万葉集その六百九十 (麦の歌)

( オオムギ  奈良万葉植物園 )
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(  コムギ     同上 )
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(  ライムギ  東京都薬用植物園 )
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(  映画 麦秋ポスター  )
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  万葉集その六百九十 (麦の歌)

麦は古代の主要な穀物のひとつで大別して大麦と小麦に分けられます。
大麦の原種はアフガニスタンから西アジア一帯の山岳地に野生する
二条種、穂に粒が二列に並んでいるものとされ、他に進化した六条種も。

我国には3~4世紀に朝鮮からの移民と共に伝来し、
主に醤油、味噌、麦酒、飴などの原料や家畜の飼料に用いられ、
その後色々な品種改良がなされてきました。

 小麦の主要種であるパンコムギの原産地は、西アジアのカピス海南岸を
中心とする地域とされ、4~5世紀に中国北部から朝鮮を経て北九州に。
主にパン、うどん、麺、菓子の原料として広く用いられています。
 
723年、朝廷は飢饉に備えて麦などの雑穀の栽培を奨励する太政官府を
発布しており、オオムギはそのまま粒食し、コムギは主として粉にして、
餅(団子)や煎餅に加工されたようです。

万葉集では3首、それも恋の歌です。

「 馬柵(うませ)越し 麦食む駒の はつはつに
      新肌(にひはだ)触れし 子ろし愛(かな)しも 」 
                      巻14-3537(或る本)   作者未詳

(  柵ごしに麦を食む馬は柵に妨げられて、ほんの少しづつしか食べられない。
  そのように、俺はあの子の新肌に、ほんの少し触れただけ。
  あぁ、あの子が可愛くて、いとおしくてたまらないよ。)

「馬柵越し」:柵を隔てて麦を食う馬の動作、馬は穂の出る前の青麦を好む。

「はつはつに」:「はつかに」から現在の「僅かに」に変わった言葉。

 かわいいあの子の新肌に、ただ一度ほんの少しだけ触れた。
 恥ずかしがっていたあの姿、思い出すたびに益々可愛くなる。
 あぁ、ほんのちょっとでは満足できない。
 心ゆくまで抱きしめてやりたいよ。

馬の比喩が新鮮。情景が目に浮かぶような1首です。

「 馬柵(うませ)越しに 麦食(は)む 駒の 罵(の)らゆれど
       なほし恋しく 思ひかねつも 」 
                         巻12-3096 作者未詳

( 馬柵越しに麦を食べている馬が怒られているように
私も母親から、あの人に会うなと怒鳴りつけられてしまった。
でも、やっぱり恋しくて恋しくて--。
そう簡単に忘れられないわ。 )

好きな男に こっそり逢っているところを母親に見つかり
「もう逢うな」と怒鳴りつけられた。
でも、私は好きなのよ、忘れるなんて無理、無理 。

前掲載14-3537(男歌)の続きと見ると面白い。(巻は離れているが)

 「 初夏の雲の なかなる山の国
       甲斐の畑に 麦刈る子等よ 」  若山牧水

 「 麦刈りや 娘二人の 女わざ 」  村上鬼城

麦収穫の時期を麦秋といい6月一杯。
そうそう、往年の大女優、原節子主演の「麦秋」という映画もありました。
     ( 1951年 小津安二郎監督 )

この時期は蛍飛ぶ季節。
夜空を美しく彩ります。

 「 夜半の風 麦の穂だちに 音信(おとづれ)て
       蛍とふべく 野はなりにけり 」     香川景樹

近代で麦が食料として大活躍したのは先の大戦後。
米が不足するなか50%麦入りの飯,時には80%の麦飯。
真っ黒な弁当におかずは梅干し1つということもありました。

白米は勿論、麦すら食べられない人はさつま芋汁(すいとん)や、
麦粉を焼いてお湯に溶かした焼きこがし。
この匂いはなかなか芳しく、今でも懐かしく思い出されます。

 「 むせるなと 麦の粉くれぬ 男の童 」 召波

それでも何とか健康を維持出来、パンやミルクの配給が始まると、
食糧事情は徐々に好転、餓死する人は少なかったよう。

今や「麦とろ」や「麦入り、雑穀入り飯」は健康食に。
昭和は遠くなりにけりです。

「 麦飯に 瘦せもせぬなり 古男 」   村上鬼城

高度成長期になると、少年少女たちは
     
「 二人が会うのは麦畑 
  仕事の休みに話します
  空には ま白な雲が行く
  二人は楽しい恋人です 」  (スコットランド民謡)

という歌を学校で習い、中年のおじさんたちは

 「 麦笛や 四十の恋の 合図吹く 」  高濱虚子

のでした。


       万葉集690(麦の歌)完



   次回の更新は6月29日(金)の予定です。

                    
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by uqrx74fd | 2018-06-21 16:29 | 植物

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