのだけれど高嶺の花と諦める?

「いやいやきっと俺の妻になるのだ」と自分に

言い聞かせている男です。


伊藤博氏は次のような解説をされています。


 「 妻を笥(食椀)という語であらわしているのも

実際生活に即している言い方で

   一首おのずから素朴な地方色をたたえている。


   愛すべき魅力ある歌。

 男の深い懸念を活写して、すこぶる新鮮、

集中でも特記すべき表現 」


「 風吹けば しづくとなりて はらはらと

        秋告げて散る 楢の木の露 」 

      与謝野 礼厳


小楢(こなら)は山野によく見られるブナ科の落葉高木で、

一般的には楢(なら)とよばれています。


生命力極めて旺盛な樹木で、根元から切断しても、

その切り株から新芽を伸ばして再び大きくなり、

古くから薪炭の材料やシイタケ培養のホダ木として

重宝されてきました。


春先、新しい枝に尾状の黄褐色の花穂を垂らして

小さな花を付けますが、まるで風に揺れる簪(かんざし)

飾りのよう。


万葉人もその様子を見て、美しい女性を連想したようです。


また、青葉の頃の瑞々しい葉裏は白くて柔らかい毛が

密生して銀色に輝き、幻想的な雰囲気を醸し出してくれます。


秋には黄葉が山野を美しく彩り、シカ、イノシシ、ネズミなどの

大好物、団栗を大量に地面に落として命の糧を恵む有用の木です。


「 下つ毛の 安蘇(あそ)の川原よ 石踏まず

     空ゆと来ぬよ  汝(な)が心 告(の)れ 」

               巻14-3425 作者未詳

   

安蘇: 下野国の郡名


川原: 佐野市へ南流し渡良瀬川に合流する秋山川か。


   空ゆと来ぬよ: 空を飛ぶようにして


( 下野の安蘇の川原 あの川原を石も踏まずに、宙を飛ぶような

  思いでやってきたんだ。

  さぁ、お前の本当の気持ちをはっきり口にしてくれよ。)


石がごろごろしている川辺を危険を承知で馬をすっ飛ばして

女に逢いに来た男。


今まで何度も口説いているがなかなか色よい返事がもらえない。

今日こそお前の本心を聞かせてくれと迫る。


女は内心は嬉しいと思っているが、なかなか口に出さない。

こういう言葉は何度でも云ってほしいものなのです。


下野国は野州ともよばれ、名所が多く足利学校、陶芸の益子、

餃子の宇都宮、日光、東照宮、華厳の滝、中禅寺湖、男体山、

戦場ヶ原、鬼怒川温泉、那須塩原、それに名産「とちおとめ」等々。


さてさて何処を訪ねましょうか。


  「 日光は 紅葉を葺いて 祭りかな 」 山口青邨


    万葉集862(東歌:下野)完


   次回の更新は1022日(金)の予定です。



# by uqrx74fd | 2021-10-14 15:42 | 万葉の旅

万葉集その八百六十一(東歌:上野国)

上野国(かみつけのくに) 百合の里
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同上(群馬県太田市)
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榛名山 群馬県
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草津温泉 群馬県

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同上 勢いよく流れる湯
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同上
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風物詩 湯もみ (同上)
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温泉人形  同上
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昔懐かしいポスト  同上
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前橋薔薇園  群馬県
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万葉集その八百六十一(東歌:上野国)


「 紫蘇の実や 達磨干しある 上州路 」 石井大泉


上野は(かみつけ)群馬県全域を占める旧国名で、上州、上毛ともいわれます。


古代、毛野国が上毛野と那須、下毛野に分かれ、奈良時代上野、下野となり

その後、現在の群馬(上野)、栃木県(下野)に。


自然に恵まれた土地柄で万葉集では25首。

おおらかで明るい歌が残されています。


「 上つ毛野 まぐはし まとに 朝日さし

     まきらはし もな  ありつつ見れば 」

                    巻143407 作者未詳


   まぐはし まとに: 目妙(まぐは)し窓に 

まぐはし: 目にも美しく鮮やかな


   ま きら はし : ま(目)がきらきらとして、まばゆいさま

  

( 上野の 目にも爽やかな窓に 朝日が差し込んで、まぶしいように

  こうしてあなたに向かい合ったままでいると

  なんとも、まばゆくてなりません。)


