万葉集その六百九十九 (あいの風)

( 雨晴海岸から立山連峰を臨む   高岡市)
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( 能登の千枚田 )
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(能登の海 )
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( 能登の海にはあゆの風吹く )
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  万葉集その六百九十九 (あいの風)

テレビ放映で「俳句ランキング プレバト」という人気番組があります。
各界有名人が自作の俳句を披露し、夏井いつき先生の添削よろしきをえて、
それぞれの順位を決定し、名人、素人など格付けを競う。
先生と生徒のやり取りが面白く、また、なかなか勉強になる内容です。

  「 降り立ちて 夜のしじまに あいの風 」  柴田理恵

見事1位になり特待生に昇格した秀句。
よくぞ「あいの風」という季語を見付けてきたものだと感心することしきり。

夏井先生は「地域性をもつ日本海沿岸の独特の夏の季語」と的確な説明を
されていましたが、「あいの風」(あゆの風ともいう)の「あい」(あゆ)とは
どのような意味をもつ風なのでしょうか?

それが、なんと!1300年も前に大伴家持が詠っているのです。

「 東風(あゆのかぜ) いたく吹くらし 奈呉(なご)の海人(あま)の
     釣りする小舟(をぶね) 漕ぎ隠る見ゆ 」 
                           巻17-4017  大伴家持

( あゆの風が激しく吹くらしい。
 奈呉(なご)の海人たちの釣りする船が波間にゆらゆらと見え隠れするよ )

注記に「東風(あゆのかぜ) 越の国ことばをいう」とあり、
当時の家持の任地、越中(富山県)の方言だったようです。

  奈呉: 高岡市から射水市にかけての海岸

今日、東風は「こち」と訓まれ、凍てを解き梅を咲かせる春告げ風。
春の季語とされていますが、「あゆの風」は夏の強い風、時には低気圧を伴う
暴風となる危険な風ともされ、「時化(しけ)東風」という言葉もあります。
民俗学者によると、この言葉はもともと瀬戸内海沿岸を主とし、
各地で使われた漁師用語だったそうです。

家持時代の越中の国は能登も含んでおり、山陰地方から吹く北東風が
北西風に転換する地点。
この沖の方から吹いてくる風を「あゆの風」(現在はあいの風)とよんでいたのです。

「 英遠(あを)の浦に  寄する白波 いや増しに
      立ちし き寄せ来(く) 東風(あゆ)をいたみかも 」
                          巻18-4093  大伴家持

( 英遠(あを)の浦に 打ち寄せる白波 この白波はいよいよ立ち増さって
 あとからあとから押し寄せてくる。
あゆの風が激しいからであろうか )

  英遠(あを)の浦: 富山県氷見市の北端、阿尾(あを)の海岸 
  いたみかも: 激しいからだろうか

「 東風(あゆ)をいたみ 奈呉(なご)の浦に 寄する波
     いや千重(ちへ)しきに 恋ひわたるかも 」 
                        巻19-4213 大伴家持

( あゆの風が激しく吹いて 奈呉の浦辺に幾重にも押し寄せる波
 その波のようにあなたのことをしきりに恋しく思い続けています)

註に「京の丹比家(たぢひけ)に贈ると」あり、大伴家から京都に嫁いだ
女性にあてた歌を恋文仕立てにしたもの。

大伴家と丹比家は極めて親しい間柄。
珍しい越中の風や地名を紹介する意図から歌に詠みこんだものと思われます。
奈呉の浦は当時、白砂青松の景勝地で万葉集に14首も詠われていますが、
今はその面影はなく、地名を残すのみです。

万葉集に詠われている「あゆの風」は4首(うち長歌1)あり、全て家持作。
よほど、この国言葉が気に入ったのでしょう。

越中方言の記録としては最古級のもので、もし家持が歌に詠まなかったら
季語として残ったかどうか?
極めて貴重な歌群なのです。

「 家持が 詠いしあゆの 風が吹く
          平成の夜 プレバトに 」     筆者

それでは「あゆ:あえ」とはどういう意味なのか?

山本健吉氏によると
『「あゆ」とか「あえ」という言葉にはもともと特殊な意味があり、
能登の珠洲(すず)市あたりで「あえのこと」といわれる古風な新嘗の祭りが
今も行われている。
霜月(11月)5日、今は新暦の12月5日に家々で田の神に新穀感謝の祭りを
やるのである。

この「あえ」には「饗」の字を当てている。
家のあるじがあたかも眼前に田の神があるように、猪苗代田へ行って神を
家の中に案内してきて、風呂に入れたり数々の饗応をしたりする。
その後、田の神は山に帰り、翌春2月5日に田の神迎えを行い、
これもあえのことと云っている。

 この「あえ」と同じ意味らしい。
あゆ(あえ)の風とは、沖から珍宝をもたらす風なのである。
風によって浜辺に多くの魚介類や海藻などの食物や、木材その他の
漂流物をも吹き寄せるのである。

船が寄ることも、それが財宝を落としていくもので、寄り物の一種だった。
だから、強吹き(こわぶき)であるほど、多くの珍宝をもたらすのである。
 昔は遠洋漁業などはなかった。
ひところの北海道の鰊漁のように浜辺に群来(くき)して寄せてきたものを
拾えばよかった。 

そういう古い風の名がいまだに生きていて、漁民たちの生活に中に
使われているのである。
それはまた、船乗りたちにとっては冬の季節風が終わった合図となり、
あいが吹き出す頃から、港々の船の往き来が頻繁になってくるのである。』
                       (ことばの歳時記 文芸春秋社 要約 )

「 あいの風 松は枯れても 歌枕 」  角川源義
  
          万葉集699(あいの風)完



         次回の更新は8月31日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-08-23 18:27 | 自然

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