万葉集その六百九十三 (山桑伝説)

 ( ヤマグワ   東京都薬用植物園 )
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(  ヤマグワの実   同上 )
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( 桑の花   同上 )
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( 桑の実 濃紫色になると食べごろ  同上 )
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   万葉集693(山桑伝説)

「 昔々 吉野に美稲(うましね)という男がいて、川に梁(やな)をかけて
  鮎をとる生活をしていた。
  ある日、川の上から当時、柘(つみ)とよばれていた山桑の枝が流れてきて
  その梁にかかったので取り上げて家に持ち帰ったところ、突然
  絶世の美女に変身した。

  美稲(うましね)は驚き、かつ喜び、契りを交わし妻にして、
  仲睦まじく暮らしていたが、この美女はもともと仙女であり、
  水の精の仮の姿であったので、やがて領巾布(ひれぬの)をまとって、
  常世の国に飛び立ち再び戻ってくることはなかった。
                                 ( 続日本後記、懐風藻)

奈良時代、このような伝説が広く知られていたらしく、万葉集では
この話をふまえた歌が3首残されています。
いずれも宴席で詠われたもので、まずは吉野川で仙女と出会い手を取りあって
山を越える場面を想像しています。

    「 霰(あられ)降り 吉志美(きしみ)が岳(たけ)を 険(さが)しみと
                      草とり放ち 妹が手を取る 」 
                                   巻3-385 作者未詳

( 霰が降ってきしむ、その吉志美の岳が険阻なので、
  私は手でつかんだ草を放して、いとしい子の手を取ったことだ。)

     「 霰降り」: 吉志美が岳の枕詞 
              霰の音が「かしましい」(やかましい)の類音
       
     「 吉志美(きしみ)が岳 」 : 吉野山中の一嶺と考えられるが所在不明

この歌は民謡として流布していたらしく、愛人と共に山に登るという設定は
歌垣などでよく詠われたようです。
仙女伝説とは関係がないように思われますが、宴席でまず美女と
手を取り合っての道行きを演出したのではないかと思われます。

「この夕(ゆうへ) 柘(つみ)のさ枝 流れ来(こ)ば
       梁(やな)は打たずて 取らずかもあらむ 」
                         巻3-386 作者未詳

( 今宵、もし、柘の枝が流れてきたならば、簗は仕掛けていないので
  枝を取らずじまいになるのではなかろうか。)

宴は夕暮れ時の川のほとりで催され、味稲(うましね)が梁を仕掛けた
伝説をふまえて詠ったもの。
今は梁がないので美女を手に入れることが出来ないのが残念だ
との意がこもります。

「 いにしへに 梁打つ人の なかりせば
    ここにもあらまし  柘(つみ)の枝はも 」 
                    巻3-387 若宮年魚麻呂(わかみやの あゆまろ )

( 遠い遠いずっと昔、この川辺で梁を仕掛けたという味稲(うましね)という
      男がいなかったら、ひよっとして柘(つみ)の枝は今もここにあるかも しれないな。
      なんとかあやかりたいものだ。)

「 あぁ、昔の味稲が羨ましい。
  俺たちもこのような幸運に恵まれないものかな。」

と笑いながら盃を重ねて談笑する男達です。

竹取物語と似たこの話は「柘枝伝」(しゃしでん)ともいわれていますが、
まとまった物語としては今日伝わっておりません。

ただ、日本書紀や懐風藻に同類の話が部分的に載っているので、
この話を知っていた人が「こんな昔話もあったようだ」
と宴席を盛り上げるために披露したものと思われます。

簗(やな)とは今日でも鮎漁に用いられている魚を捕るための仕掛けで、
木を打ち並べて水を堰(せ)き止め、一箇所に流れるようにして流れてくる魚を
簗簀(やなす)に落とし入れるもの。

    「 桑やりて 蚕棚は 青くなりてゆく 」 山口青邨

万葉集での柘(つみ)すなわち「山桑」は在来種。
桑とよばれるものは「マグワ」で中国渡来の外来種。

また、桑(くわ)の語源は蚕が食べる葉すなわち食葉(くわ)あるいは
蚕葉(くは)が訛ったものと考えられています。

5世紀中ごろ、雄略天皇が后妃に養蚕を勧め、諸国に桑を植えさせて以来、
養蚕は女性の最も大事な仕事の一つとされました。
この伝統は現在の皇室、皇后陛下にまで受け継がれております。

 「 生あたたかき 桑の実はむと 桑畑に
                幼き頃は よく遊びけり 」    佐藤佐太郎 
                            
               はむと:食むと

初夏になると小粒のイチゴの様な実がなり、濃紫色に熟すると食べごろ。
養蚕盛んなりし頃は至るところで桑の木が植えられていたので
あの甘酸っぱい味を覚えておられる方も多いことでしょう。

    「 黒くまた赤し 桑の実 なつかしき 」  高野素十


            万葉集693 (山桑伝説)完


            次回の更新は7月20(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-07-12 08:27 | 植物

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