万葉集その六百九十七 (雲の峰)

( 美幌峠  北海道網走郡 )
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( 雲の峰  山辺の道 奈良 )
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(  南アルプス連峰 )
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( 三輪山:正面  巻向山 :左側 )
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万葉集その六百九十七(雲の峰)

 「雲の峰 立つに崩るる こと早し 」   稲畑汀子

「雲の峰」という語の由来は中国の陶淵明の詩「四時(しいじ)」にみえる
「夏雲奇峰多し」によるものとされています。

日ざしの強いときの上昇気流によって生じる積乱雲のことで、またの名は入道雲。
夏歌の格好の景観ですが、古のやんごとなき堂上貴族にとって、
むくつけき雲は興を引かなかったのか、歌語として定着したのは
元禄時代以降だそうです。

万葉人はそのような雲を「立てる白雲」と詠いました。

「 はしたての 倉橋山に 立てる白雲
    見まく欲(ほ)り 我がするなへに  立てる白雲 」  
                           巻7-1282 柿本人麻呂歌集

( 倉橋山に むくむくと湧きたっている白雲よ 。
見たいと思っていたときに
 ちょうど立ち昇った雲よ。
 懐かしいあの人を偲ばせる白雲よ。)

はしたて: 梯子のことで高床式の倉に上る階段、倉にかかる枕詞
倉橋山: 奈良県桜井市の音羽山か。山の辺の道から臨める。

この歌は旋頭歌といい五七七.五七七を基本形とし、
もとは問答の掛け合いに由来します。

かって愛した女性との思い出の場所。
その面影を雲に見たいと思いつつ空を眺めていたら、
雲が湧き上がってきたと感動しています。

古代の人にとっての雲は、大切な人を偲ぶよすが。
旅に出ては故郷の方角に向かって「雲よ俺は元気だと伝えてくれ」と祈り、
恋人と離れている乙女は、毎日雲に向かって「あなた」と
呼びかけていたのです。

「 穴師川(あなしがわ) 川波立ちぬ 巻向の
     弓月が岳に   雲立ちわたる 」  
                  巻7-1087 柿本人麻呂歌集

( 穴師の川に、今しも川波が立っている。
 巻向の弓月が岳に雲が湧き起っているらしい)

「 あしひきの 山川の瀬の 鳴るなへに
      弓月が岳に 雲立ちわたる 」 
                       巻7-1088 柿本人麻呂歌集

( 山川の瀬音が高鳴るとともに、 弓月が岳に雲が立ちわたっている)

川音を聞きながら歩いていると、一陣の風が吹きわたり急に波音が高くなった。
ふと上を見ると雲がぐんぐん大きくなり動いていく。
まさに驟雨が襲い掛からんとする状態。

「鳴るなへに」とは鳴るとともにという意味で、聴覚から視覚へ移り
また視覚から聴覚へと動的な変化を見事に表現しており、
その堂々とした力感と格調の高さは万葉名歌中の名歌。
作者は人麻呂と、ほぼ断定されています。

以下は伊藤博氏の解説です。

「 山と川が呼応して動き出した一瞬の緊張を荘重な響きの中に託した
  見事な歌である。
  響き渡る川音を耳にしながら、山雲の湧き立つのを見ている。
  作者は穴師の川をさかのぼって、弓月が岳に近く迫っているのであろう。
  一気呵成、鳴り響く声調の中に山水の緊張関係は更に深められ、
  躍動する自然の力は神秘でさえある。
   弓月の山水はこうして永遠の命を確立した。」 (万葉集釋注4)

 「 あをによし 奈良の都にたなびける
        天の白雲 見れど飽かぬかも 」  
                           巻15-3602 作者未詳

( きらびやかな奈良の都に棚引いている天の白雲
 この雲は見ても見ても見飽きることがありませんね )

遣新羅使人が旅の途中で古歌として披露したもの。
海原の彼方に湧きあがっている雲を眺めながら、懐かしい故郷を思い出す。
瞼に浮かぶ赤や緑の色彩鮮やかな都の大極殿や朱雀門
青空に棚引く白雲。
色彩感にあふれ、しみじみとした郷愁を感じさせる1首です。

 「 雲の峰 いくつ崩れて 月の山 」  芭蕉

「 奥の細道の旅の途中、月山(がっさん:山形県)に登り、頂上の小屋で泊まる。
日が暮れると、炎天にそびえていた、いくつもの雲の峰がみな崩れ果てて、
今、芭蕉たちのいる月山をほのかな月の光が照らしている。」
                              ( 長谷川櫂 季節の言葉 小学館より )

            月の山:月山と月が照らす山を掛けている



          万葉集697. 雲の峰 完


       次回の更新は8月17日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-08-09 18:12 | 自然

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