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万葉集その五百二十 (春柳 )

(  東大寺三月堂前 )
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(  奈良ホテルの近くで )
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( 東大寺大仏殿前 )
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柳は中国から渡来したヤナギ科の植物で遣唐使がもたらしたものとされています。
世界で400種、我国でも約40種あるそうですが、専門家といえども全ての種を
見ただけで正確に特定することは難しいようです。

我国で多いのはシダレヤナギ。
早春、梅が芳しい香りを漂わせ、やがて散りはじめる頃になると、今まで固く
閉じていた芽が一斉に開き、清々しい浅緑色の枝を風に靡かせます。

万葉集での柳は36首(別途川楊4首)、そのうち梅と共に詠われているのが16首もあり、
両々相まって春をもたらす景物として愛でられていました。

「 春雨に 萌えし柳か 梅の花
   ともに後れぬ 常の物かも 」 
                      巻17-3903  大伴書持(ふみもち)


( この柳は春雨に誘われて萌え出たものか。
 それとも梅の花が咲き揃うにつれて遅れじと萌え出すいつもの柳なのか )

梅に誘われたように芽吹いた柳。
春雨は花の開花を促すものと考えられていましたが、作者は
「いや、これはきっと梅に誘われて萌えだしたに違いない」と詠っています。
待ちに待った春到来の喜び。

「 朝な朝な 我が見る柳 うぐひすの
     来居(きい)て鳴くべく 茂(しげ)に早やなれ 」 
                           巻10-1850 作者未詳


( 来る朝ごとに私が見ている柳よ、
 鶯が飛んできて枝に止まって鳴けるように
 一日も早く大きな茂みになれよ )

青々とした芽が少し頭を出したばかりなのでしょう。
鶯の囀りを心待ちにしている作者。
梅や竹との取り合わせは多く見られますが、柳に鶯が止まるのかなぁ?

「 ももしきの 大宮人の かづらける
     しだり柳は 見れど飽かぬかも 」
                          巻10-1852 作者未詳

     〈 大宮びとが蘰(かずら)にしているしだれ柳。
       見ても見ても飽かないことよ 〉

平城京の大通りで風に靡く柳並木の下を颯爽と闊歩するきらびやかな大宮人。

古代の人達は柳の若々しい生気を身に受けるため、細い枝を丸く輪にして
頭に巻いたり、載せたりして長寿と幸いを祈りました。
作者が眺めている柳はもう大きくなり青々としているのでしょう。

「 柳こそ 伐(き)れば生えすれ 人の世の
    恋に死なむを いかにせよとぞ 」
                           巻14-3491  作者未詳


( 柳なら伐ってもまた生えもいたしましょう。
 でもこの私は生身、あなたに恋い焦がれ死にそうになっているのに
 どうしろとおっしゃるのですか )

片想いの苦しさを訴える女。(男説もあり)

「 柳は何度でも再生出来るのに、人は死んだら終わり。
  さぁさぁ、どうしてくれますの 」
と云う調子で迫られたら怖いですね。

柳はその生命力の強さから神霊が宿ると信じられて寺社、屋敷の外側に植えられ
悪霊を追い払う守護神とされました。
池の周りや田の近くに植えられているのは長く伸びる根で堤防を強化することも
兼ねているとか。

柳は様々な用途があり、枝を切り取って苗代の水口に挿して豊作を祈願し、
正月の雑煮に柳箸や餅花の飾りに。
弓矢を作って山の神に供え、丈夫な柳行李にも変身します。
行李になるのはコリヤナギという種類です。
特筆されるのはセイヨウシロヤナギ。

紀元前400年頃、ヒポクラテスは病人の熱や痛みを軽減するためにヤナギの樹皮を用い、
また、分娩時の痛みを和らげるために柳葉を使用していたという驚くべき記録が
残っているそうです。

それから長い年月を経て19世紀にヤナギの木からサルチル酸が分離され、
遂に1897年、ドイツのバイエル社、フェリックス・ホフマンが副作用が少ない
アセチルサリチル酸、世界で初めて人工合成された医薬品「アスピリン」を
誕生させました。

今やあらゆる病気の消炎、解熱、鎮痛や抗血小板作用に不可欠な医薬品となっており、
人類に対する貢献度は目覚ましいものがあります。

アスピリンのルーツとなった柳のエキス。
その生命力恐るべしです。

  「 みわたせば 柳桜をこきまぜて
         都ぞ春の 錦なりける 」   素性   古今和歌集 



by uqrx74fd | 2015-03-19 17:11 | 植物

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