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万葉集その三百八十(山辺の道:巻向、穴師)

(たたなづく青垣:檜原から車谷へ)
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( 同上:早春のころ )
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( 車谷から檜原へ 逆方向)
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( 車谷の里 後方:三輪山)
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( 穴師 後方:巻向山)
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( 竹の秋 )
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( 長岳寺 )
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( 同上:カキツバタ)
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( 今回歩いた山の辺の地図 犬養孝 万葉の旅上 平凡社より )
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檜原神社の横の緩やかな坂道を上ると路幅が少し広くなり歩きやすくなります。
美しいカーブを描いた山裾の道の右側は杉、赤松、檜などの林。
左の谷は桃、柿、みかん畑が大きく広がり、正面を仰ぐと、かのヤマトタケルが
今わの際に故郷を瞼に思い浮かべ

「 大和は 国の真秀(まほ)ろば 畳(たた)なづく青垣 
    山籠れる 大和しうるはし」  (古事記)


と詠った瑞々しい山々が目に飛び込んできました。
400~500m位でしょうか、さして高くもない山並みですが、その穏やかな姿は
如何にも故郷が優しく私たちを迎えてくれているようです。
新緑の季節もよし、春には桜や桃の花、秋の紅葉も美しく、四季折々いつ訪れても
心の安らぎを感じさせてくれるところです。

「 みもろの その山なみに 子らが手を
   巻向山は 継ぎのよろしも 」
                   巻7-1093 柿本人麻呂歌集


( 三輪のその山並みにあって、いとしい子の手を枕にするという名の巻向山が
つづいている様子がまことによいことよ。)

神の三輪山に対して、人間のやわらかい気息を感じさせる巻向山がしっくり
連なっていることに感銘した歌(伊藤博)です。

「みもろ」は御室、三諸とも書き、神が降臨するところ、ここでは三輪山をさします。
子らが手を「巻く」と巻向山の「巻」を掛けた一首ですが、いとしい女性が
「手を枕に」とさしのべるような恰好がこの山の形だというのです。
「手枕とは自分の手で寝るのではないのだ」と妙な感心しながら歩いていると、
やがて降り口となり、お山とはお別れです。

左折すると、舗装された広くてなだらかな下り道の両側に美しい民家が立ち並び
左手の畑の向こう側に三輪山が姿が。
家の前の水路の水が勢いよく流れ、巻向川とともに水の協奏曲を奏でています。
この辺りは車谷とも云われる里で、昔は30件を超える水車がこの河筋にあって
三輪素麺の粉ひきをしていたそうです。
三輪山と巻向山に挟まれたこの深い谷間に歌聖、人麻呂が愛人のもとに通いつめたと
いわれ、多くの秀歌が詠まれております。

「 穴師川 川波立ちぬ 巻向の
   弓月が嶽に 雲居立てるらし 」  巻7-1087 柿本人麻呂歌集


( 穴師の川に波が立っている。巻向の弓月が嶽に雲が湧き起っているらしい。)

川を眺めている作者。
「 一陣の風と共に波が高くなってきた、
弓月が岳に雨雲が立ってきたらしい。
どうやら一雨が来そうな気配だ。」と
「山と川が呼応して動き出す一瞬の緊張を荘重な響きの中に託した見事な歌」(伊藤博)で

「 あしひきの 山川(やまがわ)の瀬の 鳴るなへに
   弓月が嶽に 雲立ちわたる 」   巻7-1088 同上(既出)


とともに人麻呂の傑作とされている名歌です。
「弓月が嶽」の「弓月」は「斎槻(ゆづき)」、即ち聖なる槻(ツキ:ケヤキの古名)が
聳える山の意で標高567m。
瀬音の高まりと共に山頂から白雲がむくむくと湧き上がるという躍動的な叙景歌です。

人麻呂以外の歌では次のような微笑ましい男と女のやり取りもあります。

「 ひさかたの 雨の降る日を 我が門(かど)に
    蓑笠(みのかさ)着ずて 来(け)る人や誰れ 」 
                            巻12-3125 作者未詳


( 雨のざぁざぁ降る日、こんな日に蓑も笠もつけないで私の家に来て
 声を掛ける方は、どこのどなたですかぁ。) 

「 巻向の 穴師の山に 雲居つつ
    雨は降れども 濡れつつぞ来(こ)し 」 
                        巻12-3126 作者未詳


( 巻向の穴師の山に雲が一面にかかって、雨が降りだしたが、
  お前さんに逢いたい一心で ずぶ濡れになってきたんだ。 
  どなたですかとは それはないだろう。)

