万葉集その六百九十二 (鮎釣る乙女:旅人幻想)

( 幾く年も この場所一人 鮎を釣る     寒川逸司   木津川 奈良)
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( 吉野の鮎売り   奈良 )
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( 鮎の宿 つたや  京都 奥嵯峨 )
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( 銘菓 吉野川   奈良の老舗 鶴屋徳満製 )
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   万葉集その六百九十二 (鮎釣る乙女:旅人幻想)

今から約1300年前、大宰府長官、大伴旅人は九州、唐津の東に位置する
松浦郡玉島あたりに旅しました。
昔、神功皇后が鮎を釣り上げたという伝説の地です。

美しい渓流を眺めながら、やおら持参した瓢(ふくべ:酒入れ)を取り出し、
盃をかたむけはじめます。

爽やかな初夏の風が心地よく吹き渡り、陶然とした心持。
しだいに瞼が重くなり、うつらうつら。

やがて、川のほとりにこの世のものとも思われない美しい乙女が現れ、
楽しい夢の世界へと誘ってくれたのです。

物語のあらすじは

『 松浦の地に赴いてあちらこちらを歩いているうちに、ふと玉島川で
  鮎を釣っている乙女たちに出会った。

  あまりにも美しく照り輝く容姿なので、「もしや仙女ではないか」と尋ねると
  「いやいや私共は漁師の子で、あばら家に住む名もない者、
  名乗るほどの身分ではありません。
  ただ生まれつき水に親しみ、また山を楽しんでいます。

  あるときは川に臨んで魚の身を羨み、あるときは煙霞の美景に
  眺め入っておりましたが、今日ここに今たまたま高貴なお方に巡り合い、
  嬉しさを包み隠すことができません。

  思い切ってお打ち明けいたしますが、どうかこれから後は、
  共白髪の夫婦の契りを結んでいただけないでしょうか。」

  私は答えた。

  「 喜んで仰せに従いましょう 」

  折しも日は西に落ち私が乗る黒駒はしきりに帰りを急いでいる。
  そこで私は自分の心の内を述べ次のように詠った。 』 

「 松浦川(まつらがわ) 川の瀬光り 鮎釣ると
           立たせる妹が 裳の裾(すそ)濡れぬ 」
                  巻5-855 さすらい人(大伴旅人)

( 松浦川の川瀬がキラキラ輝いている。
 その中で鮎を釣ろうと立っている美しい乙女よ。
 あれあれ、赤い裳(も)の裾(すそ)が水に濡れて。)

「 遠つ人 松浦の川に 若鮎(わかゆ)釣る
          妹が手元(たもと)を 我れこそ まかめ 」 
                           巻5-857 同上

( 遠くにいる人を待つという名の松浦の川で、若鮎を釣るあなたの手。
 私はその美しい手を枕にしてぜひ寝たいものです。)

すると乙女は応えた

「 若鮎(わかゆ)釣る 松浦(まつら)の川の 川なみの
       並(なみ)にし思(も)はば 我れ恋ひめやも 」 
                            巻5-858 娘子

( 若鮎を釣る松浦川の川なみの、その並という言葉のように
 あなたに対する私の気持ちが並み(通り一遍)のものであったなら、
こんなに想い焦がれることがありましょうか。)

「 松浦川 七瀬(ななせ)の淀は 淀むとも
       我は淀まず 君をし 待たむ 」 
                           巻5-860 娘子

( 松浦川のいくつもある瀬にある淀みは、これから後たとえどんなに淀もうとも
      私はためらわず、ただただあなた様一筋にお待ちいたしましょう。)

  我は淀まず: 心変わりしないの意

この話を聞いた人は後に次のように詠った。

「 松浦川 玉島の浦に 若鮎釣る
    妹らを見らむ 人の羨(とも)しさ 」  
                          巻5-863 後の人が追和(大伴旅人)

( 松浦川の玉島の浦で若鮎を釣る美しい娘子。
 その乙女たちを見ている人が羨ましくてなりません。)

この「松浦川に遊ぶ」と題する序文と単歌群(11首)はすべて大伴旅人作と
考えられており我国文学史上極めて重要な位置を占める歌物語とされています。

即ち純然たる空想の世界を詠った文藝作品が日本文学の歴史に初めて
出現したのです。

この美しくも面白い作品を生み出した旅人は極めてロマンティスト。
この歌を材料に長編も書く事ができそうです。
同じ大宰府で活躍した山上憶良はリアリスト。
貧窮問答歌などと比べるとその作風の違いは歴然たるものがあります。

この歌物語の材料は、当地に伝わる、神功皇后伝説、中國の仙女との艶なる物語
「遊仙窟」などからヒントを得たものと考えられていますが、
それらを消化した上で、自らの幻想の世界を生み出したのです。

万葉集は歌集と共に物語文学の嚆矢でもあります。


 「 酒旗高し 高野の麓  鮎の里 」 高濱虚子

            ( 高野は和歌山県高野山か )


     万葉集692(鮎釣る乙女 : 旅人幻想 ) 完


      次回の更新は7月13日(金)の予定です。
  
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by uqrx74fd | 2018-07-05 17:06 | 生活

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