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万葉集その三百六十四(川の音)

( 橘寺付近の流れ 奈良:明日香)
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( 北鎌倉 明月院脇の小川 )
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( 同上 梅の花筏 )
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( 春日山原始林 佐保川の源流 奈良)
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( 吉野山:宮滝の源流)
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春の訪れは木々の芽吹きや水の流れからはじまります。
「雪が解けて川となって山を下り谷を走る水」は川底の石や土砂を撫で、
時には水際の草木に触れつつバイオリンのような音を奏でながら流れてゆく。
強く、弱く、早く、ゆっくり。
時には淀みで一服し、風に吹かれてはらはらと舞い落ちてくる花びらや枯れ葉を
巻き込みながら再び楽しい旅を続けてゆきます。

私たちは日頃小川の流れに耳を傾けることがどれだけあるでしょうか。
小鳥の鳴き声、海の引き潮、そして川のせせらぎの音。
それらは、すべて疲れた体や心を癒してくれるアルファ波なのです。

「 ふるさとの川よ
  ふるさとの川よ
  よい音をたててながれてゐるだろう 」
                     ( 八木重吉 ふるさとの川 )


古代の人たちも心の安らぎを求めて野や山を歩き廻り、川音に耳を澄ませていました。

「 いにしへも かく聞きつつか 偲(しの)ひけむ
   この布留川(ふるかは)の 清き瀬の音を 」 
                           巻7-1111 作者未詳


( 今から遠い昔も このように耳を傾けながら賞(め)でたことであろうか。
 この布留川の清らかな瀬の音を )

布留川の所在は奈良県天理市布留。
川の名が「古い川」に通じることを意識して「いにしへも」と詠まれたものと思われます。
「うさぎ追いしあの山 小鮒つりしあの川」を思い出させるような一首です。

「 はねかづら 今する妹を うら若み
    いざ率川(いざかは)の 音のさやけさ 」
                       巻7-1112 作者未詳


( はねかずらを着けたばかりのあの子。
  なんと初々しく清らかなのだろう。
  まるで、率川(いざかは)の流れや川音のようだ。
  「 いざ、デートしましょう」と誘ってみたいなぁ。)

率川(いざかは)は奈良、春日山に発し、猿沢の池の南を西流して佐保川に注ぐ小川で
川の名前「いざ」に「さぁ」という誘いを掛けたリズミカルで明るい一首です。

「はねがづら」(羽蔓)は、羽毛で作った髪飾り。
女性が成年になると付けたものといわれ、現在でも和装の若い女性に見受られます。

「 見まく欲(ほ)り 来(こ)しくも しるく 吉野川
    音のさやけさ 見るに ともしく 」 
                       巻9-1724 島足(しまたり)


( 見たい、見たいと熱望していた吉野川にようやくやって来た。
  素晴らしい! それに瀬音のなんと爽やかで清々しいこと。
  見れば見るほど魅力を感じることだ。 )

朝廷に仕える官人たち4人が吉野遊覧の旅に出かけた折、景勝が望める場所での
酒宴の歌と思われます。
「しるく」は「その甲斐あって」
「ともし」は「羨し」でここでは「心ひかれる」

古代の人たちが川の音を「さやけし」と表現したのは水源の山に神が宿ることを
意識したものと考えられています。
過去から現在まで絶えることない無限の永続性と神秘性を宿した生命の水。
それを天からの賜りものと感じ、万葉人は最高の言葉で褒め称えたのです。


「 森のかげに水がながれてゐた
  そのそばに しゃがんでゐると
  こくんとおとがきこえることもある
  音がすると
  なにかそっと咲(ひら)くようなきがする 」
                           (八木重吉 秋の水 )

by uqrx74fd | 2012-03-24 09:21 | 自然

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