万葉集その六百七十五 (鬼平万葉集)

( 歌姫町の風雅な農家  鬼平犯科帳に歌姫街道として登場する 奈良平城京跡近く )
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( 鬼平犯科帳にも 万葉集歌が登場する   本文ご参照))
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( この本にも万葉歌が  同上 )
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( 剣客商売 )
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( 同 包丁ごよみ )
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( 昔の味  グルメめぐりの指南書  挿絵も正太郎氏)
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(  同上 )
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  万葉集その六百七十五 (鬼平万葉集)

御存じ池波正太郎氏は「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人 藤枝梅安」
「真田太平記」など数えきれないほどの傑作を書いておられますが、
その作品のなかでプロ顔負けの数々の料理や自身が描かれた挿絵も登場します。
さらに驚くべきことに、それらの小説の中で万葉集がさりげなく
挿入されているのです。

今回は、肩の力を抜いて池波文学と万葉集のコラボをどうぞ。

 先ずは「 池波正太郎  鬼平犯科帳 凶剣 文芸春秋」より。

鬼平こと長谷川平蔵が休暇で京都に行った折、旧知の浦部与力が
奈良を案内する場面です。

『 (浦部) 「 宇治をあとまわしになさいますなら石清水から山沿いの古道をたどり、
         奈良へ入りますのが、おもむきが深いかと思われます。」

 (平蔵) 「 ほほう。これはおもしろい」

 (浦部) 「 は。この道を歌姫越えと申しまして、むかしむかし、奈良に
        皇都(みやこ)がありましたときは、この道こそが奈良と山城の国-
        京をむすぶ大道でございましたそうで 」

   と浦部はなかなかにくわしい。

( これはおもしろい旅になりそうだ。 浦部をつれてきてよかった )
  平蔵も、こころたのしくなってきている。
 - - 
 (浦部) 「このあたりは、むかしむかし、棚倉野とよばれ、ひろびろとした原野に
        穀物をしまった倉がいくつも建っていたそうでございます。
        かの万葉集にも- -
       「 手束弓(たつかゆみ) 手に取り持ちて 朝猟(あさがり)に
          君は立たしぬ  棚倉の野に 」 
       とございますな 」

(平蔵)  「 これは、おどろいた、おぬしがのう・・・」 』

  万葉歌の訳及び解説 (筆者、以下同)

「 手束弓(たつかゆみ) 手に取り持ちて 朝猟(あさがり)に
        君は立たしぬ  棚倉の野に 」 
                             巻19-4257 古歌 船王伝誦す

( わが君が手束弓をしっかり手に取り持って、朝の狩場にお立ちになっている。
  この棚倉の野に。) 

   「手束弓」: 手に束ねやすい弓、
   「棚倉の野」: 京都府山城町付近の野。

紀飯麻呂(きの いひまろ)という官人の屋敷で催された宴席で披露された
古くから伝わる歌で、「君」は聖武天皇とされています。

かって山城近くに久爾(くに)という都があったとき天皇は盛んに猟をされたらしく、
往時を懐かしむとともに、宴の時期が丁度10月下旬の狩猟の季節にあたっていたので、
それにふさわしいものとして紹介されようです。

    「 歌姫を 鬼の平蔵 過ぎゆけり 」  筆者

                       歌姫:奈良平城京跡近くの街道

次は「 池波正太郎 真田太平記巻5 新潮文庫 」
奈良時代の物流基地とされた「巨椋池」の描写のくだりです。

『 京都の南方、わずか二里のところにある伏見の指月(しげつ)は、
  伏見山の最南端が巨椋池にのぞむ丘陵である。
  このあたりには、平安のむかしに藤原俊綱の山荘がいとなまれたりしたほどで、
  景観もすばらしい。
  眼下にひろがる巨椋池は,池というよりも湖といったほうがよい。
  その大きさは、信州の諏訪湖ほどもあった。
  かの万葉集にも
  「巨椋の入江とよむなり 射目人(いめひと)の伏見が田居に雁わたるらしと」ある。』

 万葉歌の訳と解説

「 巨椋(おほくら)の 入江響(とよ)むなり 射目人(いめひと)の
    伏見が田居に 雁わたるらし 」  
                          巻9-1699 柿本人麻呂歌集

( 巨椋の入江が ざわざわと鳴り響いている。
  射目人(狩人)が身を伏せているいう伏見。
  その田んぼの方へ雁が移動してゆくらしいなぁ )

  射目(いめ)とは猟師が鳥獣を射るために柴などを折って身を隠す道具。
  言葉遊びも取り入れた歌で、

「 弓を射る猟師が身を伏せて待ち構えている伏見の田んぼ。
  その田んぼに向かって、狙われているのも知らない雁の群れが
  わざわざ飛んで行くわい 」 と
  「伏す」「伏見」と「ふ」の音を掛け
  「 そんな危ない所へ飛んで行くこともあるまいのに 」

