2009年 03月 08日
万葉集その百七十九(恋は秘密に!)
原典はラテン語の「 sub rosa 」で「内密に、秘密に」を意味します。
ロ-マ神話の時代のことです。
キュ-ピッドが沈黙の神ハルポクラテスに
「母ヴィ-ナスの情事が他に漏れないようにしてほしい」と頼み、そのお礼に
薔薇の花を贈りました。
このことから、ローマ人は薔薇を他言しないことの象徴とみなし、宴会場の天井に
薔薇の彫刻をしたり、後には教会の告解室にも薔薇を掲げるようになったことも
この言葉の由来とされているようです。
我が古代の恋人たちにとっても恋は「sub rosa 」でした。
「 青山を横ぎる雲のいちしろく
我(あ)れと笑まして人に知らゆな 」
巻4-688 大伴坂上郎女
( 青い山を横切る白雲の色鮮やかなこと。
あなた!人前で私と顔を合わせたときにあの雲のような派手な
笑顔も見せてはだめよ。二人の仲は「ひ・み・つ」。)
周りには大勢の人。お互いに離れてわざと知らん振り。
ところがやっぱり気になる。
チラリと相手を。瞬間、パット目が合う。ついつい微笑みたくなるものですね。
「いちしろく」は「著しく」 「我と笑まして」は「私に向かって笑いかけて」
「 言う言(こと)の恐(かしこ)き国ぞ 紅(くれない)の
色にな出でそ 思い死ぬとも」
巻4-683 大伴坂上郎女
( 人の噂は恐ろしいものです。まして、この辺りの人たちは大の噂好き。
だから紅花のように目立った様子を顔に出してはだめよ!
たとえ恋焦がれて死ぬようなことがあってもね )
「恐(かしこき)き」は人の噂を恐れるとともに、言葉の魔力に対する畏怖、すなわち
心の中に思っていることを口に出すと吉凶いずれにせよ何らかの影響があるいう
言霊信仰が根底にあったようです。
「 我が背子が その名 告(の)らじと たまきはる
命は捨てつ忘れたまふな 」
巻11-2531 作者未詳
( いとしいあなたのお名前は決して人に打ち明けまいと命にかけて
誓っています。
どうかそのことをお忘れ下さいますな )
古代では自分の名前を他人が口に出すと魂が遊離してしまうと信じられ、
命同様に大切なものとされていました。
未婚の女性の本名は両親しか知らず日常は通称を名のっていた
ともいわれています。
「命を捨てつ」という表現も古代では過剰なものではなかったのでしょう。
時代は下って約900年後。
万葉人が命をかけて大切にした名前は近代的な価値観へと
大きく変化していきます。
「 名前なんかにいったい何があるの?
みんなが薔薇と呼んでいるあの花を
他のどんな名前( by any other name) で呼んでも
その甘い香りには変わりはないはず 」
( w.シエィクスピア : ロミオとジュリエットより )
この台詞により 「 by any other name 」は
「重要なのは名前ではなくて本質」 という諺になりました。
by uqrx74fd | 2009-03-08 12:39 | 心象