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万葉集その二百二(梅の香り)

 
「 眼がさめたやうに  
 梅にも梅自身の気持がわかって来て
  そう思ってゐるうちに花がさいたのだらう
  そして
  寒い朝霜がでるように
 梅自からの気持がそのまま香にもなるのだらう 」
                        
                                      ( 八木重吉  梅より )
 
寒気がまだ残る中、凛とした佇まいを見せ、ほのかな甘い香りを漂わせてくれる梅。
万葉人はその気品と美しさを愛で、およそ120首の歌を残しました。
ところが、不思議なことに馥郁(ふくいく)とした梅の香を詠んだものはたった一首しか
ありません。
野にも山にも芳香が満ち溢れていたでしょうに、それを文学的に表現するには
まだ時代が早かったようです。

758年2月(旧暦)のことです。
式部省次官である中臣清麻呂宅で主人の生誕を祝う宴が催されました。

「 梅の花 香をかぐはしみ遠けれど
       心もしのに 君をしぞ思ふ 」 巻20-4500 市原王 


( あなた様のお庭の梅の香が芳しく、遠く離れたところまで漂って参ります。
 その香り同様に高いあなた様の人徳。私はいつも心からお慕い申しております。)

主人の誕生日を寿ぎ、その人徳を慕う気持を梅の香に託し、且つ女性の立場からの
恋歌仕立てにした一首です。
天智天皇の玄孫(やしゃご)でもある作者は

「 一つ松  幾代を経ぬる吹く風の
   声の清きは 年深みかも 」  巻6-1042  ( 第144回「松風」参照 )


という万葉集中屈指の名歌を詠んだ人としても知られ、聴覚の音を「声の清き」と
表現するなど独創的なセンスの持主であったようです。
この歌も香りがもてはやされた平安時代の先駆をなすものとされています。

「 君ならで誰(たれ)にか見せむ 梅の花
    色をも香をも しる人ぞしる 」    紀友則 古今和歌集


( あなたでなくて一体誰に見せましょうか。 その梅の花を。
 色の素晴らしさも、香りの素晴らしさも分る人だけが分るのですから )

題詞によると梅の花を折って人に贈った時に添えた歌のようです。

梅の花を讃えつつ、相手の心の深さを讃えた一首で、前掲の市原王の歌に相通じるものがあります。
なお
『 「しる人ぞしる」という表現はこの古歌によって日本語に根づいたのではないか 』
とも指摘されております。( 大岡 信 「名句、歌ごよみ 春」 角川文庫 ) 

    「 日の匂ひ 風の匂ひで 野梅咲く 」 中村芳子

    

by uqrx74fd | 2009-03-08 16:38 | 植物

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