万葉集その四百五十六(馬と駒)

( ヒダカケンタッキーフアーム: 北海道で  学友m.i さん提供)
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( 静内当歳馬  学友 m.i さん提供)
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( 木曽馬 上野動物園 )
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( 野間馬  同上 )
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( 深大寺の赤駒 )
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( 同上説明文 画面をクリックすると拡大出来ます )
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( 和風小物店 神田ちょん子で ご主人のご厚意で撮影させて戴きました)
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( 同上 神田まつや模型:非売品 )
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( 今年も「まつや」さんで年越し蕎麦を戴き、来る年を迎えます。 スケッチは筆者 )
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「 板橋へ 荷馬のつづく 師走哉 」 正岡子規

我国の馬の歴史は古く、洪積世時代に固有の野生種が存在していましたが、
氷河期の厳しい環境の中を生き延びることが出来ず絶滅したそうです。
その後、縄文中期に大陸から家畜化された蒙古馬がもたらされ、古墳時代後半から
急速に増えたと推定されています。

人力に頼るしかなかった時代、その馬力はたちまち人々の生活に欠くことが出来ない
存在となり、運搬、乗用、軍用、駅馬、狩猟、競馬など多岐にわたって用いられ、
とりわけ為政者にとっては所有する馬の数が領土を支配する力と富の源泉となりました。

「駒」は元々「子馬」を意味していましたが、転じて馬に対する親愛の情を込めた
言葉となり、万葉集では馬と併用され88首も詠われています。
また、毛色によって、赤駒、青馬(黒毛を帯びた白)、白馬、栗毛、葦毛(白黒)と
細かく分けられ、さらに想像上の龍馬や馬の鳴き声、足音なども登場し、
歌の中を賑やかに駆け回っています。


「 君に恋ひ 寐寝(いね)ぬ 朝明(あさけ)に 誰(た)が乗れる
   馬の足(あ)の音(おと)ぞ  我れに聞かする 」 
                            巻11-2654 作者未詳


( 君恋しさに眠れもしなかったこの夜明けに、一体誰が乗っている馬の足音なのか。
 この私に聞こえよがしに通りすぎてゆくのは )

作者は男の訪れを待ち続けて、ついに空しく夜明けを迎えたようです。
そんな女の耳に一夜を過ごした後、騎乗して帰って行く男の馬の足音が聞こえてきました。

「もぉ-う、こんなに寂しい思いをしているのに、これみよがしに大きな音を立てて」

誰とも知れない女への羨望と嫉妬。
通ってくれない私の男が恨めしい。

当時の人は蹄の音を「とどとも」(巻11-2653) と捉えており、「轟くごとく大きい」
と感じていたようです。
静かな夜明けですから、ことさら高く鳴り響いたのでしょう。
なお、「パカパカ」「カッカッ」と云うのは後世の擬声語だそうです。
                            ( 近藤信義著 音感万葉集 はなわ新書)

「 初雪の 見事や 馬の鼻はしら  利牛 」

当時の馬の値段は現在の金額にして「高いもので42~43万円、安いものでも25~26万」と
推定されており、( 山田良三 万葉歌の歴史を歩く 新泉社)
さらに、馬一頭を飼うのに精米840㎏を要したそうです。
従って馬に乗ることが出来るのは貴族、官人、豪農に限られ、庶民にとっては高嶺の花でした。

「 妹が髪 上げ竹葉野(たかはの)の 放ち駒
        荒びにけらし 逢はなく思へば 」 
                           巻11-2652  作者未詳


( 幼かったあの子は、もう髪を上げて束ねる年頃になったのだなぁ。
竹葉野で放し飼いにしている馬のように気性が荒々しくなってしまった。
この頃逢ってくれないことを思うと、どうやら俺から気持ちが離れてしまったらしいよ。)

竹葉野は地名。牧場として知られていた野と思われますが所在は不明です。
当時、「髪を上げて束ねる」ことを「たく」といったので歌の「妹が髪 上げ」は
竹葉野(たかはの)の「たか」を起こす序になっています。

「放ち駒」は放牧馬。
馬が荒々しくなっているので「荒れ」を起こす2重の序となっている技巧の歌です。

なお,序とは序詞のことで和歌などで、ある語句を導き出すために前置きとして
述べる言葉。
枕詞と同じ働きをしますが枕詞は4~5音1句,序詞は2~4句にわたることがあり、
上記の歌もその一例です。

作者が云わんとするところは「荒びにけらし 逢わなく思へば」で
好きな女性が年頃になり、髪をたくしあげている姿を思い浮かべながら
「 放牧した馬が奔放になり捕えることが難しいように
彼女も年頃になり、自分の想いが通じなくなった」と嘆いているのです。

「 赤駒を 山野に はかし 取りかにて
    多摩の横山 徒歩(かし)ゆか 遣(や)らむ 」 巻20-4417
 
      豊島の郡 上丁 椋??部荒虫(くらはしべのあらむし)の妻  宇遅部黒女(うぢべのくろめ
)

(  山野に放し飼いにしている我家の赤駒 その馬を肝心な時に捕えることができない。
   あぁ、最愛の人が遠くへ行くのに険しい多摩の丘を歩いて行かせることになるのか )

防人として出征する男の妻の歌です。
赤駒は栗毛(赤黄色)の馬で、 「はかし」は「放ち」の訛 
「取りかにて」は「捕まえることが出来かねて」
「徒歩ゆか」の「ゆ」は手段を表す言葉で「徒歩で」。

「多摩の横山」は相模までの途中にある丘稜地帯。
武蔵の防人はこの丘稜を越えて府中から相模、そして難波へと向かいました。

「 愛する男が防人として赴任するのに、肝心な時に馬はどこへ行ったのか。
あぁ、長い旅を歩かせることになるのか。
苦労するだろう、疲れるだろうなぁ。」

と夫を思いやり、無事に帰って来ることを切に祈っています。

1997年、深大寺山門横の甘味処の女主人がこの歌に因んで愛する人と家族の無事を祈る
お守りとして作った「藁の赤駒」が大人気となりテレビドラマにも登場しました。
( 松本清張「波の塔」 水上しげる「ゲゲゲの女房」)
手作りの愛らしい民芸品で、1951年に作られ始めたものの作り手がいなくなり、
途絶えていたものを復活させたとのことです。

「 咲いた桜に なぜ駒つなぐ
  駒が勇めば 花が散る 」 (俗謡)


 こちらの桜は女性、駒は男性 風流な歌です。

   ご参考 万葉集遊楽 130 「天高く馬肥ゆる」
          同. 200 「龍馬」
          同. 239 「馬の涙」
          同. 307 「つぎね ヒトリシズカ」
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by uqrx74fd | 2013-12-27 07:35 | 動物

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