2009年 07月 06日
万葉集その二百二十二(ムササビ)
現在、群馬県立歴史博物館で開催されている「大埴輪展」(7月4日~8月30日)で
可愛い「ムササビ」の埴輪が展示されています。
古代人のアイドルとされたムササビはリス科ムササビ属の哺乳類で、長い前足と後足との
間に飛膜とよばれる膜があり、それを広げて木の高いところからグライダーのように
滑空して他の木に飛び移ります。
普通は30~40m、ときには180mも滑空し、またふさふさとした長い尾が舵の役割を
はたしているそうです。
夜行性の動物で昼間は大木の樹洞や人家の屋根裏などに棲み
「人住まずなりて久しきわが庵は
むささびの巣となりにけらしも 」 吉井 勇
などと詠われています。
古代では山奥に棲む珍しい動物とされていたようで里に下りてきたムササビを
天皇に献上しようとした歌が残されております。
「ますらをの 高円山(たかまとやま)に迫(せ)めたれば
里に下り来(け)る むざさびぞこれ 」
巻6-1028 大伴坂上郎女
( ご家来衆のますらを方が高円山からこの里にまで追いつめて、やっと捕らえました
ムササビでございます。 どうかご高覧下さい )
この歌には、「 聖武天皇が高円の野(奈良市)で狩をされた折、ある勇者が、
生け捕りにしたムササビを天皇のもとに届けようとしたところ残念ながら
死んでしまったので沙汰やみになった」との註が付されています。
天皇を喜ばせようと歌まで用意していた作者はさぞ落胆したことでしょう。
「 むささびは木末(こぬれ)求むと あしひきの
山のさつ男にあひにけるかも 」
巻3-267 志貴皇子 (天智天皇皇子)
( 巣から追い出されたムササビは梢を求めて幹を駆け上ろうとして山の猟師に
捕らえられてしまったことよ )
「さつ男(を)」とは「幸(さち)すなわち獲物を獲る男」のことです。
この歌は「高い地位を望んでまんまと敵の術中に陥ってしまった大津皇子の謀叛に
対する風刺が寓意されている」という説もありますが、天武系の政治体制の中で微妙な
立場に立たされ、言動には細心の注意を払っていた作者なので、ここでは猟の珍しい
情景を詠い、捕らえられたムササビに対するいささかの惻隠の情を示したもので
ありましょう。
古代、ムササビの毛皮は山間の住民にとって重要な生活資源だったそうです。
この歌では昼間に巣のある木を叩いて追い出して捕ったようですが、鉄砲が
使われるようになると「ともし(照射)」という猟法に変わります。
これは、夜間大樹に登っているムササビを下から火を照らし、大きな眼球が
光を反射して光って見えるのを狙い打つそうです。
昔、ムササビの光る目を妖怪とみなし、衣をかぶって大手を広げ「モモンガー」と
叫んで人を驚かせる遊びがありましたが「モモンガ」はリス科モモンガ属で
ムササビより小さく別属のものとされています。
ムササビは飛膜を広げると座布団位、モモンガはハンカチ位の大きさしかなく、
滑空の仕方もムササビは「ブウーン」と豪快、モモンガは「ひらひら」という
感じだそうです。
余談ながら
「鼯鼠(ごそ)五技(ごぎ)にして窮す」(荀子) という諺があります。
「鼯鼠」(ムササビ)は「飛ぶ、木に登る、泳ぐ、掘る、走る」の5つの技を持っているが
どれも中途半端なため結局敵に追いつめられてしまう。転じて、
「どんなに器用な人間でも中途半端な能力では結局は役に立たない」こととされ
(故事ことわざ辞典 :三省堂) プロの技一つだに持たない我が身にとっては
耳痛い言葉です。
「夕闇は谷より上がるごとくにて
雉子(きぎし)につづく むささびのこゑ」 土居文明
by uqrx74fd | 2009-07-06 23:16 | 動物