万葉集その六百七十九 (春の苑)

(桃の花 宇陀 奈良 )
b0162728_15573292.jpg

( 桃と桜の競演 山辺の道 奈良 )
b0162728_1557165.jpg

( スモモ 市川万葉植物園  千葉 )
b0162728_15565315.jpg

( カタクリ  森野旧植物園 奈良 」
b0162728_15563981.jpg

(  万葉の春  上村松篁  絵葉書 )
b0162728_15561718.jpg

  万葉集その六百七十九(春の苑)

「 春の苑(その) 紅にほふ 桃の花
      下照る道に 出(い)で立つ 娘子(おとめ) 」 
                           巻19-4139 大伴家持

 訳文
     ( 春の盛りの今、庭園には桃の花が咲き誇っている。
      花も周りも紅色に映えて染まるばかり。
      つと、乙女が木の下にい出立った。
      ふっくらとした頬に刷いた紅も桃の花と一体化して
      輝くばかりの美しさ。
      あぁ何と素晴らしい光景だろう。 ) 

  750年の春たけなわの頃、越中国司の任期も終わりを迎える時期の作。
  文芸性が高く数ある家持の歌の中でも秀吟とされ、正倉院宝物の
  樹下美人図を連想させる1首。
  長らく雪に閉ざされていた北国に、春到来の喜びがはちきれんばかりに
  溢れているようです。

  桃の花が咲き匂ひ、ふくよかな香りを漂わせている。
  暖かい空気が周りを包み、道も紅に染まっているようだ。
  その美しさに見惚れて立ちすくんでいると、絶世の美人がつと木の下に現れた。
  まさに桃源郷、夢の世界。

  長らく別居していた最愛の妻、坂上大嬢もやっと来てくれた。
  心身共に充実していた頃の作で、この後数々の秀作を生み出してゆきます。
  この歌が実景を詠んだのか、中国文学を下敷きにした想像の世界なのか
  学問上の議論はありますが、ここではでは実景と受け止めておきます。

  続いて、李(すもも)。
  桃の紅、李の白 紅白の取り合わせです。

「 わが苑(その)の 李(すもも)の花か 庭に散る
      はだれのいまだ 残りてあるかも 」 
                      巻19-4140 大伴家持


( あれっ! こちらの庭園の上に白いものが見えるよ。
  見上げると李が満開でまるで雪のようだ。
  庭の白さは李の花が散っているのだろうか 
  それとも消え残った雪なのだろうか。)

        はだれ:斑雪(まだらゆき)

庭に点在するのは李の花が散ったものか、残雪か。
見まごうばかりの白の世界。
天から下りてくる梅を雪かと詠った父、旅人の

 「わが園に 梅の花散る ひさかたの 
              天より雪の 流れくるかも 」
                        巻5-822 大伴旅人

を踏まえた構成となっています。

家持はこの美しい光景によほど興趣を感じたのか更に詠います。

   「 桃の花 紅色に 
     にほひたる 面輪(おもわ)のうちに 
     青柳の 細き眉根を 
     笑み曲がり 朝影見つつ 
     娘子(をとめ)らが  手に取り持てる まそ鏡 - 」

                  巻19-4192(一部) 大伴家持 

(訳文)

(  桃の花のように華やかに映えている顔
   青柳の葉のような細い眉
   その眉が曲がるほどに笑いこぼれている乙女の
   楽しそうな表情を鏡に写している朝の姿の
   なんと美しいことよ
   乙女の手に取っている真澄の鏡 - - 」 
                         19-4192 大伴家持


   面輪: 顔の輪郭の意で顔つき
   青柳の細き眉根: 青柳の葉のような細い眉 
               女性の細くてしなやかな眉を柳に例えたもの。柳眉
   笑み曲がり 朝影見つつ :その眉が曲がるほどに 
                     笑いこぼれている朝の容姿を見ながら 
   まそ鏡  : 鏡箱の蓋の意 ( 次に続く二上山の枕詞) 


「 もののふの 八十娘子(やそおとめ)らが 汲み乱(まが)ふ
       寺井の上の 堅香子(かたかご)の花 」   
                              巻19-4143 大伴家持

