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万葉集その三百三十(かずらかげ=ヒカゲノカズラ)

( 日本歴史図録  柏書房より )
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万葉集で詠われる「かずらかげ」や「日蔭草」は今日「ヒカゲノカズラ」とよばれる
常緑多年生のシダ植物です。
山の斜面や崖など日蔭を好み、針金状の茎は細長く地上を這い2mにも達します。
神話の天照大神が天の岩戸に隠れられた時、アメノウズメノミコトが舞に用いた
「たすき」は天の香具山の「ヒカゲノカズラ」であったそうです。
その緑色に輝く不変の生命力は古くから神聖なものとされ、大嘗祭、新嘗祭には
冠の笄(こうがい)の左右に垂らし、現在でも様々な神事に使われています。

「 見まく欲(ほ)り 思ひしなへに かづらかげ
       かぐはし君を 相見つるかも 」 
                   巻18-4120 大伴家持


( お逢いしたいと思っていたら、ちょうどその折しも、蘰(かづら)をつけた
 素晴らしいお姿のあなたさまにお逢いすることができ光栄です。 )

この歌に題詞があり
「 京に向ふ時に貴人を見、また美人に相(あ)ひて飲宴(うたげ)する日のため
  憶(おもひ)を述べ、儲けて作る歌二首 」 とあり、そのうちの一。

749年5月の初め、越中国守であった作者は都へ領内政治全般の報告と戸籍台帳を
太政官に提出する準備をすすめていました。
その役目を果たす人を「大帳使」といい、年1回、8月末が期限です。
題詞の「貴人」は高貴な人の意で、ここでは左大臣橘諸兄を意識しているようです。
作者は貴人が蘰の冠りものを付けて天皇が臨席される朝礼に出席し、
その後、宴を催されることを想定し、またその席に美女が侍ることも念頭において
上記の歌をあらかじめ準備しておいたものと思われます。

「 あかねさす 朝日の里の 日影草
    豊のあかりの かざしなるべし 」 
                     新古今和歌集 大中臣輔親(すけちか)


( 朝日の里に生える日影草の鬘(かずら)は、きっと 豊明節会の時の人々の頭上を飾る
  翳(かざし)として光を添えることでしょう )


大嘗祭の一環である豊明節会にヒカゲノカズラを詠って慶祝の意を込めたもので、
宮中の重要な催事に欠かせない祭具となっていることを示している一首です。

「 あしひきの 山かづらかげ ましばにも
    得がたきかげを 置きや枯らさむ 」 
                      巻14-3573 作者未詳

(  山の中に生えているヒカゲノカズラ
  これは、滅多に得られないもの。
  むざむざ捨て置いて枯らすようなことは決してすまいぞ。 )

あしひきの:  山に掛かる枕詞 険しい崖を暗示している
ましばにも: 「得難き」に掛かり、否定の表現「めったに-ない」となる

この歌は譬喩歌に分類されており、
「山かずらかげ」に「女」、「置きや枯らさむ」には、「自分のものにしないままに
放っておくこと」を譬え、得難い女を何とか妻にしたいという男の執心を詠っています。

「かずらかげ」は春に茎のところから土筆(つくし)に似た穂を出して胞子嚢(ほうしのう)を付け、
その中から石松子(せきしょうし)とよばれる胞子を出します。
その胞子は成熟個体になるまで6~10年かかるといわれる得難いものです。
丸薬の衣、皮膚疾患用の散布薬、レンズなどの研磨材、花火の閃光材などに
使われていますが、この歌の「かずらかげ」も神事に用いられたり、貴重な薬用で
あるが故に「得難いもの」すなわち「高貴の女性」の譬えとしたものと思われます。

「 宮人の かづらにすなる 日かげ草
        遠つ神代も かけて偲ばむ 」 加藤千蔭

by uqrx74fd | 2011-07-31 09:39 | 植物

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