万葉集その六百九十一 (末摘花)

( 末摘花は紅花の別名。 花の先端を摘むのでその名がある。 )
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(  染料や口紅の原料になるが、絹2反染めるのに紅花12kg必要とされる超高級品 )
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( 最初は黄色 だんだん赤くなります。 種から油をとり、葉は漢方薬に )
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( 黄の色素は水に流れるのでこの性質を利用して紅の原料を取り出す、)
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万葉集その六百九十一 (末摘花)

「末摘花(すえつむはな)」は「紅花」の別名で、開いた花の先端だけを
摘み取って染料や口紅の原料にすることからその名があります。

1991年、邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡から
大量の紅花の花粉が発見され、綿密な調査分析の結果、3世紀中頃には
加工技術を携えてきた渡来人がこの地域で染物や化粧品などの生産を
していたことが判明しました。

魏志倭人伝に記載されている卑弥呼が魏の皇帝に献じた赤色の織物は、
これらの紅花が使われた可能性もあるとされています。

古代の王朝人にとって紅は紫と共に最高の色。
紫は高貴、紅は情熱。
男達を魅了した恋の色でした。

万葉集では26首が紅(くれない)、1首が末摘花と詠われています。

「  紅の裾引く道を 中に置きて
      我れか通はむ 君が来まさむ 」 
                       巻11-2655 作者未詳

( 紅の裳裾を引いて歩きなれた道。
 こんな道が真中で二人の間を少し隔てているだけなのに、
 ちっとも会えない。
 いっそのこと、私の方からあなたのもとへ行きましょうか。
 それとも、あなた様からお出でくださいますか。)

男から女のもとに通うのが習いの時代。
すぐ近くに住んでいるのに一向に訪れてこない男。

毎日毎日、今か今かと待ち続けるも、とうとう我慢が出来なくなって、
自分の方から押しかけようかと催促しています。
でもこれはルール違反。
ちょっと脅迫めいた詠いぶりです。
そんな女に嫌気がさして男は心変わりしたのかもしれません。

「 紅に 深く染(しみ)にし 心かも
    奈良の都に 年の経(へ)ぬべき 」 
                        巻6-1044  作者未詳

( 紅に色深く染まるように深く馴染んだ気持のままで、私は奈良の都で
   これからの年月を過ごせるのであろうか、)

740年10月の終わり、伊勢に向かった聖武天皇が12月15日に突然
恭仁京遷都を決め、造都を急ぐため5位以上の官吏をすべて新宮に移住させました。

この歌は奈良に残された老人が詠ったものと思われ、荒れるに任せている都の
惨状を眺めながら、華やかだった頃を懐かしみ、これから先、愛情を持ち続けて
住み続けることが出来るだろうかと嘆いています。
老人の瞼には都の建物の赤い柱や行き交う乙女の紅の衣が
目に浮かんでいたのでしょう。

「 黒牛の海 紅にほふ ももしきの
         大宮人し あさりすらしも 」
                   巻7-1218 藤原卿

( 黒牛の海が紅に照り映えている。
 大宮に仕える女官たちが、浜辺で砂(すなど)りしているらしい。)

作者の藤原卿は不比等、武智麻呂、房前、宇合、麻呂のうちの誰か。
房前が有力視されています。

701年持統太政天皇、文武天皇が紀伊の国、牟婁(むろ)の湯に行幸された折の
歌かもしれません。

黒牛は和歌山県海南市黒江、船尾あたり。
黒と紅を対比させたもの。

女官たちが赤い裳裾(ロングスカート)をたくし上げ、白い素足を出しながら
砂浜で浅利などを獲っている。
マリンブルーの美しい海と白い真砂。
明るい笑い声が響きわたり、絵画のような情景です。

「 外(よそ)のみに 見つつ恋ひなむ 紅の
      末摘花(すえつむはな)の 色に出でずとも 」 
                          巻10-1993 作者未詳

( たとえあの方が 色鮮やかな末摘花のようにはっきりと私のことを好きだと
    素振りに見せて下さらなくともいいのです。
    私は遠くからそっとお慕いしているだけで。 )

