万葉集その六百八十九 (入梅)

( 傘さす子供   春日大社  奈良 )
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( 卯の花  歌の世界では 「卯の花腐:くた)し」 と詠われる   奈良万葉植物園)
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( フサフジウツギ  ウツギは卯の花の現代名  小石川東大植物園 )
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(  6月に咲いたカワラナデシコ   奈良明日香 ) 
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( 雨の露草  法華寺  奈良 )
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   万葉集その六百八十九 (入梅)

暦の上での入梅は立春から135日目。
梅の実が熟する頃です。
通常6月11,12日あたりから始まる約30日の長雨と予測されていますが、
今年は6月6日に近畿、東海、関東甲信越が梅雨の入り。

「梅の雨」という言葉は室町時代の本に見える(倉嶋 厚:季節しみじみ事典)そうですが、
歌語としてよく使われるようになったのは江戸時代。

   「 降る音や 耳も酸(す)ふなる 梅の雨 」  芭蕉

( 梅雨時の連日の雨音は、いいかげんに聞き飽きて、
  耳も酸っぱくなる感じである。
  「酸っぱいのも道理、梅の雨だもの。」
   という洒落 )

が早い例とされていますが、万葉時代この季節の雨は「卯の花腐(くた)し」と
詠われました。

「 卯の花を腐(くた)す長雨(ながめ)の 水始(みずはな)に
    寄る木屑(こつみ)なす 寄らむ子もがも」 
                                19―4217 大伴家持

( 卯の花を痛める長雨で水かさが多くなった川、その流れの先に木の屑が
  いっぱい集まっています。
  このような木屑のように私のところに美しい女性が
  集まってくれたらいいのになぁ。)

    水始(みずはな):  「はなみず」とも読み水量の増した流れの先端のこと。
                 ここでの「腐(くた)す」は「腐らす」ではなく「散らす」「だめにする」
                 の意です。

万葉人にとって、この時期の長雨は卯の花だけではなく、
撫子、花橘も散らし、ホトトギスを山にとどめておく恨めしい雨でした。

「 かくばかり 雨の降らくに ほととぎす
      卯の花山に なほか鳴くらむ 」  
                     巻10-1963 作者未詳

( こんなに雨が降っているのに、 ホトトギスは卯の花の咲く山辺で
 今もなお鳴きたてているのであろうか )

「 ホトトギスよ!
お前がいくら卯の花を好むかといっても、こんな雨が降る中、
いつまでも山の中にこもって鳴きたてていなくてもよいだろう。
早く里に下りてきて、ここで鳴いておくれよ 。」

と初音を待ちわびる作者です。

「 見わたせば 向ひの野辺の なでしこの
           散らまく惜しも 雨な降りそね  」
                  巻10-1970 作者未詳

( 見わたすと ま向かいの野辺に美しく咲いている。
  雨よ 降らないでくれ。
  こんな美しい花を散らすのが惜しいんだよ。)

撫子は花期が早く6~7月から咲き出します。
桔梗も然り。
秋の7草が一堂に会することは、もはや無理かもしれません。

「 雨間(あめま)明けて 国見もせむを 故郷の
       花橘は 散りにけむかも 」  
                         巻10-1971  作者未詳

( 雨の晴れ間を待って山野を眺めたいと思っているのに
 故郷の橘の花は 雨に打たれてもう散ってしまったことであろうか )

作者は旅に出て帰郷する途中のようです。
はるか彼方の故郷の方角を眺めながら、「懐かしい花橘よ、散らずに待っていておくれ。」
と願う作者。

「 卯の花腐(くた)し」は平安時代になると「五月雨」(さみだれ)と共に
詠われるようになります。

「 いとどしく 賤(しづ)の庵(いほり)の いぶせきに
       卯の花腐し  五月雨(さみだれ)ぞする 」 
                            藤原 基俊(もととし)

( ただでさえ鬱陶しいわび住いの庵なのに、五月雨が降り続き
  卯も花を傷めつけていることよ 。)

梅雨時の憂鬱を表現するため、花を次第に弱らせていく「卯の花腐し」と
「五月雨」をかさねあわせたもの。

「 五月雨に 物思ひおれば 時鳥
    夜深く鳴きて  何地(いづち)ゆくらむ 」 
                        紀友則 古今和歌集

( 五月雨の季節です。
物思いにふけってじっとしていると、ホトトギスの声が聞こえる。
こんなに夜更けに鳴いていったい何処へいくのであろうか。)

千々に思い乱れている恋する人。
「さ乱れ」と「五月雨(さみだれ)」 を掛けた技巧の歌です。

そして江戸時代にやっと梅雨が登場します。

 「 筍の 合羽(かっぱ)着て出る 入梅(ついり)かな 」 支考

筍(たけのこ)の皮を合羽に見立てた洒落。
この時期は筍がにょきにょきと伸びる季節です。

 「 五月雨を 集めてはやし 最上川 」  芭蕉

梅雨の語源は多湿を意味する「つゆ」とされ、湿っぽく感じますが、
五月雨の語感は強く爽やか。

そして現在。

「梅雨」は主に時候,雨期を、「卯の花腐し」「五月雨」は共に
雨そのものを詠うという繊細な表現がなされています。

以下はそれぞれの使用例です。

「 谷川に 卯の花腐し ほとばしる 」 高濱虚子

「 五月雨(さみだれ)は 今ふりやみて 青草の
      遠(とほ)の大野を 雲歩みゆく 」  太田水穂

「 これよりの 梅雨の憂き日の 一日目 」  稲畑汀子



       万葉集689 (入梅) 完


      次回の更新は6月22日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-06-14 17:50 | 自然

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