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万葉集その七百三 (虫の声)

( コオロギ  向島百花園 )
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( スズムシ   同上 )
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( 虫の声  明日香稲渕 案山子祭  奈良 )
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( 虫の演奏会   同上 )
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( 巨大な赤トンボ   同上 )
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   万葉集その七百三 (虫の声)

秋風吹きはじめるころ、日暮れと共に「ルルルル」(邯鄲;カンタン)
「ガチャガチャ」(くつわ虫)、チョンギース(きりぎりす)、「チン チロリン」(松虫)
「コロコロコロリーン」(こおろぎ)、リーンリーン(鈴虫)など賑やかな虫の声が
聞こえて参り、私たちの気持ちを和ませてくれます。

虫の音を聞くことは古代の人達にとっても大きな楽しみでしたが、万葉人は、
秋に鳴く虫はすべて蟋蟀(こおろぎ)とよび、個別に聞き分けて名を付けたのは
平安時代からです。

蟋蟀科の昆虫の種類は日本で90種とも言われ、なかでも
ツズレサセコオロギやエンマコオロギ、ミツカドコオロギなどが
よく知られていますが、単に「こおろぎ」といえばツズレサセコオロギを
指すことが多いようです。

   「 鳴き止むと いふことのなく つづれさせ」    稲畑汀子

「ツズレサセコオロギ」の名は晩秋に生き残って鳴く蟋蟀の鳴き声を
「肩刺せ 裾刺せ 綴(つづ)れさせ」と聞きなし、冬仕度の為の着物の手入れを
するように教えているという俗信に由来するそうですが、
次の歌は平安時代には蟋蟀の鳴き声を「綴れ刺せ」と聞きなしていたことを
示すものです。

「 秋風に ほころびぬらし藤袴
      つづりさせてふ きりぎりす鳴く 」 
                        古今和歌集 在原棟梁(むねやな)

( 秋風に吹かれて藤袴がほころびたらしい。
 「ツズリサセ ツズリサセ」と蟋蟀が袴のほころびをなおしなさいと
  鳴いているよ)

秋の七草の「藤袴」と衣類の絝をかけたもの。
「こおろぎ」は平安時代「きりぎりす」とよばれていました。

短歌の構成(57577)の制約上「こおろぎ」の四文字よりも「きりぎりす」の
五字の方が詠みやすいこともあったようですが、この誤用は延々と
江戸時代まで続きます。

 「 あたたかい雨です
      えんまこほろぎです 」     三橋鷹女

  コオロギの鳴き音は3種類あるそうで、                                 
  「コロコロコロコロ」  ひとり鳴き    
  「コロコロリ・・・コロコロリ」  切ない響き、雄の求愛  
  「キリキリキリッ 」は  縄張り争いの喧嘩鳴き。

「 蔭草(かげくさ)の 生ひたるやどの 夕影に
        鳴くこほろぎは  聞けど飽かぬかも 」  
                       巻10―2159 作者未詳

( 蔭草が生い茂っている庭先の、夕方のかすかな光の中で
 鳴いている蟋蟀の声は、いくら聞いても飽きることがない。)

           蔭草:物陰に生えている草

草むらの蔭から蟋蟀の音がきこえてくる。  
右から左から、真中から、やがて大合唱。  
ひとしきり鳴くとピタリととまり、また鳴きはじめる。  
まるでコーラスだ。                     

「 庭草に 村雨降りて こほろぎの
        鳴く声聞けば  秋づきにけり 」  
                    巻10-2160 作者未詳

( 村雨(ひとしきりの雨) がさっと降りすぎてゆきました。
  おぉ、庭草の間から蟋蟀の鳴きすだく声が聞こえてきたよ。
  もう秋になったのだなぁ)


一人静かに秋を告げる虫の声に耳を傾けている作者の姿が目に浮かび、
「淡々として清く、落ち着いた気韻があって、まことに歌品が高い」(佐々木信綱)
と評されている一首です。

「 秋風の 寒く吹くなへ 我がやどの
      浅茅がもとに  こほろぎ鳴くも 」   
                       巻10-2158 作者未詳

( 秋風が寒く感じる位に吹くおりしも、我家の庭の浅茅の根元で
  こおろぎが鳴いていますよ )

    「なへ」 ~するにつれて 二つの事象が併行して進さまをいう
    「浅茅がもと」:「浅茅」は丈が低い茅(ちがや)
              「もと」は根元

なんとなく肌寒い気配。
ふと気が付くと虫たちが盛んに鳴いている。
深まりゆく秋をしみじみと感じている作者。
調べよく、爽やかな涼気が漂う一首です。

「 我のみや あはれと思はむ きりぎりす
           鳴く夕かげの 大和なでしこ 」 
                    素性法師  古今和歌集

( この秋の夕日の中に可憐な花を咲かせている大和撫子を
  一人で眺めているのは何とも惜しい。
 蟋蟀の声がしみいるように聞こえてくるこの野原で。)

         「大和撫子」はカワラナデシコ(河原撫子)。

「撫子」は「いとしんでいる子」を掛けているようです。
撫でてやりやいくらい愛しい人と一緒に眺めていたいという意が含まれ
秋の夕景、蟋蟀、大和撫子の取り合わせが日本人の繊細な感性を
伝えている一首です。

「こおろぎ」は現代に至るまで錚々たる歌人に多く詠われています。


「 こほろぎが  清く寂しく  鳴き出でぬ
        雲の中なる 奥山にして 」     与謝野晶子

 深々とした奥山。
 作者は寺にでも泊まっていたのでしょうか。

 澄み切った空気に響く蟋蟀の音。
 低く、高く、どことなく寂しげだ。
 これは求愛の声だろうか。

「 わが住みし 山寺(さんじ)の縁に 脱ぎ棄てし
           君が草履に こほろぎの鳴く 」     吉井勇

 愛する女性が訪ねてくれた。
女は案内を待ちきれず、急いて玄関を駆け上がったのか。
乱雑に脱ぎ捨てた草履にまだ温かみが残る。
何となく大人の色気が感じられる一首です。

そして最後に「もののあはれ」を解さぬ人への痛烈な皮肉。

「 部屋には こおろぎがいるのに
  なぜ こおろぎの話をしないのか
  この部屋の人達は みんな女の話ばかりする 」 

                       (村上昭夫  動物哀歌)


             万葉集703 ( 虫の声) 完


            次回の更新は9月28日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2018-09-20 16:23 | 動物

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