男が訪ねてきたと声で分かっているのに、喜びを押し殺してわざと「どなた」と聞く女。
「冗談じゃない」とぼやく男。
そこで皆が大笑いする。 
そんな感じの、宴席で詠われた民謡のようです。

山や川の名に残る巻向は昔、広大な地域であったらしく、
纏向(まきむく)遺跡がある太田や東田、車谷の北方の丘の穴師が含まれており、
穴師には垂仁天皇の纏向珠城宮(まきむくのたまきのみや)と景行天皇の
纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)があったと推定されているので、さぞかし
賑やかな街であったことでしょう。
穴師という地名は金属鉱を採掘する渡来人の集団がこの辺りに住んで
祭祀用の矛や剣、農耕用の器具生産に従事していたことに由来するそうです。

「 巻向の 穴師の川ゆ 行く水の
    絶ゆることなく またかへり見む 」 
             巻7-1100 柿本人麻呂歌集


( 巻向の穴師の川。 流れゆく水が絶えないように、私も繰り返し
 繰り返しこの地にやってこよう )

「丹念に蜜柑磨けり穴師人 」 国枝隆生

広い道に建ち並ぶ農家の前に小さな屋根つきの棚があり、朝採りの野菜や果物が
小分けして置かれています。
1つ100円という値札の前の小さな箱。
さながら古代の自動販売機です。
暑い日差しの中、蜜柑や胡瓜を頬張り疲れを癒しながら歩く人びとも。

「干瓢(かんぴょう)のひらひら吹かる穴師村 」浜崎晃子

道の向こうに広い田畑、その先に町並みが見えてきました。
JR巻向駅が近いようですが、私たちは「右山の辺の道」の標示に従って
細い野道に入ります。
この辺りが穴師の里で、額田王が振り返り振り返り眺めた三輪山の美しい姿が
再び背後に姿を見せます。
道の両側は桃、柿、蜜柑、イチジク畑。
野の花々が咲き乱れる先は広々とした青田が遠くまで続いています。

「 二三町柿の花散る小道かな 」正岡子規

歩くごとに三輪山が少しづつ遠ざかり、巻向、竜王山が視界に入り、
左手には大和三山と遥か向うに葛城、金剛、二上山の峰々。
思わずブラボーと叫びたくなるような雄大な景色です。

やがてこんもりとした森が見えてきました。景行天皇の御陵です。
御陵の前の壕は農家の灌漑用水に用いられていたといわれ、山々から
流れる水がお壕に貯められ、民を潤していたのです。

御陵を拝しつつ、右へ進むと古墳群。
その一角の林の中に大きな池があります。
山と木々に囲まれた静かな佇まいで、躑躅や竹の秋の映り込みが美しく、
大和の上高地といった風情。春の桜も見事なところです。

様々な景色を楽しみながら歩いて行く先には巨大な前方後円墳。
大和王権を初めて確立したと言われる崇神天皇の御陵です。
大きな壕に沿った細い道を歩きながら、先ほどの景行天皇と言い古代の王は
一体どれだけの民の労力を搾取したのだろう、と思い浮かべます。

ふと気が付くと、お昼もとっくに過ぎていました。
空腹を抱えながらようやく一軒しかない蕎麦屋さんに入り、
まずはビールで喉を潤します。
「あぁ! 美味い!」
ひとしきり周りの人との会話を楽しみ、近くの長岳寺へ。

「紅つつじ 花満ちて葉はかくれけり」 日野草城

堂々たる山門を潜り抜けると大きなつつじ垣がお寺の入口まで続いています。
両側の花の垣根に導かれて左へ右へ歩くこと約50m、ようやく長岳寺の入口です。
このお寺は824年に弘法大師が創建したといわれる高野山真言宗。
花の寺としても知られており、春の桜、初夏のつつじ、かきつばた、
秋の紅葉も見事です。

重要文化財の鐘楼門をくぐり、本堂に。
本尊阿弥陀如来三尊像は玉眼を用いた仏像としては我国最古のもので、1151年の作。
その堂々たる量感と美しい表現は後の運慶、快慶に大きな影響を与えたと
言われている傑作です。

 池の手前から眺める本堂は実に美しい。
カキツバタ、つつじが今は盛りと咲き競い、本堂の写り込みも相まって
幽玄の世界を感じさせてくれました。

今回の山辺の道散策は海石榴市から大神神社、檜山神社、巻向、長岳寺にいたる
約7㎞、5時間。
ゆったりとした時の流れのなんと充実していたことか。

私たちはそれぞれの感慨を胸にしながら終着点JR柳本駅へと歩き出しました。
残すところ約1,7㎞の道のりです。

「杜若(かきつばた) 語るも旅のひとつ哉」  芭蕉

by uqrx74fd | 2012-07-14 18:15 | 万葉の旅

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