と興じています。

歌の題詞に「宇治川にして」とあるので、作者は宇治川の岸辺、
巨椋池の注ぎ口の近くにいて、水面に響く雁の羽音を耳にし、
群れが飛び立つさまを推測した一首ですが巨椋池、伏見2つの地名を配して
自然の大きな景色を詠みこんだ秀歌です。

巨椋池(おぐらいけ)は京都府南部、現在の伏見、宇治地域にまたがる場所に
存在していた湖とも言うべき巨大な池で、宇治川、桂川、木津川が
この入江に流れ込み西方の淀川に溢れ出る、いわば遊水池の機能を
はたしていました。

また、飛鳥、平城京への木材運搬の中継地点として重要な役割を担い、
近江など、近郷各地から伐り出された木材を川に落として運び、
一旦ここに集荷してから、順次、木津川へ流し途中から陸路で都へ運搬したのです。
都づくりの最中は水路、陸路ともに殷賑を極めた場所でした。

然しながら、1594年、豊臣秀吉の伏見城築城に伴い、築堤工事を受け持った
前田利家が宇治川を伏見に迂回させたことにより巨椋池は一変しました。

池への流水が絶え、周囲16㎞水域面積8平方km(約(800ha)の孤立した
淡水の湖沼になったのです。

その美しくも歴史ある巨大な池は、昭和8年(1933)、国民への
食糧供給充実という目的で干拓事業が開始され、8年後の昭和16年(1941)に
農地化されて完全に消滅しました。
現在は渡り鳥の飛来地となり、近くの葦の群生地をねぐらとする燕が
毎年数万匹もみられるそうです。

最後に鬼平犯科帳「白い粉」の一節から。

 『 「 料理人の勘助が、長谷川平蔵の夕餉の膳の吸い物へ、
    かの毒薬を入れたのは翌々日のことであった。
    吸い物は、鴨の叩き団子と晒葱(さらしねぎ)である。

    役宅の大台所では、平蔵の膳ごしらえは勘助が一人でやっているので、
    声をかけるまでは女中たちも近寄って来ない。

    白い粉を落としたとき、勘助はわれながら落ちついていた。
    ( これで、おたみが帰ってきてくれるのだ。)

    吸い物へ落としこんだ毒薬は、
   ( あっ・・・・)
    という間に溶けた。 』   

( 以下 鬼平料理帳に続く 筆者注 )

『  鴨は日本人にとって最も親しい野禽(やきん)であったらしい。
   それは万葉集にたとえば

  「 葦の葉に 夕霧立ちて 鴨が音(ね)の 
           寒き夕(ゆふへ)し 汝をば偲はむ 」
   とあるのを見てもわかる。
   日本に渡っている鴨の種類は三十余種もあるという。
   夏の間、北方のシベリア方面で雛を育て、9月上旬から11月頃に大群をなして
   飛来し、3月の上旬から5月にかけて再び北へ帰って行く。

   鴨が真味を持つのは年が明けてからだ。
   渡ってきたはじめの頃は、当然鴨だって長旅の疲れでやせこけている。
   それが、日本の河川湖沼でうまい小魚をたっぷり食べて、丸々と肉がつき、
   脂がのったところを人間サマが食べるのだから、申し訳ないような話。 』

                   ( 池波正太郎 鬼平料理帳 佐藤隆介編 文芸春秋社より)

万葉歌の訳と解説

「 葦の葉に 夕霧立ちて 鴨が音(ね)の 
       寒き夕(ゆふへ)し 汝をば偲はむ 」 
                        巻14-3570  作者未詳


( 葦の葉群れ一面に夕霧が立ちこめ、鴨の鳴き声が寒々と聞こえてくる夕べ。
  そんな夕暮れ時には、お前さんのことがことさら偲ばれることよ。)

作者は防人として集合地の難波に旅立とうとしています。
当時の難波は葦の名所、その夕景を思い浮かべながら
愛する妻に語りかけた、しみじみとした哀感がにじみ出ている一首。
作者は以前、難波に赴いたことがあるのでしょう。

このように小説、料理、絵画などあらゆる分野に縦横無尽に
腕を振るわれた正太郎氏。
しかも小説の随処に応じた万葉歌をさりげなく挿入されるとは、
よほど勉強されたのでしょう。
その博識、多才に敬服するとともに、初めて鬼平に万葉集が登場したくだりで、
驚愕狂喜したことが懐かしく思い出されます。

    「 ありし日の 鬼平小兵衛 しのばるる 」 筆者

             小兵衛:剣客商売の秋山小兵衛
                 俳優、藤田まことが演じた


           万葉集675(鬼平万葉集) 完


次回の更新は3月18日(日)の予定です。 :通常より遅くなります。
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by uqrx74fd | 2018-03-08 16:28 | 生活

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