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万葉集その二百八十一(かほばな=昼顔)

カオバナは容花、貌花とも書かれます。
「言海」によると「かほ」とは「形秀:かたほ」が略されたもので、もともとは
目鼻立ちの整った表面(おもてずら)を意味するそうです。

古代の人たちは「かほばな」の可憐な美しさに引かれてその名を与えたのでしょうが、
今日のどの花に当たるかについては諸説あり、現在では「昼顔」説が有力です。
( 他に、カキツバタ、オモダカ、ムクゲ、キキョウ説 )

昼顔は全国各地の野原、道端など日当たりの良い所ならどこにでも生える
つる性の多年生草本で、夏になると付け根から花柄を出し、その先端に5cmほどの
朝顔に似た紅紫色の花を咲かせます。

「 船大工 小屋の戸口にあらはれて
     われらを笑ふ 昼顔の花 」  (吉井勇) 


海辺などの砂地で群生している花は「ハマヒルガオ」ともよばれます。

「 高円(たかまと)の 野辺(のへ)の 容花(かほばな) 面影に
   見えつつ妹は 忘れかねつも 」     
                           巻8-1630 大伴家持


( 高円の野辺に咲き匂う容花。この花のように面影がちらついて- -。
 あなたを忘れようにも忘れられません )

作者は聖武天皇の行幸にお供しており、伊勢から山城への途にありました。
高円(たかまど)は奈良市の高円山。その麓に住む妻の坂上大嬢(おおいらつめ)に
贈った一首です。
面影に見える花としてはいささか華やかさを欠き、寂しげな感じがします。

「 美夜自呂(みやじろ)の 砂丘(すかへ)に立てる かほが花
   な咲き出(い)でそね こめて偲はむ 」 
                           巻14-3575 作者未詳


( 美夜自呂の砂丘に生い立っている「かほ花」よ。
 花がぱっと咲いて人目に付くように、お前さんも派手な振る舞いをしないでおくれ。
 こっそりと愛でたいのだから。)

美しい女を一人占めにしたい?それとも人に知られたくない籠り妻を持つ男でしょうか。
浜昼顔は群生し花も一斉に開くので目立つのです。

「美夜自呂(みやじろ)」は長野県安曇郡有明山麓の宮城(みやじろ)とする説あり。

「 うちひさつ 美夜能瀬川(みやのせがわ)の かほ花の
   恋ひてか寝(ぬ)らむ 昨夜(きそ)も今夜(こよひ)も 」 
                             巻14-3505 作者未詳


( 美夜能瀬川の川辺に咲くかお花のように、あの子は私に恋焦がれて昨夜も今夜も
一人寂しく寝ていることであろう。)

昼顔は夜になると花を閉じます。
その花のように一人寂しく寝ている乙女の眼には涙。
訪ねると約束したのに何かの事情で行けなくなった男。
電話もメールもない時代、可哀想ですが、すっぽかすしかありません。

「うちひさつ」は「うち日さす」の訛ったもので宮の枕詞。
美夜能瀬川は長野県諏訪湖に注ぐ宮川との説あり。

「 石橋の 間々(まま)に生ひたる かほ花の
    花にしありけり ありつつ見れば 」
                  巻10-2288 作者未詳


( 川を渡るために置いた飛び石の合間に生えているかお花。
 その花は美しいけど実を付けない仇花だったのだな。
 やっぱり一時の浮気心だったのか。 こちらは真剣に付き合ってきたのに。)

 実のない女に失望している男。

この歌での「かほ花は」川の飛び石の間に咲く花、つまり水中や湿地に生える
カキツバタと解釈する説があり尤もなことです。

然しながら「石橋」を「ま」の音に掛かる枕詞とし、「間々」を「崖」の意とする説に
よるならば、昼顔でも差し支えないことになります。
崖を「間々:ママ」という地方は中部、関東、東北地方に多いとされ(日本古典文学大系)
関東でも市川真間という地名もあります。

どちらも一応の説得力はありますが、やや強引な感じも致し、この歌の「かほ花」は
未詳とするしかありません。

「 雑草の 茂みに蔓(つた)をからませて
     昼顔わずか 崖下に咲く」  山口みよ子  
 

目立たないところにも咲き、強靭な生命力を持つヒルガオ。
その葉を乾燥させ、煎じて飲むと糖尿病、膀胱炎、利尿に薬効ありとされ、
古代の人々にとっては生活に密着した有用の草木だったのでしょう。

「 昼顔は酒をのむべきさかりかな 」  暁台

by uqrx74fd | 2010-08-22 20:51 | 植物

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