万葉集その六百七十七(修二会:お水取り)

( 奈良二月堂 修二会の大松明 )
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( 同上 次々と登場 )
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( 勢ぞろい )
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( 大車輪 )
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( 飛び散る火花 )
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( 豪華絢爛 )
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万葉集その六百七十七 (修二会:お水取り)

「お水取りが済むと本格的な春到来」。
古くから云い伝えられているこの言葉通り3月14日の今日はポカポカ陽気。

月初から続いた練行衆の厳しい修行も満日を迎え大松明も今夜で終わり。
雄大、豪華絢爛な景観を一目でも見ようと二月堂の舞台の下に数千人の見学者、
さらに海外からの観光客も多数集まっています。
大松明は18時半開始なのに何と昼前から陣取っている人もいるようだ。

「 お松明 燃えて星空 なかりけり 」   開田 華羽

定刻ぴったりに周囲の照明が消されて暗闇に。
長い石段の下から大きな松明が上がってくると「オーー」と、大きなどよめきが
闇夜を揺るがす。

炎が堂上の縁側に上がると、大きく振りかざし風車のようにくるくる回しながら
韋駄天のごとく回廊を駈ける。
四方に飛び散った火花が漆黒の空に舞い上がり舞台の下の参拝者の上に
降りかかる。
その火粉は無病息災のご利益があるそうな。

切れ目なく第2弾、3弾、第4弾。
次から次へと石段を駆けあがり、炎の共演。

大きな火の玉を見ているうちに次の万葉歌が頭に浮かんできました。

「 君が行(ゆ)く 道の長手を 繰り畳(たた)ね
       焼き滅(ほろ)ぼさむ 天(あめ)の火もがも 」

        巻15-3724  狭野弟上娘子(さのの おとかみの をとめ)

( あぁ、あなたが行かれる長い道。
 その道のりを手繰って折りたたんで、焼き滅ぼしてしまいたい。
 神様、そんな天の火を私に与えて下さいませ。)

万葉集中最も有名な絶唱の一つ。

作者は「蔵部女嬬(くらべのにょじゅ)」という天皇の身辺奉仕、雑役に
従事する下級女官で中臣宅守(なかとみやかもり)という人物-
(皇太子の宝物、衣服などを掌る東宮主蔵監に所属する役人)と
結婚したばかりでした。

ところが突然、宅守は勅勘の身となり、越前国府(福井県)の武生に
配流されるという不幸が起きたのです。(740年)
何の罪かは不明ですが政治的な大事件に巻き込まれたのかも知れません。

二人の絶望と悲哀は如何ばかりだったことでしょう。
二人の間で交わされた歌は63首。
万葉屈指の相聞、歌絵巻です。

「 燃ゆる火も  取りて包みて 袋には
          入ると云わずやも  逢はむ日招(を)くも 」 

                      巻2-160 持統太上天皇

( 燃えさかる火さえも 手に取って袋に包み入れることが
      出来るというではないか。
      そういう奇跡が行われるように、天皇にお逢いする日を招き祈っておりますのに
      どうして私の切ない願いが叶えられないのか。)

686年、天武天皇崩御され、殯宮(もがりのみや)で祭礼を行っている期間
(約2年3か月)に詠われた挽歌。

当時火に故人の魂が宿ると信じられ、袋に包むという方術があったのかも
しれません。

なお、「逢はむ日 招(を)くも」の原文「智勇雲」は難訓。
訓み方が統一されていないので「沢瀉久孝著 万葉集注釈」によりました。

「 如月(きさらぎ)を 奈良いにしへの 御ほとけに
         浄(きよ)き閼伽井(あかゐ)を   汲む夜にぞあふ 」  中村憲吉

東大寺の説明文(要約)によると、
「 東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)は、天平勝宝4年(752)、東大寺開山
良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が
創始されて以来、平成30年(2018)で1267回を数える。

修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」。
十一面悔過とは、われわれが日常に犯しているさまざまな過ちを、
二月堂の本尊である十一面観世音菩薩の宝前で、懺悔(さんげ)すること。
修二会が創始された古代、天災や疫病や反乱は国家の病気と考えられ、
そうした災いを取り除いて、鎮護国家、天下泰安、風雨順時、五穀豊穣、
万民快楽など、人々の幸福を願う宗教行事とされた。

東大寺の長い歴史にあって、二度までもその大伽藍の大半が灰盤に帰して
しまった時ですら、修二会だけは「不退の行法」として、1250有余年もの間
一度も絶えることなく、連綿と今日に至るまで引き継がれてきた。

この法会は、現在では3月1日より2週間にわたって行われているが、
もとは旧暦の2月1日から行われていたので、二月に修する法会という
意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになった。

行中の3月12日深夜(13日の午前1時半頃)には、
「お水取り」といって、若狭井(わかさい)という井戸から観音さまにお供えする
「お香水(おこうずい)」を汲み上げ本堂に運ぶ儀式が行われる。

井戸の中には遠く若狭の国から地下水道を抜けて送られた聖水が
湛えられていると信じられており、この水を1年間の仏事に供するため
壺に汲み取っておくのである。

なお、若狭国から聖水が送られる由来は、昔、遠敷(おこう)という若狭の神様が
魚釣りに夢中になり二月堂の参集に遅れたので、お詫びとして、
二月堂のほとりに清水を湧き出させ、観音様に奉ったとの言い伝えによる。」

炎の競演はまだまだ続いていますが、松明はもともと修行僧が石段を上がる足許を
照らすために始められたものが次第に今日のような盛大な儀式になったとか。

万葉集で重要な行事の歌がないのは大仏開眼とお水取り。
それでも大仏開眼は大仏に塗る金が陸奥で見つかったという歌がみえますが、
お水取りは皆無なのは誠に残念。

修二会は秘行なので一般にあまり知られていなかったため、
歌に馴染まなかったのでしょうか。

  「 水取りや 氷の僧の 沓(くつ)の音 」 芭蕉

  ( 修二会の夜、二月堂に参籠していると、
    内陣の寒気を踏み破る行道僧の沓音が堂中に響いた)


         万葉集677(修二会:お水取り)完


        次回の更新は3月30日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-03-22 17:55 | 生活

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