万葉集その六百八十 (万葉人は鯛がお好き)

( 鯛 築地魚市場 )
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( 鯛 高橋由一 高松金毘羅宮 高橋由一館 )
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( 千葉 安房鴨川歩道トンネルの壁画 地元小学生作 )
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(  同上 )
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( コナギ:ミズアオイ  万葉時代葉を食用にした  奈良万葉植物園 )
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    万葉集その六百八十 (万葉人は鯛がお好き)

「 水江(みずのえ)の 浦の島子が 鰹(かつを)釣り 鯛釣りほこり
    七日まで家にも来(こ)ずて 海境(うなさか)を 過ぎて漕ぎ行くに
    - - 」                        巻9-1740 高橋虫麻呂
   
( 水江(みずのえ)の浦の島子が、鰹(かつを)や鯛を釣っているうちに、
      大漁となって調子づき、7日も家に帰らず、
      とうとう海の境を通り過ぎてしまった。)

この歌は浦島伝説を詠った冒頭後半、鰹や鯛を釣り、大漁になったことを
述べた部分で、水江は摂津(大阪府住吉区)、住吉神社の近く、
明石鯛も獲れたことでしょう。

「日本歳時記」によると

『 鯛、とりわけ真鯛は色、形、味よく海産魚類の王と云われている。
  春産卵のため内海の浅場に群れてくるが、そのころことに雄の真鯛は
  腹部が婚姻色といって性ホルモンの作用で赤味を帯びる。
  ちょうど花時にあたり、その色を賛美して、俗に桜鯛とか花見鯛とか
  いうのである- - 。
  瀬戸内海では、鳴門,紀淡、明石などの諸海峡を通って乗り込むので
  鳴門鯛、明石鯛などの名称がある。 』

このような情景を西行は次のように詠っています。

「 霞しく 波の初花 をりかけて
            さくら鯛つる 沖のあま舟 」  西行 山家集

   ( たなびいている霞の中から 折り返す白波が初花のように見え、
    その沖合で海人たちの舟が、桜鯛を釣っているよ )

そして早速刺身にして戴く。

「 鳴門鯛 うましき春を 来遊びて
         ころころ かたき 鯛の刺身食う 」
              吉植庄亮(よしうえ しょうりょう:1884~1958)

 鯛の刺身が一番美味いのは獲った魚を絞めてから10時間~12時間後。
 旨味を感じるイノシン酸とグルタミン酸の量が最高に達する時なのだ
 そうですが( 京都大学 坂口守彦教授 )、人の好みはそれぞれ、
 獲れたてのコリコリ固いのがお好きな人も多いことでしょう。

万葉人も鯛が好きだった。
しかも「三枚おろし」にした刺身を醤酢(ひしおす)、蒜(ひる)などの調味料を
加えて食していたのです。

「 醤酢(ひしおす)に 蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて 鯛願う
       我にな見えそ 水葱(なぎ)の羹(あつもの) 」  巻16-3829 
                       長 忌寸 意吉麻呂 (ながの いみき おきまろ:伝不詳)

  ( わぁ-、今日はご馳走だねぇ。鯛の刺身ではないですか。
    早速ニンニク入りの「酢味噌たれ」をつけていただきましょうよ。
    コラコラ、もおぅ-、 水葱の吸物のようなものを出してきて!
    折角の食欲が落ちるからこんな物は見えないように置いて頂戴。 ) 

語句の解説です。
古代人の食事の内容が窺われます。

   醤(ひしお): 醤油や味噌の元祖でもろみに近い。大豆、うるち、酒、
            小麦を原料として醸造したもの

   酢:   米から作る米酢と酒を腐らせた酒酢があった
        醤酢は今の酢味噌の類

   蒜(ひる): ニンニクや野ビルのことで独特の強い臭気がある
          「蒜搗き合(か)てて」: 蒜をつき砕いて 混ぜて

   水葱(なぎ);   ミズアオイ科の一年草、葉を食用とする。水中に自生

   羹:    熱い汁、吸い物のこと。
         調味料に醤が用いられているだろうから後の味噌汁という説もある(永山久夫)