方言のため難解ですが、美女を目の前にして

「 朝日が窓に射してキラキラするように、まぶしくてならぬ」

と照れる初心(うぶ)な男なのです。


「 伊香保ろに 天雲い継ぎ かぬまづく

        人とおたはふ  いざ寝しめ刀羅(とら)」

                  巻143409 作者未詳


伊香保ろ:伊香保の山、ここでは榛名山


かぬまづく:あれこれと「かまびすしくて」


人と :「と」は「ぞ」の訛り 人ぞ


     おたはふ: 「穏(を)たはふ」で

(噂が)静まるの意 

  

「刀羅(とら):人名 寅年に生まれた女性の愛称か


( 伊香保の峰に 天雲が次から次へとかかるように

  いつも うっとうしく目くじら立てている連中。

  その連中の邪魔もなくなった。

  さぁ一緒に寝てくれ、刀羅さんよ。)


ある山村に評判の美女がいた。

山で働く若者たちが寄ると触るとその話でもちきり。

誰かが少しでもちよっかいを出すと、すぐに目くじらを立てて怒る。


幸い今はうるさい連中もいない。

「お刀羅さんよ、俺と一緒に寝ようよ」と口説く男。


「 利根川の 川瀬も知らず 直(ただ)渡り

      波にあふのす 逢へる君かも  」 

143413 作者未詳


利根川:別名、坂東太郎


(波に)あふのす: あふ:出くわす 

「のす」:「なす」(如す)の訛り


( 利根川の渡り瀬もわきまえずに真っ直ぐに渡って、

いきなり 大波に出くわすように、

あの人にばったりと出会ったよ。)


何も考えないで歩いていたら好きな男にばったり出会い、

うれしさのあまり抱きついてしまったようです。

如何にも東歌らしい純朴な一首。


 「 伊香保嶺に 雷(かみ)な鳴りそね 我が上(へ)には

       故はなけども 子らによりてぞ 」

                巻143421  作者未詳


雷な鳴りそね:雷さんよ、鳴らないでくれ


我が上には: 我が身には


故はなけれど:怖くもなんともないが


子らによりて: よる(因る): 原因になる

        可愛いあの子が怖がるからさ


( 伊香保嶺の雷さん、どうか鳴らないでくれよ。

  おれは構わんが、あの子が怖がるからさ。)


「 世間の人たちよ、二人の仲をあれこれ喧しく言い立てないでくれ。

あの子が気にして離れていくと困るかな 」

と雷を世間の口に譬えたようです。


「 坂多き 伊香保の町や 榛芽(はんめ)吹く )佐野和子


上州群馬といえば赤城山に国定忠治、空っ風、達磨。

桐生の絹、下仁田の蒟蒻、葱、月夜野町の椎茸,林檎、館林のつつじ。


温泉は草津をはじめ磯部、霧積、伊香保川原湯、万座、鹿沢、

老神、水上と続々。

夏は谷川岳の登山、一ノ蔵沢のロッククライミング、

冬は万座でスキー。北軽井沢を控えた絶好の保養地です。


   「 草津の湯 匂ふ湯畑 山眠る 」 赤池貴のゑ


      万葉集861(東歌:上野国) 完


      次回の更新は1015日(金)の予定です。



# by uqrx74fd | 2021-10-07 16:12 | 万葉の旅

万葉集その八百六十(東歌:武蔵国)

武蔵野の面影残す深大寺周辺 東京
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落葉の径  自然教育園 東京目黒
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秋の風物詩 つるし柿 深大寺周辺
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クヌギ 自然教育園 (大正時代白金御料地

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ケヤキ 自然教育園(昭和24年 国指定天然記念物 史跡に指定)
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  晩秋のケヤキ 自然教育園 (昭和37年 国立科学博物館付属となる)
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菱田春草 武蔵野
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オケラ 自然教育園
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カワセミ 同上

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サネカズラ 同上
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雉の雄(左)と雌 野鳥図鑑より :ケン(鳴き声)もホロロ(羽ばたき)
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万葉集その八百六十(東歌:武蔵国)


