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万葉集その二百二十(娘の結婚)

「 はるの夜の女とは我(わが)むすめ哉 」 ( 榎本其角 )

まだ少女といってよい年齢のわが娘。
なにかのきっかけで、ふと女を感じた父親の驚きと複雑な心境。
春の夜の艶なる一句です。

人生50年といわれていた昔、結婚が許される年齢は早く、男が15歳女は13歳と
定められていました。

夫が妻のもとに通う「妻問い婚」の時代では子は母親のもとで躾や教育を受け、
恋の指南役もまた母親の大切な役目でした。

「 たらちねの 母が手離(はな)れ かくばかり

     すべなきことは いまだせなくに 」 

          巻11-2368 柿本人麻呂歌集


( お母さんの手を離れて物心がついてから、こんなにやるせない思いは
  いまだかってしたことがありません。一体どうしたらいいの? )

    「せなくに」は「為(せ)なくに)」で「未だ経験したことがない」の意。

ようやく一人前になった乙女の初恋です。母親にはまだ内緒なのでしょう。
どうしたらよいのか分らず、戸惑いながらも激しく燃えてゆく恋心。

「 早川の瀬に居る鳥の よしをなみ

   思ひてありし 我(あ)が子はもあはれ 」 

                   巻4-761 大伴坂上郎女


( 流れの速い川瀬に降り立つ鳥が足をとられそうになるように、
  頼りどころがなく心細げに沈みこんでいた我が子。可哀想に!)

「よしをなみ」は「縁(よし)を無み」で頼るところがないの意

題詞によると作者は農耕作業の采配を執るために大伴家荘園、竹田庄(奈良県橿原市)に
赴いていたようです。
都で留守を預かる長女、大嬢(おほいらつめ)は心細そうな顔をしていたのでしょう。

思い悩んでいる娘の姿を思い浮かべて、あれやこれやと遠くから気をもんでいる母親です。

大嬢の初恋の相手は大伴家持でした。
732年頃二人は婚約しますが家持十五歳、大嬢はまだ十歳といわれ、お互いに
幼すぎたため正式な結婚は5年後になります。

その間しばらく疎遠になり、家持は他の女性と数々の浮名を流していたので母親としては
さぞヤキモキしていたことでしょう。

「 玉守に玉は授けてかつがつも

         枕と我は いざふたり寝む 」 

                巻4-652 大伴坂上郎女


( 大切に守り育ててきた玉は玉守に授けたことだし、やれやれ一安心。
私は枕と二人で寝るしかないわね。 さぁ枕を抱いて寝ましょう。寝ましょう。)

この歌の「玉」は次女の二嬢(おといらつめ)「玉守」は一族の大伴駿河麻呂とされています。
結婚式も無事に終わり、賑やかな披露宴のあと二人は新居へ移り、一人残された作者。

相手は幼少の頃からよく知っている男であっても、手塩にかけて育ててきた娘が
いざ手元から離れてしまうと喜びとも寂しさともつかないやるせない気持の母親です。

「かつがつも」は「不本意な心持は残るけれどもやれやれ終わった」という感情。

6月に結婚する花嫁は「ジューン・ブライド」とよばれます。
ローマ神話のジュピターの妻「ジュノー」(女性と家庭の守護神)」の祭典が6月に
行われることに由来し、女神に守られた花嫁は幸せな家庭を築くことが出来ると
いわれています。
   

「長き夜の 寝覚め語るや 父と母」 召波

by uqrx74fd | 2009-06-21 17:17 | 生活

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