作者は宴席で周りの人達から囃されて、酢、醤、蒜、鯛、水葱を歌に
詠み込めと言われ即座に作歌したもので

「 高級料理の鯛が出てきて嬉しいねぇ。早くそれを食べたいんだ。
  水葱の吸物のような日常料理なんか見たくもないよ」
とおどけたのです。

この歌を読んだ友人たちは次のような感想を述べてくれました。

まずは「T.Sさん」

『 昨日、NHK朝の番組「徳島の旅」の中で、鳴門の桜鯛
  (渦潮でもまれて身がしまっているらしい)と
  生わかめ(熱湯に入れた瞬間に、茶色から鮮やかな緑に変わる)を
  しゃぶしゃぶにして食べる場面がありました。
  とても、おいしそうで、さしみよりおいしいかもしれないと
  思わせる料理でした。

   万葉の時代には、さしみにして、にんにく入りの酢味噌で食べたとのこと、
   あまりおいしそうではありませんが、当時としては、
   特別の調味料だったのでしょうね。
   「余計な料理より、早く、特別料理を食べされろ」と、
   にぎやかな宴会の様子が見えて面白い。
   鯛は、昔も今も、高級魚の地位を守り続けているのですね。 』

続いて「N.F」さん
                         
  『 近年、日本人の食事も洋風化が進んできましたが、終戦後間もない頃には、
    どうやら食べ方は異なれど、万葉人とさほど変わらないものを
    食していたようですね。
    T.Sさんが言うように、醤醢やらにんにくと鯛の刺身では現代人の口には
    合わないでしょうが交通事情が悪かった往時のこと、ワサビの代わりのような
     一種の消毒剤に用いたかもしれませんな。

    醤醢などは懐かしいですなあ。
    金山寺はいまも売られていますが、醤醢は家庭で作ったものです。
    うまいんだけど。 』 

最後に「I.N」さん

『 「櫻鯛」美しい言葉ですねえ。
  婚姻色の鯛を櫻鯛と言うとは知りませんでしたが、綺麗な言葉ですねえ。
  鯛の骨には、面白い形をした部分がある筈だが、それがどんな形だったか
  記憶にないけれど、鯛の骨が刺さると他の魚の骨が刺さるよりも抜く際に
  ずうーっと痛い。

  それにしても鯛はうまい、料理では、眼の周りのゼラチン質の部分や、
  頬肉は絶品ですなあ、
  機知を競う宴席で「吸い物はいいから早く鯛を食べさせろ!」と
  声高に要求する模様が生き生きと描かれている。

  秘伝のたれのかかった銀座「竹葉亭」の鯛茶漬けが恋しくなりました。 』

    ( 筆者注: 竹葉亭は鰻で有名だが鯛茶漬けも大人気 )

  「 料理して 今日もくらしつ 桜鯛 」  維舟

谷崎潤一郎の「細雪」でも桜の季節に真鯛が旬になり、桜鯛と呼ぶことを
ふまえた一文があります。

『 幸子は昔、貞之助と新婚旅行に行った時に、箱根の旅館で食い物の
  好き嫌ひの話が出、君は魚で何が一番好きかと聞かれたので
 「鯛やわ」と答へて貞之助に可笑しがられたことがあった。

  貞之助が笑ったのは,鯛とはあまり月並みすぎるからであったが、
  しかし彼女の説によると、形から云っても味から云っても鯛こそは
  最も日本的なる魚であり、鯛を好かない日本人は日本人らしくないのであった。

  彼女のそう云ふ心の中には、自分の生まれた上方こそは、日本で鯛の
  最も美味な地方-従って、日本の中で最も日本的な地方であるという
  誇りが潜んでいるのであったが、同様に彼女は、花では何が
  一番好きかと問われれば、躊躇なく桜と答へるのであった。

  - - 鯛でも明石鯛でなければ旨がらない幸子は、花も京都の花で
   なければ見たような気がしないのであった。 』

鯛は今でこそ魚の王として不動の地位を占めますが、古くは「鯉」が
最上とされていました。
中世以降、漁法やさまざまな料理法が発達し、江戸時代以降ようやく
万人に認められて王座を確立し現在に至っています。

縄文時代1mにも及ぶ鯛の骨が出土していますが、最上に美味なのは
40~50㎝程度のものとされ、調理法は刺身を筆頭に塩焼き、
鯛ちり、鯛めし、鯛茶漬けなど、また、頭は兜煮,潮汁、
特に目玉を入れたすまし汁は最高の贅沢とか。

 「 安宿と あなどるなかれ 桜鯛 」  森田 峠


      万葉集680(万葉人は鯛がお好き)完


      次回の更新は4月20日(金)の予定です。

              
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by uqrx74fd | 2018-04-12 16:32 | 動物

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