律令時代の武蔵国は現在の東京都、埼玉県、神奈川県の横浜市、

川崎市を含む広大な地でムザシ(武蔵)と濁音でよばれていました。


落語「試し酒」に自分が所蔵する「武蔵野」という銘の盃を

「飲みつくせない」ほど大きい と自慢する話があります。


その心はあまりにも広大すぎて「 野を見つくせない」つまり

「のみつくせない」のだそうで、ことさように広かったのです。


「 いかにして 恋ひばか妹に 武蔵野の

    うけらが花の 色に出ずあらむ 」

                巻143376 (或る本) 作者未詳


( どんなふうに恋い慕ったなら、あの子に対して武蔵野の

おけらの花のように、おもてに出すようなことを

しないですますことが出来るのであろうか。)


       或る本:通し番号がある本歌以外に

類似歌が別本にあるの意


「うけら」とは現在「おけら()」とよばれるキク科の多年草で、

北海道を除く本州、四国、九州の日当たりの良い山野に自生しており、

春に摘まれる若芽は美味しい山菜の代表格とされています。


秋になるとアザミのような白や淡紅色の小さな花を、

釣鐘型の総苞(そうほう)の上に咲かせ、

枯れてもドライフラワーのように

長く残るので花期がはっきりしません。


そのような花の特徴をよく観察して詠った1首です。


人に知られてはいけない女に惚れた。

あぁ、苦しい、この胸の内をどうしたらよいのだろう。

このままでは焦がれ死にそうだ、と悶々とする純情な男です。


「 武蔵野に 占部(うらべ)かた焼き まさでにも

     告(の)らぬ君が名  占(うら)に出にけり 」

              巻143374 作者未詳


( 武蔵野の占い師が象(かた)を焼いて、焙(あぶ)り出したりしても

  はっきりとお告げなどあるはずがないあの方の名。

  その名があんな占いに顕(あらわ)れてしまった。)


「かた焼き」とは鹿の肩胛骨(けんこうこつ)や亀の甲を焼いて

そのひび割れの形によって吉凶を判断する占い。


占いをしたのは母親。

本職でもはっきり分かるはずがない秘密にしてきたあの人の名、

それなのに母さんのちゃちな占いで露見してしまった。


恋は秘密にというのが当時の習い、それなのに母親にばれてしまった。

男との交際を禁じられた娘の抵抗。


まさでにも: はっきりと


「 武蔵野の をぐきが雉(きぎし) 立ち別れ

     去(い)にし宵より  背ろに逢はなふよ 」

1433775  作者未詳


( 武蔵野の山懐に潜む雉がぱっと飛び立つように

  突然あの人は旅立ってしまった。

  あの日の晩からあの人に全く逢っていません。

寂しい。)


 をぐき:「ぐき」は山洞(やまほら)をしめす岫(くき)の意


 背ろ;背子 愛する人


 逢はなふよ: あの人にずっと逢っていない 

1日も早く帰ってきての意を含む


雉は平地や山地の草原に一雄、多雌の小さい群れを作りますが、

秋から冬にかけて雄同士、雌同士に別れて暮らすので、これを

「立ち別れ」といったようです。


男は突然役所から指名を受け、防人あるいは

徭役掛(ようえきがかり:労働職)に駆り出されたものと思われ、

別れの言葉もゆっくり交わすことなくあわただしく出立。


残された妻の悲しみと寂しさを詠う朴訥な1首です。


「 夏麻(なつそ)引く 宇奈比(うなひ)をさして 飛ぶ鳥の

      至らむとぞよ  我が下延(したは)へし 」

             巻143381 作者未詳


( 夏麻を引き抜く畝というではないが、

その宇奈比をめざして飛ぶ鳥のように

 空を切ってここに行き着こうと、私は慕い続けていたのです。)


夏麻引く:夏に麻を引き抜く畝の意で 宇奈比の枕詞

       当時武蔵野は麻の産地、麻布、調布など地名に名残あり


宇奈比:所在不明


下延へし:心中ひそかに思い続けるの意


遠い道のりを息せききって女のもとにたどり着いた時の男の感慨。


「 武蔵野は 月の入るべき峰もなし

    尾花が末(うれ)に かかる白雲 」 藤原通方 (続古今集)


