万葉集その六百八十三 (目には青葉)

( 室生寺の青葉  奈良 )
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( 長谷寺の紅葉若葉   奈良 )
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( 万葉人に愛されたホトトギス)
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( カツオ、タイ 岸浪 百草居 魚百種類献上絵巻の一部 )
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( ヒメウツギ:卯の花  長谷寺  奈良 )
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  万葉集その六百八十三 (目には青葉)

「 目には青葉 山ほととぎす はつ鰹 」  山口素堂

あまりにも有名なこの句は鎌倉で詠まれたとの前書があります。
目にも鮮やかな青葉。(視覚)
山々から下りてきたホトトギスの鳴き声。(聴覚)
それだけでも素晴らしいのに相模の海は初鰹がたっぷり。(味覚)
見てよし、聞いてよし、食べてよし。
三拍子揃った鎌倉はなんと素晴らしい土地柄だろう。

「 不二ひとつ うづみ残して わかばかな 」  蕪村

初夏の色は緑、それも鮮やかな若緑です。
「みどり」という言葉はもともと「瑞々(みずみず)し」に関連する語で
木々草木の新芽をいい、やがて「みず」が」「みど」に変化し色名に
なったと云われています。

しかしながら万葉集で色名を詠ったものは2首しかありません。
当時、緑単独の染料がなく、黄色と青を掛けあわせていたので
青との識別が厳密でなかったためでしょうか。

「 春は萌え 夏は緑に 紅の
     まだらに見ゆる  秋の山かも 」 
                        巻10-2177 作者未詳

「 浅緑 染め懸(か)けたりと見るまでに
     春の柳は 萌えにけるかも 」  
                       巻10-1847 作者未詳

( 薄緑色に糸を染めて、木に懸けたと見まがうほど 
  柳が美しい緑の芽を吹き出しましたよ )

浅緑色は浅葱(あさぎ)色ともいわれ、葱の芽出しのような黄色味を帯びた緑をいい、
句歌では「浅緑」は柳の新芽、「若緑」は松の新芽にと使い分けられています。

また新緑に関する季語は多く「新樹」「若葉」のほか「若楓」「柿若葉」「樫若葉」
「椎若葉」「樟(くす)若葉」など木々の種類によって分類され、
細かなニユーアンスを伝えています。

「 玉垣や 花にもまさる べに若葉 」 阿波野 青畝

日本列島いたるところで木々がいっせいに芽吹く皐月(さつき)。
濃淡鮮やかな緑や紅色が入り交じり目もさめるような美しさ。
いよいよ爽やかな初夏到来です。

「 朝霧の 八重山越えて ほととぎす
       卯の花辺(はなへ)から 鳴きて越え来ぬ 」 
                        巻10-1945 作者未詳

(  立ちこめる朝霧のように幾重も重なる山を越え
       ほととぎすが卯の花の咲いているあたりを越えて
       鳴きたてながらこの里にやってきた。)

ホトトギスは南方から飛来する渡り鳥ですが、昔の人たちは
冬の間、山にこもり、暖かくなると里に下りてくるものとばかり
思っており、山ホトトギスと呼んでいました。
それは「そろそろ田植えの時期だよ」と教えてくれる鳥であり、
その鳴き声を聴き逃すことは収穫に大きな影響を与えることになるので
真剣にその初音を聴き漏らすまいと耳を傾けていたのです。

万葉人は「キヨッキヨキヨキヨ」と独特の鳴き声を響かせるホトトギスに
よほど魅力を感じていたのか155首も歌を残しました。
中でも大伴家持は異常なほどののめり込みようで66首も詠っています。

「 ほととぎす 鳴きわたりぬと 告ぐれども
     我れ聞き継がず 花は過ぎつつ 」  巻19-4194 大伴家持

( 時鳥が、ここを鳴いて渡ったと人が告げてくれたが、
     私はまだ聞いていない。
     花の盛りはどんどん過ぎていくというのに。)

