万葉集その二百一(君が代のルーツ)

古代での「君」は「自分が敬愛する人」をいい「主君、父母、親族、配偶者、友人」など
誰に対しても尊敬と親愛をこめて使われていた言葉です。
また、「代」の原義は「竹の一節」をいい、転じて「齢(よわい)」あるいは「一代」を
さすものとされています。

万葉集では「君」「千代」「八千代」「細石」(さざれいし)「巌」「苔むす」という語彙は
多く見られますが国歌「君が代」の思想即ち万人の繁栄と長寿を寿ぎ、
その永からんことを祈る歌は次の一首と考えられています。

「 花散らふ この向つ嶺(を)の 乎那(をな)の嶺の
     州(ひじ)につくまで 君が齢(よ)もがも 」      巻14-3448 作者未詳


( 花が散り舞う向こうの山の尾奈(静岡県)の嶺が、長い長い年月を経て磨耗し
川の中州に漬かるまで、あなたさまの寿命が何時いつまでも長からんことを! )

「劫」(こう)という仏教用語があり、「一辺四十里 (160㎞) の岩を三年に一度 
(百年に一度という説も) 天女が舞い降りて羽衣で撫で、その岩が擦り切れて
なくなってしまうまでの時間 」とされ、ヒンドゥー教では43億2000万年と
定義されております。

「山が州になるまで」と詠うこの歌はまさに「劫」の思想。
国歌「君が代」の「さざれ石の巌となりて」と表裏一体をなすものです。

市井の万葉研究家 田中一徳氏は「江戸時代の賀茂真淵門下の逸材、橘千陰が
このことを既に万葉集略解(りゃくげ)で指摘しており、
「これこそ君が代の元の姿、源姿」と確信したと述べておられます。

学者の中には

「 妹が名は 千代に流れむ姫島の 
小松がうれに 苔むすまでに 」      巻2-228 河辺宮人


( この娘子の名は万代まで語り継がれるであろう。娘にふさわしい姫という名を
持つ島の小さな松が成長して苔がむすようになるまで未来永劫に )

を「これこそ君が代のル-ツ」と主張される方もおられますが、このような
乙女の入水を悼む挽歌が「国歌」の源泉となるはずもありません。

「 わが君は 千代に八千代に さざれ石の
    巌となりて苔のむすまで 」         古今和歌集 巻七  読み人しらず


( あなた様!いついつまでも長生きされますように。小さな小石が悠久の年月を経て
巌となりさらにそれに苔が生えるようになるほどまでに )

この歌の「わが君」が「君が代」になったのは平安末期と推定されています。
国歌の原型とされるこの歌は古くは平安以前から多くの民衆に「祝い歌」として
朗詠されてきたと推定され、白拍子、神楽歌に採り入れられているところから
元々は「神遊び」即ち舞を付けて朗詠された「鎮魂(たましずめ)」や「再生(たまふり)」儀礼の性格を
帯びていたものと考えられています。
 
以下は 山田孝雄著 「君が代の歴史」 から要約抜粋です。

『  近世に到ってこの歌は極めて広く利用され、物語、御伽草紙、謡曲、小唄、浄瑠璃、
   仮名草子、箏歌、長唄、盆踊り歌、琵琶歌、祭礼歌からはては乞食の門付けにまで及び、
   日本全国津々浦々で歌われたもので、およそ日本国の歌謡としてこれほど遠く広く深く
   行き渡ったものはなく、国歌となったのは自然の勢いであった  』



「 我春の 若水汲みに昼起きて 」  越人
 「 餅をくひつヽ 祝ふ君が代 」   旦藁(たんこう)」
                   

                             (芭蕉七部集 春の日 付合の一部)
[PR]

by uqrx74fd | 2009-03-08 15:02 | 心象

<< 万葉集その二百二(梅の香り)    万葉集その二百(龍馬) >>