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万葉集その五百八十七 (飛鳥慕情)

( 飛鳥浄御原宮:あすか きよみがはら みや復元模型: 天武天皇造営  飛鳥資料館)
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( 聖なる山とされたミハ山  右は聖徳太子ゆかりの橘寺 )
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( 飛鳥寺  我国最古の本格的仏教寺院 蘇我馬子開基 6世紀末 )
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(  同 復元図 )
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(  飛鳥の秋  棚田 )
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「 大和は国の真秀(まほ)ろば 畳(たた)なづく青垣
     山籠れる 大和しうるはし 」       古事記

( 大和は素晴らしい国どころ、幾重にも重なる青々とした垣根のような山々
 その山に囲まれた美しい大和よ )

この歌を口ずさむとき瞼にすぐ思い浮かぶのは飛鳥と山辺の道。
古代大和の面影を一番強く残していると思われる地です。
標高は決して高くはないが幾重にも重なり、なだらかな稜線をえがく山々、
緑濃き木々、山の麓を取りまくように流れる飛鳥川、美しい棚田、
由緒ある寺社、巨大な古墳群、そして四季折々の花々。

古の時代、そのような光景に加えて、なんと鶴の群れが飛んでいたというのです。

まずは万葉集の訳文から。(巻3-324 山部赤人)

(  神の来臨する神なび山に
  たくさんの枝をさしのべて
  生い茂っている栂(つが)の木
  その名のように いよいよ次ぎ次ぎと
  玉葛のように 絶えることなく
  ずっとこうして いつも通いたいと思う

  明日香の古い都は
  山が高く川は広くて大きい
  春の日はずっとその山を眺めていたいし 
  秋の夜は清らかな川の音に聴き入る
  朝雲の中、鶴が乱れ飛び、 
  夕霧の中で、河鹿が鳴き騒いでいる
  あぁ、見るたびに声にだして 泣けてくる
  栄えた古を思うと )      
                                巻3-324 山部赤人


(訓み下し文)

「 みもろの 神(かむ)なび山に
  五百枝(いほえ)さし
  繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の木の
  いや継ぎ継ぎに
  玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく
  ありつつも やまず通はむ

  明日香の 古き都は 
  山高み 川とほしろし
  春の日は 山し見が欲し
  秋の夜は 川しさやけし
  朝雲に 鶴(たづ)は乱れ  
  夕霧に かはづ騒(さは)く 
  見るごとに 音(ね)のみし 泣かゆ
  いにしへ思へば  」
                           巻3-324    山部赤人(一部既出)

一行づつ訓み解いてまいりましょう。

「 みもろの 神(かむ)なび山に 」

       「みもろ」は「御室」で神が来臨して籠るところ
        「神なび山」 神のいます山 橘寺東南のミハ山もしくは雷山とされる

 「 五百枝(いほえ)さし」

        枝がたくさん伸びて広がっている
   
 「 繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の木の 」
   
        繁(しじ)は茂で 枝が密生している 
        栂は松科の常緑高木

 「 いや継ぎ継ぎに 」
   
        いよいよ次ぎ次ぎと 
        栂(つが)と次(つぎ)を掛けている

 「玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく 」

        伸びてゆく葛のように絶えることなく: 
        玉葛は枕詞 玉は美称、葛は蔓性植物  

  「 ありつつも やまず通はむ 」 

        ありつつも: ずっとこうして 
  
「明日香の 古き都は 」

        天武天皇が壬申の乱勝利の後造営した飛鳥浄御原宮

「山高み 川とほしろし」

        とほしろし: 大きく雄大である 
        「大」の古訓に「とほしろし」とあることによる

  「春の日は 山し見が欲し」

        「山し」の「し」は強調  春の日はずっと山を見ていたい

  「秋の夜は 川しさやけし」

         秋の夜は清かな川音を聴いていたい

  「朝雲に 鶴(たづ)は乱れ 」 

         朝雲に鶴が乱れ飛び

「夕霧に かはづ騒(さは)く 」

         夕霧の中で河鹿が鳴き騒ぐ

「見るごとに 音(ね)のみし 泣かゆ」

         あぁ、このような美しい光景をみると声を出して泣きたくなる

「いにしへ思へば 

         栄えた古の都を思うと
                                      巻3-324    山部赤人
(反歌)

「 明日香川  川淀(かはよど)さらず 立つ霧の
     思ひ過ぐべき   恋にあらなくに 」 
                                    巻3-325 山部赤人

( 明日香川の 川淀を離れずに いつも立ちこめている霧
  なかなか消えないその霧のように
  すぐ消えてしまうような ちっとやそっとの想いではないのだ。
  われらの慕情は )

 思い過ぐ:想いが消える
 恋:古都への慕情  原文は孤悲、一人悲しむの意

都が飛鳥から藤原京、さらに平城京に遷った後、旧都を訪れた作者が
懐古の情に耽けりながら詠ったものです。
飛鳥の古き都は神岳に生い茂る栂の木のように、次々(栂々:ずっと)と
訪れたい地だと誉め、自然の躍動を「山と川」、「春の日と秋の夜」、
「朝、雲、鶴 と 夕、霧,河鹿」の対句表現を積み重ねて讃え、
理想的な自然の姿、生き物の躍動する世界を表現しています。

にもかかわらず、往時の人々の行き来、賑わいは絶えた。
「霧」は嘆きの溜息。
旧都への慕情を「恋」という言葉で表現した斬新な歌です。

以下は犬養孝氏の「飛鳥の鶴」からです。

「 鶴は人間がかわいがってくれるところをちゃんと知っている。
  秋10月末に、シベリヤ、蒙古の方から飛来してきて,越冬し
  春3月には、もとの地へ帰ってくるのだ。
  飛鳥の地への鶴の飛来など とうてい望むべくもないとは言い切れない。
  もし真神の原を流れる飛鳥川がきれいになって、河鹿の声がきかれるように
  なるならば「朝雲に鶴(たづ)は乱れ」は夢ではない日が来ないとも限らない。
  わたしは飛鳥川畔に立って「夕霧にかはづさはく」実景を思い、飛鳥の田に
  群れいる鶴、山地にこだまする鶴群(たづむら)の凛とした鳴き声を
  飛鳥のために、日本のために,思いえがくのである。」

                           ( 明日香風第三所収  現代教養文庫 )


     「 飛鳥寺 鐘の音響く 鶴(たづ)鳴きわたれ 」 筆者


               万葉集587 (飛鳥慕情)   完


       次回の更新は7月8日の予定です。

by uqrx74fd | 2016-07-01 07:04 | 心象

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