( 泉のほとりへ美しい乙女たちが三々五々、水桶を携えて集まってきます。
      そのかたわらにカタクリの花が咲き乱れて-- 何と美しいことよ )

こんこんと湧く清泉、入り乱れる乙女、群生する美しいカタクリの花。
乙女たちの笑い声や水の音まで聞こえてくるような気がいたします。

ユリ科多年草のカタクリの古名が「堅香子(かたかご)」
「堅」は「片」の意で、種から成長する過程で、まず片葉が生じ、
数年以上(7年とも)を要してようやく両方の葉がそろうことによります。

また「香子(かご)」は「鹿の子」、すなわち、鹿の斑点のような葉をもつことに由来し、
当初「カタハ カノコ」とよばれていたものが「カタカゴ」に変化したとも。

「もののふ」は元々「朝廷に仕えた上代の官人」が原義でしたが、
古代の朝廷には職掌ごとに多くの氏族が奉仕していたので、
それらの総称として「もののふ(物部)」という言葉が用いられ、
さらに氏族が多かったことから八十(やそ=数が多い意)に掛かる枕詞になりました。

「もののふ」が武士,武辺のイメージとなるのは平安時代からです。

「 日中を 風通りつつ 時折に
        むらさきそよぐ 堅香子の花 」  宮 柊二

家持の桃、カタクリの世界を求めて奈良へ向かいました。
JR奈良駅から桜井経由、近鉄大阪線の榛原駅で下車。
バスに乗り換え約20分。
近くにかぎろひの丘があり、かの人麻呂が

「 東(ひむがし)の 野に炎(かぎろひ)の 立つ見えて
                   かへり見すれば 月かたぶきぬ 」 
                    巻1-48 柿本人麻呂

と詠ったところです。

ここは素通りして江戸時代から続く我国最古の薬草園「森野旧薬園」へ。

町を一望できる小高い丘に数えきれない位の薬草が植えられており、
斜面にカタクリが群生しています。

カタクリの花は夜明けとともに開き、夕暮れになると閉じますが、
雨や曇りの日には開かない天気次第の気難し屋。
当日は美しい姿を見せてくれました。

紅紫色の清楚な花は気品があり、清純な乙女を連想させ、
恥じらうように下向きに咲く姿も初々しく「春の妖精」の名にふさわしい。
だが、「花の命は短くて」の言葉通り、1か月余で花も葉も跡形もなく消え去り、
次の春まで地下で眠ってしまう。

1年の大部分を地下で過ごすのは、夏は樹木の葉の影になって日ざしが届かず、
冬は積雪に耐えられないためで、冬が終わり落葉樹の葉の茂るまでの間に
地表に顔を出し太陽の日ざしを一杯浴びて鱗茎に養分を蓄え、
繁殖のための種を作るのです。

「 うれしくも 桃の初花 見つるかな
           また来む春も 定めなき世に 」   藤原公任

続いて徒歩30分の又兵衛桜へ。
ここでは桜の巨木とともに、桃の木が見られるのです。
後藤又兵衛が植えたと伝えられる老桜は今も健在。
その後ろに桃の群生、ピンクと紅の対比が実に美しい。
ここの桜は毎年開花が遅く、桃の花開くのを待ってから咲いているよう。

桜と桃の競演を堪能した後、山辺の道へ。
崇神天皇陵に向かう途中、農家の庭に桃と桜の巨木があります。
毎年この時期に訪れるとっておきの場所です。

大神神社で参拝を済ませた後、天理の方向に向かって歩くこと約8㎞
左、崇神天皇陵、右相撲神社に道が分かれる少し手前の農家にお目当ての桜と桃。
横にそれる小径があり、自由に行き来させて戴けます。
今年も見事な桃と桜が満開でした。

     「 遠里に 桜も咲くや 桃畑 」    筆者


     万葉集その679 (春の苑)完


   次回の更新は4月13日(金)の予定です。
[PR]

by uqrx74fd | 2018-04-05 15:59 | 生活

<< 万葉集その六百八十 (万葉人は...    万葉集その六百七十八 (奈良の桜) >>