万葉集唯一の「末摘花」。
この言葉は古今和歌集に本歌取りされ、源氏物語の主要登場人物の名前「末摘花」
として採られ、そして現在に至るまで夏の季語として使い続けられている。
名もない万葉人の恐るべき造語力です。

「 人知れず 思へば苦し くれなゐの
      末摘花の 色に出でなむ 」 
                    よみ人しらず 古今和歌集

( あの人に知られないままに こっそりと想っているので苦しいことです。
  いっそのこと、あの鮮やかな紅の末摘花のように はっきりと態度に
  出してしまおうか。)

前記の万葉歌(10-1993)を本歌取りしたもの。
こちらは秘めたる恋は苦しいので、いっそのこと相手に告白しようか
と詠っています。

「 なつかしき 色ともなしに 何にこの
           末摘花を袖に ふれけむ 」 
                         源氏物語(末摘花)

( それほど心惹かれたわけでもなかったのに
 なぜ末摘花のような赤い鼻の姫と寝てしまったのか。)

美女が多い源氏物語の中で異色の姫君が登場。
この歌の背景をざっと述べると、


「 光源氏は心惹かれていた優しくしとやかな夕顔を失い思い悩んでいる。

  その頃、故常陸宮の姫が父君亡きあと、荒れゆく館に一人寂しく
  暮らしながら、時折琴をかき鳴らして過ごしていることを耳にする。

  源氏は心を動かされて仕えている命婦に、その琴を聞きたいと手引きを頼む。
  ところが、源氏の親友、頭中将(とうのちゅうじょう)もこの姫に
  心をかけていて、二人競り合っていた。

  源氏はしばしば姫のもとに文を送るが、引っ込み思案の姫からは
  何の返事もなし。
  ある夜、源氏は何としても姫の琴を聞きたいと強引に召使に案内させ、
  とうとう姫の部屋に入り込む。

  暗い夜、灯りもなく容姿は分からないが静かで鷹揚、少し頼りなさそうな
  姫様のようだ。

  そのような様子を奥ゆかしく好ましいと思った源氏は後日再度訪問し、
  遂に共に一夜を過ごす。
  しかしながら、その時も部屋は薄暗く顔かたちははっきり分からない。

  そしてある雪の日、偶然にも姫の顔を見た。 」

俵万智さんの表現を借りると (愛する源氏物語 文芸春秋社より)

「 座高が高くて猫背、鼻は象のように長く、その鼻の先が垂れて赤く
  色づいている。
  髪だけは豊かで美しいが、青ざめた肌に、やけに広い額。
  長い顎、骨ばった肩、身に付けているものも、古臭く
  薄汚く、仰々しい。
  気力をふりしぼって話しかけると、儀式を行う役人のような仕草で
  口もとを押さえ、恥ずかしがる。
  その上、無理な笑顔がニターッと・・・。

  原文は、これより詳しく、まったく容赦のない描きぶりで
  同じ女性として、読んでいて辛くなるような場面である。」

それでも光源氏は、この姫をあとあとまで面倒を見たのですから
立派なものです。

「 百姓の 娘顔よし 紅藍(べに)の花 」 高濱虚子

紅花の栽培地は山形県の月山の麓や最上川のほとりがよく知られていますが、
出羽最上が産地として台頭するのは江戸時代からで、
昔は伊勢、武蔵、上総、下総、大和など二十四か国が税として
納めていました。

6月中旬ころ、飛鳥を一望できる甘樫の丘の西側や石舞台古墳の北側の
丘陵地に咲く数千本の紅花群の中に立つと、遥か昔、卑弥呼が中国に
送った紅染めの衣や飛鳥高松塚古墳壁画の女性の赤色鮮やかな唇が
目に浮かび、遥か遠くの夢の世界に誘(いざな)ってくれます。

  「 わが恋は 末摘花の 莟(つぼみ)かな 」 正岡子規



  万葉集691 (末摘花)完


次回の更新は 7月6日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-06-28 17:02 | 植物

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