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万葉集その四百八十五 (月夜の船出)

( 古代の船  海の博物館 )
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( 霧の立つ  北野治男 星を頼りに波濤を越えて  奈良万葉文化館収蔵 )
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( 日本丸の天井絵 )
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( 海王丸 後方日本丸  帆船日本丸記念財団刊 日本丸より)
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( 日本丸  同上 )
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日本書紀、続日本紀によると我国は646年から779年までの130余年の間に新羅へ
27回の使者を遣わし、相互の交流に努めながら新しい文物や技術を採り入れていたそうです。

当時の新羅は唐からもたらされる文明を背景にした先進国。
四方を海に囲まれた我国にとっては貴重な情報源であり、新羅も唐との関係が
悪化した場合に備えて後盾を確保するという思惑もあったのでしょう。

難波津を出航した使者は瀬戸内海の沿岸を辿って九州に出、壱岐、対馬から
目的地を目指しましたが、何しろ木造帆船の上、海図は不完全、航海術も未熟。
潮の流れや風向きを読む水主(かこ)の手腕に頼らざるをえません。
昼は経験と勘を頼りにし、漆黒の闇の夜は船首に篝火を掲げて潮の流れと追い風に乗り、
星の位置で方向を確認しながら進んで行くのです。
よほどの胆力の持ち主ならいざ知らず、初めて夜船を経験する人達は恐怖で
身もよだつような心持だったことでしょう。

次の3首の歌は736年、遣新羅使が瀬戸内海を経て長門に停泊した後、九州に向けて
出航する際に詠われたもので、長門は現在の広島県呉市南の倉橋島とされています。

「 月読みの 光を清み 夕なぎに
   水手(かこ)の声呼び 浦み漕ぐかも 」  巻15-3622 作者未詳


( 月の光が清らかなので 夕なぎの中 水子たちが声かけあって
 浦伝いを漕ぎ進めている
 さぁ、出発だ )

月光の中、夕凪の海に乗って船が走り始めている
声を掛け合いながら忙しそうに動き回る水手。
月夜の船出の幻想的な場面が彷彿され、歌の詠み手もまだ風情を愛でる気持ちの
余裕があったことが窺われます。

「 山の端(は)に 月傾(かたぶ)けば 漁(いざ)りする
   海人の燈火(ともしび)  沖になづさふ 」 
                       巻15-3623 作者未詳


( 山の端に月が傾いてゆくと 魚を捕る海人の漁火が
  沖の波間にちらちらと 漂っているのが見えるなぁ )

月が山の端に傾いてゆくにつれて、光が次第に乏しくなってゆく。
皓皓とした光の中で今まで目立たなかった漁火が、ちらちらと浮きだってくる。
暗闇の中で次第に心細くなってきた作者。
中西進氏は
『「なずさふ」は本来「難渋する」の意だが、たゆとう波浪の中で漁火のゆらめきが
 明滅しつつ見えていると表現した点価値がある。』と評されています。 (鑑賞日本古典文学 万葉集)

「 我のみや 夜船は漕ぐと 思へれば
     沖辺(おきへ)の方に 楫(かぢ)の音すなり 」 
                       巻15-3624 作者未詳


( 夜船を漕いでいるのは我々だけかと思っていたら
 沖の辺りでも櫓を漕ぐ音がしているよ )

心細さが募ってくる中、闇に包まれた辺り一帯櫓を漕ぐ音
ほっと一安心する心持。

この3首の連作は
清らかな月の光を浴びながら岸を離れて行く船。
漆黒の闇の中を点滅する漁火。
遠くから聞こえてくる楫音。
視覚と聴覚を交えて時間と情景の推移を美しく詠い、旅行く者の旅情と
哀感を感じさせる秀歌です。

それにしても何故危険を冒してでも夜に出航したのでしょうか。
当時、夜は神の世界であり、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈するものと
畏れられていました。
そうしたタブーを破っての船出について直木孝次郎氏はその著「夜の船出」で
「 瀬戸内海は季節により船出に適した陸からの順風が夜にしか吹かない時期が
あったためだろう」
とされていますが専門家の間では侃々諤々の議論がなされています。
ともあれ生還率50%と推定される危険な外洋の船旅を厭わず、貪欲なまでに
我国の向上を目指した古代の政治家。
その努力と勇気が建国の礎になったことは疑うべくもありません。

「 真帆(まほ)片帆 瀬戸に重なる 月夜哉 」 正岡子規

7月21日は海の日。
行き交う船を眺めながら古き時代に思いを馳せるのも楽しいことです。

by uqrx74fd | 2014-07-18 07:27 | 生活

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