詞書に時鳥が鳴くこと晩(おそ)きを恨むる歌とあります。

家持は当時色々悩み事があり、時鳥の声さえ聴けば心が
晴れるだろうという心境だったようです。
なお、この歌の花は前歌との関係から藤。

 「 谺(こだま)して  山ほととぎす ほしいまま 」 杉田久女 

青葉、ほととぎすに続き最後は鰹。

鰹は世界中の温暖な海域に分布し、日本近海には2月頃から黒潮に乗って
大群で北上し、水温が下がる10月にはまた南に下る回遊魚です。
漁師たちは黒潮が沖合からふくらんできて、その澄んだ海面に山の青葉が
影を映す頃を青葉潮とよび、鰹、ビンナガマグロ、クロマグロの群れが
通過するのを首を長くして待っています。

古代から貴重な栄養源とされてきた鰹は痛みやすく、冷凍などの保存技術が
なかった時代は干したものを食べていたので「堅魚(かたうお)」と
よばれ、それが「かつお」に変わり、漢字も「堅+魚」から
一字の「鰹」になったとか。

万葉集にはただ1首、浦島伝説の魚釣り場面の一節に登場します。

「 - - 水江(みずのえ)の 浦の島子が 鰹釣り鯛釣りほこり
  七日まで 家に来(こ)ずて - - )   
                     巻9-1740 高橋虫麻呂歌集(長歌の一部)

( あの水江の浦の島子が鰹や鯛を釣っていて夢中になり、
      七日経っても家に帰らず-)

「釣りほこり」とは、次から次へといくらでも釣れるので夢中になり
調子に乗ることで、当時は鯛も鰹も豊富に獲れたのでしょう。

  「 ふじ咲(さき)て 松魚(かつお)くふ日を かぞへけり 」   宝井其角 

鰹を松魚を書くのは鰹節の質感が松材に似ているからだそうな。

鰹は蛋白質、ビタミン類、鉄分が豊富な上、うまみ成分であるグルタミン酸が多く
大和朝廷でも重要な食料として各地から貢納させていました。

鰹が生で食べるようになったのは鎌倉時代から。
「勝つ魚」に通じる語感が縁起よく、武士をはじめ庶民、貴族にも大いに
食されたようです。

  「 鎌倉を 生きて出(いで)けむ 初鰹 )  芭蕉

江戸時代、4月末から5月上旬の時期に、伊豆や鎌倉で捕れた鰹は
江戸っ子に熱狂的にもてはやされました。

芭蕉の句は鎌倉で採れた鰹を生きたまま早飛脚で江戸に運ばれ人々に
供されたさまを詠んだもの。

当時「初物を食べれば寿命が延びる」という言い伝えがあり、
女房、子供を質においてでも初鰹を食えと粋がる江戸っ子。
数少ない鮮魚の値段は高騰し小判一枚、今の値段で7万円くらいでしょうか。
無理して買った人は後の支払いにやり繰り算段したようです。

「 聞いたかと 問われて 食ったかと答え」  江戸時代の川柳

(  ホトトギスの初音を聞いたかい?
       聞いた、聞いた、それはそれは、素晴らしい声だったよ。
       ところで、お前さんこそ初鰹を食ったかね? )

そんな会話が庶民の間で交わされていたのでしょう。

食通にいわせると

「 脂の少ない初夏は土佐造り(タタキ)。
 身の外側をさっと炙り、厚く切ってシヨウガ、ニンニク、青ジソなどを盛り
 かんきつ類の汁と醤油で食べる。
 脂の乗った秋は刺身の濃厚な風味を味わうがよし。」

とのことであります。

  「 みどり葉を 敷いて楚々たり  初鰹 」  三橋鷹女


     万葉集683 (目には青葉) 完


     次回の更新は 5月11日 (金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-05-03 11:03 | 生活

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