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万葉集その百四十七(荒熊)


 「 君によりて初めて聞きぬ石狩に
    熊のむれ見し木がらしの歌 」   与謝野 寛


「クマ」という言葉は元々「大いなる」という意味があり
「わが国最大の獣であるところから『大シシ』の義である(大言海)」とされています。

また、アイヌ語の「カムイ」、ブリタニアを治めた「ア-サ-」王、韓国語の「コム」
という言葉も熊を意味しており、その大いなる姿は神の化身ではないかと
信じられていました。

古代、国の東西を問わず最も怖いものは神の化身とされた「熊」だったのです。

 「 荒熊の棲むといふ師歯迫山(しはせやま)
    責めて問ふとも汝(な)が名は告(の)らじ 」  
                  巻11-2696 作者未詳


( 師歯迫山に気性の荒い熊が住んでいるといわれます。
 その熊のような怖い母がいくら私を責め立てても決して
 貴方の名前を口にしませんから安心なさいな )

師歯迫山は所在明らかではありませんが歌の前後の関係から富士山付近の山
(東光治著:万葉動物考)らしいとされています。

この歌では「シハセ」「セメテ」と「セ」の音を重ねて「責めて」につなぎ、
母親の怖さを強調しています。
男は母親の監視が厳しいので尻込みをしているのでしょう。

「絶対あなたの名前を言わないから大丈夫よ」と励ましている気丈な娘です。

古代、母親は稲作、布晒し、機織、養蚕、摘み草、水汲み、布染めなど
主要な仕事の大半に従事しており、子女の教育もすべて母親の手に委ねられていました。
従って家庭内での母親の権力は絶対的なものであり、子供にとって母は怖い存在の
代名詞だったのです。

 「 熊の住む苔の岩山おそろしみ
    むべなりけりな人も通はぬ 」  西行


( 熊が棲んでいる苔むした岩山は恐ろしいので人も通ってこないのは尤もなことだなぁ)

北面の武士から僧に隠遁し奥山の草庵に籠った西行。
まだ俗界から完全に離脱出来ず、何となく人恋しさを感じているような歌です。

「 そもそも熊は和獣の王、猛くして義を知る。
 菓木(このみ)の皮虫の類を食として同類の獣を喰(くらは)ず、
 田圃(たはた)荒(あらさ)ず、稀に荒らすは食の尽きたる時也」
            (北越雪譜:鈴木牧之編撰)


熊は深山の森林中に棲み、老樹の洞、自然の岩穴や土の穴あるいは
他の獣の穴を占領し、自分では穴を掘らないといわれています。
冬眠のため穴に籠るので「隅に籠る」が「クマ」になったという説も。

 「冬眠の熊の寝息の太からん」   笠井敦子

by uqrx74fd | 2009-03-08 12:06 | 動物

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