万葉集その百八十九(鴫:シギ)

シギはシギ科に属する鳥の総称で我国では50種類以上もみられるそうです。
文芸に登場するシギは田鴫(タシギ)が多いとされ、全長約30cm、真っ直ぐで
長い嘴をもちます。
昼間は草叢や稲の切り株の陰などに潜み、夕方になると水辺や干潟、水田などに出て
カニや貝類、昆虫などを求め、飛び立つ時には「ジェー」というしわがれた声を出します。
秋に飛来して越冬し、春には再び北の繁殖地に戻る冬鳥です。(北海道では旅鳥)

「 春まけて もの悲しきに さ夜ふけて
    羽振(はぶ)き鳴く鴫 誰(た)が田にか棲む 」 
                       巻19-4141 大伴家持


( 都へ戻る季節、その春が早く来ないかと物悲しく思っているうちに、
いつの間にか夜が更けてしまったなぁ。
おやっ、鴫が羽ばたきしながら鳴いているぞ。

もうとっくに北へ帰る時節が到来しているというのに、いったい何に
未練を残して誰かさんの田んぼに居残っているのだろう。)

越中国守家持は“来春には都へ転任があるかもしれない”と大きな期待に胸を
膨らませていたのでしょう。

「何をぐずぐずしているの。俺ならさっさと帰るのに」という気持をやがて故郷に
帰る鴫に重ねて詠ったものと思われます。 その想いが通じたのでしょうか? 
翌年にはめでたく念願の都帰りとなりました。
「まけて」は「設けて」で「心待ちにする」。 万葉集中「鴫」の歌はこの一首のみ。

「 心なき身にもあはれはしられけり
          鴫立つ沢の秋の夕暮れ 」  西行  新古今和歌集


この歌は
「 寂しさはその色としもなかりけり 槙立つ山の秋の夕暮れ」 寂蓮

「 見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ 」藤原定家

と共に三夕の歌として知られています。

「心なき身」は「風流を解する心まで捨てたはずの出家の身にも」と一般に解されて
いますが、白州正子さんはその著 「西行:(新潮社)」で「心というものに苦労を
重ねた作者にとって一言で簡単に片付けられるようなものではなかったはずだ」とされ

「そもそも西行はいつ俗世の煩悩から解放されたであろうか。
歌を詠むこと自体が人間の最大の煩悩であることを思えば“心なき身”とは
“ものの哀れを知ることが不十分な我が身にも”と控えめな表現を行ったのではないか。

そうかといって特別に謙遜したわけでもあるまい。
心の底からそう信じて自分の精神のいたならさを嘆いたのだと思う。
そしてそういう人間にも鴫の立つ沢の秋の夕暮れは身に沁みると歌った。

“鴫立沢”については鶴ならともかく鴫がただ芸もなくつっ立っているだけでは
歌にも絵にもならない。そこに羽音をきくからこそ秋の哀れも身に沁むのである 」と
洞察に満ちた解説をされておられます。

ところで、その絵にも歌にもならないと言われた鴫の立ち姿には
「鴫の看経(かんぎん)」という言葉があります。 
鴫がじっと立っている姿を経を読んでいる様(さま)に見立てたものです。

次の句は立派な一幅の絵となっていると思われますが如何でしょうか? 
白州正子さん!

「 立鴫とさし向かいたる仏哉」   一茶
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:49 | 動物

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