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万葉集その五百十 (我が心は燃ゆる富士)

( 朝焼け富士  山中湖近くの丘から )
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(  富士山断面図 )
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( 曽我梅林から )
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( 吾妻山公園から )
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( 三島から )
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( 山中湖から )
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( 葛飾北斎 凱風快晴:がいふうかいせい )
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富士山は最近10万年で急速に大きくなった若い活火山で、現在、私たちが目にする
山の外観は約1万年前から噴火活動を開始して形成された新富士火山とよばれるものです。
その下に70万年前から活動していた
「小御岳(こみたけ)」と
 「愛鷹山(あしたかやま)」の一部、
10万年前から1万年前に噴火した
「古富士火山」があり、
現在小御岳の頭部が富士山北斜面5合目あたりに露頭していて古代の名残を
偲ばせてくれています。(掲載断面図ご参照)

それぞれの山々が活発に活動していた時代、山頂の火口からテフラと
よばれる砕屑物(さいせつぶつ)を大量に噴出させ、長い年月を掛けて最初に出来た
山から順番に包み込み、最後に大きな3つの山を1つに合体させて、
世界でも稀な美しい円錐形の姿に創り上げたとは、正に奇跡としか言いようがありません。
天が我が民に与えてくれたた最大の贈り物とでもいえましょうか。

( 注:テフラ
   山頂の火口から噴出する岩滓(がんさい)、溶岩、灰、泥、軽石、火山弾
   などの砕屑物。)

記録上での噴火の初見は781年の続日本紀ですが、それ以前に万葉集で

「 燃ゆる火を 雪もち消ち  降る雪を 火もち消ちつつ 」
                         (巻3-319 高橋虫麻呂歌集長歌の一部) 
と盛んに噴火する様子が詠われています。

都からの旅の途中、富士山を初めて見た人はその美しさ、崇高さ、噴火のすさまじさに
感銘を受けますが、駿河や伊豆に住む人々にとっての富士は、肥沃な裾野で田畑を耕し、
薪や新鮮な水を供給してくれる大切な生活の場でした。
時には木の下でデートを重ね、樹海の迷路を恋の迷いに譬えて心の内を語り、
噴火する山を眺めながら恋人に対する燃える想いを重ねて詠っています。

「 我妹子(わぎもこ)に 逢ふよしをなみ 駿河なる
   富士の高嶺の 燃えつつかあらむ 」 
                       巻11-2695 作者未詳

( いとしいあの子に逢う手だてがない。
 あの駿河の国の富士の高嶺のように私の胸は 
 いつまでも燃え続けているだけになるのだろうか )

自身の想いを噴火に譬え、熱く想い続けるだけで恋が叶うことが
ないのだろうかと嘆く男。
逢うことが出来ないのは相手の親から反対されているのか、片思いなのか。

「 妹が名も 我が名も立たば 惜しみこそ
   富士の高嶺の 燃えつつわたれ 」
                     巻11-2697 作者未詳

( そなたの名も 私の名も噂に立つと関係が壊れてしまうのが口惜しいから 
 あの富士の高嶺のように 思いを燃やすばかりで過ごしているのだよ )

「 このごろちっとも訪ねてくれないのね、薄情な方。」
と女に文句を言われて

「 噂になると恋が成就しないと云われているじゃないか。
  内心では富士山の噴火のように燃えているんだ 」と

他意あって逢わないのではないと言い訳している男。

いささか大げさな芝居がかった告白で嘘くさいですね。

平安時代になると富士の煙は「ならぬ恋の代名詞」として詠われます。
次の歌は色好みと噂される男が宮廷の女官に贈ったものです。

「 我のみや 燃えてかへらぬ 世とともに
               思ひもならぬ  富士の嶺のごと 」   平貞文 

( 私だけであろうか、そなたへの恋の炎を燃やし続けるのは。
      富士山のように燃えるものがなくなっても、燻(くすぶ)り続ける私の恋 )

受け取った女の返歌

「 富士の嶺(ね)の ならぬ思ひに 燃えば燃え
    神だに消(け)たぬ  むなし煙(けぶり)を 」 
                                     古今和歌集 紀乳母

( 富士山は火種をかかえて燃えていますが、その成就しない恋の想いに
      燃えるなら、いつまでも勝手に燃えていなさい。
      神様でさえ消すことが出来ない空しい煙ですもの。)

桓武天皇の玄孫、女にかけては在原業平と並び称され「在中、平中」と
よばれていた男。
自信満々で口説いたがこっぴどくはねつけられ青菜に塩だったことでしょう。
何しろ相手は陽成天皇の乳母です。

   「ならぬ思ひに 燃えば燃え」     炎にならず煙ばかりを上げる富士山。
                          その煙のように燻(くすぶ)った思い。
                          「思ひ」の「ひ」に「火」を懸ける

   「神だに 消たぬ」            神でも消すことが出来ないむなしい煙

富士山の噴火の最後は1707年の「宝永大噴火」。
大地震を伴い江戸市中まで大量の火山灰を降下させた大爆発だったそうな。

「 風になびく 富士のけぶりの 空に消え
    ゆくへもしらぬ わが思ひかな 」 

                   西行  新古今和歌集 

by uqrx74fd | 2015-01-09 06:40 | 心象

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