万葉集その七百五 (萩に寄せて)

( 萩の寺 白毫寺  奈良 )
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( 元興寺   奈良 )
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( ヤマハギ  白毫寺 )
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( シロハギ   同上 )
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万葉集その七百五(萩に寄せて)

今日、奈良の萩の名所といえば、平城京跡、飛鳥石舞台公園、
寺社なら白毫寺、新薬師寺、元興寺極楽房、唐招提寺などでしょうか。
なかでも平城京跡の広大な原野に薄とともに靡く萩、
白毫寺の山門に通じる石段の両脇からあふれ出るように群生する萩は
古から多くの人達を魅了してきました。

   「 萩散るや 石段粗き 白毫寺」   筆者

 その昔、平城京の時代、春日山に連なる高円山麓は萩の群生地。
野性の鹿も多数棲んでいて、夜になると妻よぶ鹿の声が響き渡り、
天皇をはじめ皇族は離宮や別宅を設けて行く秋を楽しんでいました。

 また萩は鑑賞用だけではなく、葉は乾燥させて茶葉に、実は食用、
根は婦人薬(めまい、のぼせ)、樹皮は縄、小枝は垣根、屋根葺き、箒、
筆(手に持つ部分)、さらに馬牛などの家畜の飼料など信じられない位
多岐にわたり利用され、家の庭にも植栽されて「わがやどの秋萩」などと
詠われています。

  「 冬枯れて 萩の筆買ふ 白毫寺 」  南浦小糸

 万葉集での萩は140余首、植物の中では人気の梅の120余首を
凌駕するトップ、梅は貴族層に多く詠まれたのに対し、萩は貴賤を問わず
幅広く詠われているのも生活に密着した植物であったからなのでしょう。

 また、萩が咲く時は女が男を誘う絶好のチャンスでもありました。

「 雁がねの 初声聞きて 咲き出たる
      やどの秋萩 見に来(こ)わが背子 」 
                         巻10-2267 作者未詳

( 雁の初声を聞いて待っておりましたとばかりに咲きはじめた
  我家の萩の見事なこと。
  あなた! ぜひ見に来て下さいな。)

雁到来はどちらかといえば、萩が散り始めの時期に詠われることが多いのですが
この女性の庭萩は雁の初声とともに咲き出したようです。
萩と雁、鹿、露、月は万葉人に好まれた取り合わせです。

「 秋萩の 咲き散る野辺(のへ)の 夕露に
         濡れつつ来ませ 夜は更けぬとも 」 
                           巻10-2252 作者未詳

( 秋萩が咲いては散りこぼれる野辺。
  その野の夕露に濡れながらも、お出でくださいませ。
  たとえ夜は更けていようとも。)

今すぐ来てほしいが、無理なら夜が更けてからでも来てほしい。

万葉人は共寝する時に互いの衣を掛け合って寝るので、
濡れることをひどく嫌っていました。

夕刻、待っても待っても訪れがない。
「あなた、衣が濡れていても気にしませんから、どうか来て」
との女の切なる願いです。

この歌は平安時代に好まれたのか、新古今和歌集に柿本人麻呂作として
掲載されています。
優雅な秀歌なので人麻呂が女の立場になって詠んだと
勝手に想像したのでしょうか。

「 藤原の 古りにし里の 秋萩は
      咲きて散りにき 君待ちかねて 」 
                      巻10-2289 作者未詳

( 藤原の古さびた里の秋萩は もう咲ききって散ってしまいましたよ。
 あなたのお越しを待ちあぐんで )

藤原の里は藤原京跡。
平城京遷都後埋め立てられ寂れに寂びれていました。
何らかの事情で、藤原の里に残った女性が都に移り住んだ男に
贈ったものですが、訪れを待つ気持ちがこもります。

「 秋萩の 枝もとををに 置く露の
      消(け)かもしなまし 恋ひつつあらずは 」 
                            巻10-2258 作者未詳

( 秋萩の枝が撓むばかりに置く露が、やがて消えるように
     私も消えうせてしまった方がましだ。
     こんなに恋焦がれ続けるなんて、苦しくて仕方がない)

露を「置く」と詠まれたものは花の最盛期、
「競う」は花芽が咲きかけの直前、
「負う」は露の重みを背負うの意で晩秋花を散らす時期

と極めて繊細な使い分けがなされており、日本人の感性の豊かさに驚かされます。

   「 白萩の 夕日にそまり 高らかに 」 山口青邨

「萩」の文献での初見は「播磨風土記」(713年頃)での「萩原里」。
その昔、神功皇后がこの地に滞在した時、一夜のうちに萩が一本生え出て
たちまち3mばかりになり、その後多くの萩が咲きだしたという
「地名伝説」とされています。

万葉集では「萩」の字はまだ見えず、「芽子」「芽」が当てられ、
「萩」が定着したのは平安時代から。

ハギの語源は「生芽」(ハエギ)が転じて「ハギ」になったといわれ、
根元から絶えず新しい芽が出て、折れたり切れたりしても
次々と芽吹く旺盛な生命力にあやかった命名だそうです。

但し、中国の「萩」はカワラヨモギ、ヒサギとされる別植物。
我国の秋草の代表格に「草冠に秋」がふさわしいとされたのか、
漢字の意味とは関係なく借字したしたものですが、萩は草ではなく低木。
従って秋の七草に加えるのは厳密に言えば誤りですが、まぁ、いいか。
何しろ1300年も続いているのですから。

  「 萩に遊ぶ 人黄昏(たそがれ)て 松に月 」  
                               凡董(きとう:江戸中期


     万葉集705 (萩に寄せて) 完


  次回の更新は10月12日 (金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-10-04 15:26 | 植物

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