古代の武蔵野、関東平野は火山灰が降り積もった肥沃な土を

育んでいましたが、人口が少なく見わたす限りの原野は

ススキや萱(かや)が生い茂っていたようです。


葦は燃料のほか屋根、垣根、船、衣類、寝具、簾、

葭簀(よしず)、簀子(すのこ)、さらに、葦笛などの楽器、

矢、製紙、利尿剤など用途が多く人々の生活の必需品です。


 「 武蔵野の 秋は白雲よりととのふ 」 上村占魚


武蔵野が雑木林になったのは江戸時代。

農家が薪炭用に櫟(くぬぎ)、コナラ、ケヤキ、エゴなど

一定の間隔を残して整然と植えられたので明治時代には

美しい雑木林となり、さらに観賞用に梅、桜、竹、松などが加えられ、

道端は百花繚乱。


高度成長期に開発のため荒廃しましたが、今も所々にその面影を

残しています。


「 石神井城 野菊の径(みち)と なりゐたり 」山田春生

     石神井公園は武蔵野の湧水地の石神井池と

     三宝池を中心とした石神井城跡の地にある


万葉集860(東歌:武蔵国) 完


次回の更新は10月8日(金)の予定です



# by uqrx74fd | 2021-09-30 17:31 | 万葉の旅

万葉集その八百五十九(月の光)

中秋の名月
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唐招提寺観月讃仏会 奈良

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月からの使者 N.F 君撮影
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        たぬきばやし 藤城清二 

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森のこびと   同上 光のメルヘン展 銀座
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月のでんしんばしら 宮沢賢治 同上

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光のプレリュード 同上
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月光の響  同上
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角笛と少年 同上
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3つのオレンジ 同上 展覧会のすべての作品は撮影フリーでした
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万葉集その八百五十八(月の光)


「 渚なる白波見えて 良夜かな 」 高濱虚子


    註: 「良夜」 秋の月がくまなく照らす夜。

いまではもっぱら名月の夜をいう


今日は中秋の名月(921日)。


ドビユッシ-の「月の光」、ベートーベンの「月光」聴きながら

澄み切った夜空を仰ぐ


心地よく響くピアノ。

光を音で表現するとは素晴らしい。


ふと、「万葉人は月の光をどう表現したのだろう」と

歌集を紐解く。


「 水底(みなそこ)の 玉さへ さやに 見つべくも

    照る月夜(つくよ)かも 夜の更けゆけば 」

              巻71082 作者未詳


( 水底の玉まではっきり見られるほどに、清らかに照る月夜

  夜が次第に更けていくにつれて、ますます美しくなってきた )


これは凄い!

月の光が川底の石を宝石のようにキラキラと光らせている

と詠った。

「 お見事、お見事 」


「 我が背子が かざしの萩に 置く露を

    さやかに見よと 月は照るらし 」

                巻102225  作者未詳


( あなた様が挿頭(かざし)にしておられる萩に置く露、

  この露の輝きを はっきり見なさいと、お月様が

  こんなにも明るく照っていますね。)


     さやかに見よと:「明るく清らかだからよく見よ」と

お月様が言っている


恋人と仲睦まじく月見。

いとおしそうに顔をまじまじ眺める。


月の光が愛しい人の顔を照らしている。


あれ!頭の上がキラキラ光って。

あぁ!萩の花の上に置く露だ。


なんという幻想的な場面なのでしょう。


「 月読の 光は清く 照らせれど

惑へる心 思ひあへなくに 」   

4671 作者未詳


( お月様の光は清らかにそそいでいますが、

私のあなたを想う気持ちは千々に乱れる心の闇。

先が見えなくなって、踏ん切りがつきかねているのです )


「 惑へる心 」  恋に分別をなくした私の心

 

「思ひあえなくに」 思いを定めかねている 

「あふ」は 「~出来る」で反語を伴う


月の光に対して心の闇を配した、明と暗の対比、技巧の歌です。


「月読み」とは元々、古事記や日本書紀に登場する夜を支配する神、

月読命(つくよみのみこと)を指すものとされています。


古代の人は刻々と形を変え一定の期間を置いてまた復活する月に

生命の永遠性を感じ、神と崇めていました。


「読む」は「数える」を意味し、月の形で日数を数えることにより

時の推移と潮の満ち欠けを把握していたのです。


「 月読神(つくよみの かみ)にと 供(そな)ふ 小机に

      茹で栗 団子 菊添ふ すすき 」    窪田空穂


         万葉集859(月の光)完


   次回の更新は10月1日(金)の予定です。



# by uqrx74fd | 2021-09-22 08:12 | 自然